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第十一節.──《 平穏が見える 》




「──レイジィ」


 私は、呼び止める。

 オルン君がしようとしている悪魔祓いに、不安を覚えたから?

 それとも、レイジィの姉として見ておかなきゃいけないと感じたから?


 どうなんだろうな。

 自分がなんなのか、分かりたかったからかもしれない。


「なんだよ……?」

 私を置いて行こうとしていたレイジィとミェルさんが、こちらを振り返る。

 何気ないはずの視線。温度など籠っていなくて当然。

 私は部外者だ。そう改めて思い知って、ただ、なんでもないと返せばよかったのかもしれない。

 だけど私は、自分の足でここまで進んでしまったから、こう言う。


「ゎ、たし……、なにか、力になれることはない?」


 喉を引っ掻くような声の出し方。

 踏み込んで良いとか悪いとか、そんなものを考えるよりも口が動く。


「私、特層クラスだよ? 魔力制御だって得意だし」

「それだけの理由だと、連れてけない」


 放っておけば喋り続けていただろう私を止めたのは、ミェルさんだ。


「他にない?」

 柔らかさを無くした彼女の表情を前にした途端、心が勝手に、助かろうとしだす。


「あ……と、あの今、天界のことも勉強してて」

「もっとダメ。迷惑千万。他には?」

「え……」


 アルヴィオスの生徒として、もっともらしい理由だったのに。

 ハッキリと来るなって言ってくれた方が、私も出した足を引きやすい。それなのにミェルさんは、そうとはしない。

 求められるのは、理由。納得出来得る言い訳をと、まるで私を弄んでいるみたい。

 そう感じたのは、きっとレイジィもだ。

 彼は訝し気にミェルさんを見る。ところが、彼女はそんな視線にひるむどころか、むしろ面白そうなものを見つけたかのように見詰め返していた。


「へぇ、そう」

「なにが」


 ミェルさんの謎めいた一言に、レイジィに続いて私も口を挟もうかと思った時だ。

 彼女は思い立ったかのように、私を向く。


「リノンさん、レイジィ君が来ていいよだってさ」


「 」


 もちろん、当の本人は何も伝えてなんかいない。


「ぁあ?」

 適当に代弁されたと思ったんだろう。レイジィは不機嫌そうに喰ってかかるも、ミェルさんは気にしない。


「ねえ、来たい? リノンさんっ」

「えっ、あ、あ」


 絶景の穴場にでも誘われてる気分。

 そう思ってしまうほど、彼女は楽しそうに聞いてくる。

 しかも、その後ろで「危ないかもしれないだろ」と言うレイジィを、手で制するのも忘れない。


 私はもう、頭が真っ白になっていて。

 ミェルさんを、レイジィをと、交互に見ては正解を探す。けれど、なお返答を迫るミェルさんに抗えずに溢したのは──。


「はい。……行きたいです」


 どろりとした願望だった。諦めもあった。

 どうせ言わせるだけ言わせて、理由になってないからダメと言うつもりなんだろう。

 私は乾いた笑いすら滲むように、言葉を投げ捨てたのだった。


 だけどもミェルさんは、私の予想を軽くひっくり返す。


「来てくれるってさ。良かったね、お姉ちゃんが一緒で」


「   」


 つまりは、いいよってことらしい。


 わけがわからない。

 その話は聞き流してろよとボヤくレイジィも、私と似た想いだろうか。


 もう、

 なんだろうね。


 悪戯っ子みたいな笑顔をするミェルさんの真意が、見えない。

 けれど、私が同行することに反対ってわけでもなくて。

 その代わりに、来たいなら来たいなりの理由を求めてきて。

 それなのに、ちゃんとした理由とは程遠い願望を言ったら、受け入れてくれて。


「──じゃあ、三人で行こう。カト家の坊ちゃんが待つ街へ!」


 真面目なのか適当なのか。

 とてもじゃないけど、私には彼女を測れない。

 私は、レイジィもろとも彼女に手を引かれる中、もしかしたら下水に捨てられるのかもって。

 早まる心臓の音に飲まれながら、そんなことを考えていた。




────




 古孤島区街。

 魔法学校アルヴィオスを囲む街には、都会ほどの賑わいは見られない。

 街の大きさのわりに住んでいる人が少ないのもあるけれど、一番の要因は、配慮。

 ウィス・アルヴィオスに隣接している以上、迷惑になりうる騒音は立てないという暗黙の了解が生きているかららしい。


「なんか、あちこちから美味しそうな匂いがする」


 先に飛行車を降りたミェルさんに続いて、私も。レイジィに手を貸そうかと思った矢先、まず街の匂いに気を取られた。


「飲食店が多いからな。しかも生徒が下りて来てるから、どこも匂いで釣ろうとしてんのさ」

「へぇ……。え、痛」

 レイジィは、私に早く退けとばかりに小突いてきた。

「はいはい、仲良しさん方ー。はしゃいで転ばないでよー?」

 ミェルさんは運転手さんにお礼を伝えると、飛行車はアルヴィオスへ戻っていった。


 ──私たちが今いるのは車港といって、島に張り巡らされた光導が一点に集まるところだ。

 それだけに飛行車も人も多く行き交っているため、油断したら即迷子になるぞと。

 私は学校紹介動画で見知った光景と向かい合いながら、改めて息を整える。


「レイジィは何回も来てるの?」

「一応、な。オルン達や、ユウセ先生とも来たか」

「そっか。パパとも……」


 なるほど。

 パパは、外食中心生活の可能性ありと。


「リノンは?」

「あ、私は……動画でなら……」


 気分観光の常連客。

 でも、今は違う。空気を感じ、音を肌で吸い、高鳴りそうになる気持ちに脚が落ち着かない。と、そこにミェルさんが、


「ちなみに、ウチは初めての街下り。──で、指定の場所にはどう行けばいいのかな」


 確かに。私達の本題はそっちだ。

 動画で見た、途方に暮れる生徒みたいにはなりたくない場面。

 ミェルさんみたいに、私も停泊している飛行車の案内板に目を凝らすも……、

 

「飛行車じゃ行けないところだから、歩き」

「えぇ……」


 レイジィの容赦ない言葉に、ミェルさんが嫌そうにしてる。

 一方、私はというと。


「食べ歩きする?」

 って。ちょっと憧れていたアルヴィオスの街を歩けるのだ。

 これくらい言っても、許される世界であれ。


「食べる姿を見せびらかす国民性か……」

「ミェルさん?」


 ミェルさん、育ちが悲鳴をあげてそう。

 別に、わざわざ見せびらかしたくて食べ歩きするわけではないのだけど。

 一応やんわりと否定しようとしたけど、レイジィが「気にするなよ」って。


「それなら、うってつけの店がある。ちょっと寄り道するけどいいよな?」

「あ、うん」


 煮え切らない感じのミェルさんに代わり、私は先導しようとするレイジィに頷く。

 そうすると、彼は早速歩き出す。それに続き、私も。

 その後ろを、小さく唸るミェルさんが付いて来てくれた。


──


 都会の郊外にありそうな大通り。

 昔ながらの建物に混じる、ちょっとした科学技術。

 街並みは平べったくも多層構造的で、歯車が犇めく時計の中みたい。

 私はレイジィに買ってもらったジャンクフードを手に、海水河川を見下ろしながら歩く。

 よく知る郷土料理の香りと、潮の匂い。

 やがて、都会と田舎の狭間にありそうな街の、日陰になっている狭い道に入る。


 そして、少し離れた先を歩くレイジィに目を戻す。


「──それ、美味しい?」

 その時、ミェルさんが聞いてきた。


「そうですね……。故郷の味がします」

 あの子は、あえてそういう食べ物を選んだんだろう。コレを渡された時、私に店の特徴を覚えさせようと口数が多くなってたレイジィを思い出して、ちょっと笑う。


「ミェルさんは、本当にいらないんですか?」

「食事は昨日したし。二日は食べなくて平気」


 ……燃費のばけもの。

 それはそうと、ミェルさんはずっと、過ぎる看板や人の往来に気を配り続けている。

 最初は彼女も観光気分でもいるのかなと思っていた。でも見ていると、むしろ土地勘を得たがってるようにも思えて。


 それはなに?

 逃げ道の確保?

 それとも、立ち回りの想定?


 だとしたら私は、馬鹿みたいに食べ物を口に入れてていいのかと感じ、手が止まる。


「──あ。クセだから、気にしないで」

「え。ぁ、はぁ」

 私が恐る恐る向けていた視線で、彼女は流石に察したみたい。なんでもないよと言葉を足すミェルさんに、私はそれならと笑顔を作ってみせた。



(同じ歩調だ……)

 なんとなく隣にいるミェルさんを見ていると、河の音に彼女の声が混じる。

 

「──。ちょっと、思ったとおりだったな」

「……?」


 最後のひと欠片を食べ終え、私はミェルさんに「なにがですか?」と訊ねる。


「ほら、レイジィ君。今までで、一番落ち着いてるから」


(落ち着いてる?)


 私たちの声が聞こえるかどうかのところにいるレイジィを、改めて見る。

 あの子がこちらを意識してるのかどうかもわからないな。それを急いているとも見える分、私には彼に違和感があるとは思えない。


 近くを飛行車が通り、ミェルさんは静かになるのを待ってから続ける。


「学校で色々言われてるでしょ。叫んでるだの、壁を引っ掻いてるだの」


「……あー、そうです……ね」


「レイジィ・サクのお姉ちゃんとしては、気が気じゃなかったかな?」

「えっ。あ、はい。……そりゃあ、はい。まぁ」


 元々は、レイジィが私を禁書から庇ったのが始まり。

 「なんでもない。」のお返しをされて、気遣いたくても巡り会えず叶わなかった。

 そうして、今日こうして会えたら、拍子抜けしてしまうくらいいつも通りみたいで。

 なにも心配することがない。きっとそれは、あの子の隣にミェルさんがいてくれたからなのかもって、私は強く感じてる。


「学校側も処置に協力してくれたからね。ウチはほぼ、レイジィ君のボディガードをしてただけだったよ」

「いえ! それでも、私じゃ出来なかったことですし」


 ありがとうございます。

 そう言いたかったけど、ミェルさんは世辞めいた言葉は要らないって。

 それよりと。


「思ったとおり。……ふふ、会わせてみて良かった」


「え?」


「試験の時といいさっきの話といい、二人は小さい頃から色々あったみたいじゃん?」


「……ぁ、それはそう、ですね」


「うん、だから思ったんだ。レイジィ君の中のあなたは、いざとなったら頼りにしていい人──なのかもってさ」


「   」


 なんだか、推し測られてる感じ。それでも、怖いなとは思えど嫌な感じがしないのが不思議。

 敵にはならないから安心して。そう訴えるような柔らかな仕草によるものか。

 それとも……。


「レイジィ君を苦しめたモノ。……なんだと思う?」

「え」


 唐突な、堅い声。

 彼女を見れば、表情も一転していた。


「アルヴィオスに眠る禁書の話は、ウチの国でも都市伝説として伝わってる」

 魔法使いを生む古孤島には、悪魔の餌を蓄えた保管庫があって。

 悪いことをしたら、誰だろうとソコに閉じ込められる。

 すると悪魔がやって来て、食べられてしまう。


 ミェルさんは、自国で云われ続ける『おしおきの言葉』を真面目な顔で言う。


「ウチも小さい頃は、大人にそう教えられたから……今もちょっと、怖いんだ」


 わずかに強張る彼女の口元に、本当が見える。


「……悪魔、ですか」


 口の中で転がした言。

 私は保管庫で聞いた声と、その主を思い起こす。



 ──アンタは、いつの天使だ。


 取り返しに来たんだろ。


 記憶を返せる日を、心待ちにしていた──。



「……はぁ」

 肌寒さに目を伏せ、胸にたまる嫌な息を捨てる。



 悪魔?

 あれが?


 だとしたら、ミェルさんほど怖さを感じなかったのは、なに?

 まるで、知り合いに声を掛けられたようだったあの感覚は、なんなの?



「……」

 そうして黙ったままの私に、ミェルさんが「ねえ」と、肩を寄せて来た。


「ウチは調べるの億劫な奴だから、なんなのかは知らない。けど、学校側の人が、こう言ってるのは聞いたよ」


 吐息に潜ませた小さな声で、ミェルさんは言う。



 それは、



    『 天使の記憶 』 だと。




「……てん……?」

「……」


 スッと離れたミェルさんが頷く。


「それが、レイジィ君を苦しめてるって考えていいと、ウチは思ってる」

「……」


 もしそうなら、その記憶がレイジィの手に刻印を浮かばせ、人が変わったように振舞わせた。

 あの禁書を触ったことで、そんなものがあの子の中に流れ込んでいた。


「レイジィ……」


 今の後ろ姿。

 とても、信じられるようなものじゃない。

 いつ噂通りに荒れ狂うかなんて不安は、私には感じ取れなかったから。

 こう思うのは、なにも私が鈍感だからってわけじゃないらしい。

 聞けば、ミェルさんもそうだと。


「彼、今は本当に安定してる。だから、ウチはそれをこう分析してみたから聞いて?」

「?」


 彼女は力を抜くように、柔らかな表情へと戻していく。



「レイジィ君は、リノンさんがいると安心するんじゃないか。……どう?」


 嫌味にも聞こえなかっただけに、無性に恥ずかしくなった。


「ぁ、いや、どうって、そんな」


 それと同時に、だって私お姉ちゃんやってますからと、勢い任せの謙遜をしたくなる。

 よくよく考えれば雑な分析だとは思うけど、なんだろう。

 私は、なんだ。


 とにかく今は、口元を手で覆い隠すのが、精一杯だった。



「──おーい、オルンいたぞ!」

 呼びかけに顔を上げると、レイジィが下り階段の前から私達に手を振っていた。

 私は、そのまま階段の先を見る。

 その先は、建物なんてほとんど無い──というか、遺跡のような場所が広がっていた。


(あ、ホントだ。オルン君……)

 遠くてよく見えないけど、その遺跡の開けた所に立つ人影がある。あれが、ミェルさん曰く、カト家の坊ちゃんなのだろう。

 私は階段を降りていくレイジィを追いかけるようにして、彼女も促そうとした。


「……」

「ミェルさん?」


 どうしてか、立ち止まるミェルさん。

 その視線は、レイジィを追っているみたいで。



「そう思ってくれるのって、嬉しいんだよな……」


「え?」

 あまりに小さな呟きだったので、私は思わず聞き返す。それにミェルさんは、「ウチは……拾ってもらった子だから」と溢した後に、フッと笑った。


「ごめんね、ちょっと個人的な感傷入ったな」

 そう言っては、聞かなかったことにしてと繕う。

 そして彼女は、私の腰を押した。

 無駄話はいいから、もう行こう。そういうように促されたのだけど、私は馬鹿なことに。


「拾ってもらったって……?」

 と。踏まなくていいことを踏んでいた。

 でも、ミェルさんは。


「……あ。あー、エッチな子がいるぅ〜」

 だなんて、私をからかってきた。


「あ、え、あ、あっ、ごめんなさい!」



 もう、なんだろうな。


 こういうの、気をつけよう。


 私はミェルさんに歩かされながら、心の中で、ふわついた脚を叱っておいた。




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