第75話 オタサーの姫なんてなりたくない!
再び夢中になって漫画を読んでいると、マスターが作った料理を席に置いてくれた。冷めると美味しさが格段に減ってしまうので、一度漫画を置いてご飯を食べる。
ハンバーグにかかったデミグラスソースの匂いを嗅いだだけでよだれが出てきた。美味しいのは確定しているので、早速口の中に入れる。
「あ〜んっ。お、美味しい!」
これはッ、想像のハードルを高く越えた、本格の味だ。カフェのレベルじゃなく、本格的なレストランの味がする。
美味しさのあまり食べる手が止まらず、すぐに完食してしまった。
「ご馳走様でした」
萌え絵に惹かれて入ったが、この店を選んで大正解だった。さて、食べ終わったのであとはコーヒーを飲みながら漫画を読む事に専念しよう。
「グラス先生って本名なのかな……。それともペンネーム?」
「グラス」とは、英語で飲み物を入れる容器や、草の種類の事を指し、複数形にするとメガネの意味になる。爆笑して草生えるからグラスって事は……無いか。ネットスラングだから異世界では通じない。
「料理に用いる、ソースを煮出した物もグラスと言いますが、メガネを掛けていらっしゃる事が由来だと思われます」
「あっ、そういえば会った事あるんでしたっけ。グラス先生ってどんな人なんですか?」
作者の事が気になったので質問した。
「創作へのやる気に満ち溢れている方ですよ。それに、所作からも気品を感じさせます」
「って事は、貴族なんですか?」
「そこまでは知りません、口調は普通でしたので。ただ、漫画を書かれる方は金銭的に余裕のある方が多いと思います」
言われればそうだ。漫画って描くのにすごく時間がかかる。それに、この世界だと漫画自体の認知度が低いから仕事としてやって行けなそうだし、お金持ちが趣味でやるような物なのか。
「もっと漫画の事をみんなに知ってもらえるといいな……。専業漫画家として稼げるようになれば、読者も早く新作が読めるのに」
「だからこそ、私はカフェに漫画を置いたのです。漫画をより多くの方に知ってもらいたいので」
「マスターはどのようにして漫画の存在を知ったんですか?」
料理の腕前から察するに、マスターは恐らく元々プロの料理人だったのだろう。
何がきっかけで漫画と出会ってどハマりしたのかとても気になる。
「よくぞ聞いてくださいました。私は元々料理一筋の人生を送っていましたが、この歳になると何か他の趣味を作りたいと思い立ち様々な物を試した結果、販売会にて漫画と出会ったのです」
「へぇー!マスター、見る目ありますねぇ」
誰目線で物を言っているんだ俺は。だが、前の世界では世界中で幅広い人達に愛されている漫画を、こんな初期の頃から好きなんて古参ファン過ぎるので誇っていい。
「私としては先ほどあなたが仰っていたように、漫画だけの雑誌が発売されるくらい、もっとメジャーな存在になって欲しいのです」
「大丈夫ですよ!こんなに面白いんですから、いずれブームになりますって!私が保証します!」
前の世界ではあんなに人気になったんだし、この世界でも流行るに決まっている。その為、俺は胸を張って高らかにそう宣言した。
「心強いですね。一緒に、漫画を布教していきましょう」
「えぇ!ちなみに、次回の販売会っていつですか?」
いつでも買える訳じゃ無いのが難点だが、作者本人に会えるのはテンション上がるな。グラス先生ってどんな人なんだろう……?
「えぇと、来月の」
その時、ドアが開いて他のお客さんが入ってきた。
「マスター、カフェラテ一つ!って、美少女が居るでござる!」
「ござる口調」の若い男性であり、見た目は異世界なのにアメリカのギークっぽさを醸し出していた。
そんなコテコテなオタクのイメージ通りな事があるか、ってくらいザ・オタクって感じの人だ。
「あ、えっと私はその……」
「漫画に興味があるんですか!?それなら、拙者の推しの作品を教えるでござる!」
その男は俺の前まで近付いてバッグにたくさん入っている本を全て取り出した。これは……俺も昔そうだったからわかるが、推しの話を相手に延々と聞かせて布教するつもりだ。
「あ、あわわ……!」
俺は咄嗟にコーヒーのカップを持ち、ぬるくなったホットコーヒーを一気に飲み、近くにいるマスターにお代の硬貨を手渡した。
「これお代です!ご馳走様でしたー!」
そのまま走って扉から外に出て、逃げるように店から離れていった。
しばらくして、店から見えない路地に入ったので立ち止まって休んだ。
「はぁ、はぁ……!そうだった。夢中になるあまり忘れかけてたが、今の俺は女だった。美少女で漫画好きって、まるでオタサーの姫じゃないか!」
俺を取り合って、他の男性客の仲を悪化させてしまうかもしれない。料理も雰囲気も良かったから通いたいのに、サークルクラッシャーになりたくないから行きづらい。
さて、昼飯を食べたし帰ろう。……待てよ、何か忘れている気がする。
「あっ、マオウグンの事忘れてた」
漫画に意識を取られて、肝心の目的をすっかり忘れてしまっていた。




