Scene 7 彼女の想いは光り輝く彼の為に。
今回は美樹擁する『禍』回です。
久々のあの子も登場
ニューヨーク郊外に古びたマンションが立ち並ぶ街道がある。
美樹を始めとした王下直属部隊『渦』のメンバーは、そのマンションの中の一つに身を潜めていた。
「ふむ。何とか逃げ果せたね。御主人様以外は、私を褒め称えるがいい」
五階の一室、彼女達は集まっていた。
新人であるルーカスは、窓を覆うブラインドの隙間から眼を覗かせ、周囲を観察する。
「その言い方は癪だけど……確かに、あんたがいなかったら危なかった。ありがとう」
虫の居所が悪そうに、脇目で夢子がルーカスへと告げる。
「本当に、頼りになったわ。ありがとう、ルーカス」
一方で、その綺麗な金髪を弄りながら、淑女の様な麗しい笑顔で告げるミシュリーヌ。
「よくわかんねえけど、お前がなんか凄え奴ってのは分かった」
周囲の反応を見て、コクコクと必死で頷きながら新島もルーカスを褒める。
「うはは! おぉ……早速、天才である私はこの隊で大きな功績をもたらした様だね!」
満足気に振り返り、ルーカスが告げる。
だが、振り返った途端、その表情を険に変える。
「だが……御主人様。私の知る限りでは、御主人様はあの様な感情任せの行動はしなかった筈だ。どうして、あの様な行動を?」
そのルーカスの言葉に、一同は気まずそうに視線を背ける。
「あの京馬って奴が侮辱されたから許せなかったんだろ?」
だが、新島だけは何事も無く視線を美樹へと向けて言う。
(ちょっとあんた! 本っっ当に、デリカシーないんだから!)
ぎゅむう、と新島の耳を抓りながら夢子は小声で言う。
「そんな事しても痛くないもんねー!」
「くっそぉぉ……うっざいわ」
やたら頑丈な新島に夢子が憤慨する中、一人顔を伏せていた美樹は口を開く。
「……そうだよ。他の皆は知っているけど、新島の言う通り」
申し訳なさそうに、美樹は苦笑しながら続ける。
「『黒獄炎の従者』。私が色欲で従えさせた対象を黒炎と触手を纏わせて強化させる技。それで製造した軍隊を、本来であればアルバートが一人でいる時を狙ってけしかけるつもりだった」
美樹は、額に手を当て、自嘲の笑みを浮かべる。
「だけど、やられたよ。私の『想い人』を面白半分に誘惑したあのキャシーを許せなかった……! まんまと、引き摺り出されて、カードの内の一つを晒してしまった! ごめん、皆。リーダーである私が勝手に突っ走ったせいで……」
遂には顔を両手で覆い、自責と悔しさで美樹の口元は歪んで、噛み締めた歯を覗かせていた。
「そんな、気にしないで。美樹ちゃんの彼への想いは、皆知っている事だから」
その美樹の肩を優しく触れて、ミシュリーヌが言う。
「そうね。あんたのそういう所は……あの京馬に対しての感情の真っ直ぐさには慣れたわ。あー私も大人になったねー」
手を水平に上げて、嘆息しながらも、夢子の口元は吊り上がっていた。
「へへっ、俺は助かったぜ! 何せ、あの『星砕き』と闘えたんかんな!」
新島は、終始、綻び一つ無い明るい笑顔であり続けている。
「そうか。御主人様の言っていた想い人……あの少年が、やはり……」
皆の話を聞きながら、一人ルーカスは唇を噛みながらいつものとは異なった戦慄とした表情をしていた。
「どうした、ルーカス? おめえ、変な顔してんな?」
その表情の変化に、新島は首を傾ける。
「ああ。ちょっとばかし、ね」
苦笑しながら、ルーカスは告げる。
「……ありがとう、皆。こんな頼りないリーダーなのに」
「何言ってんだか。寧ろ、あんたが強くて、浅羽閣下に認められんかったら、とっくに私達は死んでいた。あんたの判断で生き抜けたのも何度かあったんだからさあ。まあ、黄泉では死にかけたけど。そんな湿っぽくしなくていいよ」
「夢子の言う通り。私達は美樹ちゃんによって救われているんだよ? 私にとっては、その……大事な人でもあるんだから」
「レズの気持ち解んねえ。だけど、俺もお前が好きだぜ。なんか強敵ばっかと鉢合わせられるし、飽きねえし……ぬあ!? うぐぐ!」
言葉を発した直後、何故か新島へとミシュリーヌは大槍を発現させて、脳天へと突き刺そうとする。
それを、新島は白羽取りで必死に抑え込む。
新島へと血相を変えて大槍を捻じ込もうとするミシュリーヌ、そしてその事態にあたふたする夢子。
騒々しい中、美樹は物思いに耽る様に、視線を情景へと向けず、部屋から席を外す。
「……やはり、御主人様は皆に信頼されている様だね」
そんな美樹の後ろに付き、ルーカスは微笑して美樹へと言う。
「どうかね。皆の事は、好きだけど」
「それでも、『彼』が一番なのかね?」
ルーカスの問いに、美樹は言葉を途切れさせる。
一番である。
故に、一番であるが故に、今の関係が本当にもどかしい。
あらゆる男の劣情を喰い漁り、そしてそのもどかしさを振り払いたかった。
だが、一時の快楽の後にあるのは虚しさだけ。
自身の幻想の中、光り輝く背景に、彼の振り返る姿が蘇る。
抱かれたい。
彼との『色欲』を何度も味わいたい。
口づけをし、愛撫をされ、その愛情をその身で死ぬほどまでに味わいたい。
「うん。一番だよ。私は……彼を、京ちゃんを『救いたい』」
だが、美樹が彼との『色欲』を味わえないのは理由があった。
互いの理想とする『世界の創造』の為に、対峙しなければならないから。
今、彼──京馬は、自分の身を犠牲にしてまで『全てにおける人々の真の平和』を願っている。
美樹は、『世界の創造』のメカニズムを理解しているが故に、それが無償で得られるものでない事をしっかりと理解していた。
その代償は、『管理者』となり、永劫を『管理』しなければならない事。
だが、それは美樹にとって許されない事であった。
京馬が辛く、そして雁字搦めに縛られる様な状態となるその『世界の創造』がどうしても嫌であった。
以前から、京馬という『本質』を知り得ていた美樹は、京馬が『その判断』に至る事を知っていた。
対し、自分の『世界の創造』は違う。
『色欲』に人は陶酔し、そして満たされる世界。
全てが全て、人が平和になる事は無い。
故に京馬の理想とする世界よりは格段に拘束力は無い。
『管理者』となって下界へと訪れ、その世界を堪能する事も可能だ。
だが、この『壊れた世界』よりは絶対に救いのある世界である。
美樹は、『愛』に包まれる世界を求める。
自身の家族の様な壊れた関係でも無く、そして、非業の末に砕け散る愛も無い。
世界は『色欲』に愛され、『色欲』は人々を愛す。
『大罪』は救いとなり、永劫を美樹は京馬と抱き合って過ごす。
「『私の世界』で救うんだ。──無理やりにでもね」
美樹は、決意を新たに呟く。
先を見据えるその美樹の眼は、
「──美しい」
そう、ルーカスに呟かせていた。
「何?」
「御主人様は美しい。可憐で、妖艶で、しかし、その瞳には凛とした形容し難い魅力がある」
「──褒めても、何も出てこないよ?」
「真実だ。私は、御主人様の奴隷になれたのを誇りに思うし、この身に代えてでも守り抜くと改めて忠誠を誓おう」
みずぼらしい白衣の恰好で地に片膝を付けて、騎士の様に頭を下げる。
そんなルーカスの態度に、美樹は思わず口元を僅かに歪ませて微笑する。
「その格好じゃあ、似合わないね。やっぱり、多少なり容姿を気にした方が良いんじゃない?」
「では、直ぐに変えましょう、御主人様。あなたは私の姫様だ。私もそれ相応の恰好に整えましょう」
「『怠惰』らしくないね」
「私は、興味のあるもの以外には何も興味が無くてね。もしかしたら、その『本質』こそが正当な──ベルフェゴールの『怠惰』なのかも知れないね」
互いが微笑する。
美樹の屈託なく微笑む笑顔に、ルーカスは目を釘にする。
かつて、これ程までに、心臓の高鳴りを覚えた事はあっただろうか。
離婚した妻も、そしてその他の言い寄ってきた女達も、所詮は自身の学歴と功績に吸い寄せられた有象無象に過ぎない。
『女とはそういうものだ』ルーカスは多くの女との出会いから、そう結論付けた。
優秀な祖先を残し、それを育て上げる本能の塊。
感情的でおよそ合理的でないその存在に嫌気が差し、故に性の供物としてしか見られない彼にとって、美女と言われた元妻との生活は、堪えられないものであった。
体裁、地位、そのお陰で狂人の彼は辛うじて世間的に認められた存在であった。
だが下らない。
本当だったら、自分の探求心、欲に塗れ、陶酔したい。
彼は、ブレなかった。
妻を置き去りにし、彼は彼の『怠惰』を堪能した。
研究にしか目を向けず、他は只管に何もしなかった。
何度も抱いた妻の身体も飽き、インセンティブで儲けた金で娼婦を雇い、後は飯を食い、寝る。
ぐうたらとした『怠惰』の彼は、一時で全てを失う。
不自然な研究所の事故、奪われた研究データ、かつての同僚からの裏切り、妻との離婚。
最低な人間性を持った彼に、味方をする者はいなかった。
だが、失墜した彼は、それでも何も感じなかった。
『もう何も気にする事はないではないかね』
寧ろ、清々とした彼に宿るは、その彼の『本質』である『怠惰』のベルフェゴールであった。
『くけけ……お前は、儂だ』
今でも、ルーカスはその醜悪で妖しい老人の口元の歪みを忘れてはいない。
不思議と『彼』に嫌悪を覚えなかった。
世界の楔を打ち、この世界を『壊れた世界』としたと豪語するベルフェゴールに、ルーカスは寧ろ愉快な相棒だと意気投合する。
(ルーカス。この『色欲』は危険じゃぞ?)
ルーカスの頭の中からその相棒の声が響く。
「『色欲』のスリルを堪能する……ふは、中々に酔狂で面白いではないかね?」
にやりと、ルーカスは笑んで呟く。
「『ベルフェゴール』と話しているのね」
ルーカスは、美樹の言葉に頷く。
「びっくりしたよ。まさか、御主人様も『私と同じ存在』なんて」
「お互い様だよ。浅羽様からのルーカスの情報見て、半信半疑だったけど……会って確信した。能力時の力の軋轢を感じない『混在覚醒状態』がもう一人いたなんて」
「これは、運命ではないかね? 御主人様、式はいつ挙げようか」
「それは出来ない相談。私の中で、とっくに共にいる人は決まっているんだから」
「そうだったね。それは残念だ」
苦笑するルーカスは、ふと思い出した様に、ハッと口を開ける。
「そうだ! 御主人様、『例の兵器』が完成しそうだったのだ! いやはや、先程の闘いですっかり忘れてしまっていたよ!」
その言葉に、美樹は首を傾ける。
「『例の兵器』……? ああ、なんか『三次元水銀集積回路』を使った『男の浪漫』? って奴を造ってたよね。それの事?」
美樹の言葉に、ルーカスは『うん、うん』と頷く。
「そうだよっ! 予想以上に完璧な仕上がりだよ! ふあっはっはっは! きっと貴重な戦力になるだろう!」
「へえ……それは頼もしいね」
「そうであろう? だからだ、御主人様! あの『もう一人の奴隷』を貸して頂けないかね? 何、悪い様にはしない! 寧ろ、人類初めての『パイロット』となる! 誇れるぞ!」
「分かった、分かった! じゃあ、出ておいで」
興奮して語るルーカスの声に、美樹は苦笑いしながらも、宙に大きな赤黒い蕾の様な物体を発現させる。
それは、美樹の『変幻自在の触手』で形作られた『格納箱』であった。
それは、ゆっくりと開かれ、虚ろな眼でこちらを見るショートカットの少女が全裸で蹲った状態で出てくる。
「えー、あー、この娘は『加奈子』と言ったか。アビスに係わり、だがその力を持たないこいつは、あの兵器には丁度良い適正がある」
「そうね。あなたの要望にあった子がいて助かったよ。あの時──攫った時に交わっていて良かった」
感情を持たないかのように、加奈子は二人を呆然と見つめていた。




