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11.馬車とシミューズドレス

 季節が春から夏へ移ろう頃、ミラジェーンとエリオットはルーシーから茶会に招かれていた。

 エリオットと共にオリン公爵家の馬車で登城する途中、彼は顔をしかめていた。


「ミラ、王族の方々との茶会に、その品のないドレスはどういうつもりだい?」


「こちらはシミューズドレスと呼ばれる品でして、北部での観光用に開発中のものだそうですの。試着をと、ルーシー様が送ってくださいましたの」


 ミラジェーンは白いスカートの裾を持ち上げて見せた。

 もとは薄手の白い一枚布のみの品だったそうだが、北部の環境に合わせて薄布を何枚も重ね、温かく過ごせるよう改良したのだと、ミラジェーンはルーシーから聞いていた。

 一番上に厚手のガウンを羽織ることで、風でまくれることもなく、温かいのだという。

 ミラジェーンはルーシーからドレスとセットで贈られた明るいスミレ色のガウンを羽織っていた。


「姉が……? 女が経済に口を出すとは、図々しいことだ」


「女性の被服には女性の意見をと、北部の環境に力を入れていらっしゃる男爵からの、たっての願いだとか」


「ふうん。自分の頭で考えることもできないのか。……まあ、男爵だからな」


 ミラジェーンは口を閉ざし、窓の外へと視線を向けた。

 馬車は王城の門をくぐり、やがて止まった。

 エリオットが先に降りて歩き出したところで、庭園からエースが駆けてきた。


「ミラ!」


「殿下。わざわざお出迎えくださったのですか?」


 まだ馬車を降りていなかったミラジェーンが入口に足をかけると、エースが手で制した。


「たまたまだよ。……エリオット殿もごきげんよう」


「王国の小さな太陽であるエース・ニーズヘッグ殿下にご挨拶申し上げます。ミラ、なんだい殿下の上から……っ、申し訳ありません、殿下。無作法な真似を」


 取り繕うエリオットに、エースはにこりと微笑みかけた。


「そもそも、婚約者である君がブライズ嬢をきちんとエスコートすべきなのだが、その点をどう考えているのか聞きた……くはないかな。気にしなくていいよ。おかげで俺がミラをエスコートする栄誉を賜れるのだからね」


「で、殿下……」


 エースはミラジェーンに手を差し出した。


「お手を、レディ。今日も誰よりも美しいね。君が現れただけで太陽すら褪せそうな輝きだ」


「殿下、熱でもおありですの?」


「熱はないし、俺の君への褒め言葉は全て無償だから気にしなくていい。兄上たちは第二温室でお待ちだよ」


 ミラジェーンはエースとエリオットを見比べた。目の前で手を差し出す第二王子と、城の入口で顔をしかめる婚約者である。

 いったいどうすべきか三秒ほど悩んだ末、王族の手を払い除けるのは失礼であると結論を下し、エースの手に自身の手を重ねた。


「第二温室は久しぶりですわ」


「最後に義姉さんとお茶をしたとき以来かな?」


「ええ、第三温室は時折お邪魔させていただいておりますけれど」


「ミラは王城の温室に詳しいのかい?」


 馬車を降りた途端、ミラジェーンとエースの間にエリオットが割って入った。

 ミラジェーンはエースから手を離したが、その瞬間、エースが素早く彼女の腰を引き寄せた。


「おっと、危ない。ミラ、足元には気をつけて」


「は、はい。殿下、ありがとうございます……?」


「エリオットくんはこちらに。君は中庭にある温室には入ったことはあるかい?」


 エースは穏やかに言い、エリオットを自らを挟んでミラジェーンの反対側へと誘導した。彼女の腰に添えていた手は、さりげなく曲げられ、ミラジェーンに向けられていた。

 ミラジェーンは再び逡巡した末、触れるか触れない程度にエースの腕に手を添えた。


「いえ、まだでございます」


「そうなんだ。温室はいくつかあるけれど、第二温室は兄上が管理していてね。青や銀の花が多くて、とてもきれいなんだ。今日はぜひ楽しんでいってほしい」


「ありがとうございます。第二王子殿下にそのようにおっしゃっていただけるとは、光栄の至りでございます」


「ミラも」


 気を良くしたエリオットから目を離し、エースはミラジェーンへと向き直った。

 エースは、エリオットから見えない位置で、ミラジェーンが彼の腕に添えた手を軽く引き、しっかりと掴ませた。


「殿下……」


 ミラジェーンの咎めるようなささやき声に、エースは満面の笑みを向けた。


「君も第二温室は久しいと言っていただろう。兄上が遠方の国から取り寄せた珍しい植物が開花したそうだから、後で案内しよう。他にも君に見てほしい植物がいくつかあってね」


「わたくしに、ですか?」


 ミラジェーンが聞き返すと、エースは笑顔から真顔になって頷いた。


「うん。冬に市井で例年流行る病があるだろう。あれの薬になると言われている植物の繁殖に、王城の庭師たちが成功してね。ただ、かなり手間がかかるんだ。しばらくは冬場に無償で配布したいが、いずれ有償化するにあたっての値付けの相談をしたいんだ」


 エースはミラジェーンが考え込む様子を笑顔で見守った。

 しかし、うつむくミラジェーンに対し、エリオットが尖った声を発した。


「ミラ、殿下にお返事をなさらないのか。申し訳ございません、殿下」


「構わないよ。ミラが真剣に考えてくれているということだからね。なにしろ新たな国有事業だ。ブライズ侯爵家には尽力してもらわないと」


「もちろんその通りです。彼女が頼りない分は、僕が尽力いたしますので」


 蔑んだようなエリオットの発言に、エースは表情を変えなかった。

 しかし、自身の腕に添えられていたミラジェーンの指先を、反対の手で強く握った。


「殿下……申し訳ございません、殿下。詳細はまた父とも相談いたしますわ」


「うん。今のはただの前振りだ。詳しくはまた今度、第三温室で話そう。――ねえ、エリオットくん」


「はい、殿下」


 エースは第二温室の入り口で立ち止まった。

 穏やかな表情のまま、自らより五つほど年上のエリオットを見つめた。


「俺はミラのことを頼りないだなんて一度たりとも思ったことはない」


「で、殿下……なにを仰っておりますの?」


 話の流れを聞いていなかったミラジェーンは目を白黒させてエースの腕を引いたが、エースはなおも続けた。


「俺は彼女のことを、とても頼もしくしっかりしていて……そして誰よりもかわいらしい人だと思っている。エリオットくんは、どうかな」


「ぼ、僕は……いえ、殿下。ミラは殿下よりも年嵩ではありませんか。それをかわいらしいだなんて」


「ミラ、兄上と義姉上がお待ちかねだ。これ以上お待たせすると、俺が叱られてしまうから行こうか。エリオットくん、ミラのエスコートをしっかり頼んだよ」


「はあ……」


 エースはミラジェーンの指先を、自身の腕からそっと外した。最後にきゅっと握ってから、手を離す。

 ミラジェーンは困惑したままエリオットを見上げた。

 エリオットも同様に困惑の表情を浮かべていたが、ともかく腕を軽く曲げてミラジェーンに向けたため、彼女はそこに手を添えた。

 それを見てエースは頷き、温室の扉を開けた。


「お待たせしました、兄上、義姉上」


「やあ、こちらの準備は万端だよ」


「ようこそ、ミラさん、エリオット」


 温室の中央にはテーブルが置かれ、それを囲むように並べられた椅子の一つからルーシーが立ち上がった。


「ミラさん、シミューズドレスを着てきてくださったのね。着心地はいかがかしら」


「はい、苦しくありませんし、身体も軽く、とても動きやすい素晴らしい装いですわ」


「やはりそうよね。ウエストはリボンや帯で軽く押さえる程度にして、ガウンに刺繍を施せばそれらしく見えるようになるのではないかと思うのよ」


 ルーシーも同じくシミューズドレスを着用しており、明るいレモンイエローの薄手の生地を幾重にも重ね、ふわりと広げていた。

 羽織っているガウンは灰色の落ち着いた色合いだが、濃い青の糸でリンドウと王家の紋章である竜の繊細な刺繍が施されている。……それは第一王子の髪と瞳の色でもあった。


「姉上、このような品のないドレスを僕の婚約者に着せないでいただけませんか。太ましく、みっともないではありませんか」


 エリオットが唇を尖らせた途端、ルーシーの目がつり上がった。

 ルーシーが口を開く前に、第一王子のアッシュが素早く立ち上がり彼女の腕を引いた。


「エリオットくん、たしかに見慣れないドレスかもしれないね」


 アッシュはエースとよく似た穏やかな表情で、ルーシーを背にかばった。

 ルーシーがアッシュの後ろで深呼吸しているのを、ミラジェーンはどう受け止めればよいのか、どのような顔でいればよいのか分からないまま見つめていた。


「だがこれは、北部が観光のためにと、地元で古くから愛されている衣装と掛け合わせて考えられた品だ。容易に強い言葉で否定することは、その地域に古くから住まう人々の歴史を否定することにもなる。よく考えて発言してほしい」


「……申し訳ございません。軽率な発言でした。あまりに見慣れぬ形故、戸惑ってしまいまして」


「うん、そうだよね。俺も最初に見たときは驚いたよ。けれど」


 アッシュは振り向き、ルーシーの腰を抱き寄せた。


「このドレスを纏っているときの俺の婚約者は、いつものコルセットで締め付けているときよりも、ずっとかわいらしく見える。だから俺は気に入っているよ」


「ちょ、殿下!」


 ルーシーが頬を染めてアッシュの胸を手で押したが、彼は離そうとしなかった。

 ミラジェーンは二人の微笑ましいやり取りを見ていたが、ふと自身のガウンを見下ろした。そしてそれが、隣で微笑んでいる第二王子の持つアメジストの瞳と同じ色であることに気づいた。

 しかし、気づいたからといって、その場で問うことも脱ぐこともできず、エリオットの方へと向き直った。


「エリオット様、お茶にいたしましょう。ルーシー様がご用意くださる品は、いつもとても美味しいのですから、ぜひご一緒にいただきましょう」


「あ、ああ、そうだな……」


「ミラ、エリオットくん、こちらのガレットがおすすめだからぜひ」


 エースは笑みを浮かべてミラジェーンに椅子を引き、自らも素早くその隣に腰を下ろした。

 エリオットはなお困惑の面持ちだったが、ともかくミラジェーンの隣に腰を下ろした。


「まあ、殿下。それはわたくしが用意したものでしてよ」


 ルーシーが笑みを浮かべながらエリオットの隣に座り、アッシュがルーシーとエースの間の椅子を引いた。

 全員が席に着き、アッシュが声をかけて茶会が始まった。

 エリオットがミラジェーンの耳元でささやいた。


「僕も王族からの覚えがずいぶんめでたくなって、君も嬉しいだろう?」


「そ、そうでしょうか……?」


「まあ、金の計算しかできない君には、この機微はわからないかもしれないね」


 そう言ってエリオットは、笑顔でアッシュの発言に頷いて見せた。

 ミラジェーンは首を傾げたが、反対の隣に座るエースに菓子を勧められたため、エリオットの発言にそれ以上の指摘はできなかった。

エースの間男ムーブを書くのがとても楽しかったです。

(エリオットのポンコツムーブも)

***

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