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13.流行病と観光事業

 数日後、再び登城したミラジェーンは、執務室にてブライズ侯爵と応接セットで向かい合っていた。二人の間には、冬期の流行病対策に関する予算が記された紙が散らばっていた。


「薬草がどうしても高いですわね」


「もう少し人的コストを下げたいが、難しいからな」


「そこはきちんと支払うべきです」


「であればどこで切り詰めるべきか……」


「ですが、庶民の方々が自ら感染症を乗り越えられれば、冬期の市政も活気づき、医師の方々も重篤な病に専念できますものね。なんとしてでも予算を用意せねばなりません」


「……ミラ、君にはもう少しドレスや菓子の話で盛り上がる娘になってほしかったのだがな」


「手遅れでしてよ。わたくし、ドレスよりインクの替えが欲しいですわ。減ってきましたの」


「それはわたしではなく、侍女に言いなさいよ」


 二人の様子を穏やかに見守っていた爺は、侍女にインクの替えと茶菓子を頼み、自身の仕事に戻った。

 やがて執務室の扉が叩かれ、インクと茶、茶菓子が運び込まれた。

 銀の髪とアメジストの瞳を持つ、若手財務官の手によって。


「……殿下、その変装をお気に召していらっしゃるのですか?」


 呆れた声のミラジェーンに、ブライズ侯爵が顔を上げて目を丸くした。


「殿下? 何をなさっていらっしゃるのですか」


「しばしばこの変装で執務室にいらっしゃいますのよ。ときおり殿下の秘書が血相を変えて探しにいらっしゃるのです」


「本当に何をなさっているのですか……」


 エースは笑みを浮かべ、インクと茶、茶菓子をミラジェーンの手元に置き、自身も応接セットの彼女の隣に腰を下ろした。


「父から、ブライズ侯爵と昼食を共にしたいとの誘いがありましたので、よい頃合いで食堂へ向かっていただければと思います。ミラも俺と昼にしよう。その後、北部の男爵から行路計画についての相談があるようだから、一緒に話を聞いてほしい」


「承知いたしました」


「オリン公爵とインサラータ伯爵もいらっしゃるようですよ。香辛料の輸入について相談したいとのことです」


「ほう、それはぜひご一緒させていただかなくては」


 ブライズ侯爵は笑顔で頷いた。


「それにインサラータ伯爵が手土産にと新作のドレッシングを持ってきてくださったから、父たちの昼食にも俺たちの昼食にも使ってもらう予定だ」


「まあ、楽しみですわね」


「使われている材料や値段も聞いておいたから、ミラは楽しみにしていてほしい」


「ふふ、殿下は抜かりがありませんわね」


「もちろん。君が知りたいことくらい、俺は承知しているからね。俺は」


 含みのあるエースの言い方を、ミラジェーンは聞き流したが、ブライズ侯爵はわずかに渋い顔をした。

 もっとも、誰かに気づかれる前に笑顔に戻したが。



 数時間後、三人は執務室を後にした。

 ブライズ侯爵は食堂へ向かい、エースとミラジェーンは並んで第三温室へ向かった。

 温室にはすでに昼食の支度がされており、以前と同じように三段のケーキスタンドには、ケーキではなく肉の詰まったサンドイッチやサラダ、挽肉と根菜を詰めたパイにガレットが並べられていた。


「……なぜケーキスタンドに盛り付けられていますの?」


「運びやすいし、全部同じ場所にあって取りやすいから」


「そうではありますが……」


 エースは一番下の段のサンドイッチとサラダを侍女に取り分けさせ、ミラジェーンにも勧めた。


「こちらのサンドイッチ、美味しいですわね」


「うん、先ほど話したインサラータ伯爵の新しいドレッシングを使っているよ」


「お肉にも野菜にも合いますのね」


「香辛料を多めに、やや辛めに味付けしてあるね。値段は……」


「原材料や手間を考えれば妥当ですが、なかなかいいお値段ですわ……」


 二人はのんびり雑談しながら食事を終え、その後エースが取り出した北部の男爵からの手紙を一緒に覗き込んだ。

 そこには検討中と思われる工事計画が簡潔に記されていた。

 基本的には著名な観光地へ向かう行路から順に整備したいという内容であった。


「よろしいかと思いますよ。使用頻度の高い道から整備するのは当然です」


「大きい道から整備されれば、より多くの人が行き来できるしね」


 二人は意見を交わしたのち、男爵の待つ城内の応接室へ向かった。

 ミラジェーンがエースと共に応接室へ入ると、男爵が立ち上がり、応接セットの向かいに座っていたルーシーも振り向いた。


「ご無沙汰しております、男爵。ルーシー様もいらっしゃいましたのね」


「そうなの。先日試着していただいたドレスの改良版を持ってきてくださったと伺ったから」


「はい。観光中にお召しいただく品ですので、動きやすさと軽さ、それから着替えやすさも考慮しております。また、汚れにくさも重視いたしました。併せて靴もご用意いたしましたので、ルーシー様、ミラジェーン様には、それぞれご試着のうえご感想をいただければと存じます」


 男爵がルーシーとミラジェーンの前に差し出したドレスは、それぞれ濃紺と銀色であった。銀色のドレスは、幅広の紫のリボンで胸下を結ぶ作りになっていた。


「先日ルーシー様よりご依頼いただいたガウンと合わせてご着用いただけるよう、デザインいたしました。……ミラジェーン様、いかがでしょうか?」


「……わたくしに、よろしくないと言う権利がございますの……?」


「ないよ」


 なぜかエースが即座に答えた。

 婚約者のいる女性が、他の男性の髪や瞳の色に合わせたドレスを着るのはいかがなものかと、ミラジェーンは思った。それも王城ともなれば、王家の承認を得たものと見なされるのではないかとも思われた。

 ある意味ではそうだが、オリン伯爵が異議を申し立てるのではないかとも考えられた。

 ミラジェーンがそんな思考を巡らせていると、ルーシーがにこりと微笑んだ。


「父と愚弟に異論があるのなら、きちんとわたくしに申し立てるなり、ミラさんに似合うドレスを仕立てて贈ればよいのです。もしオリン家の者に何か言われたら、わたくしが着せたと仰ってくださいませ。大丈夫、事実ですから」


「ル、ルーシー様……」


「では、試着させていただきますわね」


 ルーシーが立ち上がり、控えていた侍女たちが素早くドレスを抱えた。

 ミラジェーンはそのままルーシーの私室へ連れられ、ドレスに着替えさせられ、自身の姿を鏡で確かめる間もなく、応接室へと連れ戻された。


「いかがかしら」


「とてもよく似合っているよ、ミラ」


 エースは素早くミラジェーンの足元にかしずき、その手を取って唇を寄せた。

「ちょっと、先に義姉を褒めなさいよ」


「義姉上は兄上に褒めていただけばよろしいでしょう。俺の目にはミラしか映りませんので」


「何なのよ、この気障な義弟は……。男爵、すばらしいお手前です。軽くて動きやすく、そして着替えも手間取らない。こちらのドレスの刺繍は、北部の伝統的な模様をあしらっていますね」


 ルーシーはエースを呆れた顔で睨んでから、真面目な表情で男爵へと向き直った。


「さすが未来の王妃殿下。よくご存じでいらっしゃいます。模様のパターンをいくつか用意してございますが、オーロラやスノードロップ、雪の結晶、また幼い淑女向けにはトナカイやもみの木など、かわいらしいものも検討中でございます」


「よろしいかと存じます。その地域ならではの特色を出すことで、旅行中の特別感も増しますし、お土産として購入したがる貴族もいらっしゃると思いますわ。ミラさんはいかがかしら」


 ルーシーに話を振られ、ミラジェーンは頷いた。

 数歩進み、ドレスの裾をひらりと翻した。


「いただいたブーツは温かく、歩きやすくて素晴らしいですわ。それに見た目ほどドレープも広がりませんね。北部は風が強いですから、歩きやすい点でもよろしいかと。ドロワーズの丈を長くするのもよいかもしれませんわね。膝下で軽く絞り、裾にレースを多めにあしらえば、多少めくれても見た目も損なわれないかと」


「なるほど。そもそもスカートはめくれやすく、寒さもございますからなあ。外側と内側を分けてしまうのは良いお考えかと。参考にさせていただきます」


 その後はエースも交えて観光地の優先順位や予算について話し合い、やがて解散となった。

 ミラジェーンは帰る際にドレスを脱ごうとしたが、エースとルーシーに押し切られ、そのままブライズ侯爵と合流した。


「ふむ、ルーシー様はそういうお考えか……頭が痛いな……」


 馬車に乗り込むなり、ブライズ侯爵は目を細めて遠くを見やった。


「お父様……お騒がせしまして。でもこのドレス、とても着心地がよいのです。お母様にも勧めたいですわ」


「それならいいんだけどね。観光事業はどうだい? 男爵はずいぶん張り切っているみたいだけど」


「ええ、全体的な計画はよろしいかと。ただ、お父様の仰るとおり、詰めの甘い箇所がいくらか見受けられますわね」


 ミラジェーンは先ほどの話をブライズ侯爵に伝え、意見を求めた。



 やがて馬車はブライズ侯爵邸へと到着した。ブライズ侯爵は娘の手を取って馬車から降ろす。


「ミラ、待ちわびたよ」


「エリオット様」


 ブライズ侯爵邸からエリオットが姿を現した。

 そしてミラジェーンのドレスを見るなり、顔をしかめた。


「なんだい、その下品なドレスをまた着ているのか。ああ、城に行っていたのだったな。さては姉上だな? 姉上は自分までも王族になったつもりでつけあがっているんだ。まったく、君にそんなみっともないドレスは似合わないよ。今すぐ着替えてくるんだ」


「エリオット様、それは……」


 まくし立てるエリオットに、ミラジェーンは口を挟むことができなかった。

 ブライズ侯爵も驚いた様子であったが、娘よりも早く立ち直った。


「エリオットくん、落ち着きたまえよ。これは北部の観光事業のためのものだ。ドレスそのものを非難すべきではない」


「恐れながらブライズ卿、あなた様までこのような品のない、妊婦のようなドレスをお認めになるのですか」


「そういう問題ではないのだがな」


「ミラ」


 エリオットは眉間にしわを寄せたままミラジェーンを睨んだ。


「君はオリン家に嫁ぐ自覚が薄いのではないのか? いつまで独身気分で城で遊んでいるのだ。次期オリン公爵夫人として、浮かれるのも大概にしてほしい。今日はこれで失礼するよ。次のデートについての相談に来たのだが、それどころではなさそうだからね。ブライズ卿、失礼いたします」


 言いたいことだけ言うと、エリオットは踵を返し、オリン公爵家の馬車に乗って去っていった。

 残されたブライズ侯爵とミラジェーンは、顔を見合わせることしかできなかった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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