後日談:前編1
視点は双宮優に戻っています。
睡眠というのは実に人生の三分の一を占めるという。
かの英雄ナポレオン・ボナパルトはショートスリーパーで有名だが、ともなれば彼は人生の三分の一も寝ていないのではないか?という疑念が頭に浮かぶ。
しかし睡眠時間が足りずに乗馬中に転寝をするというなんとも器用な睡眠方法を取っていたので、例に漏れていないのではないのだろうか。
結局の所、誰の人生の睡眠時間であろうが、纏めて計算すれば三十三パーセントに落ち着くのだ。
それだけの時間を睡眠に使っているという事は、寝るという行為は人生において必要な事なのだろう。
起きていれば嫌なことがあるし、つらいこともある。苦しいこともあれば、怖いこともある。
睡眠というのは、生を受けた定めとして渡されたそれら命の柵、業から解放される一つの手段なのだ。
事実、充足した睡眠をとることで体にかかっている負担を取り除くことができるし、自らが学んだ知識を定着させることもできる。
自分の体の成長を促すこともできれば、現実から逃れることもできる。
もちろん先に挙げていた例は、数ある中からかいつまんで説明をしているだけで、これらの他にもポジティブな点がある。
どうだろう、良い事尽くしではないだろうか。
ならば、なればこそ、睡眠という時間は誰にも侵されてはいけないものなのではないだろうか。
ただ、睡眠というのが人生においての至高なのだとしたら、その他あまりの六十六パーセントは不必要な余りものなのだろうか。
いや、そんなネットでよく見るような超解釈は間違っている。それは勝手で突飛な極論というものだ。
光が強ければ暗がりができるように、光を消せば闇に包まれるように、命あるものを殺した時にやってやったという感情が生まれるように、深夜に食べるカップラーメンが旨いように、日常という社会貢献をする時間があるからこそ睡眠という怠惰な時間が光るのだ。
相対するものがあるから、比較対象が光り輝くのだ。
僕は昨日夜遅くまで活動していた。
六架を担いで迷宮の外へ出て、ここは任せてと強情に言った途野さんに治療を任せ、そのまま帰路につき、五時近くに家へ着き、そのままベッドへダイブした。
先に挙げた理屈を適用したときに、この活動量であればかなり背徳感のある、有意義な睡眠を取れるのではないだろうか。
こんな一世一代の大チャンス。こんな貴重なタイミング。たくさんの時間を睡眠に費やしてもいいのではないか?
いや、そうするべきだ。
だからこそ、
「妹、あと五分寝かせてくれ」
「駄目だっつってんだろ。朝飯作れよ」
駄目でした。
誠心誠意お話描きます。
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たのむ~




