第54話 夕立が降る
「フゥー。もはや元の姿で同情を誘うのも無駄ですしね。ここで油断してアッサリやられたくありません」
無邪気で子供らしい声から大人びた声へと成長したエイダ。
知っている子供が一瞬で一十歳近く成長したので頭が混乱してしまい、俺達も歳を取ったような錯覚に陥る。
「いきなり大人に!?服まで大きくなるとかどういう仕組みだ!?」
「魔法を使った訳じゃ無さそうですけど……」
木の上に立っているエイダを見上げながら質問するが、上から冷たい視線で見下された。
「そんな事気にしてる場合ですか?第二ラウンド、始めますよ」
エイダが腕を左右に真っ直ぐピーンと伸ばすと、それがまるで木の幹のようになり、そこからいくつかの枝が生えてきた。
まさか、あの一本一本がさっきと同じ攻撃をしてくるというのか。
枝の数が二本から八本と、四倍に増えている。
「バリア!」
あまりに数が多く全ての攻撃に目を通して防げるか不安になったので、すぐにエオルに対してバリアを張った。
「あっ、ありがとうございます!」
こんなに近くに戦ってしまうとエオルを巻き込んでしまうかもしれない。早くエイダをここから遠ざけなくては。
「"飛行"!」
飛んで素早く距離を詰めて木の上にいるエイダに斬りかかる。
しかし、エイダの体がスゥーっと後ろに下がっていき空振りに終わった。
「避けられた……。なにっ!?」
エイダは伸びている枝のうち、左右の腕から二本ずつ、計四本を周りの木に巻き付けて体を引っ張り、森の中を自由に移動できるようにしていた。
慣れた様子で地形を上手に活用している。周りは木に囲まれているので三百六十度、自由に体を移動できるので、動きが全く読めない。
「さぁ、行きますよ!」
移動に使われていない四本の枝が、それぞれ斧、剣、ドリル、槍へと変化して四方から俺を襲ってきた。
「"炎の波"!」
「木にはやっぱり炎だろう」と思い、剣を振って炎を周囲に発生させて、近付いてきた四本の枝を同時に燃やして攻撃を防いだ。
「熱ッ!……えいっ!」
枝の断面を焼けば再生しなくなるかと思ったが、残念ながらそんな事は無く、なおも枝は一瞬で再生した。
なんて再生速度だ。これじゃキリが無い。
「ハァ、ハァ……」
だが、やはり回復にも体力を使うのかエイダは疲れている様子だ。
……先ほど、「消耗して元の人格に戻った」って言っていたので、攻撃して弱らせたら元に戻るのか?
「なぁ、お前を弱らせたら元のエイダに戻るんだよな?」
「ハァ、ハァ……。きっと子供の状態に戻るでしょうね。できるとは思えませんが!」
「ぐはぁっ!」
不意に、下の方向から、背中の先ほど傷を合った箇所に重い一撃をくらった。枝は全て視界に収めていたのに、一体どこから……。
エイダの足が、太い木の根っこのようになっている。
しまった、足は警戒しなくても大丈夫だろうと油断していた。
「……ヒール!」
地面に落ちた後にヒールを使用して全回復した。
鎧の自己修復が完了し終わってなかった背中を狙われたので、かなり痛かった。
的確に傷を負ったところを狙うとは、実戦に慣れている。
「そちらこそ消耗してるんじゃないですか?シェーナさんも言ってましたよ。魔法を使うと魔力が減って疲れちゃうって!」
いくらゲームでレベルカンストしていても、魔力は無限に使えない。
今もエオルにバリアを使っており、この戦いでヒールや状態異常魔法を何度も使ったので疲れてきているのは確かだ。
兜を被っているおかげで疲れている表情を相手に見られていないのはラッキーだが。
「では、終わらせましょう」
エイダが俺の前に着地し、その足が地面へと根を張っていく。
冒険者……いやゲーマーとしての歴戦の勘が、「大地から自然のエネルギーを吸収しているように見える」と言っている。
恐らく、消耗していたエイダの体力はすっかり回復されてしまったようだ。
木に捕まるのを辞めたので、エイダは八本の枝全てを使えるようになり、全ての先端が武器に変わっていた。
これが一番火力を出せる形態なのだろう。
どう考えても、今からヤバい攻撃が来る。
「私とムクロンさん。どっちが先に倒れるか勝負です!」
俺に向かって四方八方から、タイミングをずらして一掃されないように八本の枝で攻撃してくるエイダ。
「"炎の波"!えいっ、このっ!おりゃあ!あぁもう、キリが無い!」
一つ切断し、また次の枝を切断した頃には、最初に切断した枝が回復して襲ってくる……。まるで織田信長の三段撃ちのように、絶え間なく攻撃が押し寄せる。
「ゼェ、ゼェ……!あ〜、しんどいなこれ!」
魔法を使ってなくても、鎧を着て剣を振るだけでも十分に疲れる。
それに比べて、向こうは地面に根を張って回復しているので、体力は無限だ。
このままじゃキリが無い。何か打開策は無いのか?
「ハァ、ハァ……。ムクロンさんは優しいんですね。まだ私を救う気でいる。情けなんて、戦場では無用ですよ!」
俺は無意識のうちにエイダ本人を傷付けないようにしていたのかもしれない。
だが、エイダを"地獄の業火"と言った高火力魔法で焼き尽くすなんて真似は、俺にはとてもできない。下手したら殺してしまう。
殺さないけど弱らせる方法があるはずだ。今までのエイダと過ごした中に何かヒントが……。
そうだ。エイダは「お湯が体質的に無理」って言っていた。
確か、木にお湯を掛けると吸収した根が枯れるんだったな。
――試す価値はある。
「"温水"!」
枝達の隙間を縫って、地面に根を張っているエイダめがけて熱めのお湯を飛ばした。
「うあああああ!?あつい!お湯っ、お湯は無理いいいい!?」
思った通り、少しのお湯でも効果は抜群だった。
「ひ、ひいいいいっ!吸ったらダメッ!脱出しなきゃ!」
エイダが急いで地面から抜け出そうとするが、よほど奥まで根を張っていたのか抜け出すまでには時間がかかっている。
……可哀想だが、この機を逃すわけにはいかないので追い討ちをかけさせてもらう。
「"熱い雨"!」
唱えると、エイダの真上だけに黒い雲が現れる。
「な、なにっ。夕立……?」
雲からお湯の雨が出て来て、困惑するエイダへと降り注ぐ。
「あああああ!熱い、熱いいいい!」
植物のモンスターくらいしか効果がない地味な魔法だったが、まさかこの土壇場で役に立ってくれるとは。
「うあああああ!苦しいいいいい!!」
エイダは抜け出す事もできずに、苦手なお湯の雨に打たれてその場で苦しんでいる。
痛々しい叫び声を聞いていると、俺の心も痛くなってくる。
「すまないエイダ……。もう少しの辛抱だ!」
心なしかエイダの体が少しずつ小さくなり始めた気がする。足もだんだん人間の足に戻り始めていた。
もうすぐだ。これでエイダを治して連れて帰れる。
「ハァ、ハァ……!」
悶え苦しみながらも、エイダは右手に力を込める。
すると、枝の先に何かが実った。
そして、それはとても見覚えのある果実だった。




