Scene 42 英雄と黄泉姫②
リチャードと静子の出逢い編その②です。
なんか全くの別小説を書いている気分でした。
『陰陽術』とか別世界の概念が混ざっているので、余計にか……
もしかしたら、あと2話ぐらい続くかも知れないです。
「目を覚まされたか、リチャード殿」
「ここは……?」
霞む視界が写すは、ホッと安堵している冥月幻と、木造りの天井であった。
「ここは、夜和泉家──『姫様』の寝室です」
自分の足下を見ると、見慣れない桜柄の布団が敷かれ、リチャードはその中で眠っていた。
「……やん」
リチャードが布団を取ろうと手を弄ると、何か柔らかいものを掴み取る。
この感触──『サラ』のと比べると随分と小ぶりだが……
「駄目ですよぅ。リチャード様……ごにょごにょ」
間違いなく、添い寝しているこの『姫様のもの』に違いない。
「……オホン。姫様が付きっきりで看病して下さったのです。とても光栄な事ですぞ、リチャード殿」
「そ、そうだな。姫様には感謝しなきゃな」
言葉は穏和であるが、目は全く笑っていない。
幻の戦闘時以上の殺気を込められた視線に、リチャードは思わず委縮してしまう。
「所で、幻……と言ったな。どういう風の吹き回しだ? 何故、俺を生かそうとした?」
リチャードの問いに、幻は何故だか地へと頭を擦り付ける。
「あの時のご無礼を御赦し下さい……まさか、本当にリチャード殿が『予言の英雄』であったとは……!」
「は? 顔を上げろ。言っただろう? 俺は『英雄』ではないと……」
「では、私の『陰陽術』を無効化し、別の物へと創り変えられたあの能力は、一体何だったのですか?」
おずおずと顔を覗かせる幻の問いに、リチャードは言葉を詰まらせる。
言葉を探すリチャードの様子を見、幻は「大丈夫ですよ?」と言った様な笑顔を向ける。
「リチャード殿が語りたくなければ、私はこれ以上、詮索致しますまい。あのようにボロボロに破かれた衣服……ここに来るまでに、幾重もの死線を潜り抜けてきたのでしょう? それは、語らずとも分かります」
そう告げ、幻はリチャードの枕元に積まれているボロボロの強化スーツを見やる。
「……そうだな」
リチャードも、幻の見る視線と同じものを見る。
──只の徴兵で刈り出された、恐怖の戦争。
多くの仲間が死ぬ中、迷い込んだ遺跡で発現した、この『改変』の力。
それは、『アダム』という世界の裏側の扉を叩き、そして新たな仲間との出会いを与えた。
サラや、サイモン──多くの仲間と栄光は、とても素晴らしいものであった。
共に苦難を乗り越え、分かち合い、勝ち取った『正義』。
だが、それはほんの少し前に全て失った。
それも、仲間の裏切りによる仲間同士の殺し合い。
天に飛翔し、そして翼が焼かれて地へと落ちた哀れなものの如く。
ああ、哀れなり道化の己。
今、リチャードの視界に映るのは、そんな虚しい『英雄』の一生であった。
「やはり、お優しい方だ」
物憂げにスーツを見つめるリチャードを見やり、幻は呟く。
何を根拠に?
そう問い掛けようとリチャードは口を開こうとする。
「あの時──リチャード殿が『力』を発現しようとした時、『私の心配』をしたでしょう?」
だが、その言葉に閉口する。
「やはり、そうだ」
幻は頷き、笑みを零す。
「私は、『月読』の『神器』である『八尺鏡』の力を一部使える。その力は、人の考えや過去を覗き見る事が出来るのですよ」
告げ、幻が懐から取り出したのは、古ぼけた丸鏡。
「この『月読』の『神器』は、由緒正しき『伊邪那美』の『巫女』を護衛する家系──『冥月家』の後継者のみが扱う事を赦されるんです。まあ、私も完全には使いこなせないので、おぼろげにしか読み取る事は出来ないのですが」
嘆息をし、幻は鏡を再び懐にしまう。
「……ですが、リチャード殿の正しき『義』の心は、理解出来ました。『淵黄泉』へ、歓迎致します。『英雄』よ」
お辞儀をし、幻は立ち上がる。
そして静かに襖を閉め、廊下の影に消えていった。
「……『英雄』か。俺は、結局はその宿命に抗えないのかもな」
観念としたため息を吐き、リチャードは傍で寝ている筈の『姫様』へと視線を向ける。
「そんなにその『呼び名』がお気に召せなかったのですか? リチャード様」
振り向いたリチャードの目を丸くさせたのは、既に起きていた『姫様』であった。
何時から起きていたのであろうか。
不安そうに、子犬の様な眼で静子はリチャードを見上げる。
「そうだな。俺は、結局はその『英雄』としての責務を果たせなかった。 ……多くの仲間を死なせた。大切な人を守れなかった。自分を慕う弟分の『想い』にすら気付いてもやれなかった」
目を瞑り、歯を噛み締めるリチャード。
「そうでしょうか?」
だが、静子が発したはっきりとした声色の純粋な問い掛けに、リチャードは眼を開ける。
「私には、リチャード様がどの様な人生を歩み、生きてきたのかは分かりません。ですが、はっきりと分かる事はあります」
見ず知らずの知りあったばかりの少女。
だが、その少女は微笑んで、確信に満ちた声で告げる。
「それでも──リチャード様は『英雄』と呼ばれる程、多くの方の『救い』になっていたんですよ」
その言葉に、リチャードは静子の顔を覗き込む。
まるで、静子と同様の子犬の様な眼で──
「『間違って』なんて無いんですよ。リチャード様がいなくなった今でも、多くのお慕い下さった方々は、あなた様に感謝し、あなた様が遺したもののおかげで頑張って生きていると思います」
何故だ。
何故、こんな少女の言葉に──
「だから、『泣かないで』下さい。今度は、そんな方々と同じ様に、『私達』を救って下さる──『英雄』なのですから」
慈愛の様な優しい少女の声。
走馬灯の様に、駆け廻るリチャードの闘いの日々。
ボタリ、ボタリと大粒の雫を──知らぬ間に流していた。流れていた。
「う、うあ、ひっく、うあ、ああああああ!」
気付いていたら、リチャードは大声を挙げて、叫んでいた。
これまで溜め込んでいた『感情』を吐き出すかの如く。
それから、数か月が経った。
リチャードは、『淵黄泉』という地の『伊邪那美』の『巫女』の護衛として生きる事を決めていた。
元より、この『淵黄泉』という現世と異界──恐らく、『アビス』の事であろう、その狭間にあるこの空間から抜け出す方法が見つからなかった事。
また、自身の力が、サイモンの『破壊』によって大幅にパワーダウンした事。
そして、何より──
「姫様! また、お父上を困らせる様な事を!」
「ちょっと、幻さん! 私は、『神血華』をリチャード様にプレゼントしようと思っただけなのよっ!?」
美しい景色の庭園。
だが、お茶を濁すかの様な、喧騒が響き渡る。
「そうだとしても、あんな『鬼』どもがうろつく危険な領域に足を運ぶなど……!」
幻が静子に言いかけた時、頭上から影が迫る。
「あ、リチャード様!」
降ってきたのは、人であった。
『改変』で、背に翼を生やしたリチャードはゆらりと地に足を付ける。
「『姫様』。偵察の時に見つけました。綺麗でしょう?」
『改変』が解除された翼は、桜となり、空へと散ってゆく。
優しく微笑んだリチャードは手に抱えていたものを静子へと差し出す。
「まあ……!」
そのリチャードが差し出したものを静子は見、呆気らかんとした表情をする。
「……? どうしました? お気に召さなかったですか?」
その静子の反応に、リチャードは首を傾げる。
「いえ、その……」
何故だか気まずそうに静子が後ろの幻へと視線を向ける。
「リチャード殿の手にかかれば、その『神血華』ですらも簡単に手に入る事は出来る。姫様が危険を冒してまで取りに行く必要はないのですよ」
嘆息する幻が手に持つのは、リチャードが持ってきたものと同じ虹色に輝く花──『神血華』であった。
「ああ、そういう事ですか」
はは、とリチャードは笑い、静子へとその『花』を渡す。
「お気遣い、ありがとうございます。ですが、この様な美しい花──俺なんかよりも姫様が持っていた方が似合うと思います。壺にでも添えて、飾り付けておいて下さい」
「……すいません。リチャード様。『鬼』の動きが活発な中、リチャード様が頑張っていらっしゃるのに……何もお力添え出来ないなんて」
負い目を感じているかの様な、視線の逸らし──だが、リチャードはそんな静子の手を花ごと包む。
「何を言っているのですか」
屈み、リチャードは優しく笑む。
「俺は、姫様の言葉で救われました。それだけで、姫様を命を賭してでも守る理由になります」
「そんな……私は、思った事を口にしただけで……!」
リチャードの言葉に、静子は顔を赤らめる。
静子を包んだ手が放されると、そそくさと静子は幻の下へと向かってゆく。
(全く、本当に可愛い姫様だ)
リチャードは、そんな日常に満足していた。
『鬼』という異形の生物がこの『淵黄泉』に生息し、そして最近、力を付けて静子達を脅かしている事を知った時には、驚愕と戦慄を覚えた。
しかし、それも力が衰えた自分でさえも簡単に葬るほどの実力であった。
『鬼』とは恐らく、アビスの住民の中でも最底辺に位置する住民の種族なのであろう。
それが、どの様にしてこの『淵黄泉』に侵攻しているのかは未だに不明であるが、今は取るに足らない存在なのは間違いない。
そして、自分の『改変』。
『破壊』され、初めて幻に対して使用した時には凄まじい拒絶反応を示したが、『あの声』が聴こえてからは、大規模な『改変』をしなければ問題無く扱えるようになっていた。
──尤も、傷付いた自分を静子が献身の介護をしてくれたおかげもあっただろうが。
おかげで、今のリチャードは全盛期とは全く言えないが、闘える状態まで快方に向かっていた。
だが──
「サラ……元気でいるか?」
リチャードは、輝かしい陽を見て、呟く。
どこか違う所で、同じ陽を見ているであろう想い人を焦がれ──




