17.飾りと澱
エリオットの長い愚痴が途切れがちになったころ、ミラジェーンはそっと時計を見上げた。
「まあ、もうこんな時間。長々と失礼いたしました。そろそろお暇させていただきますね」
「ああ……」
エリオットも散々不満を連ねて落ち着いたのか、つられて時計を見た。
それからゆっくりとミラジェーンへ視線を向けた。
「ミラ、次の外出だけど明後日はどうだろう?」
「申し訳ございません、エリオット様」
立ち上がりかけていたミラジェーンは、眉を下げた。
「明後日は登城の予定ですの」
「……ずいぶん頻繁に登城しているのだな」
「財務管理の引き継ぎがございまして、それに北部の観光事業への予算計上と、冬の流行病対策もございます」
「ふうん」
エリオットはソファに身を沈めたまま、鋭くミラジェーンを睨んだ。
「それは、必ずしも君が参加しなければならないものなのか」
「……はい。私の仕事の引き継ぎですので」
淡々と答えるミラジェーンに、エリオットは再び眉間に皺を寄せた。
「名目上は君がやったことにしていたのかもしれないが。別に、お飾りの小娘が参加する必要はないのではないか」
「お飾り!?」
さすがにミラジェーンは黙っていられなかった。
お飾り――。
質実剛健を尊ぶブライズ家の人々が最も嫌う概念だ。
「エリオット様はブライズ家の者がお飾りの金庫番だとお思いでしたの?」
低く冷めた声に、エリオットはすっと背筋を伸ばした。
「あ、いや、そうではなく。もちろん君の父君や兄上が金庫番として王国の財務経理をすべからく担っているのは知っているとも」
冷や汗をかき、視線を左右にさまよわせながら、エリオットは言葉を連ねた。
「だが、君は女性だろう。うら若い女性がそのように仕事に邁進するというのは、その、慣れないというか、不自然に思えるというか……」
「さようでございますか。申し訳ございません、言葉を荒らげてしまいまして」
ミラジェーンは小さく息を吸って吐き、笑みを浮かべた。一秒どころか十秒以上かかったが、気にする余裕はなかった。
いつもよりかなり引きつっていたが、かろうじて笑顔と呼べる範疇に収まっていた。
「引き継ぎの完了まで、あと半年ほどでございます。ご迷惑をおかけすることもあるかと存じますが、ご理解のほどよろしくお願い申し上げます」
ミラジェーンは意識的にゆっくりと頭を下げた。
エリオットは止めていた息を吐き、小さく頷いた。
「あ、ああ。もちろんだとも。君がオリン公爵家をないがしろにしない限り、僕は君を応援し、支えるよ。なにしろ君は僕の婚約者だからね」
「ありがとうございます。本日はこれにて失礼いたしますね」
ミラジェーンは今度はきちんと微笑み、オリン公爵家を後にした。
ブライズ侯爵家の馬車に乗り込むや否や、ミラジェーンは靴を脱ぎ捨てた。
ヒールの高い窮屈な靴が、馬車の揺れに合わせて転がった。
向かいに座っていた侍女が、素早く室内用の靴を履かせた。
「お嬢様、よろしければお召し替えなさいますか?」
「さすがに馬車の中で着替えはしないけれど、戻ったらすぐに湯浴みをさせてちょうだい」
「かしこまりました。では湯上がりに先日いただいたガウンをご用意いたします。刺繍があるほうにいたしましょうか」
「……いえ、ないほうで」
ミラジェーンは窓の外を眺めた。
陽が暮れなずみ、城下町を橙に染めていた。
金貨のような色でありながら、同時に流れる銀の髪をミラジェーンは思い出した。
ミラジェーンは首を振り、明日の仕事へと意識を切り替えた。
***
その後もエリオットは時折ミラジェーンの登城を咎めた。
表だって止めろと言うわけではない。
やんわりとほのめかす程度ではあるが、ときには率直に
「王宮の財務官たちは優秀なんだから、君が行かなくたっていいだろう」
「もう登城は終えていいだろう。オリン公爵家の次期夫人として母に教えを請うべきだ」
「いつまで男気取りでいるつもりなんだい」
と、ミラジェーンの登城に対して不快感を示すようになった。
たいていのことはやんわりと受け流し、あるいは妥協してきたミラジェーンだが、こればかりは譲らなかった。
たしかにミラジェーンが顔を出さずともよい場面もいくらかはあったが、基本的には名指しで呼ばれていたため、行かないわけにはいかなかった。
仕事ではない場合でも、ルーシーやエースの相談相手として、以前より頻繁に登城するようになっていた。
「ですが、ルーシー様からお声がかかっておりますの……エリオット様からお断りを入れていただけますか?」
「そっ……そうか。すまないね、姉がワガママで」
ルーシーの名前を出すとエリオットが引くことに気づいたミラジェーンは、ときおりルーシーの名を借りてやり過ごした(心の中でルーシーには謝っていた)。
「じゃあ今回の登城は許すけど、その分次回のデートでは僕の行きたいところを優先させてくれよ」
「かしこまりました」
そうしたやり取りが降り積もっていった。
なぜ、オリン公爵家に嫁ぐために引き継ぎを行っているにもかかわらず、頭を下げて登城しなければならないのか、ミラジェーンにはわからなかった。
しかし、そうでもしなければ自身の仕事の障害となりつつあるエリオットに対し、ミラジェーンの心中には着実に困惑や忌避感が澱のように溜まっていった。
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