Scene 4 激情に駆られた襲撃者
賑やかな街並みから一転し、広大で薄暗い洞穴に京馬達は立つ。
溢れ返る触手で全身を被覆した異形の化け物共は、その身を隠す様に黒炎を全身に灯し、雄叫びを挙げる。
「……どうやら、『釣れた』様だね。キャシー、流石、私の秘書だね」
一寸、口元を吊り上げたアルバートはか細く呟く。
その微笑と共に、洞穴の隅から隅へと『黄金の触手と獣達』が生え出る。
「さあ、我が『眷属』達よ! 駆逐せよ!」
アルバートの言葉と共に、それらは身動ぎし、黒炎の狂獣達へと襲い掛かる。
だが、黄金の軍勢の襲撃に対し、狂獣達は圧倒的な力で叩き伏せ、引き千切り、鋭利な牙を震わせていた。
「っへ! アルバートさんよぉ! そんなへまっちょろい部下共じゃあ、役不足だぜ!」
黄金と黒炎が入り混じる戦場の中で、ヴェロニカは激しい銃撃音を響かせる。
ヴェロニカの後続に配置されたアンチマテリアルライフル、グレネードランチャーなどの銃器群──それらが銃口から排出するは、炎、冷気、雷、多数の『魔法鉱物』を媒介とした『精神力』を込めた『異世界の力』である。
「グ、ギャ、ガアアアアァァァッ!」
その爆裂音と共に炸裂するヴェロニカの銃弾、砲弾で狂獣達は怯み出す。
「ち、数多いのに、タフだぜ! こいつぁ、相当な精神力の持ち主だな!」
だが、それでも狂獣達は動き出す。
一匹、二匹と少しづつ倒れ伏せるが、百はいかなくとも、それに近い軍勢はその進撃を止める事は無い。
「良し。ヴェロニカ、良くやった。『解析完了』だ」
「フランツの旦那! へへ、早いねえ!」
舌打ちするヴェロニカの背後、生え出る様に地面から出現したフランツは、緑の全身甲冑に身を包んでいた。
「『大雑把な災禍』」
錐の様に長いかぎ爪を振り払う動作をし、フランツは告げる。
洞穴の地面全体を包む様に、漆黒の円が拡がり、その地からわらわらと毒々しい『イナゴ』が解き放たれ、それらは狂獣達に付着する。
すると、その身が焼き爛れ、絶命の雄叫びと共に、更に多くの狂獣達が朽ち果てる。
「グア、ギュアアアアァァッ! ガイイィィィィッ!」
しかし、今度は、倒れた狂獣へと無事であった狂獣がその身を覆い被さり、『混ざる』。
更に図体が大きく、強靭な精神力を得た狂獣が出来上がり、更に侵攻を速める。
「『性質が変化した』だとっ!? これは……只、エロージョンドを操り、強化させただけでは無いのか!?」
その黒炎の狂獣達の変化に、フランツは動揺を隠しきれなかった。
フランツ・カルボフスキー。
彼の宿す『アバドン』の眷属であり、アバドンそのものとも言えるイナゴの群は、『奈落王の瞳』という相手の精神を自動分析して対象の害となる所謂『毒も』構築する事が出来る。
しかし、新たに『混ざった』狂獣はその精神が変化した為、『毒』の適用外となり、何事も無くイナゴ達を踏み潰してゆく。
徐々に戦慄へと表情を変える一同の中、しかし、『特務隊隊長』であるマストゥーレだけは、微笑をしていた。
「全く、『彼女』は……そんなに、『あの行為』に激昂しているのですか」
呆れ声と共に、マストゥーレは右手の剣を頭上に上げる。
「太陽よ。正しき恩恵を」
瞬間、洞穴は『陽』の淡い光で包まれる。
「ほほぅ、これが噂に聞く、『獄長』の断片の能力かね! 中々に気分が良い!」
「ち、マストゥーレの姉御……ありがてえけど、未だ早いって!」
「デカいのも、『解析完了』だ。流石、『奇跡』を引き起こす能力だな」
雪の様に降りしきる穏やかな光は、一同の精神力を急激に上昇させてゆく。
その光が出現した後、一気に攻勢は逆転する。
十、二十と狂獣達は断末魔と共に霧散してゆく。
「止めだ」
その陽光の中、一点だけ、別の光を灯す者が一人。
『蒼』の揺らめきを周囲に迸らせる剣は、未だ動き回る『邪』の存在へ。
「俺のありったけの『感情』だ」
一閃。
振り払う。
「「「フギャアアアァァァァッ!?」」」
強烈な『精神力』と彼の『想い』が込められた一撃は、逆巻く蒼の衝撃波となり、全ての狂獣達を消し炭にする。
「あ、りゃりゃりゃ!? 私の出番、無しっ!?」
一瞬で狂獣達が消え去り、ピンク色に変化した髪を揺らした咲月は、魔法少女の姿で唖然とする。
「いえ。『彼女は動揺して』手を引っ込めただけです」
「え、彼女?」
隣で面白可笑しく笑むマストゥーレの言葉に、咲月が首を傾ける間も無く、突如、背後から空間に穴を空けて襲い来る第二波の狂獣。
それは、無関心そうに洞穴の壁に寄り掛かる美龍へと襲撃する。
「下らない」
だが、美龍はその場から『消えていた』。
代わりに、その場には節々が『抉り取られた』狂獣達の亡骸が横たわる。
「そろそろ茶番は終わりにして姿を現したら? 『黒炎魔王の淫魔女』」
狂獣──否、黒炎も触手も剥ぎ取られた『アビスの住民』に屈せられた哀れな『エロージョンド』となった人の生首を吊るしながら、美龍は嘆息する。
「美樹、だと?」
その言葉に、京馬は驚愕する。
平静を取り乱した京馬の感情は、しかし、無機質な平坦となり、声で発せられる。
「あら、やっぱり分かっちゃったんだね?」
京馬達が身構える中、前方から強烈なまでの覇気が迫る。
その発生源とも言える空間の中心、艶めかしいシルエットをそのままにフィットさせた様な黒のチャイナドレスに身を包む少女が黒色の淀みから現れる。
「このメンバーの中で単身、襲撃を企てるなんて。無謀ね。いいえ、只の自殺願望者だわ。何のつもり?」
だが、美龍は京馬達の前へと歩み出る。
ため息を深めた美樹への問い掛けには、嘲笑の様な含み笑いが。
「どうも、『星砕き』。あなたの数々の功績は噂に聞いているよ。でも残念。一人じゃないよ」
対し、微笑した美樹は指を鳴らす。
「……っ!」
途端、背後から再度空間が空き、巨躯の男が現れる。
その背丈の更に倍はあろう巨大な『棒』を、大男は美龍へと振り払う。
「へへっ! 劉 美龍! 浅羽の兄貴と同等の力の持ち主!」
「新島大吾!?」
歓喜の声と共に、美龍に襲い掛かった新島は、ニィッと愉悦とした深い笑みを浮かばせる。
美龍がそれを受け止めようと、腕に装着された『修羅虎甲』を翳す。
「隙ありっ!」
「んぐ、あ!?」
だが、新島の放った一撃は『在り得ない程に歪み』、美龍の胴を薙ぎ払う。
鈍い音と共に、美龍は吹き飛ばされ、新島は喜々としてその姿を追い掛ける。
その新島へ眼光を鋭く見据えながら、美龍は宙を空転し、地に足を付ける。
洞穴の地面を削りながら、美龍は衝撃を緩和し、その口元を歪ませる。
「へえ、『重力』っ! 思った以上じゃない! さあ、楽しませなさい! 『蹂躙する巨怪僧』!」
「ぬ、ぶあっ!?」
歯を覗かせ、今度は美龍が寸の詰めで新島へと掌底をかます。
あまりにも鋭敏とした動きに新島は目を丸くするが、何とか手に持つ棒で受ける。
だが、亀裂と共に、呆気なくその巨体は一瞬で吹き飛ばされる。
「『弄ぶ御伽噺』、夢子の『捕縛結界』ですか」
決死の攻防を美龍と新島が繰り拡げる中、マストゥーレは淡々と美樹に問う。
「夢子の結界は、モノリスと同じく私達の部隊の役目……『強襲』に便利でね。二重結界を介してだと、精神力による察知は難しいでしょ?」
腕の節々から美樹は触手を生やし、臨戦態勢を取る。
「その様子ですと……他の『渦』のメンバーもいそうですね」
「ええ」
微笑する美樹は、フッと地に造られた『影』へと姿を消す。
「『絶対忠義の兵士』!」
その代わり、影が『拡がり』、多数の銀の甲冑で出来た人型、虎型、龍型、多種多様な容姿の軍勢が生え出る。
「『鋼籠城の麗人』も当然いますよね。咲月様、そしてマリエ様、出番です」
「え? あ、ああ! 『ヘキサグラム・ガトリング・シュート』!」
咲月は、マストゥーレの言葉で我に返って、六芒星の魔法陣を前方に複数展開させる。
そこから浮き出るは黄金の銃口。
火、水、土、風、光、闇。
六属性を凝縮させたレインボー色の弾雨が一斉に銀の軍勢へと浴びせられる。
更に、
「ガメちゃん! お仕事だよ!」
咲月は、地面から黒緑の触手群を生やさせ、銀の軍勢の足を絡めとる。
「マリエちゃん!」
「うん! お姉ちゃん!」
咲月はその後ろで腰に抱き付いていたマリエへと呼び掛ける。
「この力……今はあまり好きじゃないけど、お姉ちゃんとお兄ちゃんの為に!」
震える手を、マリエは翳し、その手に群青色の幅広い鞭を発現させる。
「障壁を『不浄』せよ! 力を貸して、『ドゥルジ』!」
ざぁっ……と、マリエの言葉と共に、意に知れぬ不穏を抱えた『氣』が前方へと分散する。
それらは、銀の甲冑を蒸気を伴って『腐食』してゆく。
「ん……! やっぱり、『精神』が変化してるから、なのかな……! 少し『弱い』」
苦い顔で、マリエは呟く。
「しょうがないよ……! でも、『ドゥルジ』はそれでも『今の』マリエちゃんを認めてくれたんでしょ?」
「うん……! 『破滅の魅了を跳ね除けた者』として、私は頑張らないと!」
マリエの眉間の皺寄せと共に、徐々に『腐食』の反応が強まってゆく。
二人の力により、新たに現れた銀の軍勢は悉く葬られてゆく。
「ありがとう、皆」
その中、一人、美樹は『影を伝い』、目標へと接近していた。
「『京ちゃん』を貶したあの女は、許さないッ……!」
その眼は、激情に灯り、倒れ伏せるキャシーへと向けられる。
影から飛ぶように生え出た美樹は、腕に生やした触手を収束し、一本の『槍』へと変える。
「『黒獄炎の紅槍』!」
その槍からは、更に黒炎が灯され、禍々しい氣を充満させる。
殺意に満ち溢れた紅槍を、美樹はキャシーへと勢いよく突き刺そうとする。
「そんな顔してみっともない」
「う、きゃん!?」
だが、その槍は赤黒とした鞭に締め付けられ、鞭から伝わる力で、美樹は槍共々、地面に叩き付けられる。
「キャシー!」
キャシーが美樹に襲われるのを目撃したアルバートは、すかさず、倒れた美樹の周囲に黄金の触手を生やさせ、何重にも雁字搦めにする。
「所詮、『肉欲』でしか虜に出来ない哀れで臆病な『お二人さん』なんて、私とグレモリーの敵じゃないわ」
「っく!」
「まだまだ『お子様』ですね」
ふふ、と僅かに微笑し、キャシーは締め付けられる美樹の腹部へと数回、鋭利な鞭の先端を突き刺す。
「ぐ、あんっ!」
「ふふ。気付いてないでしょうけど、あなたも寝ていた私の美しさに『魅了』されていたの。だから、精神力を弱めている。ほら、こんなに刺さるわ」
ずぶずぶと、美樹の腹部へと鞭を突き刺しながら、キャシーは言う。
「あの、『京ちゃん』も……私なら、数秒で落とせる。『臆病な』あなたは、果たしてそれを止められるかしら?」
そのキャシーの言葉に、美樹はその眼を硬直させていた。
痛い。
傷口が痛い?
違う。それは、自分でも気付いていた『弱さ』へと突き付けるこの女の言葉だ。
だが、それ以上に──
美樹は、瞳孔を見開き、出来うる限りの殺意を、ありったけの殺意をキャシーへと向ける。
「ぶっっっっ殺すッ!」
こんな物騒な、荒らしげな言葉を美樹が使ったのはこれが初めてであろうか。
急激な美樹の感情──『怒り』が、美樹の平静さを失わせる。
ブチリ、と黄金の触手が、美樹の生やした触手で引き千切られる。
全身に灯した黒炎で、その黄金を精神から焼き尽くす。
「『過負荷──』」
「美樹、駄目だ! 完全に踊らされているよ! 一端、引かせてもらう!」
その我を失い掛けた美樹へと、夢子の声が響く。
その言葉を掛けるが先か否か、空間が淀み、美樹は消え去る。
「皆―! 撤収、撤収! 死にたくなきゃ、さっさと私に委ねろ!」
更に、夢子の言葉が『伏魔殿』に響く。
「っは、っは……流石に強ええや。でも、逃げたわけじゃねえかんな! 俺にはとっておきがある!」
「ふふ。楽しみにしてるわ。すり潰しがいがある」
血みどろとなった新島は、夢子の言葉に呼応して、背後から出現した異空間へとダイブする。
だがそれを、美龍は敵であるにも関わらず、裂傷して擦り傷が出来た右手を振って見送る。
「そりゃあ、無謀よね。良かった、夢子が制してくれて」
同時、僅かに蠢いていた銀の甲冑の集団も、安堵の声と共に消え去った。
「ふん。『弄ぶ御伽噺』だか何だか知らんが……『結界使い』として私も舐められたもんだがね。逃がすものか」
そんな終戦とした状態の中、しかしアルバートは不敵に笑む。
「『蠢く要塞』」
茶色の魔法陣と共に、アルバートが告げると、空間全体がゴゴゴ、と轟音を立てる。
洞穴は、複雑怪奇な変動を見せ、ぐしゃぐしゃとした機械仕掛けの様相となり、様々な機械の駆動音を響かせる。
「ちょ、嘘でしょ!? 私の『物語』にいたのに!?」
その後、突如として夢子、新島、美樹、そしてミシュリーヌが天井から落下する。
「ふふ、一網打尽だがね」
驚愕する夢子の声に満足気に笑みを見せ、アルバートは新たな黄金の触手群を空間に生やさせる。
「……はあ、はあ。くそ、悔しい……」
腹部から血を流し、その艶美な口元から血を垂らしている美樹はギリ、と歯を噛み締める。
「おぉ、御主人様……ひょっとしてこれは、緊急事態かね?」
「ひょっともひょっとこも無いわ! ルーカス! あんた新入りでしょ! 何とかしなさいよ!」
そんな絶体絶命の中、何食わぬ顔で登場したルーカスへ、夢子は声を荒げる。
「つるぺったんの餓鬼には聞いてないがね。まあ大体は把握できている。主よ、一端ここは私にお任せを」
ルーカスは、生やした無精髭を右手で弄りながら、興味深そうに京馬達を見つめる。
「『氣分子触針』」
徐に、空間を抉じ開けたルーカスは、そこからウニの様な刺々しい球体を取り出す。
灰色のそれは身動ぎし、ルーカスが白衣のポケットから取り出したビンの中にある黄金の液体を浸らせると、急激にその様相を変化させる。
「何だ、これは……『精神力を感じない』!?」
その奇妙で不気味な球体に、アルバートは意に知れぬ戦慄を覚え、一斉に触手を襲い掛からせる。
「な、何いぃっ!?」
だが、それらは悉くルーカスが持つ球体から増殖し、伸長する刺状の突起物に絡め取られ、『呑み込まれる』。
「ほほぅ。感受性の高い『ヒヒイロカネ』に現実のパラジウムを合金化させると、水素の吸蔵という性質が、『精神力の吸蔵』に変化した為、センサーを開発したが……ふ、ふふ! ふあっはっは! 上出来だ!」
ルーカスはとても嬉しそうに、子供の瞳の様な屈託ない目で笑う。
「夢子、もう一度『二重結界』を発動しろ」
「は? だけど、さっきみたいにまた引き戻されて……」
「馬鹿かね? 私の能力を知っているだろう? 『アビスの力』でも適応出来る『崩水』を造り、この汚い世界に穴を空け、『アダマンタイト』の遮断壁を直線上に造る。そうすれば、完全に逃れられる」
「は、はあ? 全然、意味分かんないんですけど……」
「つべこべ言うな! 御主人様が死んでしまう! そうしたら、私は何をオカズに生きていけば良いんだ!」
「何から突っ込めば良いのか知らんが、あんただけは死んでしまえばいい」
項垂れるルーカスを尻目に、夢子は嘆息しつつも、新たに『捕縛結界』を展開する。
「逃すかっ!」
しかし、アルバートは更に『伏魔殿』を変化させ、美樹達を逃せまいとする。
「『崩落』の『氣』を配位子に接合した『虚域合成物』……『あらゆる概念をも溶かす』『崩水』の効力に腰を抜かすなよ?」
ニヤリ、とルーカスが告げると同時、また抉じ開けた空間からルーカスは別のものを取り出す。
それは、三百ミリリットルのビンであった。
眩くプリズムに光る溶液をルーカスは壁を造る様に前方へと垂らす。
すると、空間が悲鳴を挙げたかの様に轟音を響かせ、亀裂が生じ、歪んでゆく。
「さようなら! ええと、確かアルバート、だったかね? この空間は良い『被検体』だったよ。ありがとう!」
お辞儀をしたルーカスは、そこで、チラリと視線をずらす。
「君が、御主人様の……」
その視線の先は、京馬であった。
か細く呟いたルーカスの顔は、真顔であった。
(俺を、見ているのか?)
全くの初対面であるにも関わらず、意味深なルーカスの視線に、京馬は疑問を抱く。
しかし、その疑問を問い質そうにも、ルーカスを含めた美樹達一行は空間から姿を消し、『伏魔殿』は崩落してゆく。




