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霧幻冬のヘキサグラム  作者: 宇野壱文
第4章 Ice × Fire
57/61

挿話 三日前(EX)――集いの一夜

 二十時五十八分。

 特A級監視対象αとβの接近を確認。

 各国主要機関において、密かに特別厳戒態勢が発令された。


 ――その屋敷は、都心の一等地に佇んでいた。

 庭園の広がるモダンな西洋建築。周りの邸宅と比べても一回り大きく、また一段高い立地に居座り他を睥睨していた。

 近隣の住民はそうそうこの屋敷へ近寄らない。誰が住んでいるのか知らない者はいなかったし、また知らなかったとしてもそこから放たれている威圧感を前にすれば、好んで足を運ぼうという気にはならない。

 まるで住宅街の中に突如として要塞が聳え立っているような印象(イメージ)

 (いわ)く――ここは獅子の棲み処である。

 さて、その重圧だが、何も外部の者だけが感じているわけではない。これだけの規模の屋敷となれば使用人の数も相当数となり、福利厚生が整っているにもかかわらず体調不良を理由とした人の入れ替わりが激しいのは、つまりその重圧に耐えきれなかったということなのだろう。

 そして、程度の差はあれ、彼女も例外ではない。

 ぐりんと首を回すとコキリと音が鳴る。溜め息をひとつ吐いて彼女――獅子堂優姫は自室を出た。

 絨毯敷きの廊下に足音は響かない。

 目指す先はこの屋敷の中心、最奥に位置する部屋。獅子堂グループ会長にして彼女の父、獅子堂我狼(がろう)の書斎である。

 夕食後の呼び出しに流石の彼女も気を滅入らせた。親子仲が悪いという訳ではない。かといって良いという訳でもないが。ただ、自分の父親が纏う空気が重いと思うようになった(・・・)、だからあまり気乗りしない、それだけの事。

 だからといってそれを態度に表す真似は当然しない。この時も歩く彼女の背は伸び、視線は正面を見据えていた。

 だからすぐに気付いた。薄暗い廊下の先から一人の男が歩いてくることに。

 ――客か?

 男は少女にとって見知らぬ人物だったが、珍しい事ではない。父は世界的な大企業の会長であり、その父の元へと友誼を、取引を、あるいは弱みを求めに足を運ぶ者など枚挙に暇がない。

 しかし、それにしては場所がおかしい。客人を迎える場所は応接間が妥当なのは言うまでもないこと。この先にあるのは父の書斎であり、つまりは私室である。ただの客人に踏み込ませるような場所ではない。

 とまれ、相手の素性が分からない以上優姫がするべきことは二つ。一つは自分が失点を出さないこと。娘の失敗(ミス)が親の弱みに繋がることもある。とはいえ、会釈をして通り過ぎるだけの間に明確な失敗が起きることもそうそうないだろうが。まして獅子堂優姫が、である。

 もう一つは、この人物の顔を覚える事。これも要は同じこと。万が一どこかで再開することがあった場合、失礼のないようにする為の保険だ。完全記憶のような才能が彼女にあるわけではないが、写真を撮るように顔の画像を脳裏に焼き付ける程度(・・)なら出来る。

 それをいつも通り実行する為、優姫は男を見た。

 身長百七十センチ程の白人男性。年齢は二十台後半から三十代前半か。ここ(・・)まで来るような人間にしては随分と若年だ。

 大きな特徴は二つ。一つは上下黒のネクタイ・スーツ。まるきり喪服である。であるのに、誰かを弔っているという印象が男から全く湧いてこないのは何故か。

 もう一つはその顔に大きな火傷の痕がある事だ。口の周りに広がるそれは、まるで大きく裂けた笑みの様。本物の口の形が大きく不満を訴えているのとまるで対称的な。

 そう、不満。誰が見ても分かる、露骨な感情の顕れ方。政治の場においては隠すことが基本であり、ならば男は甚だ未熟であると評価せざるを得ない。

 あるいは、気に留める理由が無い、と思っているのだろうか。獅子の重圧を総身に受けて?

 まさか――という言葉が彼女の口から出ることはない。『自己』否定になってしまうと分かっているから。


 ――この時、少女は気付かなかった。自分が男を『観察』していることに。

 映写のようなただの記憶・記録というレベルでその男を見てはいなかったということに。


 男を視線で追いかけたまま両者の距離が縮まっていく。

 二人の身体が擦れ違う瞬間。


 そして――男もまた、同じように少女を『観て』いたことに。


 優姫と男の()()が合う。


「…………」

 軽く会釈をすると、優姫は男の横を通り過ぎた。

 その時、ふと先程の疑問について、彼女なりの答えらしきものが浮かび上がってきた。

 男は死者を送り出す側ではない。迎え入れる側ではないかと。

 閻魔大王。その印象(イメージ)を以って男の姿を記憶に留めた。


 ……十分な距離を取って足を止めた。

「フン、そういうことかよ」

 振り向く。廊下の照明がやけに暗くて端の扉まで見通せないが、ワザとかこりゃ?女の後ろ姿も、既に闇に紛れている。

「わざわざ極東の島国まで呼び出して何かと思えば……ハ、ふざけてんのか」

 懐からシガレットを取り出し咥え、ポケットに手を突っ込み、止まっていた足を動かした。

 要するにアレだ、鑑定士の真似事をやらされたんだろう、この(オレ)が。

 シュボ、と火を着ける。目一杯に煙を味わい、吐き出す。

「ああ間違いねえよ、あの忌々しい隔絶感が無かった。この『冥王』が保証してやる、貴様の娘が『五人目』だ」

 厳密に言えばそれだけで断言できるものじゃあ無いが、端折っただけだ。『破戒僧』を『そう』だと思った事は一度もねぇし、『星』のアバズレは……あー、名前が出ただけで殺したくなってきた。

 ああ、ふざけてるってのはソレだ。

 見ただけで(・・・・・)殺したくなってたら(・・・・・・・・・)どうする気だ(・・・・・・)、テメエの住み処を焦熱地獄に墜としても構わねえってか、アア? マイナスにもプラスにも振り切れることなく顔合わせだけで済ませられるなんざ、幸運の類だろうぜ、多分な。

 というかよ、今の今まで一切面通しが無かったのはぜってーワザとだよな。そりゃこっちだって興味無かったがよ、機会だけならそこそこあったハズなんだよな。兄貴の方には会ってるしよ。

 それを今になって公開してきたのも気になるっちゃ気になるが、それ以上に確信ずくの動きって辺りが気にかかる。自分の娘が『それ』だなんて、余程の親バカか自惚れにしか妄想できねえよ。対面したなら確認取るまでもねえだろうし。

「……いや、待ぁてぇよぉ……?」

 何かに思い当たり足を止める。妄想を確信へ昇華させる、そんな都合のいいモンに本当に心当たりはねぇか?

 才能ってヤツは幾らか操作が可能だ。天才の子は天才。優性論ってのはバカに出来たモンじゃねえ。

 だが、だからこそ、だ。『天才』を生む親たる天才。そんなモンを確立した、と? ハ、冗談ぬかせ。 理論も立たねえだろ、『格』とかいう数で数えらんねえモンを表す遺伝子が見つかったかよ、なあ。

 まあ、それでも? 『己ら』の子ならそこそこ高確率で『そう』かもしれねえがよ? あー、人工授精とかなら多分ムダだぜ。遺伝子どうこうが問題じゃねえんだからよ。『己ら』が、作った。その事実が問題なんだぜ、数字と睨めっこしてる学者サマにゃあ理解出来ねえかもな。脇に逸れたが、年齢的に却下。

 つまり、ヤツの娘が『そう』なのは、偶然。

 ……ここまで否定要素を挙げても、まぁだ何かひっかかるんだよなぁ。

 逆に考えてみるか。要するに、『己ら』に匹敵するだけの『器』の持ち主ならオッケーって事だ。けどよ、そんなモン測る手段がねえじゃねえか。パッと見でそれと分かるヤツなんざ、

 …………。

 ちりちり、口元へ迫るシガレット。

 視線を下げる。見えてるのはもちろん床だが、見据える先はその遥か下。

「はぁん、そぉいう」

 なるほど、(ちげ)ぇねえ。大したサラブレッドだ。

「“大樹”の(ガキ)。ああ、納得だぜガロ」

 ペッ、とシガレットを吐き捨て歩き出す。吸い殻がカーペットに落ちる前にボウ! と瞬時炎に包まれ、僅かな燃えカスだけがはらはらと落ちていった。



「ご無沙汰しております、ミス桜井」

「はいはぁい。こんな穴倉までようこそ、『星の子』の皆さん」

 向かいのソファに座る二人のお客さんに紅茶を差し出す。その内の一人、背の低い童顔の男の人が口をつけるのをハラハラしながら見守る。や、だって本場の国のヒトなんだよ!? どんなケチつけられるかわかったもんじゃないよぉ。

「……あ、あの、どうかされましたか?」

「え? ううん、なんでもぉ」

 おっと、見過ぎちゃったみたい。向こうの方から恐縮して伺ってきたのを愛想笑いで誤魔化した。

「あ、コレ開けちゃっていいよね。一緒に食べよっか」

 そう言って向こうが持ってきた手土産の包装紙に手を掛ける。海の向こうのイギリスからはるばるやってきた、その彼らのお土産はなんと!?

 ……北海道銘菓?

「不作法、改めて謝罪致す。余裕無きが故、など言い訳にならぬ」

 斜向かいに座る背のおっきい男性が深々と(こうべ)を垂れた。大袈裟だなぁ、とひらひらと手を振って軽く受け流す。

「気にしない、気にしなぁい。突然だったんだから何も用意できなくても仕方ないよぉ。むしろ日本に来たからってわざわざ挨拶に来なくたっていいのに、律儀だよねぇ」

 ここからそうそう離れらんないんだから、北海道(このくに)のお菓子だって大満足だよう。美味しければ正義!

「そ、そんなわけにはいきませんよ! この国でミス桜井を無視なんて出来る訳がないじゃないですか!」

「然り。加えて、それが我らが主の美徳故」

 その言葉に童顔の方もこくこくと同意する。うぅん、相変わらず崇められてるなぁ、流石『星の姫』。

 目の前の二人は揃いの服に身を包んでいる。ペアルックという意味でなく、同じ組織に所属する人間共通の衣装・制服。大枠で言っちゃうとわたしも同じ組織なんだけど、その中でもさらに特別。

 (なり)は詰め襟の軍服。学校の制服と違う点を挙げるなら肩の階級章や胸の勲章。布地の色は濃紫。それは彼らの中核たるオーナーが()ぶ霧の色。十系のひとつ、天系を象徴する色。

 『ブリッジ』最強のミスティを擁するオーナー『皇帝』あるいは『星の姫』。その直属親衛部隊、それがこの制服に身を包む彼ら『星の子』なのだ。

 イギリスに本拠を置く彼ら『星の子』とともに『皇帝』が来日している。もちろん、ただの観光目的なんかじゃあない。

「それで、サラちゃんは今頃なにしてるかな?」

「え~っと、おそらくは、あの……札幌市内を、観光しているのではないかと」

 ……観光目的なんかじゃあ、ない。ホントだよ?

 いや、まあ知ってたけど。あの娘、遠くの街を見て回るの大好きだし。むしろ、そうやっておとなしくしているようならかえって安心だよね。

「……大丈夫? 撒かれたりしない(・・・・・・・・)かなぁ?」

「大丈夫です。姫さまの護衛も監視も(・・・)慣れたものですから」

 事も無げに小柄な方――アルバート=ハーヴィが答える。ちなみに彼、わたしより年上です。確か、昇ちゃんの一コ上だったかなぁ。昇ちゃんの、ね!

「主は戦を望まれない。まして、異邦の地を戦場に変えるなど」

 まあ、そうだよねえ。大柄な彼――(イン)大峯(ダーフォン)に言われるまでもなく、彼女の穏やかな人柄はよぉく知ってる。


 同時に、彼女と彼が出会えば、殺し合いが始まることも知っている。


 彼女らが日本に来た理由はただ一つ。『レオンハルト』最強のミスティを擁する『冥王』あるいは『(くら)き炎』がアメリカを発ち日本に降り立ったと、その連絡が入ったから。

 どちらかが動けばもう片方も動く。対抗できるのがお互いしかいないから。

 要するに示威行為だ。何か不穏な動きが見つかれば、すぐにでも飛んでいける距離にオマエの『敵』がいるぞ、と。

 ぶっちゃけやめてほしい。わかってるでしょ、この時期、この国なんだよ。数年掛かりの『計画』が全部パアになったら、わたし暴れるよ!?

「しかし……恐ろしい状況ですね、今夜のこの国は」

「まあ、それはねえ。下手したら滅んじゃうもんねぇ」

「いえ、ではなく、いえ、それもあるのですが……」

 アルバートくんが苦笑いを浮かべてわたしを見た。

「その上、『最強のオーナー』に『白銀の死神』まで――現在確認された『あなた方』全員がひとところに揃っているなんて、非才の身からすれば恐ろしくてたまらないのですが」

「ひとところって、皆バラバラじゃない」

「否。国土面積と各々方の影響範囲を考慮すれば、集結しているも同じ」

 あっはっは。……あー、うん。否定できないや。その上、『5th(フィフス)』候補までいるんだよねぇ……。むしろ彼女が事の原因かなぁ。ディオスくんを試金石にしたんだろうなあ、ガロさん。

「……ぼく、今夜眠れないかもしれません……」

「わたしはちゃんと寝るよぉ、明日は朝からサイくんと交替でお仕事だからね」

「……驚異の発言である」

 どこがだろ。複数の念系ミスティで構築している結界、その一役に人間単体で加わるとこが、かなぁ。だとしたら何を今さら、だよねぇ。そういえばこっちの彼とは初対面だったかな。

「なんなら、隣で子守歌歌ってあげよっか? あ、でもわたしが先に寝ちゃうかもねぇ」

「ぇ……、ぇえええええっ! そ、そんな天ご、じゃなくて恐れ多い!」

 あはは、真っ赤になっちゃった。いっつもウブな反応、ありがとうございます。

「……成程、噂通りである」

「んん? わたし、『星の子』じゃあどんな風に言われてるのかな?」

「否。アルバート師が、である」

「え゛」

「へえ? それはそれで興味あるかなぁ。教えて教えて」

「了承。師は『破壊王』殿に懸そ――」

「ストップ!」「わああああーーーっ!!」

 わたしの制止とアルバートくんの奇声が被った。わあ、ビックリ。

「……如何された、両人」

「その呼び方はダメ。恥ずい」

「ダメ、ダメです(イン)、その話は秘密、秘匿事項です! 上司命令です!!」

「……故、ご容赦願いたい、桜井殿」

 生真面目に受け取る影くんに、プクゥッと頬を膨らませた。


 約十二時間後。

 特A級監視対象αおよびβの日本出国を確認。

 特別厳戒態勢は解除された。

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