Scene 8 ミスカトニック大学学長、『二代目』パラケルスス
知る人ぞ知る歴史上の偉人(二代目)登場です。
京馬はリリの案内で、ミスカトニック大学を巡っていた。
その構造は中心にあるエントランスを取り囲む様に円周とした通路があり、そこから第二通路、第三通路と円を拡げる様に拡張されている。
通路と通路の合間に連絡口の様に繋がる道があり、図解すれば蜘蛛の巣の様な感じだ。
最大で第五通路まであり、その通路に接する所が最もセキュリティが重大な場所であり、アルバートの部屋、そして『ネクロノミコン』が眠る図書館などの重要拠点が配置されている。
京馬達が案内されたのは第一通路の客室、つまり最も重要度が低い場所にある。
そこから、リリは京馬を連れて第三通路まで歩いていた。
「ここが、第三通路──『学生区間』とでも言いましょうか」
多くの私服を着ている他民族な学生達が京馬達を横切る。
時折、『リリ姉さん、こんばんは』とか『ララさん、リリさん?』とか、愛嬌のある生徒達の挨拶が来る。
「ここの人達は、皆『一般人』なんですね」
「そうですねー。一部、例外はいますが、基本はアダムが引き抜いた優秀な一般人に『アビスの力』を勉強させる機関ですから」
道行く生徒へ手を振るリリは告げる。
「人気ものですね」
「いえいえー皆、瓜二つの双子って事で珍しがっているだけですよ♪」
苦笑して、リリは言う。
不思議なもので、リリ一人だと受付の窓口で吐いた様な毒がまるでない。
その事を問い掛けようと京馬が考えあぐねていると、一人の白髪の老人が教室から顔を出す。
老眼鏡から覗かれるは、鋭い切れ長の眼。
無地の白シャツにルーン文字が刻まれた奇妙なネクタイ、それを包むかのような紫のローブを纏う。
手も持つは、鱗、皮などの多数の獣の表皮を継ぎ接ぎした様な分厚い魔導書である。
「パラケルスス学長! こんにちわ!」
「……? ああ、リリか。どうした、受付嬢は早速飽きたか?」
明朗に挨拶するリリに対し、老人は煙たそうに嫌悪が混じった顔で言う。
「そんな顔してるから、生徒さんにも陰口を叩かれるのですよ?」
「私は人が嫌いだ。ふん。元々、この仕事もあの忌まわしいメイザース共のせいで当てつけられた『穢れ役』だしな」
気難しそうな顔をより締め付け、パラケルススは言う。
魔導書を懐に仕舞い込んだ時、腰ベルトに取り付けた短刀がちらつく。
「それは、『アゾット剣』ですか?」
思わず、京馬は問う。
パラケルススが持つその短刀はアダムでも有名な『稀代の発明』と言われる『アゾット剣』であったからだ。
未だ今ほどにアダムが『アビスの力』への知識が無かった頃、『初代』パラケルススが『この世界の物質をアビスの力と混合させる』効力を発揮する力を持ったこの短刀を発明した。
これは、つまり『アビスと化学の混合兵器』のルーツとなった代物であり、表の世界で言えば、国宝級の歴史的に価値のあるものである。
「珍しいか? 感情を対価に力を得た現人神よ」
そこで、初めてパラケルススは口元を歪ませる。
「俺の事、分かるんですか?」
「貴様の様な特異な存在は、私達『研究班』では知らないものはいない。そもそも、その功績だけで有名人だ」
「そうなんですか」
「だがタイミングが悪かっただろうな。今はそんな貴様の事よりも、我が身大事、我が理想を求める輩が多いからな。その様子だと、あまり持て囃されてない様に見える」
ふふ、とパラケルススは微笑する。
それを「ほえー」とリリは物珍しそうに眺める。
「上機嫌ですね、学長」
「私はいつも機嫌は良いと思うが?」
「いやいや、どう考えてもその人を邪険にする様子はそう見えないです」
「ララがいないのに、毒を吐く事もあるのだな?」
「毒ではありません。真実を言ったまでです」
嘆息して、リリは言う。
その光景に、京馬は無表情で、否、心の中では苦笑をする。
人形の様に立つ京馬のその心情を察してか、パラケルススは気難しそうな顔をそのままに、視線を向ける。
そして、再度リリへと視線を戻して首を傾ける。
「所で、こんな所に何の用だ? この有名なお客人は、確か今回の『大海公の三又槍』の探索で呼ばれた特務隊の一人だろう? 後、一時間後の会食までの貴様の暇つぶしか、リリよ」
「暇つぶしなんてとんでもない。京馬君はここが初めての場所なので、案内をしようと思いまして」
その問い掛けに、また明朗な笑みでリリは告げる。
「そうか。所詮は過去の栄光であるこの場所に、誇るべきものは無いがね」
「そんな寂しい事言わないで下さいよ♪ この学生区間も、数々の優秀な生徒を輩出されているじゃないですか」
その言葉に、パラケルススは眉間にきつく皺を寄せる。
「あの、『絶対悪を嗜む魔術師』を輩出したこの大学が、か?」
鋭い眉尻が、更にきつく引き締まり、眼光でリリを射抜く。
「あ……その、本当にそういうつもりは無くて」
その表情に、リリはあたふたと焦燥する。
「……ふん。まあ、確かにあの英雄リチャードの妻となったサラなど、世界を動かす程の存在を生み出したのは真実だ。貴様の言う事も一理ある」
一人、納得した様にパラケルススは頷き、そして深いため息を吐く。
そして、やや緩めになった眼差しでパラケルススは京馬へと視線を向ける。
「京馬、と言ったな現人神よ。貴様はあのメイザースに目の敵にされていると聞く。聞けば、それは貴様の番いである『神の実から生まれ出でるもの』を宿す存在を、あのメイザースから守ったせいであるとか」
「はい。そうですね。困ったものです。そのせいで、咲月はあいつが登場すると怯えてしまって──」
「正解だ。絶対にメイザースの名を冠するものと、そんな危険極まりない存在を引き合わせるな」
そう、京馬へと告げるパラケルススは、今度は鬼気迫った凄みを効かせた表情となっていた。
「初代は未だ良い。『最悪の』二代目も消えた。だが、掴み処の無い三代目……あのミネルヴァ、奴はある意味では最も危険かも知れない。抽象的だが、『感覚』だ。くれぐれも、奴の動きには注意しろ」
京馬へと人差し指を向け、パラケルススは忠告をし、そしてその背を向ける。
「あのメイザースが、危険か」
生徒の人混みに紛れるパラケルススの背を見つめ、京馬はその言葉の意図を思索する。
『狂気の魔導士』ミネルヴァ・メイザース。
彼女は、確かに危険だ。研究の目的とあらば、非人道的な事もやりかねないと聞く。
だが、今までの彼女の本部での扱いに、そこまでの危険は感じなかった。
更に、『秘密の首領』と称え、その忠誠を示しているアダム総統、シモーヌは逆に信頼出来る存在だと思っている。
一見の、敵を造る彼女の発言の真意をあやふやだが心得ている京馬は、シモーヌがそのメイザースが誤った道へと踏み外そうとすれば止めに来るだろうと思っていた。
「確証は無い。だけど、あの人はそんな人では無い」
言い聞かす様に、京馬は呟く。
「そうですねー。あのイロモノ扱いのミネルヴァ・メイザースがそんな大層な事をやらかすとは私も思いませんね♪」
その京馬の言葉に、リリは手を水平に頭へと上げて言う。
「学長……『二代目』パラケルススは、同じく『二代目』のメイザースと色々とありましたからね。それで敏感になってるんですよ。まあ、気にしなくては良いんじゃないですかね?」
そのリリの言葉に、京馬は何故だか心の中でホッとため息をつく。
あの破天荒なメイザースでも、実は京馬の中では憎めない存在だと思っていた。
『仲間を疑う』事は彼にとって正直、苦痛だ。
それが、杞憂であると信じたかった。
(皮肉なものだ……『自分がそんな存在』なのに)
拳をグッと握り締め、京馬は想う。
それも、全てのものを真の意味で救う為。
(チリチリと、周囲の『私の氣』がざわつく……彼、やっぱり『一枚岩』では無いようですね)
その無表情な京馬の一寸の沈黙を見て、リリは想う。
「さあさあ! 一時間なんて長いようであっと言う間ですから、どんどん探索始めましょう!」
唐突なリリの背中押しに、京馬はぐらつく。
同時、京馬は一端の自身の『目的』への想いを端に置く。
「はい。それでは、継続してお願いします」
京馬の言葉に、ニカリとした明朗の笑みでリリは応える。
(でも、パラケルススの気持ちも分かる。私も、『二代目』は殺しても殺したりない程、『憎んで』いますからね)
京馬が背を向けたのを確認し、リリは『素』の殺意の眼光を虚空へと見つめていた。
「おい、チンタラ歩くと置いてくぞ?」
「そっちが案内するって言った癖に……」
「あ? こっちだってなあ? 社長の命令じゃなかったらこんなめんどい事しねえよ!」
「じゃあ、もういい帰る」
「ちょ!? 悪かった! 悪かったから! ほら、あの『ネクロノミコン』、見てみたいんだろう?」
「……確かに、見たいけども──」
京馬がリリの案内でミスカトニック大学を散策中、マリエはララに大学内を案内されていた。
第五通路──アーカムの住民からは、『機密路』と呼ばれるこの通路内には、一般には公開されない重要な機密で溢れ返っている。
「着いたぜ。図書館だ」
「ここが……!」
そして今、マリエとララが立つのは、その中でも一握りの幹部しか入る事が許されない図書館であった。
何重もの厚みを持ったガラスのそこかしこに術式らしき紋様が張り付けられている。
そのガラス越しから見えるのは、迷路の様に入り組み、何段もの階層に分けられた巨大な本棚の列。
それらがとぐろを巻く蛇の様に螺旋を描いて構えていた。
『認証術式を提示して下さい』
というアナウンスが流れ、ララは踏ん反り返りながら、懐のカードを正面のモニターパネルに翳す。
すると、ガラスのドアは水平に開かれた。
「ったく。アビスの概念の前じゃあ、こんな小細工のロックなんて一捻りだってのに……パラケルススの野郎の神経質さには呆れるぜ」
深くため息をついて、ララは開かれたドアへと歩む。
「凄い……様々な『氣』が本棚から漏れ出ている……!」
「そりゃあな。『ネコロノミコン』だけじゃねえ。各種『レメゲトン』とか、有名所も保管されてるし」
「アビスの生物や物質で形造られた存在、魔導書……より強大な魔導書は時に意志を持ち、弱き所持者の精神を喰らうと言われていますよね?」
図書館をキョロキョロと見渡すマリエの言葉に、ララは悪態付いたその表情をそのまま向ける。
「あ? おいおい、まさか『元御主人様』がネクロノミコンの氣に当てられてぶっ壊れたとか考えてんのか?」
「いや……違うよ。だけど、あの『悪』を開花させたのは、間違いなくネクロノミコンなのは分かっている。ネクロノミコンが『あれ』を呼び寄せたって」
唇を噛み締めて、マリエは視線を逸らす。
そのマリエへ「いいか?」とマリエは片眉を下げて指を突き立てる。
「それを差し引いても、あの『ネクロノミコン』は強大で、場合に寄れば大きな戦力としても期待出来る『兵器』だ。『表の世界』で有名な『ソロモンの鍵』なんて蚊ほどでもねえほどにな。あの本を滅してみろ? そうしたら、手前は即処罰されることを忘れるな!」
声を荒げて忠告するララの言葉に、マリエは首を横に振る。
「そんな事はしない。只、私はあの『這い寄る混沌』……いいや、世界の大本である『神の樹』に僅かながらでも繋がっているネクロノミコンというものがどんなものか見てみたいだけだよ」
そう告げるマリエの言葉を、猜疑の表情でララは見つめる。
「そうかい。だが、手前が少しでも怪しい行動や本に呑まれそうになったら、私が殺すからな。覚えておけ」
捨て台詞の様に、言葉を置き去りにし、ララは背を向ける。
「私に、勝てるのかな? そんな小さい精神力なのに」
そのララに聴こえない程のか細い声でマリエは呟く。
「手前があの殲滅部隊『朧』を率いていた『マシリフ・マトロフ』だったのは知っているよ。『社長』の情報網を甘く見るな」
一方のララもぼそりと呟いた。
マリエ・クオランティ。
『本部補佐』としてヴェロニカ、フランツと共に配属された褐色肌の少女。
坂口京馬の特務隊配属と同じタイミングで本部配属となった彼女は、新手の期待を持たれたルーキーという振れ込みで噂になっていた。
だが、ララは知っている。
否、『アウトサイダー』から知らされた。
この少女は、以前は醜悪で残忍で酔狂とした『混沌の崇拝者』の一人であったと。
そして、それをどの様にしたかは解らないが、坂口京馬が改心させ、共に行動をしている事を。
「坂口京馬、か。何千、何万と人を殺してきたこんな大罪人を味方にしようって、飛んだ『お人好し』だな」
同時、ララは想う。
リリが相手しているその『お人好し』は、単純な絵に描く優等生では無いであろうと。
彼は、その『人でなくなった証』である蒼の瞳の中に、何を見つめているのであろうか。
それは、『かつて思い描いた』自分の理想の『世界の創造』と重ね合わせる事が出来るのであろうか。
「『皆の物語を彩りましょう』、ね。馬鹿馬鹿しい」
ララは歯を噛み、回想に首を横に振って自身の頬を叩く。
「これが、ネクロノミコン……」
そのララを脇に、マリエは半透明となっている多重の魔法陣が描かれたガラスの奥底で保管されている魔導書を見つめる。
ネクロノミコンは、他の魔導書と異なり、辞典の様な装丁で、とてもシンプルな形をしていた。
その見た目からは、到底、最強であり災厄を招く混沌の書に見えない。
だが、その防護となっている魔法陣からでさえも滲み出る氣で、この書物はこの書物足る存在だと、マリエは納得する。
「変な事はするなよ?」
ネクロノミコンを見たマリエの様子が変わるのを確認したララは釘を刺す。
だが、マリエが起こした行動は、ララの予想の斜め上を行く。
ネクロノミコンへとマリエは人差し指を向け、
「絶対……! 絶対……ッ! お兄ちゃんの『想い』が、貴様の破滅を砕くッ! 首を洗って待っていろ、『蔦』よッ!」
声高に荒げた。
「……ありがとう、ララさん。もう部屋に戻っても良い?」
すっきりした様に、ふう、と息を付いたマリエは振り返る。
「あ、ああ……何だ、お兄ちゃんってのは?」
「お兄ちゃんは、お兄ちゃんだよ? 京馬お兄ちゃん」
マリエは、まるで向日葵の様に明るく微笑んで告げる。
「お、おう?」
まるで、先程までとは別人といった意気揚々としたマリエの様子に、ララは拍子抜けする。
「こいつが、とてもあの狂人とは思えねえ……坂口、京馬……一体、何をしやがったんだ?」
困惑の表情で、ララは先に歩くマリエの後を追う。




