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16.詐欺師とコルセット

 贋作の報告から数週間後、ミラジェーンはオリン公爵家に呼び出された。

 オリン公爵家の応接室で、ルーシーはティーカップを手にしながら事の顛末を語った。


「先日の伯爵家の絵画について、父に助力を願って再度鑑定させたのよ」


 その結果、飾られていた品の大半は贋作で、伯爵は崩れ落ちたという。

 しかし伯爵に大量の贋作を売りつけた詐欺師は、味をしめて王都内で他の貴族にも同様の詐欺を働いていたため、すぐに捕縛されたという。


「ミラのおかげよ。ありがとう」


「とんでもない。アッシュ殿下とルーシー様がお話を聞いて下さって、すぐに調査してくださったからです」


「元をたどれば」


 横で話を聞いていたエリオットが半笑いで言った。


「僕がミラを画廊まで連れて行ったおかげじゃないか。それに僕が伯爵からあれこれ聞き出したから、ミラも違和感に気づけたわけだろう? 感謝されるべきは僕だ」


「はいはい。それで? エリオットはどの絵が怪しいと思ったわけ?」


「は? 今はそれは関係ないだろう」


 ルーシーは呆れた様子でエリオットを睨んだ。


「ミラは画廊に飾られていた絵画の八割以上を覚えていたし、そのうちの贋作もほぼ全て言い当てていたけど、あなたはどうなのかしら」


「ま、まあまあ……。エリオット様が伯爵の気を引いてくださったおかげで、私もじっくり絵画を観察することができました。やはり使われている画材の質で発色は変わるものですね」


 ミラジェーンはルーシーに向かって微笑んだ。

 ルーシーも王城の隣にある衛兵用の館で贋作を一通り見たらしい。

 ミラジェーンは都合が合わず見に行けなかったが、本音を言えば真作と比較してみたかった(できれば絵画自体の価値と、使用された画材の差も知りたかった)。


「ミラ、画廊内ではエリオットと別行動だったの……?」


 しかし、ルーシーの反応はミラジェーンの予想とは異なるものだった。

 ミラジェーンは、まさかそこに着目されるとは思っていなかった。


「あ、いえ、その、私が歩くのが遅くて……」


「エリオット、ミラをエスコートしなかったの? 誘っておきながら?」


 ルーシーの声が地を這うように低くなり、エリオットの顔から冷や汗が吹き出た。


「そ、それはミラの言うとおりだ。僕は伯爵と絵画についての高尚な話をしていたんだ。だらだら歩いて、まともについてくることもできない女子供には難しいだろうから、自由にさせてやっただけだ」


「あんたが歩幅をあわせなさいよ!」


「なんで僕が、あんなとろくさい動きに気を遣ってやらなくちゃいけないんだ!」


「エリオットが誘ったんでしょう? そうでなくても殿方が淑女を外出の際にエスコートするなんて、当然の嗜みでしょうが」


 怒りをあらわにしたルーシーに対し、エリオットは反論を重ね、さらにその怒りに油を注いだ。

 ミラジェーンは姉弟の激しい諍いに口を挟めず戸惑い、侍女は満面の笑みでミラジェーの皿にテーブルの菓子を移した。


「第一王子の婚約者だからといって偉そうに! こんな傲慢で図々しい年増、どうせすぐに愛想を尽かされるのさ」


「なんですって? あんたから見れば年上でも、殿下から見れば同世代よ! それに、これまで私がどれだけ王妃教育を受けてきたと思っているの? 今さら他の女性にすげ替えられるわけがない。……ミラ、やりたい?」


「いえ、わたくしは経理専門ですので」


 突然話を振られ、ミラジェーンは淀みなく断った。

 ルーシーは笑って菓子を手に取る。


「いっそ清々しい拒否ね。エリオット、ミラを大事にしなさいよ。あなたの婚約者でしょう」


「うるさいな。姉さんにとやかく言われる筋合いはない。なんだ、そのだらしないドレスは。……殿下の御子でも身ごもっているのかい? だから立場を追われるわけがないと高をくくっているのか」


「エリオット様、言い過ぎですわ」


「ミラ、僕に口答えするな」


 エリオットはミラジェーンを睨んだが、ミラジェーンはエリオットを見ていなかった。

 いぶかしんだエリオットがミラジェーンの視線を追うと、そこには憤怒の表情を浮かべたルーシーがいた。


***


 小一時間ほどルーシーの説教が続いた後、エリオットはぐったりとソファに身を預け、天を仰いでいた。

 ルーシーは時間だと言って帰城し、室内に残されたのはミラジェーンと侍女のみだった。


「はー……まったく、うるさい姉さんだ」


 ミラジェーンは目を泳がせた。

 さすがに自業自得と切って捨てるには、気の毒なほどの憔悴ぶりだった。


「ミラ」


「は、はい」


 やつれた声でエリオットが呼びかけた。


「きみは、あのようにやかましくて図々しく、かわいげのない女になってはいけないよ。淑女は楚々として、夫となる男に付き従うのがあるべき姿なのだから」


「……」


「ミラ?」


「あ……はい。そのように」


 ミラジェーンは困惑しながらも頷いた。

 エリオットはその返事に気を良くしたらしく、ルーシーの悪口や第一王子への労い、さらにはいつか捨てられるといった話まで、延々と連ねていた。


(……でも)


 ミラジェーンは、先日のアッシュとルーシーの様子を思い出していた。

 たしかにルーシーははっきりとものを言い、第一王子相手にも臆せず意見を述べ、忌憚なく指摘をするが、それを受けたアッシュはどちらかといえば嬉しそうだった。

 あんなにも穏やかで優しいまなざしでルーシーを見つめていたアッシュが、厳しい態度を理由にルーシーを見限るとは、ミラジェーンにはとても思えなかった。


 さらにミラジェーンは、帰り際に見かけたエースの姿も思い出した。

 汗と砂埃にまみれながら、師範代相手に何度も立ち向かう第二王子。王子の立場に甘えることなく努力を重ね、ときにミラジェーンにだけは甘えるエース。


 ミラジェーンはソファの隣で、姉への不満を言いつのるエリオットを見る。

 そして何も言わず、コルセットに締め付けられた肺から静かに息を吐き出した。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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