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第八話 武器を捨て、鍬を持つ聖者

 グランディア帝国軍第一〜第三師団、ならびに極大魔導砲隊がアルヴェリア王国の境界線を包囲し、天地を揺るがすような緊張感が漂っていた。本来であれば全軍による一斉砲撃が開始されるはずであったが――陣頭に立つ最高司令官ガルトス・アイゼン・ベルク総戦士長は、巨大な大剣を地面に突き立て、自軍の将兵制止の挙を掲げた。「待て。全軍、その場に待機せよ」「ガ、ガルトス総戦士長!?なぜ攻撃を取りやめるのですか!相手は『特Sランク』の化け物、一気に神殺し兵器で消滅させるべきです!」動揺する部下たちを、ガルトスは鋭い眼光で一蹴する。「黙れ。相手は一歩も動かずに我が精鋭を壊滅させた男だ。生半可な一斉射撃など、奴の広域防御魔導によって全て反射されるのが落ちだ。……まずはワシ自らが単身で立ち向かい、武人の誇りを賭けて奴の真の力を削ぎ落とす。一対一の決闘で奴の隙を炙り出すのだ!」ガルトスは重厚な黒鉄の重甲冑を纏い、地鳴りのような踏み込みと共にアルヴェリア王国の城門前へと悠々と歩み出た。



 そして今。城門前には、重厚な甲冑に身を包んだ老将の声が、雷鳴のように響き渡っていた。「聖女の右腕、アーカイブ・プロトコル!我が名はグランディア帝国軍総戦士長、ガルトス・アイゼン・ベルク! 貴殿に一対一の正々堂々たる勝負を申し込む!!」門前に集まった村人や警備隊員たちが一斉にざわめき立つ!「つ、ついに来たか……!バックには帝国全軍が控えているのに、あのガルトスが直々に一対一を挑んできたぞ!」「だが、アーカイブ様なら大丈夫だ!我らの聖者の右腕様が負けるはずがない!」「そうだ!こんなこともあろうかと、我々で国一番の最高の鎧と剣を用意しておきましたぞ!」門の脇から、村の鍛冶屋と兵士たちが満面の笑みを浮かべ、巨大な黒鉄の塊を二人がかりで運んでくる。散歩の途中でたまたま通りかかっただけのアーカイブ(二十九歳・元サラリーマン)は、猛烈な嫌な予感に思わず後ずさった。「いや……いらないって……本当にいらないから……!」「ご遠慮なさらず!聖女の右腕様に相応しい、我が王家に伝わる伝説の超重厚全身甲冑でございます!」「ガチャッ! ガシャンッ! バチンッ!」アーカイブの必死の拒絶を聞く間もなく、熱狂した村人たちの素早い手によって、見るからに重厚な漆黒の全身甲冑がバチバチと全身に着せられていく。頭からつま先まで隙間なく分厚い鉄で固められ、ここに『超・重装甲アーカイブ』が爆誕した。



「…………」



ズシッ―――――!!



 一歩踏み出そうとした瞬間、信じられないほどの激重の重量がアーカイブの腰と膝を直撃した!(重っ……!?なになに、この重さ!?鉄塊を着せられたのか!?一ミリも脚が上がらないんだけど!?)さらに、村人から親切心で手渡された身の丈ほどもある巨大な大剣を手にした瞬間、ズズズ……と剣の先端が地面の土へ深く突き刺さった。(……ぬ、抜けない!持ち上げようとしたら腕の筋肉がちぎれる……!)周囲を見回すと、村人や警備隊員たちが「さあ、帝国最高峰の老将を一蹴するお姿を見せてください……!」と言わんばかりの熱い期待に満ちた目を向け続けている。アーカイブは開かない重い兜の隙間から、ぽつりと本音を漏らした。「俺……、帰っていい……?」だが、その情けない問いに応える間もなく、ガルトス総戦士長が凄まじい密度の黒い闘気を全身から噴出させ、巨大な大剣を上段高く構えた。「参る!! 漆黒の牙よ、敵を討て――魔法剣技:爆炎強欲斬(ばくえんごうよくざん)!!!」



ドォン!!



 轟音と共に大地を削るほどの地煙を上げ、猛烈なスピードで迫り来る総戦士長!空間を切り裂き、地を割るような極大の一撃がアーカイブの頭上へと一直線に振り下ろされる!対するアーカイブは、ピクリとも動かない。というより、あまりの重さに指一本、眉毛一本動かすことすらできなかったのだ。振り下ろされる刃の閃光の中で、ガルトスの鋭い眼光が恐慌に染まる。(……動かない!?逃げる素振りすら見せんというのか!?このワシの全力を込めた必殺の一撃を……完全に間合いを見切った上で、直撃で受け切るつもりか……!?)(内心:動いたら死ぬ!というか重力に負けて前に倒れる!お願いだから誰か助けて!あっち行ってぇぇ!!)あまりの重量と恐怖でただ全身が完璧に硬直しているだけなのだが――激突のコンマ一秒前、ガルトスの大剣がアーカイブの首皮一枚の寸前で、ズバッ……とピタリと停止した。ガルトスは目を見開き、冷や汗をダラダラと流しながらアーカイブの佇まいを注視する。「……なるほど」「?」「背後には……恐れ慄き、立ちすくむ村人たち。貴殿は……私が如何なる間合いで踏み込んでこようとも、彼らを守るため一歩たりとも後ろへ引かなかった」「いや、鎧が重くて引けない――」「己が斬られることすら恐れず、後ろの民を守るために微動だにしないとは……!さらにこの過剰なまでの超重甲冑……! 己の持つ強大すぎる力を誇示せず、あえて自らの身体に強烈な負荷(制約)をかけて戦っておられたのか……!」「いやだから重くて動けな――」「……見事な覚覚悟だ。ワシの負けだ」カチャン、とガルトスは鮮やかな手つきで大剣をサヤへと納めた。老将の顔には、惜しみない敬意と、底知れぬ強者に対する恐怖が混ざり合った複雑な笑みが浮かんでいる。



 「全軍に撤退を命じる!!ワシの全力を真っ向から受けて立つ覚悟、確かに見届けた! また戦場で会おう、アーカイブ・プロトコル!!」風のように颯爽と去っていく敵の最高戦士長の背中を、アーカイブは兜の中で完全に死んだ目で見送った。



「…………」



 「アー、アーカイブ様……!!」「……帰っていい?」「なんと……!敵の最高戦士長と全軍を前にして、あの激闘の直後でさえこの圧倒的余裕……!!」噛み合わない会話の中、アーカイブは必死の思いで重い兜を脱ぎ捨て、地面に倒れ込むように盛大な溜息をついた。「ふぅ……死ぬかと思った。もうさ、その鎧と剣は二度と持ってこないでくれ。溶かして再利用してくれよ。俺には必要ない」「…………!!」「重いし……」「そ、そういうことだったのか……!」村人や警備隊員たちの間で、恐ろしいスピードで深読みの誤解が伝播していく。「あの大国に伝わる名剣と完璧な重甲冑でさえ、アーカイブ様ご自身には不要……!」 「つまり……自身の肉体と気迫こそが、最高の防具であり武器なのだと……!」「いや、普通に重くて肩が凝るから――」うんざりしながら、アーカイブは一刻も早くこの場から解放されたい一心で、思いつきの言葉を足した。「あと、鉄を溶かすならせっかくなら鍬(くわ)にしてくれ。土地を耕すのに使えるだろ。そっちのがマシだ」「…………!」その瞬間、静まり返った村人たちの中から、じわじわと感動の啜り泣きが漏れ始めた。「武器を……農具へ……!」「戦争のために作られた鉄を……民の食料を生み出す道具へ変えよとおっしゃっている……!」「アーカイブ様……!自らの力で敵を討つことより、民のために大地を耕すことを選ばれたのですね……!!」「いや、鍬のほうが日常で使い道あるだろって意味なんだけど……」「なんと……なんと深遠で合理的な平和主義……!!」



 そして、翌日。村の中央広場。かつて建っていた「剣を構える英雄像」が夜を徹して改修され、見上げるような「全身甲冑を脱ぎ捨て、巨大な光る鍬を掲げるアーカイブ・プロトコル像」へと姿を変えていた。「…………なんで銅像まで鍬を持ってんの?てか、この銅像いつの間に作ったの……!?」困惑しきった顔で頭を抱え、銅像を見上げるアーカイブ。通りかかった村人は感動に震える面持ちで深く胸を張った。「あなた様の御心を、我々はようやく理解したのです!『平和を耕す聖者』として、我らはこの教えを永久に称え続けます!」「いや、一ミリも理解してないと思う」こうして、本人の極度の怠惰と愚痴から、民の平和を願う「鍬を持った聖者」の伝説が、またしても爆発的に誕生してしまったのだった。



 だが、その微笑ましい勘違い劇の裏で――。アルヴェリア王国の王宮・執務室。「……なるほど。ガルトス総戦士長率いる軍勢を、一歩も動かずに退けた……ですか」薄暗い室内の窓辺で、銀髪を優雅に編み込んだ聖女セレナ・アルヴェインが、手元の報告書を紫色の瞳で見つめていた。その傍らには、情報担当のスカーレット、実務担当のシアン、諜報担当のクラリス、護衛のヴェロニカ。四人の優秀な側近たちが勢揃いしている。「ええ、セレナ様」クラリスが軽快に、しかし真剣な面持ちで深く頷いた。「敵の総戦士長に一切の攻撃をさせず、さらに『鉄を農具に変えよ』という強烈な外交的メッセージを突きつけ、帝国の戦意を根本から挫きました。アーカイブ様の発言は、すべて完璧に計算されたものです」セレナは静かに立ち上がり、窓の外遠く、大樹の木陰でぼんぼんやりと空を見上げているアーカイブの横顔を見やった。「……アーカイブ・プロトコル様。あなたはどこまで先を見据えていらっしゃるのですか」セレナの美しい瞳に、深い信頼と……どこか切ない光が宿る。「帝国が私を捨て、追放したあの日から……私は復讐だけを糧に生きてきました。ですが、あなたは武器を捨て、大地を耕せとおっしゃる……。私に、復讐の先にある『本当の平和』を示してくださっているというのですか……?」



 (……いや、本人はただ重い鎧が嫌で、今日の夕飯の焼肉と二度寝のことしか考えていないのだが。)



 聖女セレナの胸に、アーカイブへの誤解に満ちた「絶対の確信」が刻み込まれる。しかし、ガルトスの撤退報告と「鍬のメッセージ」を受けたグランディア帝国の皇太子レオハルトは、屈辱のあまり完全に正気を失っていた。「おのれ……おのれアーカイブ!!私を……このグランディア帝国を愚弄するかッ!!」狂気と憤怒に駆られたレオハルトは、極秘兵器『神殺し兵器』の完全起動を厳命。二国間の全面戦争という最悪の引き金を、自らの手で引き引こうとしていたのだった――!


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