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言の葉は 届かぬままに 冬を越え 君に触れれば 胸の雪解け

五条の夕暮れは、春の霞に包まれていた

私は几帳の前に静かに座り、右近が戻るのを待っていた


やがて、外から足音がした

右近の声が、少し震えている


「夕顔様…暁様がお越しです」


心臓が、ひとつ跳ねた


でも逃げない

もう、逃げないと決めたのだ


几帳を上げると、暁が立っている


「夕顔…」


その声は、冬の夜に聞いたものとは違って、春の風のように柔らかかった


暁は一歩、近づく


「手紙、読んだ

何度も…何度も読み返した」


その言葉に目を閉じた


『夕顔

恋とは…抗えぬものだ』


『私はそれに溺れ

そなたを…傷つけてしまった』


『夕顔…

これまでのこと、すべて…

私の浅はかさゆえだ』


『そなたが、どうか…

安らかであるように』


目を開け、暁を見た後

頭を下げた


「ごめんなさい、暁

あの時、私は暁に、酷いことばかりを言って

暁を傷付けた」


自分勝手にわがままに


「今更

あなたに謝っても、遅い事はわかっているし

謝って許して貰える問題でもないと思ってる

でも、ただ…謝りたかった」


そしてそれも

自分勝手でわがままだ


今の私は、暁に対して、何も言える立場ではない


それでも、謝りたい


暁から直ぐに返答はなかったけど

やがて、小さな衣擦れの音が響いた


「夕顔

あの時、君の言葉は…確かに痛かった」


震えたような声に、顔を上げて暁を見る


「でも…

君があの時、死ぬのが怖くて、どれほど怯えていたのかは…わかる」


暁は続けた


「君が俺を傷つけようとして言った言葉じゃないことくらい…

あの日の君の顔を見れば、わかる」


暁は少しだけ目を伏せ、静かに言った


「赦すとか、赦さないとか

そう言う事じゃない

君が手紙を送って来た事が、俺には答えで…

君が俺の前に戻ってきてくれた事が…何より…嬉しい」


暁は、そっと手を伸ばした

けれど、その指先は私に触れる直前で止まる


「…触れても、いい?」


その問いかけは、求めるでもなく、縋るでもなく

ただ、私の心を尊重しようとするような響き


私は、ゆっくりと頷いた


暁の指先が、そっと私の手に触れる

その温もりは、心の奥に、柔らかな春の光を差し込むようだった


「夕顔…」


名前を呼ぶ声が、胸の奥に優しく落ちてくる


「君が戻ってきてくれて、本当に…よかった」


その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる


私は、暁の手を握り返した

ほんの少しだけ


でも、それは私にとって大きな一歩


「暁…私は…」


言葉が喉で震える

でも、逃げないと決めたのだ


「私は、暁を好きになることが怖かった

暁を失うのが怖かったから」


「夕顔」


私の手を握りしめた暁の力が、少し強くなる


「怖かったのは…

君が俺を好きになることじゃない」


暁はゆっくりと首を振った


「君が、その恐怖の中で一人きりだったことだ」


その言葉に、息が止まる


そうだ

そうか…

暁は…

暁も…私と同じ…


暁は、そっと私の手を引き寄せた


「君が一人で恐れていたことが、俺は…何より怖かった

でも、君は独りじゃない

俺がいる

だからもう、一人で抱えなくていい」


その声は、春の陽だまりのように柔らかい


私は、震える声で答えた


「…ありがとう、暁」


春の霞が、庭を淡く染めていた

五条の夕暮れは、静かに夜へと移ろい始める

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