Scene 50 激闘
いよいよ、『黄泉』勢との本格的な対峙となります。
前回で登場した人物の中で、未だ出てきていない人いますが……まあ、少し話数が進めば分かると思います。
よくRPGのボス戦で、開幕に大技で味方が瀕死になる演出あるじゃないですか。
アレ。
「ああ……リチャードさん。そんなに泣いて下さって、私は嬉しいです」
寄り固まり、巨大な『神血華』となった『神血晶』に取り固められた桐人。
その『精神力』は『死』なされ、完全に動きを封じられていた。
──否、目を閉じ、悲しみに暮れた表情から流れる涙は、桐人の闘いの放棄と形容されるだろうか。
「もう、離しません。『転生』なんてさせず、『ルシファー』とも別離し……『死と生の調和する世界』で、私達は『永遠』を生きていきましょう。だから……しばらくは、休んでいて下さい」
感激で涙を流し、桐人を包む『神血華』を抱擁する静子。
「それは本当に、桐人が望んでいる事かしら?」
その静子の安息の時を、地へと穿たれた雷が阻害する。
瞳孔を開かせた静子の射殺す視線に動じもせず、一人の女はそこに立つ。
「エレン・パーソンズ……」
一度、その姿を確認した静子は、周囲の空間が震え上がる程の『氣』を放出する。
「くっ、何のつもりだ、『黄泉姫』!?」
その溢れ出す『氣』は、『死』。
静子の側で護衛していた志藤は、焦燥としてその場を跳躍し、上空に生える『神血晶』へと着地する。
「ふふ、ようこそ、この『黄泉』の最深部へ」
一際の睨みの後、静子はその表情を緩ませて言う。
「あんな『醜女』どもや一般人だけ配置している事を見ると、私は『誘い出された』のかしら?」
「誘い出された? いいえ、私は最初から、護衛なんて必要としていないし、それは『皆が勝手にやってくれた事』よ」
にこやかに、否、『にこやかそうに』、引き攣る笑みを零しながら、静子は目の前の下る段を降りてゆく。
「それだけ、信用されているのね」
「信用? そうね、皆、私の世界への信奉者ですもの」
告げた静子の周囲、何十もの『醜女』が地から浮き出る。
「でも、ごめんね。皆。私は、『この女狐』だけは、お話したいの」
だが、それは静子からの溢れんばかりの、踏み潰されそうな程の、圧倒的な覇気で怯え逃げ帰ってゆく。
「……あなたと『おじいちゃん』の恋愛話、しっかりと見たわ」
「だったら、お解りでしょう? あなたみたいな薄っぺらい愛では、リチャードさんと私の愛に踏み入れないのよ」
くく、と静子は口を妖艶に吊り上げて、桐人を包む『神血晶』へと顔を向ける。
「見て……リチャードさんのこの涙……私の為に、流しているの。私との約束を思い出し、その約束を忘れてしまった自分への後悔の為に」
恍惚とした表情で静子は振り返り、エレンへと意地悪く微笑む。
「でも、私がリチャードさんに怒る道理は無いのよ? だって、リチャードさんは今、目の前の『女狐』に誑かされてしまっていたのだから」
告げ、静子は紫と赤で彩られた扇子をエレンへと向ける。
「やれやれ……本っ当に、私が悪役みたいじゃないのよ」
「そうよ? 人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじゃいなさい?」
「生憎、馬に蹴られようが、踏ん付けられようが、私は丈夫だから死にはしないのよっ!」
互いが、その存在を喰らうかの様に見つめ合う。
静かに漂う殺気は、護衛である志藤を始めとした他の者を寄せ付けない。
「エレンさんっ! 助太刀します!」
「う、ひいぃぃぃぃぃっ! また、凄い重圧……死んじゃう、死んじゃうっ!」
「夜和泉、静子……これが、京ちゃんと同じ『現人神』の『精神力』……!」
その殺伐とした空気の中、咲月、加奈子、そして美樹の『三人』が空間に顔を出す。
「うっしゃあ! やっと広い空間に出たぜ!」
「いや、これは不味い……! 流石、精神力による感知が出来ない『現人神』だ。こんな近くまで接近していたとは知らなかった……!」
更には、爆煙が吹きあられ、ヴェロニカとフランツが。
「『黄泉姫』様っ! 大丈夫ですか!?」
「あれが、夜和泉静子……」
そして、空間に突如として出現した扉から、彩乃と美龍が顔を出す。
「一気に賑やかになったわね」
その突然の来訪者達に、だが、静子は動じず、口を吊り上げる。
「あんた達、ボサっとしないで、早く逃げて!」
「え……? 私も──!」
「いいからっ! 死にたいのっ!?」
加勢に意気込む咲月に、エレンは怒号を挙げて叫ぶ。
しかし、
「もう、遅い。さあ……『死になさい』」
「う、あっ!」
「い、息があああぁぁぁぁっ!?」
咲月と加奈子はその言葉によって、瞬時に『息絶える』。
「な、んだ、と……!」
「こ、れが、『死』の概念……!」
続き、ヴェロニカが、フランツが。
「ごめんね。咲月ちゃん」
その刹那、美樹は『影』に潜り、『言葉』を遮断させる。
「っはあ!」
そして、美龍は凄まじく上昇させた『精神力』によるアスラの『氣』で『死』を無効化させる。
静子が放つ『死の言霊』。
それは、絶対的な『死』を与える概念の『氣』を言葉に乗せた言葉。
その言葉を聞き入れたものは、『静子』と同程度の『精神力』が無ければ、『死』ぬ。
「『種』は知ってるのよ。このヒステリー女」
だが、静子よりも精神力が劣り、更には言葉を遮断する素振りもしないエレンは、平然と立っていた。
その様子に眉を細め、静子は口を開く。
「あら? 圧倒的な差を見せつけようと思ったのに、この電気ネズミ」
悪態の後、静子は扇子を振り上げる。
瞬時に水平に撒き散らされた『死』を、エレンは電気と化した身体で器用に避け、
「はあああぁっ!」
「ぶっ、がっ!?」
実体化させた『脚』を、静子の腹に捻じ込む。
宙に浮いた静子の身体。
「『黄泉姫』っ!」
それを、すかさず志藤は受け止める。
「っが、げほ、げほ……!?」
突然の予期せぬエレンの攻撃に、静子は驚愕の眼差しをして咳き込む。
「『神雷を超越する女帝』……! 貴様、どうやって、『黄泉姫』の『死』を……!?」
志藤の言葉に、だが、エレンは首を傾げ、更には悪戯な笑みで両手を水平に挙げる。
「分かったわ……あの女、自分の鼓膜を電気で『焼いた』んだわ」
志藤の抱える手を払い除け、静子は歯を噛み締める。
そんな子供騙しな手で不意を突かれた自分に静子は腹が立ち、その憤怒の表情をエレンへと向ける。
「何言ってるか分かんないけど……黙って、死んでもらえる?」
続いて、『電気』と化したエレンが静子目掛け、飛び込んでゆく。
その周囲に、大量の雷撃が迸り、辺りを雷撃の槍で埋め尽くす。
「馬鹿ね。それでも、『私の方が強いの』」
だが、『死』で一瞬の内に『雷撃』という『概念』は『死』なされ、その『死』の『氣』はエレンを取り囲む──
「エレン……! 馬鹿っ! 死ぬ気っ!?」
単身、静子へと挑むエレンに驚愕し、美龍が加勢に入ろうとする。
「おっと。久しぶりの再会なのに、水くせえじゃねえか」
だが、その美龍の前に、巨躯の男が立ちはだかる。
「剛毅……!」
「おお……びっくりしたぜ。あの餓鬼臭いお前が、そんな化粧しやがって」
嬉しそうに笑み、しかし剛毅は美龍に対し、一寸も隙を見せない。
「退いて。再会に喜びたいけど……それ以上に私にはやるべきことがある」
「そりゃあ、こっちも同じだ。男には、退くには退けねえ闘いがある」
「男尊女卑……格好悪いわね。そして……心底見損なったわ」
美龍は、その剛毅の言葉で、全てを悟る。
この男は──『敵』であると。
「あなたが、私に勝った事なんて一度でもあったかしら?」
「ねえよ。彩乃と同じ顔の癖に、戦闘じゃまるで別人みてえな鬼人の顔した手前とは、もう二度と闘いたくねえって思ったよ」
「あら、正直。いいのよ、怖気づいて尻尾巻いて逃げても?」
「ふん。だが、俺には新たな力がある。今の俺なら、手前でも倒せそうだ」
告げ、剛毅は焔を清流の如く、巻き付ける蛇の如く、纏う刀を発現させる。
その以前とは異なった剛毅の力に、美龍は眉尻をひくつかせる。
「『炎帝』は卒業かしら?」
「俺は、『ペイモン』と同時、この『素戔男尊』の『器』を手に入れた。あの時の様には、いかねえっ……!」
剛毅の言葉、そして、
(うん。だから、私はこの力を使って、少しでも剛毅の助けになれる事を望んでいるの。そんな『私だから』、『奇稲田姫』も認めてくれたのね)
そう稲田神社で告げた彩乃の言葉。
その二つが、美龍の頭の中で見事組み合わさる。
「そう」
存分な覇気と殺意が込められた剛毅の『天叢雲剣』を前に、美龍は顔を伏せてしまう。
『悲しみ』。
ここまで、自分がその『感情』に陥るのは初めてであった。
ギリ、と美龍は拳を握り締める。
そんな下らない感情に自分が流されてしまうなど……
拳を振り上げるのに、戸惑い、躊躇する。
美龍をここまで精神的に追い詰める敵は、中々に出会えないであろう。
「じゃあ、私も『あの時以上』の本気を出しても良いわけね」
だが、美龍は口を深々と吊り上げる。
その悲しみの中、『愛しきもの』を傷付き、擦り殺す。
口元から涎が滴る。眼が大きく開かれる。
『極上』の──自分の内を貪る『敵』を前に、美龍は『欲情』していた。
「……やっぱり、お前は『彩乃』じゃねえ。力を愛し、強者に欲情し、それを噛み殺す事で昇天し、満たされる──完全な狂人だ」
あらゆる獣を超越した『美龍という化物』に喉元を曝け出した剛毅は、冷や汗と共に、周囲に発する焔の勢いを上げてゆく。
「剛毅……ごめんね。私も、一緒に闘う」
死に直面し、戦慄する弱者──そう形容される剛毅の顔の引き締めに、優しい声が語りかける。
「彩乃っ!? お前、その『櫛』……!」
「本当に、ごめん。やっぱり、剛毅だけに大変な思いはさせたくなかったの」
告げ、彩乃は美龍へと視線を向ける。
「だから、ごめんね。美龍ちゃん。本当はもっと話したかったけど……ここで、死んで」
彩乃は両手を祈る様に手を組み、その身体に眩い秋葉色の閃光が迸る。
「私の『固有能力』は、『櫛で刺したものを自在に強化、衰弱させる』。衰弱は、相手に反発されれば、抵抗が生まれるけど……『強化』は別なの」
彩乃の口の吊り上げと共に、その身体は一本の『櫛』となる。
それは、吸い寄せられるかの様に剛毅の『天叢雲剣』へと取り付けられる。
「これは……? 俺の中の『精神力』が絶大に増幅しているのが分かる……!」
自身から膨大に膨れ上がるかの様な『精神力』の上昇に、剛毅は思わず息を呑む。
「まるで、本当に『素戔男尊』と『奇稲田姫』みたいじゃない」
彩乃の『湯津爪櫛』によって、『強化』された剛毅の精神力に美龍は戦慄しつつ、そしてそんな二人の繋がりに『嫉妬』する。
そう感じた美龍は知らぬ間に、舌舐めずりをしていた。
様々な、自分を阻害させる『感情』に美龍は『興奮』していたのだ。
「ふ、ふふ……ああ、堪らないっ!」
獣の口の吊り上げをし、そして美龍は『修羅虎甲』を発現させて、剛毅に襲い掛かる。
「良いのか、そんな単純な踏み込みでっ!?」
神速の美龍の詰めに対し、だが剛毅は口を吊り上げる。
幾ら、美龍でも抗えない『精神力無視』の『天叢雲剣』の『万物を裂く』という『固有能力』。
それが、的確に美龍を捉える。
「あっはっは! 未だ、『迷い』があるわっ!」
だが、瞬時に剛毅の視界から美龍は消える。
「ぐ、あっ!?」
一瞬だけ、振り回された脚影を剛毅は視認する。
だが、遅かった。
美龍が放った回し蹴りは、剛毅の腹部を見事に捉え、剛毅の腹部に臓器が押し潰される感覚を伝う。
「へえ……前のあんただったら、綺麗に半身が真っ二つになるぐらいに『調整』したのに。『湯津爪櫛』の強化……良いわ」
『神血晶』の塊に激突し、身体をめり込ませる剛毅に、美龍は唾を吐きかける様に告げる。
「くそ、『黄泉姫』に勝るとは劣らない精神力まで上昇したってのに……!」
彩乃の『湯津爪櫛』によって、大幅に強化された自身に、剛毅は自信を持っていた。
だがその自信は、瞬時に美龍の圧倒的な戦闘力で鼻を折られる。
「さあ、私を『殺しなさい』っ! あんたと、彩乃ちゃんの力でっ!」
喜々として笑む美龍は地を蹴り上げ、追撃の拳を振り被る。
「予想以上の化物だな。俺も加勢しよう」
だが、それは剛毅に振るわれる事は無かった。
荒らしい『紫電』を纏う、突起が多数生え出る剣が上空から飛来し、美龍の『修羅虎甲』を粉々に『砕く』。
「志藤……! すまねえ!」
「お前に思い入れは無いが、静子の唯一の天敵となり得るこいつは、徹底的に始末しなければな」
剛毅と美龍の間に志藤は飛来し、口を吊り上げる。
「二体一……いえ、彩乃ちゃんを含めれば三対一ね。面白くなりそうだわ」
「ふん。貴様の『アスラ』の『固有能力』を無効化出来る俺と剛毅を前に、よくもまあそんな楽しそうに笑みを浮かべるとは。やはり、あの『サイモン』同様、『SSクラス』はぶっ飛んでいる奴が多い」
呟く志藤の頬に、冷や汗が伝う。
彩乃の力を得た剛毅、そして自分。
何より、『精神力無視』である二人の能力の中、それでも目の前に立つ文字通りの『鬼女』に勝てる見込みが浮かんでこない。
剛毅は『神血晶』の瓦礫から這い出て、構える。
剛毅と志藤、そしてその前に立ち塞がる美龍。
強烈な『氣』は周辺を充満させ、震えさせる。
「くそ。どうやら、『始まった』みたいだな」
(『メイザース・タブレット』を複数投与したけど……大丈夫、京馬君? 『精神』が不安定に歪んでいるのが分かるわ)
「この際、何か『副作用』があろうが関係ないだろ? 早く、皆が死なない様に、俺が」
霞む遠方、だがその『激闘』による『氣』の鬩ぎ合いはそんな遠くにいる京馬にもはっきりと分かる程、はっきりと鮮明に感じ取れる。
天使の羽で飛翔する京馬の奥底の精神は焦燥としていた。
(そう。だけど、正直、私は静子と直接対峙する事はお勧めしないわ。あの力量差で、静子への敵対する『感情』も、京馬君は少ないじゃない。さっきの二の舞になるわよ?)
心の中のガブリエルの問いに、京馬は一寸、沈黙する。
だが、ガブリエルは感じていた。
少年の精神が、その心が、打ち震えている事を。
「大丈夫だ」
一言、京馬は告げる。
先程、ガブリエルの意識が途絶えていた時の京馬とラジエルの会話の内容を知り得ていない。
だが、それは明らかに少年の『信念』を奮い立たせ、そして強固したのだと確信する。
(そう。じゃあ、信じてみるわ)
呆れた様にため息を吐き、ガブリエルは告げる。
『二人』は、徐々に静子達の下へと近付いてゆく。




