Scene 6 『鏡面姉妹』ララとリリ
タイトルとは裏腹に、『アスラの総意』美龍回でもあります。
「このミスカトニック大学は、アーカムの総本山にして、アダムが誇る二番手の『アビス概念教育機関』なのだよ」
扉が開かれ、目の前に拡がるは、ドーム状となった巨大なロビーであった。
中央には、大きな黄金の像が立っており、その下の大理石の台に、『英雄リチャード・パーソンズ』と彫られている。
その手前、受付となるテーブルがあり、乳白色の髪を持つ二人の受付嬢が立つ。
その二人の顔は『全く同じ』であった。
唯一、違う事は、咲月と同じサイドテールに結ばれていた髪が互いに非対称の位置となっており、結び目から先端の毛先までの色が異なっていた事だ。
一方は赤で、もう一方は黒。
髪の色の全体を占める乳白色とその色の組み合わせは実に奇妙である。
「ララ、リリ。いつもご苦労」
「「おかえりなさいませ、社長♪」」
アルバートが手を振ると、明朗に答える二人の受付嬢。
「うわ、顔そっくりですね! 双子さんですか?」
仕草さえも瓜二つのこの二人に対し、咲月が質問する。
すると、二人はコクリと頷いて口を開く。
「「はい! そうです! とっても気が合うんですよ♪」」
「そうなんですか! うわー、凄い! 話すタイミングも一緒なんて……本当に相当、仲が良いんですね!?」
珍しいものを見る様に、咲月が目を輝かせている中、
「嘘言うんじゃねえよ、この詐欺師がっ!」
スラッシュが悪態付いて言う。
「「何を言ってるんですか、スラッシュ? (ばらすんじゃねえよ、死ねよゴミが)」」
「うえ、ええっ!?」
笑顔のまま、ララとリリがぼそりと吐いた(つもりだったかも知れないが)言葉に、思わず咲月は驚愕する。
「あぁ? 只の護衛特化の手前の能力で、この俺と殺り合おうってのか!?」
そのララとリリの言葉に、青筋を付けたスラッシュが受付のテーブルをバンッと叩き、睨みを利かせる。
「「そんなつもりは無いですよ♪ (手前の宿してる化身と同じでガサツで面倒くせえな)」」
「んだとぉっ、コラっ!」
「まあまあ、二人とも落ち着き給え。客人の前だぞ?」
瞳孔を開かしているスラッシュ、一方でにこやかな笑みで毒を吐くララとリリを制し、アルバートは苦笑する。
「この様子だと、上手く順応している様ですね」
「「ええ。(手前の顔は見たくなかったがな)」」
やり取りを見ていたマストゥーレが微笑し、ララとリリへと告げる。
ララとリリは笑顔を崩さずに、淡々と毒を吐き続ける。
「ふふ。殺し合いなら、いつでも歓迎致します」
だが、マストゥーレはどこ吹く風で会釈する。
「……全く、君はもうちょっと気を遣えないのかね? ふう……さあ、皆さん、こちらだ」
嘆息し、アルバートは左手に続く道へと歩き出す。
「……あんたとは、もっと前に手合わせしたかったわ」
一同がアルバートの後に続く中、流し目で美龍はララとリリを見て呟く。
「「そんなそんな。美龍さん(百年前にタイムスリップしたらな)」」
美龍へと笑顔を向けながら、ララとリリは言う。
その言葉に、美龍は口元を深く吊り上げるのであった。
「さて、どうしたものか」
その後、京馬達は各個室へと案内されていた。
古めかしい外装とは裏腹に、個室は白を基調とした格式の高そうな部屋となっていた。
一人、京馬は自分用の個室に入り、横隣りにあるベッドに座る。
徐にポケットに入れられた紙を取り出し、その内容を確認する。
(個室に入り、直ぐに右手中央の道を進み、階段の踊り場へと出ろ……ですって)
「そんなもの、読んだから解る」
京馬は紙を握り締め、蒼の灯と共に、紙を消滅させる。
直ぐに立ち上がり、再びドアノブへ手を掛けて、京馬は部屋を出る。
「どこへ向かわれるのですか?」
瞬間、ずいっと京馬の前に先程の受付嬢の片割れが顔を覗き込む。
「……少し、探索です。俺は、このアメリカ支部に来たのが初めてでして」
普通なら冷や汗が伝うところだが、今の京馬は『無感情』だ。
まるで、何事も無い顔で京馬は淡々と告げる。
「やっぱり、そうだと思いました! いやはや、京馬君と咲月ちゃん、それにマリエちゃんなんかはここが初めてなので、夕食まで支部内の案内をしてあげなさいと、社長が」
にこやかに受付嬢……ララとリリとという名前だっただろうか?
どちらかは分からないが、その一方が京馬へと告げる。
「ありがとうございます。……ええと、ララさんですか? それともリリさん?」
「リリですよ♪ ああ、このちょこんとした結び目からの髪の色で私達を判断して下さい。『黒』はリリです。『赤』がララ」
そう言い、リリは自分のサイドテールを指差す。
「では、リリさん。申し訳無いですが、どうも自分は未開の場所は手探りで探索したい性分でして」
「ああ、そうなんですかー……」
リリへ支部の案内をアルバートが依頼した……誰がどう考えても、これはアルバートの策略である。
純粋な笑顔を向ける、このリリもアルバートの手先である可能性は非常に高い。
そんな思慮からの、京馬のあしらいの言葉であった。
「ですけど、私も屈しませんよー! そんな事言わず、さあさあ!」
だが、それでもリリはめげない。
無理矢理に、京馬の背中を押し出し、歩かせる。
「おい。いいと言っているだろ?」
内心、思いっきり不満げな表情をしているだろう自分の感情は、能面となって、リリへと抗議する。
だが、
「まあまあ、良いではないですか♪ ……それとも、『一人じゃないと』いけない理由でも?」
リリの言葉が、その後の京馬の抗議の言葉を遮断させる。
ここで、下手に拒絶の言葉を造れば、『大海公の三又槍』探索を前に、疑惑が増してしまう。
「別に、そういう訳ではありません。ですが、そこまで言うのであれば分かりました。案内をお願いします」
心の中で嘆息した京馬は、リリの提案に承諾する。
「じゃ、こちらです♪ どうぞどうぞ!」
リリは京馬の手を引っ張り、待ち合わせとは反対の左手の道へと進む。
(しょうがない……『権天使の舞踏』)
京馬は、リリが正面を向いたのを確認、即座に手先から『蒼の灯』を背面へと撃ち出す。
それは、天井へと跳ね、その後、京馬達とは逆方向の経路を進む。
一瞬の瀬戸際、京馬はリリの前へと乗り出し、正面にある窓の景色へと指差す。
「では、ここが何故いつも夜景色なのか説明お願いします。実は、着いた途端から気になっていたんですよ」
「お、早速案内役としての役割が果たせそうですね♪」
リリは後ろに振り向かない。
この一瞬を潜り抜ければ、後は問題無い。
京馬が放ったのは、『権天使の舞踏』という京馬の小さな分身である『蒼の灯』を生み出す光魔法である。
今回は、ある一点の伝令のみを命じた単純な機構であった為、瞬時の魔法陣構築で済んだのだ。
後は、リリの視界にその『蒼の灯』が映らなければ良い。
その為、京馬は身を乗り出す行為を行った。
普通のインカネーターならば、『世界の軋轢』によって力の発現が察知されてしまうが、幸い、京馬は『現人神』だ。身体が『この世界』と『アビス』の中間に位置する京馬は、力を発しても他のインカネーターに気付かれる事は無い。
「毎時、夜なのは、この支部を護る為です」
「何故、夜だと護れるんですか?」
「特殊な防護結界で、この『支部の世界』が闇に覆われると、『私達の世界』から認識されなくなります」
「……それは、『俺達の世界』に対する『アビスの力』みたいなものですか?」
「概ね、そうですね。だから、例えば世界が崩壊する事象が起きても、ここは完全に隔絶された『別世界』であって『現象』がここに気付かない。ある意味では万能シェルターなんですよ、ここ」
「そうなんですか……初めて知りました」
「ええ。この『夜の事』は開示SSランクの機密ですから。ですが、京馬君は特務隊という幹部の中の大幹部! いや、キング・オブ・幹部! ベラない理由はありません♪」
「……俺達は、信頼されているんですね」
「勿論です♪ 大事な『救世主』様ですからね」
屈託なく微笑むリリ。
だが、これまで京馬は幾度も人の『疑』を見てきた。
こんな崩さない態度で、疑いの眼を濁らす事は無い。
「むずかゆいですね」
「そんな無表情で言われても」
ジト目でリリは京馬を見つめながら言う。
傍目からは、和気あいあいとした雰囲気で二人は路を歩む。
捕縛結界、『阿修羅八卦衆院』。
多くの修道士の恰好をした存在が八角形の床を取り囲む。
妖しく発光する仄かな紅の灯を床は発生させ、下部から部屋全体を照らし出している。
その床の中央は、しかし座禅を行う一つの人影で覆われる。
「遅いわね」
ゆるふわとした茶髪の髪を揺らし、その女は目を静かに開いて頭上を見上げる。
「美龍様」
周囲に立つ修道士の一人が、中央に座る女──美龍へと口を開く。
「あなたは、ええと」
「七十八番目のアスラです。いえ、私の名を覚えなくて結構なのですが」
「では、何の用かしら?」
やや息を吐いた美龍は、視線をそのままに問う。
その美龍の態度に、修道士はその後の言葉を躊躇うが、意を決して改めて口を開く。
「……『ヴァルナ神継承』の件です」
その言葉に、美龍は眉尻をきつく引き上げ、初めてその顔を修道士へと向ける。
「いえ、未だその決断が早いというのでしたら……」
美龍の明らかな不機嫌な態度で、修道士は弁明の言葉を造る。
だが、美龍は首を振る。
「それが『アスラの総意』として選ばれた、私の宿命である事は分かっているわ」
険の表情を変えずに、美龍は言う。
「何れは、帝釈天……との決着を付けなければならないし、それが私の望むものの一つである事が分かっている。だけど、それでも私は人なのよ」
告げた美龍は、表情を緩め、修道士へと優しく微笑み掛ける。
「ごめんなさいね。もうちょっと……もうちょっとだけ、『人でいさせて』。私という概念が『神』となるのは、その先で」
「成程。だから、美龍様は『女性』、『愛』というものを味わいたかった訳ですか」
合点がした様に頷く修道士に、美龍は頷き返す。
「闘いというものが私。私が戦場の神となる器である事も充分に承知している。だからこそ、一時の、そして私の始まりであるこの『人』というものを堪能したいの」
「……そういう事でしたか。その言葉を聞いて、胸が撫で下ろせました。美龍様は、アビスの全生命の中で幾度も選抜された『アスラ』として最も優秀で、最も強靭で、最も狂人としていました。だからこそ、闘いを繰り返し、一房のか細い精神体となった歴代アスラ達も、あなたを信望し、新たな『ヴェルナ』として崇拝していたのです」
「あなた達、『先代』達の、その真意は随分前から知っていた事よ。そして、ずっとアスラの軍勢として闘える日々を願っているのも。……安心しなさい。私は、必ず『神』となる」
その美龍の言葉に、修道士は口を開き、感嘆の眼差しを向ける。
「おぉ、おぉっ! 美龍様の、その言葉が聞きたかったのです……!」
「ふふ。主が、こんな貧相な婦女子でよろしいのかしら?」
「何をいっておられるのですか……! あのカーリーの様な破滅鬼神も女だ。古来より、深層の意識の中で血を欲しがるは男より女です。しかし、美龍様は他とは圧倒的に違う」
「どこが?」
「その眼の中の、純粋な戦場への愛は……他の生物とは一線を画しておられる」
修道士の言葉に、美龍はふふ、と微笑する。
その刹那、どこからともなく、『蒼の灯』が飛来してくる。
「これは……?」
美龍は、不可思議な蒼に、首を傾け、しかしその蒼に手を伸ばす。
それは、親しみのある少年が漂わせたものと似通っていたものだったからだ。
『敵』の手により、落ち合えない。別の機会に打ち合わせを求む。
『蒼の灯』から、その短いメッセージが美龍の精神の奥底で響く。
その響きを感じ取った美龍は、即座に立ち上がる。
「どうされました?」
「どうやら、不測の事態が起きた様ね。この話は……また後で」
美龍は紅の光を灯す場に突き出た床を歩く。
「美龍様」
「何?」
「あなた様が、常に自身の極限を酷使するという『愉悦』をお持ちである事は承知しております。ですが──」
「大丈夫よ。いえ、寧ろこの肉体で帝釈天を前にした闘いを乗り越えられなきゃ、どの道、終着点は敗北よ」
ニヤリ、と口元を深く、深く吊り上げて、美龍は燃え盛る火炎と共に消え去る。




