Scene 1 新たな舞台へ
今回の作戦概要回です。
やっちまいましたよ……収まり切れず、1万文字越えです。
これは、目標とする30万文字完結を早速オーバーしそうな勢い……!
それも、第三部カットの弊害ですがね。
あからさまな伏線です。
鬱蒼と生い茂る針葉樹林。
それらの隙間から覗かせるは、血の様に赤い空である。
「あ……」
その木々の地面を縫う様に、夥しい緑の触手が敷き詰められている。
「ここ、は……?」
その中央、触手が生え出る『蕾』に跨る『彼女』は目を覚ました。
「「「wjsnfht!」」」
同時、触手群は彼女を称える様に、奇奇怪怪な、悲鳴の様な歓喜を叫ぶ。
「ガメちゃん?」
「whrmcus!」
「そう、ガメちゃんなんだ! わあ、嬉しい! ガメちゃんが話せる様になった!」
鼻先まで近付いた触手を撫で、少女は向日葵の様な笑みを覗かせる。
触手達は、その笑みにとても嬉しそうに身動ぎする。
「ああ、『黒山羊姫』。美しい……美しいよっ! あの『月』の如く、狂気さえも狂喜し、全てを照らし出す微笑みっ!」
だが、触手と少女の和やかな時は、高慢な口調の男の声でかき消される。
「だ……れ……?」
その声、否、その『声色だけ』で、少女は背筋に悪寒を走らせる。
意に知れない恐怖。
知ってはいけない恐怖。
忘れ去りたい、恐怖。
少女の中の、最も目を背けたくなる恐怖。
「貴方の、婚約者だよ。『咲月』」
口を吊り上げて、和やかに微笑む男。
だが、その顔にべっとりと付いた血痕は、その和やかな笑みが狂気であると知る。
「ハ、ハス、『ハスター』……?」
少女は、自身の口から漏れ出た単語に、思わず口を塞ぎ込み、驚愕する。
知らない。
知る訳が無い。
こんな、イカれた男なんて──
「『収束』する」
錯乱している咲月へ、ハスターは言う。
「『収束』するんだ。もう、変わらない。変われない。貴方は『絶望』し、そして彼も、また──」
ふと、ハスターは咲月の足下へと視線を落とす。
「あ、ああ、あああ! あぁあぁあああぁぁっ!?」
咲月は、その視線の先を辿り、『見てしまった』。
赤黒く染まった肉塊を。
物言わぬ死骸となった『彼』を。
血の池に倒れ伏せる顔は見えない。
だが、その金髪、赤色となった多量の羽々。
何より、そのか細くなった『氣』は──
「はは、ははは! ははっ、ははははははははっ!」
『絶望』に歪む咲月の表情を見て、ハスターは狂々と喜々として笑う。
「京馬君っ!?」
「わわ! おはよう、咲月お姉ちゃん!」
鬼気迫る表情で目を覚ました咲月。
突然起き上がった咲月の反応し、背筋をビクリとさせて、健康的な褐色肌を持つ少女が挨拶する。
「『マリエ』ちゃん……お、おはよう」
紺と白のボーダー柄の服とブルーのスカートを履いたマリエに、挙動不審に咲月は挨拶を返す。
「ど、どうしたの、お姉ちゃん?」
麦わらの頭をすっぽり覆う帽子で隠れそうなおっかなびっくりのマリエの表情をマジマジと見つめ、そして咲月は顎に手を当てる。
「ゆ、夢……?」
汗水で濡れたシーツと布団が、晴れ晴れしい朝陽で照らされる。
大開きの窓が開かれていて、その一帯は蒼の空に包まれた針葉樹が拡がっていた。
小鳥の囀る音と共に、気持ちの良い清らかな風が汗水塗れた咲月の身体を冷やす。
「夢、だよね……?」
そう呟き、咲月は周囲を確認する。
洋風な室内は古めかしく、木造造りの壁面には、幾つかの絵画が吊るされている。
正に中世のヨーロッパを彷彿とさせる、古いホテルにある一室の雰囲気を持っている。
横隣りの本棚には、妖しい雰囲気を放つ本が並べられている。
奇妙な色調の革で装調された本達は、まるで魔導書の様な──否、本当に魔導書なのだろう。
そうであった。
咲月は、何故、自分がその部屋で眠りについていたのか思い出す。
「『アダム本部』……そっか、随分と遠くにきちゃったね」
咲月は、感傷に浸り、そして先程の悪夢を思い起こす。
「色々と不安が混じって、あんな夢みちゃったんだ」
そう結論付けて、手を伸ばし、咲月は欠伸をする。
「は、はうぅ……どうしたの、お姉ちゃん?」
「あ、ああ! 不安にさせてごめんねぇ! 大丈夫、大丈夫……変な夢にうなされていただけだよ」
とても不安そうにしていたマリエを諭し、咲月はポンポンと頭を撫でる。
そして、その古めかしい一室にには不釣り合いなコンセントに刺した充電器から携帯を引っこ抜いて、咲月は携帯電話を確認する。
「ありゃりゃ、もう、朝食の時間だ! はあ……寝坊癖、直したい!」
嘆息した咲月は、パパッと汗に塗れた可愛らしいピンクのパジャマを脱ぐ。
「マリエちゃん……もしかして、まだ朝食食べてない?」
急いで、古い木彫りのクローゼットを開き、服をガサゴソと漁りながら問う。
「ううん。さっき京馬お兄ちゃんが来て、お姉ちゃんが『寝坊癖』あるから一緒に食べに行こうって」
「うぐぐ……いや、それでいつも迷惑かけていたから何も文句が言えない!」
引っ張り出したオープンショルダーのTシャツを取り出し、すっぽりと顔を入れ、今度は下に散らかってしまったボトムズを漁る。
「そんな急がなくていいよ、お姉ちゃん。何時でも『総統』は待ってるって言ってたし」
「ひえー! 世界の権力者のトップを待たせてるってヤバいじゃん! ほら、マリエちゃんも行こう!」
デニムをグシッと履き、駆け出す咲月を尻目に、マリエは首を振る。
「総統……『あの人』は私をしっかり理解してた。私が……『全て』をお姉ちゃん達に委ねているのも。私は、ここでお留守番してるね」
首を傾ける咲月は、だが安心そうに微笑むマリエを見て頷くのみであった。
「そっか。じゃあ、待っててね!」
バタン、と扉を閉めて咲月の駆ける音が廊下に木霊する。
「ぜえ、ぜえ……おはようございます」
自身の背丈の二倍はあろう赤銅の扉を両手を押して、荒げた息で咲月は言う。
丸形のテーブルが幾つかあり、白のテーブルクロスが敷かれている。
その中で、長大なテーブルが一つ。
山の様な料理が載せられているそのテーブルに、囲う様に座る人影が。
アダム本部、第一食堂。
咲月が扉を開けて入ったのは、『総統』を初めとする、アダムという組織の中でも『最上級』に位置する者達が食事をする場所であった。
「おはよう。咲月」
その中で、振り返った少年が咲月に挨拶する。
「ふう。京馬君……なんか安心」
「人の顔を見るなり、どうした」
顔と顔の焦点を合わせた咲月のため息交じりの開口一声。
京馬は『無表情』に、しかし、内の中では思いっきり首を捻りたくなる咲月の反応について問い掛ける。
「いやいや、何でもないよ! ほら、ちょっとホームシック? みたいになっちゃってさ。京馬君の顔見て安心しただけだから!」
苦笑交じりで、咲月は言う。
まあ、本心である。
だがそれ以上に、目の前の少年の安否がやはり心配であった事は悟られまいと、咲月は自然と手を後ろに組んでいた。
(……あんまり、『これ』は京馬君に知られたくないかな)
京馬の身体に触れれば、咲月の『想い』が読み取られてしまう。
いつもは割かしとオープンに京馬に心を晒している咲月であったが、今回は色々と不穏な内容なので知られたくは無かったのだ。
「そうか。朝食美味しいよ。早く食べな」
そんな咲月の想いを知らず、京馬は隣の席の椅子をずらす。
「いやー、ごめんなさい! この寝坊癖、自分でも困っちゃうね!」
手を合わせながらちょこんと、咲月はその席に座って手短なパンにマーガリンを付ける。
「うわ。『総統』、それ全部食べるんですか!?」
ちらりと見た咲月は、思わず目の前の料理の山を二度見してしまう。
「いえ、もうこの量の二倍は食べたわ」
そのタワーの様に積み上げられたパンナコッタや、山盛りのパスタ、敷き詰められた寿司等に埋もれた魔性に塗れた薄紫のツインテールが身動ぎして告げる。
「そんな小さい身体の、どこに入ってるんですか?」
告げた直後、思わず失礼な事を言ってしまったとあたふたする咲月。
だが、『アダム総統』シモーヌは微笑する。
「ふふ。別にいいのよ。誰だって、心の奥底では思っているでしょうから」
ひょいひょいと寿司一貫を次々と呑み込みながら、シモーヌは言う。
「あんまり、意識は無かったでしょうけど、私も『七つの大罪』『暴食』を司るベルゼブフを宿しているインカネーターなの。その『暴食』を満たせば満たす程、私の『精神力』は増幅するわ。つまり、これも『必要な事』な訳」
「とか言いながら、とても楽しそうに食事されていますよね」
告げたシモーヌへ横槍を入れる様に、傍にいたメイド服の従者が言う。
ギロリと睨み付けるシモーヌの視線をどこ吹く風と微笑みを見せる。
「『マストゥーレ』……何か、文句ある?」
「いえ。ですが、書類を目に通す時の間食は書類が汚れるので控えて頂きたい所です」
『ね?』という、マストゥーレの首の傾けに、不満げな表情を晒すシモーヌは、皿を掲げて一気に寿司を飲み干す。
「そんな食べ方して大丈夫ですか? 喉詰まりませんか?」
京馬が機械的な声色で告げる言葉に、シモーヌはナプキンで口を拭いながら口を開く。
「私の胃袋は、『アビス』のベルゼブフの『腹』に通じているのよ。問題無いわ」
ナプキンを置き、ちょいちょいと左手の中指をシモーヌは動かす。
すると、そそくさとウェイターが現れ、山の様な空の食器を片付けてゆく。
「さて、これからのあなた達の『特務隊としての任務』について話しましょうかね。ああ、咲月はそのまま食事しながらで結構だわ」
慌てて、パンを置こうとした咲月に、シモーヌは言い、そしてパンパンと手を叩く。
「ジーク」
告げた途端、緑の煙幕と共に、漆黒の鎧を纏った屈強な男が姿を現す。
「は。総統」
地に片膝を付け、男は言う。
「今回の任務の詳細を『後輩』に教えて頂戴」
「ははっ!」
首を下げ、男が言うと同時、突如その背後から跳躍し、男の背中に乗った幼女が口を荒げる。
「こんの、餓鬼がっ! 小生のジークに指図するでない!」
額に青筋を立てて、人差し指を突き付ける幼女。
しかし、それは跨っていた男が即座に起き上がった事で、逸れ、虚空へと向けられる。
「『ファフニール』っ! 貴様……また『総統』に失礼な事を……! 誰が、私達を助けたと思っている!? この目の前におられるシモーヌ総統だぞっ!?」
代わりに、男は人差し指をファフニールへと向けて激怒する。
「ふあっ!? ジーク……『ジークフリート』! 貴様、よもや小生が『血を与えた』恩義を忘れたのではあるまい!? そのお陰で貴様は『神に等しく』なり、そしてこの場にいるという事を!」
「それとこれとは別だ! 貴様が『神』ならば、それ相応の礼儀を弁えろと言うのだ!」
「何をー! この、親の心子知らず!」
「誰が、親だ!」
「ほう……では、貴様は小生が恋人の様な可憐な存在だと?」
不敵に笑み、ファフニールはシルクの短めなドレススカートをたくし上げる。
「ふん。もうそんな色仕掛けは馴れたわ!」
「では、これはどうかえ?」
告げ、ぴとりとファフニールは自身の足へジークフリートの手を押し当てる。
「どうじゃ? この無垢で柔らかく、若々しい肉体の感触。余の好いたクリームヒルトの幼き時の身体の感触は?」
「ふ、ぬ、おおぉぉっ!? 屈せぬ! 屈せぬぞおおおぉぉぉっ!」
一人、何かに葛藤し、悶えるジークフリート。
「相変わらずね。あんた達」
ゴミを見る様な眼差しでシモーヌは吐き捨てる様に告げ、視線をまた別の所へ。
「総統、もしかして楽しんでます?」
その声の響く背後、思わず京馬達は振り返る。
「美龍さん」
「美龍ちゃんっ!? 嘘、気付かなかった!」
柱に寄り掛かるのは、劉 美龍であった。
アダム『特務隊』に所属する世界最強と謳われるSSクラスのインカネーターの一人。
「『氣』を極限まで抑えていたからね。私は『氣』のコントロールなら、誰よりも優れていると自負してるわ。尤も、京馬君は気付いていたでしょう?」
「はい」
頷く京馬を見て、咲月は顔を沈ませる。
目の前の少年の『想い』を共に成就すると誓った咲月。
しかし、未だ到底少年の力量にまで到達していない事を改めて思い知らされたからであった。
「そう、焦るな。俺は、『特別』なんだから」
京馬は、咲月の表情の変化から、それを読み取る。
「うん。だけど……足手まといになりたくないから、焦っちゃって」
苦笑して、咲月は言う。
途端、今朝の夢がフラッシュバックの様に──
「どうした?」
咲月の表情の変化に、京馬は咲月の『心情を読み取る為』、手を掴もうとする。
「あ、あははは! 何でもない!」
「何でもない訳──」
「何でもないよっ!」
明らかな咲月の拒絶の反応。
京馬は、これ以上の詮索は抉れると思い、手を引く。
「そうか、分かった。ごめん。ちょっと調子に乗り過ぎたかな」
自身の『心』が唯一読み取れる咲月。
その関係に甘え過ぎたと京馬は反省する。
「そ、そんな事無いよ……だけど、今は、ちょっと……」
不安気に目を泳がせる咲月の反応に、京馬は心配する。
「そう、なら良かった。話の続きをしてもよろしいかしら? 美龍」
京馬が咲月へと声を掛けようとした矢先、シモーヌは遮る様に言葉を発する。
京馬達の眼前へと歩んだ美龍は口を開く。
「では、今回の『私達』の任務の詳細を伝えるわ。今回の任務は大きく分けて二つ」
テーブルの空き席に足を組んで座った美龍は右手を掲げて人差し指と中指を立てる。
「先ずは、この世界を元に戻す鍵が一つ、『四界王』アリトンの『大海公の三又槍』の回収」
中指を折り、美龍は続ける。
「今、我々が保有している『四界王のシンボル』は、このアダム本部内にある『伏魔殿君主の鎧』のみ。以前は『炎帝の双剣』もあったけど……保有していた剛毅は『大日本帝国』に寝返ったからね。他の組織より、早く優位に立つ為、早急に『大海公の三又槍』は回収しなければならないわ」
淡々と告げる美龍。
だが、京馬も咲月もその様子を見ていて、複雑な気分であった。
「何? ふふ。剛毅の事? いいの。『アレ』はもっと熟した時にたっぷりと可愛がってあげるから」
その様子を察したのか、美龍は鼻で笑う。
その口元の笑みがとても深く、心底楽しそうに告げる美龍。
その様子に二人が首を傾けたくなるのを知ってか知らずか、美龍は続ける。
「『フォールダウン・エンジェル計画』以降、更には『大日本帝国』の建国と共に、今、世界は戦火の嵐になっている事は理解しているわよね? それで、太平洋を跨る海戦も行われたのは最近の事」
美龍は、左手首に装着した機械のボタンを押し、虚空へと手を翳す。
虚空へと映し出されたのは、3Dホログラムの『世界地図』であった。
その、太平洋の中心に赤いシンボルマークが点灯する。
「ここは、当時アダムがアメリカ、中東、インド、オーストラリアの領域を一括で管理する為に設営した海底支部──『アトランティス』の座標。第二次世界大戦時に、『C』という組織の謀略によって壊滅させられた廃墟」
「ああ、知ってます! いやー、ロマンですよねぇ。まさか、あのアトランティスが実在していたなんて、感動しました!」
目を輝かして口を挟む咲月。
そうね、と美龍は興奮する咲月の言葉を受け流す。
「そのアトランティスだけど……今回の海戦中に、『海溝』へと通じる入口をアダムの幹部が発見したの」
言葉と同時、『アトランティス』へとクローズアップされた地図は、そこから赤の点線を伝い、北上してゆく。
「その入り口から、下に伝い、『マリアナ海溝』へと北上している事が判明したわ。更に、その下に通じる『洞穴』がある事も……だけど、そこまで到達した幹部から『連絡が途絶えた』」
美龍の言葉に、京馬も咲月も息を呑む。
「そうね。察したかしら? 彼等、探索した幹部はそこで『口封じ』で殺されたのよ。調査の結果、『大日本帝国』でも、『アウトサイダー』でもない……『身内』の手によってね」
「また……裏切りですか?」
「仲間想いの咲月ちゃんは心苦しいでしょうけど……そうなるわね。組織っていうのは、大きくなればなるほど、一枚岩では無くなってゆく。でも、シモーヌ総統は相当に頑張っている方よ? 前任の時は、それはもう内部の小競り合いが凄かったらしいから」
美龍はそう言って、物思いに視線を逸らす。
「私は、少なくともあんたは『信頼している部類』に取っているわ」
「……ありがとうございます。総統」
横槍のシモーヌの言葉に、美龍は会釈する。
「話を戻すわね。だけども、死を顧みず、調査を続けた幹部のお陰で、そこに『大海公の三又槍』の反応がある事を突き止める事が出来たの。私達は、アトランティス経由で、その『洞穴』を踏破し、これを回収する。それが第一の任務」
美龍が告げ終ると同時、ピピ、と電子音と共に画面が切り替わる。
「そして……第二の任務。これは、この本部のみの『極秘任務』」
切り替わった画面は、今度はアメリカ大陸に。
その中心の建造物が立ち並ぶニューヨーク、その更に東へと赤のシンボルが点灯する。
「アダムアメリカ支部の『殲滅』よ」
「え、ええっ!?」
「何故ですか?」
美龍の言葉に、二人は驚愕する。
アダムアメリカ支部。
それは、古くからアダムに多大な功績を残してきた──『リチャード』、『サイモン』と言った稀代の英雄を生み出した国家である。
二人の中では、最も信頼のありそうな支部である。
それが、何故、『殲滅』しなければならないのか。
「正確には、『アルバート』の始末ね」
そこで、シモーヌが口を挟む。
不機嫌に顔を歪めせて、モニターを睨み付ける。
「冷静に聞きなさい……あの『サイモン』を陥れたのは、間違いなくこいつの仕業よ」
シモーヌの言葉に、更に京馬達は驚愕する。
「だから、落ち着きなさい。今のあんた達なら、ポーカーフェイスを気取れると思って情報を開示してるんだから。美龍」
シモーヌの言葉に頷き、美龍は画面を切り替える。
「先ずは、『大海公の三又槍』について。あの糞笑い上戸は、アトランティス復興計画の立案者兼、現場監督としてあの海底を管理していた。今回発見した『入口』を巧妙に隠す様に目下に支部基地を設立しようとしていた」
自己嫌悪の様な呆れ声と共に、シモーヌは更に画面を切り替える様に、美龍に促す。
「それは実は大分前から私は『知っていた』のよ。だけど、泳がした。とてもじゃないけど、未だあの『強欲』の組織だけじゃあ、『離反』しようにもない。他の協力組織がいると睨んでいたの。そしたら、でるわでるわ……」
美龍がスクロールするアルバートの疑惑に対する調査回答がどんどんとスクロールされてゆく。
アダム各支部からの不正な利子貸、それに対する不透明な出費……更には、あの『アウトサイダー』に対する資金援助まで。
「色々な所の会話のログを調査したけど……これと言って発言や物的証拠は見つからなかったのは流石といった所だわ。だけど、明らかな不自然な行動が目立つ。何より」
「『伏魔殿』ですね」
マストゥーレの言葉に、シモーヌは頷く。
「そう。あの全枝世界でも屈指の『要塞』は、何でも隠し通すには持って来いだわ。調査員を派遣しようにも上手く泳がされるのは目に見えている」
その言葉と同時、また画面が切り替わる。
何かの検出率というのか、パーセンテージで示される表グラフが表示される。
「でも、甘かったわね。メイザースも、アホだけど私の忠実な配下である事を失念したようね。こっそりと、情報開示のバグ・プログラムをアメリカに送った試作であるアビスの親和性を高めるシステムに組み込んでおいたの」
愚かしそうに眺めて告げるシモーヌ。
だが、突如、その画面が波打ち、ババンと大画面に一人の女性の顔が写る。
「ほーーっほっほっほ! この大天才、メイザース様を甘く見ちゃ、困るですわ!」
三角帽に片眼鏡の女性が、喜々としてモニターに姿を現す。
「え、わ、ちょ、ちょっと、美龍──」
プツリ、と3Dホログラムのモニターを無言で消す美龍。
だが、ゼイゼイと息を荒げ、再び、今度はしっかりとした頭身の立体的な3Dホログラムで女性──メイザースが現れる。
「アルバート……今度こそ、年貢の納め時ですわああああ! 道理で研究費用がガツガツと無くなった気がしてたのよね! それより、咲月ちゃああん! どう、イギリス支部に来ない!? 私とお茶しましょう!? その後は、ぐふ、ぐふふ……」
「ひ、ひえー! 助けて、京馬君!」
咲月を見つめる下種な視線に、恐怖感を感じ、咲月はテーブルの下に隠れる。
「……いい加減にしろ。メイザース」
「ああんっ!? この、ヒョロっぽジャパニーズがあああ! あんたが居なければねえ? 私は、稀代と呼ばれる程の偉大な研究が行えた筈なのよ!?」
憤慨とするメイザース。
そのけたたましい声色に全員が嘆息する。
「総統」
「何? 美龍」
「ヴェロニカではないですが……凄いぶん殴りたいです」
「許可するわ」
告げた美龍は、スッと場から消え去る。
喚くメイザースは、数瞬の後、
「ふぐっ!?」
どさりと、倒れ伏せ、モニターから消失する。
「黙らせてきました」
「イギリスまでご苦労」
スス、とシモーヌはコーヒーを啜って言う。
「……と、言う訳。兎に角、アルバートは真っ黒なのよ。色々と迷惑な存在だけど、あのメイザースの仕掛けが決定的な証拠になった。後は、共に『四界王のシンボル』を探索すると見せかけ、袋小路に追い詰めて始末する。大まかな作戦はこれね」
コーヒーを飲み干し、シモーヌは視線を京馬へ。
「出来るわね? 私は、あんたを評価している。基礎的な能力は未だ未だか弱い。だけど、『天使勢の崩壊』、『伊邪那岐の撃破』……二つの世界の危機を阻止する事は、恐らく私だけだったら出来なかった。あんただから、出来た」
シモーヌの真剣な眼差しは、京馬への信頼の現れであった。
『対等』とし、願い申し上げる様なシモーヌの瞳。
「はい。必ず……俺の『望むもの』の為でもありますし」
この人は、自分を認めている。
京馬は、シモーヌの『想い』を受け止め、頷く。
「ありがとう。だけど、注意しなさい? アルバートは今までの奴とは違い、頭が切れ、狡猾よ。上手く踊らされない様にね」
「そこは、私がフォローします」
京馬に釘を刺す様に告げるシモーヌ。
その言葉に、京馬が返すより早くマストゥーレが答える。
「……そうね。頼りにしているわ。『特務隊長』」
頷き、そしてシモーヌは今度は視線をじっとして聞いているジークフリートとファフニールへ。
「出来れば、あなた達も共に向かわせたい所だけど……」
「ははっ! ですが……」
「『ペンドラゴン』の奴だけに『大日本帝国』の侵攻を止める役目は……ちと忍びないのではないか、小娘」
シモーヌへ、抗議の視線を向けるファフニール。
シモーヌは、一寸の間で思考を巡らし、
「それは確かに愚考ね。何れ、あんた達にも後輩の素晴らしい力を披露させてあげたいけど……京馬の性質上、ある程度親しみのある者を付けさせた方が良いわね」
「……申し訳ありません」
「いいのよ。『嵐王の弓』の件で、一緒に任務を任せるだろうし」
ふう、とため息を付き、シモーヌは次に美龍へと眼を向ける。
「ごめんなさいね。あんたが『大日本帝国』と一番闘いたいでしょうに」
「いえ。それよりも、アルバート……噂が本当なら、是非とも殺し合いたいわ」
首を振り、美龍は告げる。
「ふふ。あんた……毎回思うけど、本当に戦狂としているわね。まあいいわ。こちらも助かる」
「私は、『アスラの総意』ですから」
「では、何れ『インドラ』の本神とも対峙しそうね」
「そこは、私が決める事です」
「そう……」
物思いに耽け、シモーヌは視線を再び京馬へ。
「後の面子は、あんたに任せるわ」
その言葉に、京馬は思考を巡らせる。
その時、ふと思い出した件がチラつく。
「そう言えば、『加奈子』の捜索はどうなっていますか?」
「あ、加奈っち……」
京馬のその言葉に、咲月は顔を深く沈める。
「……さあね。今の所、有益な情報は無しよ。全く、困ったものだわ。本部に着いて早々に姿を消すなんてね」
「話によると、誘拐の痕跡も無いとか?」
「そうよ。『散歩してきます』と森の中に入ったかと思えば、忽然と消えていた。周囲に怪しい物陰も無く、『氣』も察知出来なかった」
「私が、止めれば良かったんだ」
その総統の報告に、咲月は呟く。
「私が、加奈っちの散歩を止めてれば、こんな事には……!」
「そう、自分を責めるな。咲月」
狼狽とした咲月の肩に手を置いて、京馬は言う。
「でも……!」
「いえ、その通りだと思うわ」
咲月の言葉を遮る様に、シモーヌは告げる。
「今ははっきりと言えないけど、加奈子の件は『既に手遅れだった』と思うわ」
「それって……どういう事ですか?」
「つまり、あの『黄泉』の件以前に、既に敵の手に落ちていた可能性があるの。だから、咲月が自分を責めても何も意味は無いわ」
シモーヌの言葉に、京馬と咲月は顔を見合わせる。
「駄目よ。未だ何も言えない。しっかりと精査した情報が出てくるまで発表は控えるつもりだから」
問おうとした京馬達を制す様に、シモーヌは言う。
「そう、ですか……」
そう言われたら、納得するしかない。
京馬と咲月は頷くしかなかった。
「それで、他に連れてきたい奴はいる?」
その問いに、京馬は首を振る。
「いえ。特には……」
「本当に? 『あいつら』はいいの? 今、ロシア支部が厳戒態勢のせいで、行く当てが無いあの『二人組』がいるじゃない」
告げ、シモーヌが手を翳すと、再び3Dホログラムのモニターが映し出される。
「あー、あー、ゴホン。一応、俺等も『特務隊補佐』の役割って事になってんだけどなー」
「別に、京馬君が必要無いと判断すれば、私は本部の護衛に回るだけだ。好きにしてくれて構わない」
映し出されたのは、ショートテールの赤髪を持った勝気な印象を与える少女、対して軍服に身を包んだ物静かそうであり、一方で厳めしそうな男の二人であった。
「あ。ヴェロニカに、フランツさん……」
「あ、じゃねーよ! 手前、その口ぶりは無表情でも分かんぞ! 俺等の事、忘れてやがったなぁっ!?」
突如、画面が銃器で溢れ返る。
赤面して、更には歯を覗かせたヴェロニカは恥ずかしそうに、そして悔しそうに口元を震えさせる。
「ふ、ふふ……はっはっはっは!」
シモーヌはその様子を見て、可笑しそうに腹を抑えていた。
「悪かった。一緒に行こう」
「っけ! 後で会ったら覚えてやがれ!」
中指を突き立て、ヴェロニカは叫ぶ。
瞬間、ピッとシモーヌが手を翳してモニターを消し去る。
「そういう事だから。ふ、ふふ……あー、可笑しい。ずっと黙ってれば、京馬の方から自分達を志願する筈、とか言っておいたから、最後まで放置したのに……!」
そう告げたシモーヌは今朝一番のご機嫌な表情であった。
「じゃあ早速、今晩に『メイザース・ウォーカー』にてニューヨークまで転送するわ。それまで、各自で気持ちを整えるなり、戦闘準備でもしてきなさい」
「はい」
シモーヌの言葉に、京馬は頷く。
「今回は……何だか」
だが、咲月は不安気な表情で呟く。
「どうした、咲月?」
「ごめん……!」
京馬がまた咲月の手に触れようとした瞬間、咲月は駆けだして、食堂から姿を消す。
バタンと扉を閉める音が木霊し、静寂が場を支配する。
「あの子、何を見たのかしらね?」
呆然とする京馬へ、シモーヌは言う。
「何を、って何がですか?」
「『神の実から生まれ出でるもの』を宿す存在……咲月は、あんたが思っている以上に『特殊』だわ。それを、忘れない事ね」
シモーヌは、口を吊り上げて京馬に言う。
「それは分かっています。それが、何か?」
「あんたは、もうちょっと咲月を気に掛けなさい。私が言える事はそれだけだわ」
シモーヌが京馬に投げかけた言葉。
意図が分からず、京馬は只、頷くのみしか出来なかった。




