オタサーの姫なんてなりたくない!
届いた料理が冷めちゃうし、一度漫画を置いてご飯を食べよう。おぉ〜!めっちゃ良い匂いのするデミグラスソースだ〜!見た目からもう美味しいのは確定しているが、早速口の中に入れよう。
「あ〜んっ、お、美味しい!」
これはッ、ハードルを高く越えてきた!カフェのレベルじゃない、本格的なレストランの味がする!
美味しさのあまり食べる手が止まらず、すぐに完食してしまった。
「ご馳走様でした」
あー、この店を選んで大正解だった。さて、食べ終わったのであとはコーヒーを飲みながら漫画を読む事にしよう。せっかくなので、マスターの推しであるグラス先生の作品を読む。
「グラス先生って本名なのかな?それともペンネーム?」
「グラス」とは、英語で飲み物を入れる容器、ある草の種類の事を指し、複数形にするとメガネの意味になる。爆笑して草生えるからグラスって事は……無いだろうな。
「ソースを煮出した物もグラスと言いますが、メガネを掛けていらっしゃる事が由来だと思われます」
「あっ、そういえば会った事あるんでたね。グラス先生ってどんな人なんですか?」
お会いした事があると言っていたので、ついつい作者の事が気になって質問した。
「創作へのやる気に満ち溢れている方ですよ。それに、所作からも気品を感じさせます」
「って事は、貴族なんですか?」
「そこまでは知りません、口調は普通でしたので。ただ、漫画を書かれる方は金銭的に余裕のある方が多いと思います」
そうなのか。思えば、漫画って描くのにすごく時間がかかるしな。それに、漫画自体の認知度も低いし、作ってもそんなに売れなかったら赤字になるかも……。描くのが好きな人でも、赤字なら販売するのをやめる人も居そうだな。こんなに面白いのに金銭的な理由で続けられないのは悲しい。
「もっと漫画を知ってもらえるといいな……」
「だからこそ、私はカフェに漫画を置いたのです。漫画をより多くの方に知ってもらいたいので」
「マスターはどのようにして漫画の存在を知ったんですか?」
マスターは恐らく、元々プロの料理人だったのだろう。何がきっかけで漫画と出会ってどハマりしたのかとても気になる。
「よくぞ聞いてくださいました。私は元々料理一筋の人生を送っていましたが、この歳になると何か他の趣味を作りたいと思い立ち様々な物を試した結果、販売会にて漫画と出会ったのです」
「へぇー!マスター、見る目ありますねぇ」
誰目線で物を言っているんだ俺は。だが、前の世界では世界中で幅広い人達に愛されている漫画を、こんな初期の頃から好きなのって、めっちゃ古参ファンって事じゃないか!?
「私としては先ほどあなたが仰っていたように、漫画だけの雑誌が発売されるくらい、もっとメジャーな存在になって欲しいのです」
「大丈夫ですよ!こんなに面白いんですから、いずれブームになりますよ!私が保証します!」
前の世界ではあんなに人気になったんだ。この世界でも流行るに決まっている!なので、俺は胸を張って高らかにそう宣言した。
「一緒に、漫画を布教していきましょう」
「えぇ!ちなみに、次回の販売会っていつですか?」
いつでも買える訳じゃ無いのが難点だが、作者本人に会えるという特別感もある。グラス先生ともいずれお会いできたら良いな。
「えぇと、来月の」
キィー
その時、ドアが開いて他のお客さんが入ってきた。
「マスター、カフェラテ一つ!って、美少女が居るでござる!」
ござるって、そんなコテコテなオタクのイメージ通りな喋り方な事あるか!?しかも、まだ世間からの風当たりが厳しかった頃のオタクって異世界にも居たのかよ!
「あ、えっと私はその……」
「漫画に興味があるんですか!?それなら、拙者の推しの作品を教えるでござる!」
その男は俺の前まで近付いてバッグにたくさん入っている本を全て取り出した。これはっ、俺も昔そうだったからわかるが、推しの話を相手に延々と聞かせて布教する用意だ!これは、話がめっちゃ長くなる予感がする!
「あ、あわわ……!」
俺は咄嗟にコーヒーのカップを持ち、とっくにぬるくなったホットコーヒーを一気に飲み、近くにいるマスターにお代の硬貨を手渡した。
「これお代です!ご馳走様でしたー!」
キィー!
そのまま、走って扉から外に出て、逃げるように店から離れていった。そして、店から見えない路地に入って一度落ち着いた。
「はぁ、はぁ……!そうだった。今の俺は女。しかも美少女で漫画好き……。オタサーの姫じゃないか!」
俺を取り合って、他の男性客の仲を悪化させてしまうかもしれない。くっ、料理も雰囲気も良かったから通いたいのに、サークルクラッシャーになりたくないから行けない!しかも、販売会がいつかも聞きそびれたし……仕方ない。それはまた、今度自分でなんとか調査しよう。
ん、調査?何か忘れているような気がする。
「あっ、マオウグンの事忘れてた!」
漫画が面白すぎて目的を忘れてしまっていた!人命がかかっているのに何をやっているんだ、俺のバカ!




