21.温室とお茶
茶会から数日後、ミラジェーンはいつも通り王城の執務室にて書類に目を通していた。
しかしその手がほとんど動いていないことに、周囲の財務官たちは気づいていたが、指摘できずにいた。
「はあ……」
「ミラ様。本日はずいぶんお悩みのご様子ですがいかがなさいましたか?」
爺が声をかけると、ミラジェーンは沈んだ面持ちで顔を上げた。
「そうかしら」
「まさかご自覚がないのですか? これほどため息をついていらっしゃるというのに」
「……心配をかけてごめんなさいね。どうにも集中できなくて」
「なにか甘い物でも用意させましょうかな」
ミラジェーンは即答できなかった。
頷けば、侍女ではなくエースがやって来る可能性が高い。
茶や文房具であれば侍女が持って来るかもしれないが、いつもと違う品を頼めば、きっとエースがどうしたのかと顔を出すだろう。
……そこまで考え、ミラジェーンは首を横に振った。
思い上がりが過ぎると感じたのだ。
第二王子がそこまで自分を気にかけていると考えるなど、どうしてそこまで思い上がってしまったのだろう。
婚約者にすらまともに相手にされないのに。
誰かに気にかけてもらえるなど、どうして。
ミラジェーンは、自覚している以上に自尊心を傷つけていた。
「ミラ様……」
答えることもできないミラジェーンを前に、爺も他の財務官も痛ましげに目を細めた。
やがて昼時となり、ミラジェーンが立ち上がった途端、執務室の扉が開いた。
「ミラ、昼食を一緒にいいかな!」
現れたのはエースで、爺や財務官たちは安堵の表情でミラジェーンを見た。
当のミラジェーンは唇を噛み、今にも泣き出しそうな顔でエースを見ていた。
「……ミラ、どうした?」
「殿下……いえ、なんでもありません。昼食ですよね。はい、ご一緒させてくださいませ」
エースは無言で室内の財務官たちを見たが、全員が首を横に振った。
再びミラジェーンに視線を戻したエースは穏やかに微笑んで腕を向けた。
「ミラ、第三温室でいいかな?」
「はい」
消え入りそうな声に、エースは一瞬真顔になったが、すぐに微笑み、彼女の手を取って自分の腕にかけた。
「じゃあ行こうか」
エースは財務官たちに目配せしてから、自らが管理する第三温室へと向かった。
第三温室には、温かな日差しが降り注いでいた。
手入れの行き届いた温室には夏の花が咲き乱れ、かぐわしい香りを漂わせていた。
エースはミラジェーンの手を包み、彼女の顔を覗き込んだ。
「ミラ、ずいぶん手が冷えているし、食事の前に温かいお茶でも用意させようか」
エースは顔を上げ、ミラジェーンと自分の侍女にそれぞれ目配せした。
どちらも素早く頷き、下がった。
「……お気遣い、ありがとうございます殿下」
「ミラ、今日の昼食なんだけど北部の特産品なんだ。男爵から観光における食事の重要性について力説されてね」
エースは穏やかな笑顔で、テーブルに並べた食事の説明を始めた。
ミラジェーンは小さく頷きながら静かに話を聞いていた。
すぐに侍女が戻り、温かな茶がミラジェーンの前に差し出された。
「……いい香りですわ」
「気に入ってくれたかな。本当は食後に出そうと思っていたのだけど、これも北部の品なんだ」
「ありがとうございます……とても、美味しいです」
エースは微笑んだ。
それを合図に、侍女たちが食事を二人の前に並べていった。
ミラジェーンは茶をすべて飲むと、少し頭がすっきりした。
ゆっくりと息を吸って吐く。
いつの間にかミラジェーンの目の前には、色とりどりの野菜が並べられていた。
「殿下、こちらのお野菜はなんという品でしょうか」
「これはね」
二人はいつもより静かだったが、それでもぽつぽつと話しながら食事を進めた。
食後、ミラジェーンはエースに手を引かれ、温室の奥のベンチへと連れて行かれた。
並んでベンチに腰掛けると、エースはミラジェーンを覗き込んだ。
「ミラ、何があったか聞いていいかい?」
「……なにも」
「君は嘘をつくのが下手だな」
くすくすと笑うエースに、ミラジェーンは視線を彷徨わせた。
「ミラ、この間言ったことをもう忘れたのかい?」
「この間、言ったこと……ですか?」
「うん」
ミラジェーンは俯いて指先を握りしめた。
「ミラ」
耳元に優しい声が落ちた。
息がかかるほどの距離でささやかれたそれは、砂糖菓子よりも甘かった。
ミラジェーンが思わず顔を上げると、すぐ傍で微笑んでいたエースと目が合った。
「……あの」
「うん」
「わたくし、婚約者のいる身ですので、離れていただいて」
「ごめんね。ミラが心配なんだ」
「それは……ありがたく存じますが」
「で、この間のことだけど、『俺は第二王子としても、一人の男としても、常に君の味方だ。それを覚えておいてほしい』って言った」
ミラジェーンは少しポカンとしてから、ゆっくりと頷いた。
エースはそれを確認してから続けた。
「だから、ミラが辛い思いをしているのなら、その理由を教えてほしい」
「……ですが、わたくしには婚約者がおりますし、他の殿方に頼るのは」
ミラジェーンは困ったように微笑んだ。
エースは唇を噛み、椅子から降り、流れるようにミラジェーンの足元に跪いた。
「ミラジェーン・ブライズ嬢」
「で、殿下!? おやめください、そのようなことを!!」
驚いたミラジェーンは、慌てて椅子から滑り降り、エースの前に座り込んだ。
「俺じゃ、頼りにならないかもしれないけど」
「そんなことは、決してありません!」
「そう?」
「はい、殿下はとても頼りになるお方です!」
「じゃあ」
エースは立ち上がり、ミラジェーンに手を差し出した。
「何が君をそんなにも悲しませているのか、教えてくれるかい、ミラ」
ミラジェーンは顔を上げたが、逆光でエースがどのような表情で自分を見ているのか分からなかった。
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