第60話 エオルの疑心暗鬼
今回から第二章「マオウグン編」です
第二章は、章が完結してから加筆修正をいたします
「ん〜〜!もう朝かー」
空は快晴で、穏やかな良い朝だ。確か、昨日は嫌な雨が降ったはずなのに。
待てよ、昨日は晴れていたはずだ、なんで嫌な雨が降ったと思ったんだろう。あぁ、寝ぼけていて思い出せない。
「あ〜ん、もぐもぐ」
朝食には長ーいフランスパンを選んだ。午前中に重労働をする予定だったので、いつもより多めに食べておく。
「あれ、今日何するんだっけな……」
徐々に頭が冴え渡ってきて思い出してきた。
「あっ、今日はマオウグンの事を報告しに行く日だった!」
ハッキリと思い出した、昨日起きた衝撃的な出来事を。
昨夜は悲しみのあまり、落ち着いて誰かに話せる状態じゃなかったが、一夜経って少しは気持ちの整理がついた。
「あんな事があった後でもぐっすり寝られるのは俺の長所だな。エオルはよく眠れただろうか心配だ」
「新しくできた友人に襲われ、モンスターの潜む森の中、炎から逃げ危機一髪で生存する」というトラウマ級の体験をしたエオル。
人が凶暴化して襲ってくるというショッキングな経験のせいで人間不信になっていなければいいのだが……。
俺のあげたアロマでリラックスして寝られたのなら幸いだ。
「おっ、来たか!」
パンをちょうど食べ終わったその時、店のドアが開く音がした。
玄関の鍵を持っているのはエオルと俺の二人しか居ないので、エオルに違いない。
心配だったが、ちゃんと仕事に来れたようだ。
「エオル!来て嬉しいよ!体調はどうだ?」
「あっ、おはようございます……」
ドアの前に行きエオルの顔を見たのだが、眠そうにしており目にクマができていた。どう見ても寝不足だ。
「眠れなかったのか?あのアロマ使った?」
「はい。でも、何回も起きちゃって」
「……そうか。キツいなら無理して仕事しなくてもいいんだぞ」
可哀想に、トラウマが何度もフラッシュバックしたのか。
「仕事はします。商品も少なくなったし買わないとですし」
「そうか。もし何かあったらすぐに俺に言えよ」
「…………あの」
俺の言葉より間を少し空けてからエオルが話す。
それは、いつも俺と話している時の明るい口調ではなく、シリアスなトーンだった。
「ん、どうした?」
「ムクロンさんは、別世界からの転移者だとおっしゃってましたよね」
「そうだけど」
「エイダちゃんも同じく転移者だと言っていました。……何か関係があるんじゃないですか?」
まさか、俺も異世界からの侵略者だと疑っているのか?
そう言うエオルは、左手に何かを隠し持っている。あれはもしや、痺れ粉では。
どうやら、本気でエオルからマオウグンの仲間だと疑われているようだ。
昨日の一件で、人間不信になってしまったらしい。
「ち、違うっ!俺はエイダと一昨日会ったばかりだ!マオウグンなんて知らないからな!」
「ムクロンさんも同じ転移者ですよね。二人には繋がりがあると疑わざるを得ません」
思えば、俺とエイダは二人とも異世界出身で強いパワーを持つ人間。それに、俺は黒曜の騎士という男の姿と、ムクロンという女の姿を持ち、エイダはあどけない子供の姿と、木のような能力を持つ大人の姿と、二人とも異なるもう一つの姿を持っているという点も同じだ。
これだけ共通点があるなら、仲間だと思われても仕方ない。
「疑う気持ちも、不安な気持ちもわかる。でも、信じて欲しい!」
見せられる証拠がないので、ただ「信じて」としか言えない。
ここは、俺がエオルと過ごしたこの二週間という時間を信じて貰うしかない。
「信じたいのですが、確証が持てません……」
「エオルまで居なくなったら、俺は寂しくて参ってしまう!異世界で、一人っきりは嫌なんだ!」
「…………!」
「今からマオウグンに関する出来事を国に報告してくるし、ティエスカを守る為に尽力する!……俺は、自分の命に替えてもみんなを絶対に守ってみせるから、信じてくれ!」
エオルと仲が悪くなるのは絶対に避けたいので必死にお願いをする。
すると、エオルは、そっと痺れ粉をポーチへと仕舞った。
どうやら、誤解は解けたみたいだ。
「わかりました。疑ってしまい申し訳ありません。今まで何度も助けてもらったのに、僕はなんて事を……!」
エオルはその場で項垂れてしまった。
とても優しいエオルの事だ。人を疑ってしまったことで、ひどく自責の念を駆られているかもしれない。
「俺は気にしてないから」と伝えるべく、慰める為にもエオルの頭に手をポンと乗せる。
「……!」
「今日はゆっくり休め。仕事は俺一人でやっておくから」
「は、はい。ありがとうございます!」
「エオルはワーカーホリックなところあるからな。辛いなら気にせず休んでいいんだぞ」
まぁ、俺の元居た会社だとそう簡単に仕事休ませてくれないんだが。
具合が少し悪かったり、精神的な不調ですぐに休めるのは、この店がエオルの個人経営だからできる事だ。
「ムクロンさん……!」
「ちょっ!?」
エオルがいきなり抱きついてきた。
どうやら疑いは晴れたようで、前と同じ関係性で仲良くできるらしい。
もしもエオルに追い出されてしまったら、俺がムクロンのまま男として話せる唯一の相手を失ってしまい、俺は一人寂しく女性としてこの世界で生きていく事になるところだった。
「うぅ……!」
「…………」
エオルと生身でここまで長い時間くっついた事がないから恥ずかしくなってきた。
かといって「離れて」なんて空気が読めないセリフは言えないので、気が済むまでこのまま胸を貸してやろう。




