Prologue
さて、お待たせしました。
休載期間の後、壊れた世界の反逆者、再会いたします。
(早速、主人公は蚊帳の外ですが)
今回の話は、強欲の彼が主軸となります。
何重もの層で構成された防弾ガラス。
その目下を見下ろせば、高層ビルが立ち並ぶ。
「君は、トレーダーとしてこの世界最大の証券会社であるゴールドラッシュ・ロックスに貢献してきた。年間のノルマ達成も、『一般人』では先ずこなせない目標に設定してある。はは、君は『ここまで』残ってこれたんだ。誇っていい、コーン」
その男は、ガラス上に拡がる世界を眺め、ため息を付いた後、振り返る。
「だけどね」
そして、目の前で困惑の表情を曝け出すコーンへ告げる。
「『それまで』なんだよ。君の能力は。……もう一度言う。君がいる『ここ』は何という所だい?」
「……ゴールドラッシュ・ロックスです」
困惑の表情をそのままに、コーンが答えた言葉は、男の口元を歪ませる。
「はは、はっはっはっは! そう、その通りだよ! 『この世界を支える』、『あの』ゴールドラッシュ・ロックスだ! はっはっは! 分かっているじゃないか」
「それが、何だというんです。アルバート『社長』」
その馬鹿にした様なアルバートの大笑いに、コーンは眉を一寸ひくつかせる。
明らかに、不機嫌な表情を呈したコーンへ、アルバートは社長室の椅子へと腰かけて、踏ん反り返り、口を開く。
「凡庸なんだよ」
「凡庸?」
告げたアルバートは、テーブルの前にのめり出した両腕を組み、その頂点の手へ顎を乗せる。
そのアルバートの言葉に、コーンは首を傾ける。
「そう、凡庸だ。君は、『この表の世界』では優秀だ。それも、ごく一握りの限られた存在。だけどね? 君のいる『ここ』は、その更に上澄みがいる場所なんだよ」
「だから、結果を残しても、クビだと?」
「そうだね。君は『いらないね』」
呆れ声と共に鼻で笑うアルバートの言葉に、コーンはその表情を歪ませ、ギリギリと噛み締めた歯を覗かせる。
「……っく! 人事に抗議したら、社長室に案内されて、何の話かと聞いてみれば……! 理不尽だっ! あまりに、非道だ!」
激昂とした表情で、溜め込んでいた不満を一気に吐き出すコーン。
だがその言葉に、アルバートは首を左右に振るのみであった。
その怒声をまるで涼しい風を受けるかの如く、気持ちの良さそうな表情で目を閉じていた。
「違う。君は何か勘違いをしているね。私は『トレーダーとしての』君がいらないんだ」
くく、といつもの高笑いを伏せる様にして忍び笑いをするアルバート。
コーンはそのふざけた態度に腹を立て、更に歯を剥き出しに、激怒を叫び出す事を──『する事は無かった。』
「あ、ひぃっ……!」
アルバートから放たれる人外染みた、否、『悪魔』の醜悪さが漏れ出た様な『氣』が、コーンを襲う。
強烈な災禍が振り撒かれる様な悪寒がコーンの脊髄を走り、歯を強張らせる。
「逃がさないよ」
あまりにも、『恐ろしい』。
アルバートが放つ禍々しい何かに圧され、コーンは背を向け、逃げ出そうとした。
だが、微かに見えた『黄金の触手』が、コーンを縛り上げ、壁に叩き付ける。
「ぶ、がっ!?」
涙目となったコーンの頬に、擦り傷が付く。
「そんな君に、私はチャンスをあげようと思ってね」
ニヤリ、とアルバートが笑みを見せると同時、吸い込まれる様に『世界の様相』が変わってゆく。
「う、うぅー! う、あ」
アルバートの背面から生える黄金の触手で口元を縛られるコーンは、必死に抵抗する。
大学でアメリカンフットボールを経験していた彼は、隆々とした肉体を持っていた。
人前以上のパワーがあると自負していた。
だが、そんな彼がその黄金の触手を握り、解こうとしても全く微動だにしない。
寧ろ、その締め付けはより強力になってゆく。
「ようこそ、『伏魔殿』へ」
必死の抵抗をするコーンの眼前に新たに拡がったのは、黒い粘着質が辺り一帯を覆う洞穴であった。
否、その様相は機械仕掛けの壁面となったり、先程までのオフィスの様な空間に変化したり、実に名状し難きものであった。
「お待ちしておりました。社長」
いつの間にかアルバートの背後に立っている女性は、お辞儀をして言う。
意に知れぬ恐怖で錯乱していたコーンであったが、その女性の風貌はそんな彼でさえも息を呑む程に、『美しかった』。
「やあ、キャシー。『彼』も連れて行っておくれ」
「承知いたしました」
にこやかに笑むアルバートの言葉に、キャシーと呼ばれた女性は淡々と受け答える。
コーンは、その女性の美しさに見惚れ、そして思い出す。
『キャシー・ブルックス』。
長年、社長であるアルバートを支えてきた『秘書』。
その手腕もさる事ながら、誰もが最初に見れば思うであろう彼女の輝く様な美しさは、それだけで多くの大企業から声が掛けられるであろう武器である。
そして、コーンがゴールドラッシュ・ロックスへと入社しようと決めた不純な動機の一つでもあった。
美人が多いと言われるベネズエラ出身の彼女は、やや褐色の肌と黒髪を持っている。
それが黒いスーツと合わさり、妖艶な色香を放つ。
いつか、社長の座を奪い、彼女との主従で淫らな関係を妄想したコーンは、自然とゴールドラッシュ・ロックスの求人でエンターキーを押してしまったのだ。
「コーン様、お久しぶりです」
突如、黄金の触手の拘束から解かれ、呆然とするコーンへ、キャシーは優しく笑む。
「僕を……覚えてくれてたのかい?」
その笑顔と言葉にコーンは頬を染める。
「ええ。新人研修以来ですね。これでも、記憶力は良い方なので」
「おぉ……嬉しいよ! 君みたいな美人が何千といる社員の中で、僕の事を覚えていてくれたなんて!」
禍々しい空間の中。
しかし、コーンはその様な環境の中で、キャシーの言葉に、心臓を高鳴らせる。
「ふふ、そんなに嬉しがると私も嬉しい気分になります」
呟いたキャシーは、コーンへと背を向ける。
「あ……行ってしまうのかい? キャシー」
「何を言っているんです? 『行きましょう』?」
「……そうだね」
首の傾けを直し、コーンは頷く。
(そう言えば……何故、俺はこんな所で、恐怖に顔を歪ましていたんだ?)
ふと、コーンの内に沸いた疑問。
しかし、目の前で歩くキャシーを眺め、
「ああ……キャシー『様』」
羨望の眼差しで、その後ろ姿を追い掛けていた。
「あ、がっががっがぴ、あぎゃあぁああぁぁあぁっ! あっ」
ガクガクと身体を痙攣させ、コーンは人の声とも言えない叫び声を挙げる。
その身体は椅子に拘束され、幾重もの円筒上の金属から照射されるプリズムの光を浴びせられていた。
「あっ、がっ、う」
その照射が終わった途端、ガクリとコーンは首を項垂れて気絶する。
「気を失ってしまいましたね。ですが、やはり社長の狙い通りに『適正』ありと判定出来ました」
その様子を見ていたキャシーは首を動かしてアルバートへと告げる。
「ふん。まあ、それでもCかDクラス相当だと思うのだがね。経歴から見ても、『精神力』の底上げが難しいだろう。残念だね、コーン。新しい職場でも出世は厳しそうだ」
背もたれのある豪華な椅子に腰かけたアルバートは、詰まらなそうに言う。
読んでいた『海底二万マイル』という本を閉じ、その視線をキャシーへと向ける。
「だが、新たな我が国の兵隊を量産出来た。こんな手筈通り進んだのも、キャシー……君の『グレモリー』のお陰だよ」
「いえ。全ては社長の手腕によるものかと」
「はっはっはっは! いつでも君は口が上手いね!」
「そんな事は……私が本気で思っている事です」
首を振り、『乙女』の様に頬を染め上げるキャシーは言う。
「さて……あの狡猾な織田から奪取出来た知識と、我が国の『開発班』が盗んできたメイザースの研究成果を統合させた『ダイレクト・アバター・システム』。着々と、成果が出て来たね」
「そうですね。そして、強制的に『アビスの住民』の『化身』を宿らせるという革新的な発明は、やはり社長の『マモン』による『強欲』のお陰で成し得たと言っても過言では無いでしょう」
告げたキャシーの言葉に、アルバートは豪快に笑いだす。
「はっはっはっは! そうかも知れないねえ。尤も、私は『傲慢』では無い。とことん『強欲』なだけの人間だよ。『ものが手に入らなければ』嬉しくないというのも本心なのだよ」
アルバートは、自身の『本質』を振り返り、黄昏た視線で拡張されてゆく部屋を眺める。
「だから、私は『この世界が欲しい』」
立ち上がったアルバートは、両手を胸一杯に拡げ、嬉しそうに口を開く。
「ああ! この『強欲』塗れた世界は美しい! 素晴らしい! 『産業』という『金』で酔い痴れた大罪の世界がっ! ……『管理』する為にこの世界をこの世界足らしめた亡き『ミカエル』を私は称賛しよう!」
くく、と『本質』を曝け出したアルバートは口元を歪ませる。
「……その『世界を手に入れる為に』、『管理者』であるミカエルを殺す手伝いをしたというのも、皮肉なものですが──故に、社長は『強欲』なのだと理解出来ます」
「その通りだね」
満足そうに頷き、アルバートは言う。
「あの『フォールダウン・エンジェル計画』での目論見は大成功だったよ。天使達の排除、アダムの衰退、アウトサイダーの勢力拡大……そして、『サイモンの死』」
ガチャガチャと、アルバートの高揚に反応する様に、『伏魔殿』はまたその世界を構築してゆく。
「ですが、『大日本帝国』の誕生により、世界は混沌としています。世界は恐慌に見舞われ、大幅に株価は下落……このゴールドラッシュ・ロックスも、このままでは落ちぶれます」
不幸なニュースを告げるキャシーは、だがその口元を僅かに緩ませていた。
「ふふ……だから、ここらが『最高の着地点』だよ。機は熟した。私の『肥し』の為に、充分この会社は貢献してくれた」
「うふふ。社長の『本当の力』を出し切るには十分な『資金』を蓄えましたからね」
「欲しいものがたくさんだ。『投資』をして、効率良く『得よう』じゃないかね」
タイルが折り畳まれる様に、空間に一つの道が出来る。
二人は、その奥深く、深淵の奥へと歩み出す。
「ですが、社長。『特務隊』の派遣、そして『渦』の援助……表向きでは、双方とも協力姿勢ですが、そろそろアダム、そしてアウトサイダーも私達を排除する動きを見せています」
「知っている。寧ろ、予想より遅いぐらいだ。あの『伊邪那美』には大手を振るって感謝をしたいぐらいだ」
「まあ、私達の『隠し玉』である『彼』だけでもその半分は確実に殺せる器量を持っていますが……個人的に不穏な因子が」
キャシーが濁らして告げる言葉に、アルバートは歩を止める。
「ああ、『管理者殺し』かね?」
「はい」
顔を顰めたアルバートの表情に、キャシーは硬直する。
この様な表情の変化は、決まっていて、
「あのどうとでもない少年が、出世したものだね」
『気に喰わない』時の表情であった。
不機嫌に言葉を吐くアルバートは、続ける。
「あのサイモンの助力があってこその功績であったと、未だに叫ぶ輩がいるが……とんだ無能もいい所だ。あの少年は、間違いなく『本物』だよ」
ため息を交え、アルバートは告げる。
キャシーは知っている。
このアルバートという男は、只管に『強欲』であり、だがその『器』が強大である事を。
「彼は、『対峙』しなければならないねぇ」
「……『潰す』、ではなくですか?」
「君程の優秀な秘書が何を言っているのかね? 私があの少年を、そんな鼠と同列にするなんて愚かな思考を持ち合わせていると思っているのかね?」
そのアルバートの言葉に、キャシーは息を呑む。
「……いえ。只、日本支部の彼と通信した後、社長ははっきりと『いらない』と」
言葉を発した瞬間、キャシーは思い出した様にハッとする。
『いらない』。
それは、アルバートが相手を『認めていない』時に発する言葉であった。
故に、その言葉の対象を、アルバートは『見下している』と判断出来たのである。
否、現にそういう『評価』をアルバートはしている。
だが、『例外』がいた事に、キャシーは思い至る。
「あの『サイモン』と、彼は同じ眼をしていた」
そして、続くアルバートの言葉に、キャシーは自身の推察を確信へと変える。
『例外』。
それは、あの『天使の虐殺者』であり、故人となって『破壊神の英雄』と称えられた人物。
「私は、サイモンが私の目的の最大の障壁となる事を予期していた。彼は、どんな手を使ってもその『信念』で私を追い詰めたであろう」
「『管理者殺し』──坂口京馬もその一人であると?」
キャシーの言葉に、アルバートは顰め面で頷く。
「その通りだよ。あの少年は、最も注意しなければならない存在だ。死力を尽くして、全力で刈らなければならない」
告げ、アルバートは不機嫌な表情のまま、再び歩み始める。
続く道の脇に、仄かな光が灯っている。
脇の牢屋から漏れ出る光に、懐かしそうな顔でアルバートは首を向ける。
そして、牢屋の前に立ち、その中の存在を見ると、表情を緩ませる。
「アルバート」
牢屋の中の存在は、優し気な笑みで笑う。
「どうだい? 未だ私に『愛』を説きたいのかい?」
牢屋に投獄されている純白の幾重の羽を生やす少女へ、アルバートは優しく問い掛ける。
「そうですね。それが、私が私である『本質』ですから」
ピンク色のショートカットの髪を持つ『天使』は、堅牢な牢屋とは対照的な明朗な笑顔を覗かせていた。
「『御前の七天使』、『ハニエル』。君は、私のコレクションでは異例だよ。ここまでか弱く、貧弱なものを私が『欲しい』と思ったのも珍しい」
「か弱い? そうしたのはあなたでしょう?」
「はっはっはっは! そうだねぇ! 何せ、初めての任務で『投資』した『欲しいもの』だったから……遂、奮発してしまったよ!」
楽しく笑みを見せるアルバート。
「……」
その両者を見て、ギリ、とキャシーは歯を噛み締めていた。
「ふふ。あなたも、その内、『愛』を『欲しがる』かも知れませんよ?」
そのキャシーを脇見して、ハニエルは告げる。
「何を言う。私の『愛』とは『強欲』の延長線上だ」
笑みを覗かせるアルバートは、まるで少年の様に明朗であった。
「……社長、行きましょう。用があるのは、更に奥の『彼』でしょう?」
明らかな苛立ちを含めたキャシーの語気に、アルバートは苦笑する。
「済まないな、キャシー。どうも、『旧友』と会うと、話し込みたくなる」
「それは、構いませんが……」
「何を苛立っている? 私は、君がベストパートナーであると何度も言っているだろう」
「あっ……」
突如、アルバートに抱き寄せられ、キャシーは思わず赤面する。
「君も、『欲しかったもの』だ。それも、特上のね」
「社長っ……!」
歓喜のあまり、キャシーは潤みだした目頭を抑える。
その様子を見て、アルバートは満足気に笑む。
「……分かっただろう? ハニエル。君の説く『愛』は、『強欲』の前にあまりに脆い!」
牢獄の愛にほくそ笑み、欲しがりな彼は大口を開けて嬌声を挙げる。
「さあ、アウトサイダー『王下直属部隊』、『暗殺部隊』『雫』としてのリーダー……その職務を先ずは全うしようじゃないか」
告げたアルバートは、視線を彼方の『蒼』へと見つめていた。




