第十二節.──《 蒼い決意 》
「──え? 神童さんも来たの?」
私を見るなり、オルン君は四度目ましてのご挨拶をしてくれた。
「ぅ、お邪魔します……」
邪魔だろうな、迷惑になるだろうなとは思う。
けど、ミェルさんが私の背中に手を回していたので、後退ることも叶わなかった。
アルヴィオス古孤島区街の外側、管理家敷地。
魔法学校の紹介動画でも、ちょっとだけ取り上げられてる遺跡保全区画。
大昔にあった魔法王国の成れの果てが、科学によって安寧の時を得られた場所。
今はそこに、管理家のオルン君、レイジィとミェルさん。そして、私が立っている。
「『リノン・カホウ』を連れ出したこと、研究所は知ってんの?」
「連絡はウチが入れたよ。本人の自由でしょ? って感じで」
ミェルさんの軽い返しに、オルン君は目を細め、「ああ、そ」と言葉を垂らす。
いたたまれない。とりあえず馬鹿でいようと、私は笑顔を作っておいた。
「で? 悪魔祓いだっけ? こんな所でやって大丈夫なのかな?」
ミェルさんはレイジィの前に出る。
流石のボディガード。あまりに自然な動きだったので、オルン君は少し不意を受けたような顔をした。
「……こっちは公式。ちゃんと手順も踏んでる。当たり前だろ」
「あー、そ?」
なんだろう、この二人の空気。
仲が悪いのかなと、私はこっそりレイジィに聞いてみようとした。
だけど、そのレイジィの横顔を見て……息が止まる。
目が、座っている。それも、怖いくらいに。
「──オルン。話を進めてほしい」
「お、了解サク君」
レイジィの一言で、オルン君は足元に置いていた大きめの鞄に手をかける。
そして、片手では持ちきれないくらいの厚い箱を取り出した。
「……っ」
その箱、ほんの少しだけ、赤い霧が洩れているように見える。
アレと似た霧。地下図書館の奥の、禁書旧保管庫を満たしていた、赤いもの。
あの場所で聞こえた声が頭を過って、私は思わず足を引いた。
けど、みんなは赤い霧が見えていないのか、箱にだけ気を留めているようだった。
「なに? 宝物入れ?」
「茶化せるものじゃない。あんまり近づくな」
オルン君は石の台座に箱を置くと、手汗を拭く仕草をみせた。
「はぁ……よし。大事なことだから、ちゃんと説明するぞ」
身振り手振りを混えて、オルン君の説明は丁寧に語られた。
この箱の中には『古書』がある。
それは古孤島を管理するオルン君の家──カト家が百数十年保管してきた、大切な一冊らしい。
絵本に出てくる魔導書みたいなものかと思ったけど、そんなことないって。
「僕の『家』では、この本が発掘された百数十年前に起こった事故は勿論、古代魔法王国が何故こんな本を残したのかを伝える、お伽噺がある」
──魔力落としの、負の遺産。
そう題して、私達はアルヴィオスが築かれる遥か昔にあった魔法王国の、懲罰習慣について知らされる。
魔法使いは悪魔の使い。そんなレッテルを貼られて忌み嫌われていた魔法使い達は、穢れ持ちだと罪を着せられて幽閉された。
強いられていた贖罪は、陽の光も届かない石壁の部屋で、聖文を書き写すこと。
食べ物も水も与えられず、ただひたすらに、魔力が抜け落ちるまで文字を記し続ける。
そもそも魔力は人に宿っているモノじゃない。それは魔力について研究された現代を生きる私達が知る事実。
だから古代では、この的外れとも思える習慣は、魔法使いを死に追いやっていたと伝えられているらしい。
「当時は、本当にそれが悪魔祓いの手段だって信じられてたみたいだ」
「科学的根拠なさそうだね、ソレ」
「呆れたきゃ呆れてろ。だけど、そうして出来た書紙をまとめた物が、『禁書』として俺達の時代に残ってる」
禁書……。
私は、ほんの僅かに箱を見る。
赤い霧。
何度見ても、あそこと同じ色。
「禁書の多くは変哲のない古紙だ。ところがな、中には呪具として扱われてたんじゃないかって言われてる物もある」
「へぇ、呪具ねぇ」
「ああ、全部笑い飛ばせる戯言だとは限らねーって話さ」
ミェルさんは、なんだか辛そうな顔をしていたレイジィを座らせ、彼女もその隣に腰を下ろした。
「……気にしなくていい。オルン、続き」
「あ、おう」
オルン君は私にも視線をくれたので、なんとなく頷いておく。
「僕が言いたいのは、もしかしたら古代の習慣の中で、本物が生まれてたんじゃないかってこと」
禁書を発掘したかつての調査隊の証言記録には、その本に触れた時、人ではない何かの存在を感じたって。
それに学校側は意味深な程に、地下図書館に有識者をスタッフとして配属させているだろって。
「ウィスの地下図書館……?」
「そうだよ神童さん。あそこには、古くからある禁書の保管庫が隠されている」
正確には隠したんじゃなくて、研究するのに適した場所だっただけらしいけどねと言い、オルン君は箱の前でしゃがみこんだ。
「この中にあるのは、恐らく、あそこにある禁書とは別格。本物の禁物」
「……そうキミが思うのは、百何年前に事故ったから?」
「さあな。でも、これだけは違うって感じる。天使と悪魔が実在するんじゃないかって思えるくらいに」
そのオルン君の言葉に、ミェルさんは脚を組んでは、口の端を釣り上げた。
「天界信仰ってわけ?」
「異文化は黙ってろよ」
殴りつけるような返答。
いつも笑顔ってイメージだったオルン君の、凄んだ顔。
空気も悪くなって、ヒヤリとしたけど……。
ミェルさんは対して動じることもなく、「はぁい」と素直に身を引いた。
それでもオルン君は睨んでいたけど、すぐに気を取り直すように短く息を吐いた。
「要するにだ。掴める藁が太いに越したことはないってな」
そうして、箱の上にペンと白紙、それから、見たことない文字がびっしりと書かれた古紙を置いた。
ここで当時の習慣を再現して、古書に新たな一ページを加えようというわけだ。
「……──」
「へえ……。おもしろいな」
言うわりにはクスりともしていないレイジィだけど、オルン君は「真面目だけどな?」って笑顔になる。
「古に流行った魔力落としをやるのか。それも、囚人の想いが宿ったと見られる現物を使って、か」
「僕の本気が伝われば嬉しいなぁ」
レイジィは一呼吸置いてから、メモでも取ろうとするみたいにペンを持った。
──魔力落とし。──囚人の想い。
なにそれと訊きたい言葉がこぼれ落ちていく。
拾いたかったけれど、部外者だと思われてる私が水を差すってどうなんだろう。
そう考えては、オルン君とレイジィを交互に見る私。そしたら、ミェルさんが不敵な表情でこちらを見ていることに気付いた。
でも彼女は、さっと目を逸らして、
「青いなぁ、カト家の坊ちゃんは」
誰に言うでもない、大きな独り言のようにぼやいた。
それに対して、
「じゃあ、代案出せよ。ロクラの拾い子」
と、オルン君が彼女を見ずに声を投げる。
本当に、もう。いつ喧嘩が始まってもおかしくない。だけど、毎回どちらかが身を引いて、そこまでに至らない。
不安定のような、でもバランスがとれているような。
実際、煽り合いに聞こえなくもない呼称の応酬で、ミェルさんは「いいよー?」って言い流していた。
「あ、その前に。リノンさん」
なにを言うんだろうと気配を殺していた私に、ミェルさんは手招きをした。
「え゛」
拒否は許されない感じ。
……ならもう、行くしかなかった。
「キミの案も、数ある手の一つなんだと思う。でも、その箱の中身って、いわく付きなんでしょ?」
「……」
オルン君は黙ったまま。二度も言わないぞと諭すかのよう。
そして私が話し合いの輪に着くやいなや、ミェルさんに腕を掴まれて、強く引き寄せられた。
「危ないなら、この生き物も守らないといけないよね」
「ぁあ……? あぁ」
ウチに同意しろと言わんばかりの視線。
肩身が狭い思いをしたのは、私か、それともオルン君か。
前に、神童さんサク君のことで頭がいっぱいかと指摘しただけに、何故私がレイジィ達に付いてきたのか察しているだろう。
私に危ないんだから帰れと言わないあたり、オルン君は人が良いね。
ミェルさんは、そんな腹を括った面持ちの彼に言う。
「ウチが勧めたいのは、安全に事を運べるであろう、療養の継続」
「うん……なるほど?」
声に嗤いが籠ってる。
でも、気にされない。
「ウチらの頑張った甲斐があって、レイジィ君は『嫌な記憶』に我を忘れることも少なくなった。学校側の言う療養は効果があるんだよ」
「ああ。そうだな。……それだけ?」
「それだけでいいでしょ」
ねー? って、ミェルさんに笑顔を向けられる私。
レイジィの刻印が薄れたとか、あの子は私がいると安定するとか。
一瞬の内に頭の中をグルグルと回った同意の理由。それから、「そうなんですか?」みたいな返しをしたら空気を悪くさせちゃうかなとかが相まって、私はぎこちなく頷いた。
「そうか」
代替案を受け取った側の、色のない返事。
嗤いも苛立ちも鞄にでも詰めたのか、オルン君は感情を感じられない表情を私達に向けて言う。
「学校が推奨してる治療法にケチなんかつけないさ。それが合理的だとも思う。──けどな」
父は、それをして死んだ。
彼の声は 嫌なくらい通った。
「当時はまだ物心もついてなかったし、父が禁書に触れた経緯も曖昧な記録しか残ってない。婆様に聞いても、子供のお前にはまだ話せんの一点張りだ」
話すうちに込み上がるものがあったのか、落ち着かない脚をそのままに、オルン君は続ける。
「口が軽いのは自分でも分かってる。でもな、大人達の判断で父は死んだ──いや、天使だか悪魔だかに喰われたんだ。いい加減、そう言わせてもらっても良いだろ……!」
「……」
ミェルさんの、「そんなの好きにすればいいじゃん」と言いたげな顔。
彼女の中でもそうなのかもしれないけど、私の中でもオルン君の今の言葉と、さっき話した『天使の記憶』とのフレーズが混ざり合う。
「平和的解決は大いに結構。それでもさ、それに疑心抱いてる奴もいると知れよ」
「……そうだね。その通りだね」
数瞬、私達の間に埃が舞うだけの時間を置いて、ミェルさんが呟いた。
「坊ちゃんも必死だねぇ。将来、家を継ぐからって見境なくなってるの?」
「拾い子ほどじゃないが。あ、シーちゃんって呼んだ方がいいか? お前の国だと養子って意味だろ、アレ」
「おお……、言うねー」
またバチバチと視線を弾けさせてる。
でも、ミェルさんは姿勢も投げる言葉の強さも、オルン君から引いているように見えた。
「もう、やっていいか? 騒がしいのは勘弁なんだよ」
そうしていると、ペンを持ったままだったレイジィが焦れたように声を挟んだ。
するとパッて、二人は睨み合うのをやめてくれた。
「よしっ、やってみてくれサク君! 古人の知恵は馬鹿にできないって婆様もよく言ってるし!」
「無理はだめだよ? ……リノンさん、ウチの後ろにいて」
「あ、はい!」
ペン先が紙を突く音。
私達は、他に誰も連れてきていない古代の遺跡で、眉唾の習慣を試す。
これは前にオルン君が言った、「僕が大丈夫にするんだ」という、決意の延長線に乗った話だ。




