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壊れた世界の反逆者 第二部 -『管理者』不在の世界編-  作者: こっちみんなLv30(最大Lv100)
第二章:牢獄の愛にほくそ笑み、欲しがりな彼は大口を開けて嬌声を挙げる
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Scene 5 アダムアメリカ支部『アーカム』

 『伏魔殿(パンデモニウム)』が崩落し、元の世界の様相が照らし出される。

 京馬達が元いたアメリカ一の繁華街、タイムズ・スクエアは騒然としていた。

 救急車やパトカーのサイレンが鳴り響き、錯乱した人々の喚き声が聴こえる。


「ここまで、騒ぎが起こるとは……『混在覚醒状態』の世界への影響はやはり危険ですね」


 周囲の様子を他人事の様に見渡すマストゥーレは、呟く。


「だけど、死傷者は無し。それどころか、怪我人も逃げる人々がパニックを起こして転んだり、衝突した為に起きた外傷のみ……『黒炎魔王の淫魔女(アスモダイ・ラスト)』もとんだお人好しね。仮にも、私達『アダム』は一般人の救出も任務にある。人質等を利用すれば、もっと効率的に襲撃出来たのでしょうに」


 そのマストゥーレの独り言に、嘲る笑みで美龍が答える。


「ちょっと、美龍ちゃん!?」


「事実だわ、咲月。あなただって、そういった甘さがあって……『後悔』をしていたでしょう」


 美龍が告げた言葉に、咲月は表情を険しく変える。


「酷い……とは言わない。美龍ちゃんのそういう所は知ってるし、良い所も知ってる。だけど、美樹ちゃんが闇雲に人を傷付けない事も知ってる。少なくとも、美龍ちゃんが思っている様な『悪』じゃないよ」


「……そう。私はまるであの子とは接点が無いから、どんな人物かは知らなかったわ。ごめんなさいね」


 はっきりと美龍へと向けられる咲月の眼差しを、美龍は見つめない。


「『善』か『悪』か。それは、立場や『信念』を前に、早々に天秤は掛けられないもの……稚拙な『悪意』はどこでも見掛けるものだけどね」


 美龍が呟いて横目で見つめたのは、アルバートであった。


「さて、アルバート『支部長』。突然の『アウトサイダー』の襲撃で弾丸ツアーは中断されてしまったけど……このまま続行する?」


「い、いやぁ……流石に、あんなにド派手な襲撃があって観光もクソもあったもんではないがね。素直に、一直線で『アーカム』へと向かおう」


 美龍の問い掛けに、アルバートは嘆息して告げる。


「そうですね、アルバート様。キャシー様も突然の不意打ちで精神力を消費されたでしょうし」


 そのアルバートの言葉に、マストゥーレは頷く。


「ええ。私は、思ったほどに消耗がありませんが……そうですね。ここは次の襲撃も予想して、早々にアーカムの支部へと戻るべきだと判断します」


 キャシーは、自分のスカートを叩きながら言う。

 外傷は見当たらない。

 それもひとえに、インカネーターである為の頑強さにある。

 だが、不意にくらった一撃、そしてその後の美樹の追い打ちによって、キャシーの中の精神力が擦り減っているのは、一同も理解していた。


「では、再び『伏魔殿(パンデモニウム)』を構築し、アーカムまでの経路を構築しよう。いやはや、申し訳ないね。折角の好意のつもりが、こんな事態を引き起こしてしまって」


 申し訳なさそうに礼をして、アルバートは手を翳す。

 陽光の当たる街の風景はそこで一変し、世界は再び窓枠が横並び付いた細長い回廊となる。




「この回廊は、水平のエスカレーターの様な構造でね。このまま、一直線に歩けばアーカムへと辿り着く」


 アルバートはいつもの満面の笑みを作りながら一同へと説明し、先頭を歩く。


(京馬君、京馬君。聴こえる?)


「ああ、聴こえてるぞ。ガブリエル」


 アルバートの後続を一同が歩く中、京馬の精神の中にあるガブリエルが問い掛ける。


(あの時……あのアルバートの隣を歩いているキャシーに見られた時……一気に君の精神が塗り替えられたわ)


「知っている。『あれ』は脅威だ。事前に調査してあの『魅了』の能力は気付いていた。だが……あの皆がいる中でまさかやられるとは思っていなかったんだ」


(そうね。私も、突然京馬君の精神が豹変したから、思わず混乱してしまったわ)


「大丈夫だ。次が来たときは、存分に警戒する」


(いえ、そういう事を言ってるんじゃないわ)


 精神の中で首を振るガブリエルは、声を張り詰めらせて続ける。


(一瞬だったのよ)


「一瞬?」


(そう、一瞬で京馬君の精神は塗り替えられたわ。心して聞いて、あの女の瞳と見つめあっちゃ駄目)


「……そんな一瞬で、俺は『魅了』されてしまったのか?」


(そうね。『魅了』……恐らく、フェロモンとかの作用で見なくても効力はあるだろうけど、なるだけ、あの女と向き合わない事。正直、私も甘く見ていた。あそこまで虜にする力が強いなんて)


 告げるガブリエルの声色は、不安を内包していた。


(ともかく、あの女とはまともに闘わない事を強く勧めるわ。最悪、咲月やマストゥーレとかの女性陣に任せた方が良い)


「そうだな。だが……皆に危険が迫ったら──」


(そこは任せるわ。君はそういう信念で、私も『そういう能力』だから。だけど、くれぐれもそれは最後の手段と考える事ね)


「分かった」


 精神の中で微笑むガブリエルへ、京馬は頷く。


「ところで、キャシー様」


「何でしょう、マストゥーレ様?」


 決意を新たにする京馬を脇に、キャシーへとマストゥーレが問う。


「何故、キャシー様は京馬様へ『魅了』を掛けようとしたのですか?」


「え?」


 その一言で、一同の視線はマストゥーレへと集中する。

 それは勿論、京馬がキャシーから『攻撃』されたという事実もある。

 しかしそれ以外に、『敵』の可能性が非常に高い、否、『敵』と認識しているアルバートとキャシー、二人のこちらへの疑心暗鬼へと発展する可能性がある言葉であったからだ。

 京馬達アダム側は、そのアルバート達の企みの尻尾を掴み、そして『大海公の三又槍』の場所が明確になるまでは敵意を伏せる予定であった。

 だが、マストゥーレの言葉は、その軋轢を灯す火種にもなりかねない。

 普段、慎重であるマストゥーレ本人がその様な軽率な発言をするのには、何か、意図があっての事だろうか。

 その真意を掴み取れぬ者達は、平静を装いながらも、戦慄としていた。


「何をそんな……とは、言っても、あなた様の様な方には隠せそうにありませんね」


 振り返ったキャシーは不敵に微笑み、口を開く。

 息を呑む京馬達。

 しかし、それは一寸の後に解かれる。


「うふふ。私、世界を二度救った『管理者殺し《ゲートキーパー・キラー》』と呼ばれる京馬様のファンでして!」


 満面の笑みで告げるキャシーは、ついでにと言わんばかり、京馬の手を掴み、握手をする。


「私と社長が『フォールダウン・エンジェル計画』で戦っていた時……『御前の七天使』などの強靭な天使達に悪戦苦闘しておりました。ですが、その中でその天使達の結集した力を持ったケルビエムと対峙し、勝利した京馬様! どの様な御方なのか、実はずっと気に掛けておりましたの!」


 興奮した様子で話すキャシーの言葉に、一同は戦慄から気の抜けた安堵となる。

 明らかな嘘である事は分かっている。

 だが、その言葉を発したという事は、『ここで争う気は無い』という事である。


「それで、思わず放出された『魅了』が、京馬様へと向けられていたという事ですね?」


「そうですね……申し訳ありませんね、京馬様。そんな性質故に、よく異性からは勘違いされやすくて。勿論、京馬様も魅力ある男性です。ですが……」


 軽く京馬へとお辞儀をして、チラリとキャシーは満面の笑みであるアルバートへと視線を向ける。


「はっはっはっは! 君のそういう所は、もう私も慣れたよ! まあ、少し妬ける時はあるがね?」


「……申し訳ありません、社長! あ、こんな関係なのは我が社の社員には秘密にしてあるので、ご内密に」


 自分の口元へと人差し指を当て、キャシーはお茶目に舌を出す。


「そう、だったんですね」


 無表情に京馬は言う。

 しかし、



 ドクンッ!



 と、心臓に針が刺さった様な感覚が走る。


「すみません。また、発動してしまったようですね。大丈夫です。しばらくしたら、気が落ち着きますので、申し訳ないですが、心を耐えておいで下さいね? 京馬様の精神力なら、問題無いと思いますが」


 そんな京馬の心情を察してか、キャシーは苦笑してお辞儀する。


「いえ、大丈夫です」


 まるで、初恋の──美樹へ恋い焦がれたあの時の心臓の痛みと似た感覚が京馬の中で渦巻く。

 しかし、京馬はグッとそれを身体の中で抑え込む。

 その状態の京馬を知ってか知らずか、マストゥーレは両者の前に割り込んで話す。


「そういう事でしたか。何故、味方同士であるというのに、そんな真似をしてしまったのか、疑問でしたので……中々にキャシー様は大変な性質をお持ちの様ですね」


「ええ。この間も、社長室に来た来客に口説かれてしまい、本当に大変でしたわ」


 互いが苦笑する中、回廊の先から眩い光が灯される。


「おお、ようやく着きそうだね!」


 その光を見て、アルバートは告げる。

 光は徐々に拡がり、京馬達を包み込む。




「ようこそ、我がアダムアメリカ支部──『アーカム』へ!」


 眩い光が消え失せ、京馬達の視界が鮮明になる。

 そこに拡がるは、時刻的に夕方前にも関わらず、闇夜となった夜空を照らし出す月明かりが美しい灯篭で灯された町々であった。

 旧いレンガ造りの住居が立ち並ぶその街道の交差点に京馬達は立つ。

 正面を見ると大きな建造物があり、その手前には、レンガで敷き詰められた庭がある。

 更に手前、大きな門の脇には『ミスカトニック大学』と印字された看板が壁に張り付けられている。


「……アーカム」


 その美しき夜景色に、京馬達が息を呑んでいる中、一人、マリエだけは顔を伏せる。


「どうしたの、マリエちゃん?」


 明らかに様子がおかしいマリエに、咲月が不安そうな顔で見つめる。


「アーカムは……『キザイア』様が生まれた土地なんだよ」


 マリエは脇目を逸らして言う。


「私の『元御主人様』が、『這い寄る混沌の最も濃い化身』が生まれ、世界に混沌を振り撒いた土地」


「……そっか。今のマリエちゃんには、嫌な場所だよね?」


「いや、分かってる! 分かって、乗り越えようと思って! ……私が、決めた事だよ。咲月お姉ちゃんが、気に病まなくていいんだよ!」


 申し訳なさそうにする咲月を案じ、マリエは首を振って言う。


「確かに、ここはリチャード、サイモンという英雄達を輩出しただけではなく、今アダムの脅威と成り得ている『キザイア・メイスン』が誕生した地でも有名だね」


 マリエの言葉に、アルバートはうんうんと頷く。


「あの魔女めが世界に残した爪痕は大きい。この支部の中心である『ミスカトニック大学』も、当時は大きな被害を受けたようだがね。私がここを務めるうちは、そんな災厄を生み出したくはないものだ」


 顎に手を付けて、アルバートは忌々しげに呟く。


「だからこそ、早々に『大海公の三又槍』を確保しなければならない。あの最強集団である特務隊の方々が来てくれると連絡を受けて、心強かったよ」


 アルバートは手を顎から離し、門へと翳す。

 すると、ゴゴゴと軋む音を立て、その門が開かれる。

 門が開かれた先には二つの人影が佇んでいた。


「待ってたぜ、社長」


「お待ちしておりました、社長」


 それは、二人の男女であった。

 男の方は、スキンヘッドでTシャツから胸板がはち切れん程に出ている屈強な体躯を持っていた。

 その両腕には、呪術的な入れ墨が彫られ、また両足のふくらはぎ側面に鉄製の長方形となる奇妙な物体が取り付けられている。

 妖しい紫色のパーマを掛けた様なうねる長髪を持つ女の方は、豊満で柔らかそうな胸の丸い形を浮き出した黒いボンテージを着ていて、正直、娼婦と思われる様な際どい衣装であった。


「『暗殺の猟犬(ハウンド・ドッグ)』と『頭潰し(イレイザー・ヘッド)』がお出迎えですか? 珍しいですね。いつもはアメリカ全域に渡る『違反インカネーター狩り』でいないのですのに」


 マストゥーレは二人を視認し、開口一番に言う。

 その言葉に、男の方が片眉をへの字に曲げて、大きくため息を付く。


「マストゥーレ姉さんよぉ。あんた程の人が、今のアメリカの……いや、この世界の現状を知らない訳じゃねえだろ?」


「……『アウトサイダー』の襲撃、反旗を翻したインカネーター達──混沌とした世界の中で、支部の守りに回らざる得ないと?」


「そういうこった。ついでに、『管理者不在』のこの世界を欲しがる『別の世界の管理者』が中東へ襲来したせいで、予定だった中東地域からの応援が途絶えたのも大きいな」


 告げた男は、チッと舌打ちをする。


「まあまあ、『スラッシュ』。それももうひと踏ん張りだ。こちらに来て下さった特務隊の方々の援護があれば、君もきっと自由に動ける様になる筈さ」


 その男へ、アルバートは宥める様に告げる。


「アルバートさん、この方達は?」


 不満げな顔を覗かせる男と、その隣で微笑する女を見て、京馬はアルバートへと問う。


「ああ、そうだったね! この大男はスラッシュ・ダイバー、そして隣にいる麗しい女性は、クリスティーナ・キャンベルだ」


「よろしくな」


「よろしくお願いしますわ」


 二人は片腕を挙げて挨拶をし、京馬達もお辞儀で返す。


「マストゥーレ姉さんの隣にいるって事は……へへ、手前が『管理者殺し《ゲートキーパー・キラー》』かい」


 京馬が顔を上げると、不満気な顔から一転し、面白そうな眼差しでスラッシュが見つめていた。


「噂は聞いているぜ。楽しみだ」


 口元を吊り上げて、スラッシュは告げると直ぐに背を向ける。


「坂口京馬……うふふ」


 更に、クリスティーナも意味深な口元の吊り上げを残して流し目で京馬を見やる。


(何だ? 俺の顔に何か付いてるってのか……いや、違うな)


 その態度に首を傾けたくなる京馬であったが、この二人がアルバートの息が掛かっているならば、成程、合点がいくと納得する。

 自分で言うのも何だが、SSクラスと認定され、久方ぶりの特務隊配属──否、それだけではない。ケルビエムの打破、『伊邪那岐(イザナギ)』の打破と大きな事件を二度も解決へと導いた存在を、対峙するものが品定めするのは至極、当然の事だ。

 先程の二人も相当の実力の持ち主だろう。精神力を抑えて隠しているが、少なくともSクラスレベルである事は分かる。


「さあ、景色は夜だが、未だ時刻としては四時前だ。夕食までゆったりとこの支部内をくつろぎ給え」


 告げ、アルバートも背を向けて庭を抜けた大門へと歩き出す。


「京馬君」


 京馬の耳元でさりげなくか細い声を美龍が発する。

 同時、スッとポケットに何かを入れられた感触が。


「その紙に書かれた場所へ来なさい」


「はい」


 密談と察した京馬は、頷きもせず、機械的な声をか細く返す。

 どの様な内容だろうか。

 先程の『伏魔殿(パンデモニウム)』の襲撃から、何か判明した事があるのだろうか。

 顔を正面にしながら思慮していた京馬へ、続いて手を握られる感触が伝わる。


(私も、マストゥーレさんから『貰った』よ)


 心の中で響いてきたのは咲月の声であった。

 全く、互いの心が読み取れるのは良くも悪くもあるものだな、と京馬は感じながらも、咲月と心の中で会話する。


(じゃあ、皆で集まるのか。だけど、一斉に集まっての話し合いは目立つと思うんだけど?)


(いや、個別で集まると思うよ。恐らく、マストゥーレさんと美龍さんが二手に分かれて私達に時間や場所をずらして何かを話すんだと思う)


(成程。しかし、察しが悪いとこんな真似出来ないよね)


(それほど、私達が信頼されている証拠だよ。そう思うと何だか嬉しいね)


(……そうだな。だが、俺は)


 そこで、京馬は心の言葉を遮断する。

 自分の目指す先に、その味方をも対峙しなければならない可能性がある事を……考えてしまったから。


(知ってるよ。でも、それこそが京馬君の『意志』で、私が共に歩もうとした『世界』だから……私は、迷ってない)


 京馬の僅かながらの後ろめたさへ、咲月は首を振る様に、宥めの言葉を発する。

 同時、大門が開かれ、一同を室内の光が照らし出した。


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