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第七話 千年龍より恐ろしい男

 グランディア帝国軍・最高司令部の地下大作戦会議室。重厚な黒壇の巨大テーブルを囲むのは、帝国が誇る名だたる数々の重鎮将軍たちであった。しかし、重厚な石造りの室内に漂う空気は異様なまでに重く、呼吸すら憚られるほどの緊迫感に満ちていた。長卓の首座に立つのは、皇太子直々の全権委任を受けた総戦士長、ガルトス・アイゼン・ベルク。その横で、顔を青ざめさせた中堅指揮官のヴァルターが、巨大な作戦地図の上に赤い標識――「特Sランク危険生物:アーカイブ・プロトコル」の木片を叩き置いた。「これより、聖女の右腕アーカイブ・プロトコルに対する、我が帝国軍全軍の包囲・消滅作戦の概要を説明する!」ガルトスの重々しい地響きのような宣告が響いた。居並ぶ将軍たちは、すでに城内に回覧されていた「特Sランク指定」の書面を握り締め、生唾を飲み込む。「総戦士長……本当に、たった一人の人間に『特Sランク』を下し、第一~第三師団ならびに『神殺し兵器』まで投入するのですか!?特Sと言えば……かつてトリダニアンキャニオンを地獄の炎で焼き尽くした伝説の『千年龍』と同格……いや、それ以上の国家レベルの災厄指定ですぞ!」将軍の一人が悲痛な声を上げると、ガルトスは太い腕を組み、静かに、しかし鋭く眼光を光らせた。 「ワシは三十年前、トリダニアンキャニオンで千年龍と直接対峙し……勝てんと判断して速やかに撤退した。……だが、あの男から放たれる『不気味な静寂』は、あの千年龍以上だ」 ガルトスのその一言に、会議室がしんと静まり返る。歴戦の老将に迷わず撤退を選ばせた千年龍。その災厄すら凌ぐとガルトス自身が断言したのだ。「あのアレックスの崩壊ぶりを見たはずだ。あの天才偵察兵が、何キロも離れた山中から双眼鏡越しに『見られただけ』で精神を全壊させられた。……あのアーカイブ・プロトコルという男は、我々の常識や兵法が一切通用しない、絶対の深淵なのだ。ゆえに、生半可な戦力ではなく、我が帝国の総力を以て『動かぬ木陰ごと』消滅させる!」「「「は、ははっ!!」」」将軍たちの腹が括られた。帝国軍幹部たちの脳裏に、「アーカイブ・プロトコル=千年龍を超える絶対的脅威」という絶望的な真実が完全に刻み込まれ、国家の命運を賭けた極大の作戦が動き始めた。



 一方その頃――。 澄み渡る綺麗な秋空の下、アルヴェリア王国の平和な大樹の木陰。「ふあぁぁぁ……」当の本人、アーカイブ・プロトコル(二十九歳・元サラリーマン)は草むらに寝そべり、盛大にあくびを噛み殺していた。両手で後頭部を支えながら、ぼんやりと青空に浮かぶ白い雲を数えている。(……あー、お腹すいたな。給料日まであと三日か……)頭の中にあるのは、給料が入ったら再び王都の居酒屋グリム亭で大盛り肉丼を腹いっぱい食うという予定と、革財布の中に残ったわずか銅貨数枚という情けない残金の計算だけである。(残金三百二十八ゴールド……。今うっかり動いてカロリーを消費したら、夕飯までに空腹で倒れてしまう。あと三日……それまではこの木陰でじっと『省エネモード』に入り、代謝を最小限に抑えよう)アーカイブはゴロンと気持ちよさそうに寝返りを打ち、より日光が当たらない快適な日陰を探してそっと目を閉じた。 本人はただの極限の節約と怠惰に入っただけなのだが――。「……ご覧なさい、スカーレット」 木陰から数十メートル離れた茂みの陰で、金髪ショートの側近、クラリス・ノルトゥンが青緑色の瞳を怪しく輝かせて囁いた。隣には、赤髪の情報担当・スカーレットが潜んでいる。「アーカイブ様は……一歩も動かず、心拍数と呼吸すら極限まで殺しておられるわ。あれは……帝国軍の次なる大規模侵攻を完璧に察知し、あえて全魔力を体内に凝縮して温存されているのよ」「ええ……! 帝国全軍が動いているというのに、それすらもすべて手のひらの上というわけね。不用意な隙を一切見せないあの圧倒的な不動の絶対陣法……恐ろしいお方だわ」二人の優秀な側近が勝手に深い感銘を受け、彼の「動くとお腹が減るから寝ているだけの姿」を、世界を揺るがす極大の戦術的威圧として解釈していく。(……なんか背中に強烈な視線を感じるけど、まあ気のせいだな。……よし、寝よ……)アーカイブが幸せな二度寝のまどろみへと落ちかけたた、その時だった――!



「ア、アーカイブ様ぁぁぁーーーッ!!」



「ぶへっ!?」



 木の上から勢いよく飛び降りてきたのは、青髪ショートの側近シアン・メルキオールであった。いつも冷静沈着な彼女が、珍しく息を荒らげて羊皮紙を突きつけてくる。「緊急事態です!ガルトス率いる帝国軍第一~第三師団、ならびに極大魔導砲隊……さらには極秘兵器『神殺し兵器』を擁した全軍勢が、あなた様が横たわるこの大樹に向けて進撃を開始いたしました!」「……え?全軍?神殺し……何?」アーカイブは半分開いた目で間抜けな声を漏らした。シアンは心底感服したように熱い眼差しを向ける。「あなた様がこうして一歩も動かず『待機』されていることで、焦れた敵が全戦力を一度に吐き出し、自ら決戦の場へと誘い出されたのですね……!流石です、アーカイブ様!」(いや……俺、ただ給料日までお腹減らないように寝てただけなんだけど……!?ていうか神殺し兵器って何!?俺死ぬの!?)心の中で盛大に血を吐く思いで絶叫するアーカイブ。 何も知らない無欲のサボり男と、国家の総力を挙げて押し寄せる帝国全軍。噛み合わないまま、決戦の火蓋が切られようとしていた――!


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