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10.コルセットとふわふわクリーム

 数日後、ミラジェーンは数名の令嬢らと茶会に興じていた。

 リサーナ侯爵令嬢が主催する、親しい者のみを招いた茶会であり、ミラジェーンの社交パーティ主催を労う場でもあった。


「……というより、皆様は先日のパーティメニューが目的ではなくて?」


 ミラジェーンが苦笑すると、リサーナはにこりと微笑んだ。


「当然です。それに、エリオット様とエース殿下とどうだったかもお聞かせくださいませね」


「リサーナ様、下心は下に隠すものでしてよ? お土産はお持ちしましたけれども」


 ミラジェーンが振り向くと、侍女が進み出て、パーティで用意された軽食とデザートの一部がテーブルに並べられた。

 令嬢たちが歓声を上げ、ミラジェーンは口元をわずかに緩めた。


「皆様が喜んでくださって嬉しいですわ。私にもいただけますか。当日はあまり口にできませんでしたの」


 リサーナが「もちろんですわ」とうなずくと、侍女が素早くミラジェーンの分を取り分けた。


「やはり主催ともなると、お忙しいのですね」


 別の令嬢が眉を下げたが、ミラジェーンは視線を外し、静かに首を横に振った。


「いえ……それはもちろんそうなのですが、お恥ずかしい話でして、コルセットがいつもよりきつく、口にできませんでしたの……」


 令嬢たちは一様にはっとして顔を上げた。

 彼女たちはミラジェーンがパーティで着用していた新しいドレスがオリン公爵夫人から贈られたものだと、当然知っていた。


「さ、サイズがあってませんでしたの?」


「……いえ。ドレスを作っていただく際に、『主催なのだから、今後のためにもより美しく仕上げねば』とウエストを細めに仕立屋に指示なさっていたんです。靴のヒールもいつもより高くて。その分今日のドレスはゆるめの作りですけど、お許しくださいませね……」


 いつもはまっすぐに伸びているミラジェーンの背が、かすかに丸まっていた。

 その様子に、令嬢たちは衝撃を受けた。


「オリン公爵夫人は厳しくていらっしゃいますのね」


「ミラ様、オリン公爵夫人にはウエストを絞られ、ブライズ侯爵夫人には財布の紐まで絞られましたのね」


「うまいこと言わないでくださいまし」


「それだけミラ様に期待してくださっているということですわね」


「そうですわね。この程度のことで根を上げてはブライズ侯爵家の名折れですわ」


「それはそれとして、こちらのクリームがふわふわで美味しいですわよ。ミラ様もお召し上がりになって」


「リサーナ様ったら、用意したのは我が家の料理人でしてよ? 当然ではありませんか」


 ミラジェーンがなんとか持ち直し、リサーナが場を明るくしたところで、令嬢たちは再び話題を変えた。


「今回のパーティではエリオット様もご一緒でしたわね。ファーストダンスも素敵でしたわ」


「その後の殿下とのダンスもなかなかでしたわね……でも、エリオット様は嫉妬なさいませんの?」


「エリオット様はご友人へのご挨拶に向かわれておりましたので、私が手持ち無沙汰にならぬよう、殿下がお気遣いくださったのですわ」


 ふと、ミラジェーンはエースがいつも自分を気遣ってくれていることに気づいたが、顔にも言葉にも出さなかった。

 次に会った際には礼を忘れぬようにしようと、それだけを胸に留めた。


「まあ、相変わらず殿下はお優しいわね。でもエリオット様もその後はずっと一緒に挨拶されていたでしょう? お付き合いくださるなんて」


「それほどでもありませんよ、美しいレディ」


 突然の声に、令嬢たちははっとして顔を上げた。

 ミラジェーンが振り返ると、そこには穏やかな笑みを浮かべたエリオットが立っていた。


「所用で近くまで来ていたのだけれど、我が婚約者殿がこちらでご友人たちと茶会を開いていると聞いて、参じたんだ」


「エリオット様もぜひ、ご一緒しませんこと?」


 リサーナがそう言うと、ミラジェーンの隣に素早く椅子が用意された。


「ちょうどエリオット様のお話をしておりましたの。先日のパーティでミラ様とご一緒に挨拶をなさっていたでしょう?」


「ええ、我が婚約者の晴れ舞台でしたから。無事に成功して、私僕も尽力した甲斐がありました」


 ミラジェーンはわずかに眉をひそめたが、皆がエリオットに視線を向けていたため、気づく者はいなかった。

 彼女は、エリオットがいつ、何に尽力したのか、まったく知らなかった。


「よく頑張ったね、ミラ。僕も婚約者として鼻が高いよ」


「え、ええ……そう言っていただけて、嬉しいですわ。エリオット様」


 満足げに頷いていたエリオットだったが、ミラジェーンの姿を見ると、ふいに黙り込んだ。

 上から下まで彼女の姿を眺め、口元をゆがめた。


「ミラ、パーティが終わったからといって、少したるんでいるのではないかい?」


「何か、不手際がございましたか?」


「君のそのウエストだ。パーティのときより、ずいぶん緩んで見えるが」


 さすがのエリオットも言葉をぼかしてはいたが、それでも令嬢たちはミラジェーンをいたわしげに見つめた。

 ミラジェーンは一瞬虚を突かれたように目を見開いたが、すぐに笑みを作って持ち直した。

 今の笑みが一秒以内に整えられたか自信がなく、母の耳に入らなければよいと彼女は願った。


「申し訳ありません、エリオット様。今回は友人たちとの気楽な集まりでしたので、服装もそれに沿ったものにいたしましたの」


 リサーナも慌てて取りなそうとしたが、エリオットが口を開く方が早かった。


「ミラ、言い訳は聞きたくない。君はオリン公爵家の次期女主人となる身だ。いついかなる時でも、それを忘れないでほしい」


「……申し訳ありませんでした」


 ミラジェーンは静かに頭を垂れた。

 一方でエリオットは、笑みを浮かべて令嬢たちを見回した。


「僕の婚約者が見苦しい姿をお見せして申し訳ない。我々は先に失礼するから、どうか楽しんでくれ。ミラ、まさかこのような豪勢な食事を口にしてはいないだろうね。ブライズ侯爵家の淑女ともあろう者が」


 ミラの前に置かれた、半分以下に減った皿に目をやり、エリオットは冷たく言い放った。

 今度はリサーナが先に口を開いた。


「申し訳ありません、エリオット様。そちらは我が家の給仕が、ぜひミラ様にもとご用意した品ですの。我が家の顔を立てると思し召し、どうかミラ様にはすべて召し上がっていただきたく存じますわ」


 リサーナがきっぱりと言い切ると、エリオットは一瞬目を細め、それから笑みを浮かべた。


「そうでしたか。では僕は先に馬車に戻っているから、君も失礼のないように切り上げて来なさい。……あまり、僕を待たせないでほしい。次期オリン公爵家の家長として、僕は忙しいのだから」


 エリオットは席を立ち、その場を後にした。

 しばらく無言が続いたのち、令嬢たちは互いに目を合わせた。

 やがて口を開いたのはリサーナだった。


「……ミラ様」


「ご、ごめんなさいね。気を遣わせてしまって」


「ミラ様が謝ることなど、何一つございません。ともかく、目の前のお食事をお召し上がりになって?」


「ありがとうございます」


 ミラジェーンは困ったように微笑み、フォークを手に取った。


「ふふ、ミラ様は貞淑でいらっしゃるのね」


 リサーナの呟きに、ミラジェーンは返事をすることができなかった。


***


 ミラジェーンが帰ったあと、令嬢たちは頭を寄せ合った。


「いかが思われましたか? 皆様」


 剣呑な表情を浮かべ、口元を扇子で隠したリサーナに、周囲の令嬢たちも目を細めて頷いた。


「どうもこうもありませんわ」


「……エリオット様は、どうなさったのかしら?」


「社交パーティのときのエリオット様、ご覧になりまして?」


「グロッタ男爵令嬢ですか?」


「アーシェス子爵令嬢と、ジェミー男爵令嬢、あとは……」


「ミラ様が主催としてあれほどお忙しくしていらしたのに!」


「……だから、殿下がミラ様を気遣われたのでしょうね」


 リサーナは小さくため息をついた。

 全員が再び顔を見合わせる。

 一人の令嬢がすっと手を挙げた。


「明日、父と登城の予定がございますの。可能でしたら、ルーシー様かエース殿下にお目通りしてまいりますわ」


「私も週末に参りますの」


「情報は多い方がよろしいですわ。……見ていられませんもの」


 令嬢たちは顔を見合わせ、深く頷き合った。

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