Scene 43 英雄と黄泉姫③
さて……幾つかのフラグが立ちましたね。
過去編、残り一話で終わりたい。
──それから、どれ程の時間が経たのだろうか。
自分が元いた世界をふと思い出し、しかし今の世界の居心地の良さに安穏とする日々。
相変わらず、『鬼』の侵攻は留まる事を知らないが、そのおかげかリチャードへの周りの信頼は徐々に積み上げられていった。
『虹の神槍を持つ創造主の変わり身』。
リチャードは、村人から慕われてその様な肩書きで呼ばれる様になった。
その由来は、リチャードが発現させる虹色の槍、そして『マルドゥーク』の『改変』の力が、まるで『創造主』の如き『五行輪廻』の様であった為。
だが、それでもリチャードが全ての人々からの信頼を得られたわけでは無かった。
『人』が『人として備え持っている感情』。
それは、何時の世でも、闇で見え隠れする蛇の如く、うねり、締め上げる──
囀る鳥の鳴き声が響く。
一般男性の背丈ほどの掛け軸が壁に掛けられ、その真下には、少し大き目な壺がある。
その中には、鮮やかな虹色で輝く『神血華』。
畳の上には、紫の座布団。
その座布団に腰掛けるものの一人、煌びやかな黄金色の袴を着た人物が口を開く。
「いやはや、流石、リチャード殿よのう? あの『鬼』の大軍勢をも、あっという間に退治されてしまうとは。これも、我が娘である静子の予言のお陰じゃのう?」
「まあ、お父様ったら! いつもは、私の小言ばっかですのに」
喜々として告げる『父親』に、静子は愚痴を言う。
しかし、その表情は頬が緩み、何だか嬉しそうな笑みを見せる。
「はははっ! 良いではないか! その小言も我が愛娘を想っての事。静子を愛する我が親心は、誰よりも強いと自負しておるぞ?」
告げる静子の父親は、隣にいる静子の頭を撫で、満足そうに笑う。
「はい。『夜和泉 零』様の姫様を想う気持ちは余所者のであるこの私の目にも、地を照らす陽を超え、光り輝いて見えます」
「そうか、そうか! 全く、リチャード殿はその腕っぷしだけでなく、言葉も一級品じゃのう。だがな?」
零は、対面するリチャードの顔を真剣に見つめ、続ける。
「余所者などと言うな。『救世主』……そう告げ、リチャード殿を慕うものもおるが、私にとっては大切なこの村の住民の一人じゃ。いや、そんな遠い存在でもないな。家族。そう、家族じゃ! 私は、お主を我が息子の様に思っておるぞ?」
穏和な声で告げるその言葉に、リチャードは目を瞑り、気持ちの良い清流を浴びた様な、爽やかな笑みを見せる。
「勿体ない、お言葉です」
零の告げる言葉に、不思議な居心地を味わい、しかし、リチャードは謙遜をする。
様々な死線を体験し、幾度となく潜り抜けた闘い──
『天国』。
そうかも知れない。
ここは、その後の余生を過ごす『天国』に相違ない。
それほどまでに、『ここ』は居心地が良い。
だが──それでも、リチャードの心の奥底で、『何か』が引っ掛かっていた。
本当に、このままで良いのだろうか。
自分がいなくなった後のアダムは? アメリカは? 仲間達は?
……サラは?
「勿体ないなどと……リチャード殿は、誰よりもこの村に対して貢献もしたし、静子の事も何時も護衛し、守ってくれたではないか。 ……私は、お主にこそ、静子の婿に相応しいと思っておるのだぞ?」
「ちょ、ちょっと! お父様っ!?」
「静子も静子じゃ! そんなあからさまな態度を取れば、どんな朴念仁でも好意に気付くわい! それを、もじもじもじもじと……ええい! まどろっこしい!」
「は、はわわわ……! ちょっと、落ち着きましょう? お父様! ほら、リチャード様もそろそろ『警護』のお時間ですし、そろそろお開きにしましょう!?」
零を取り押さえる様に静子は抱きつき、リチャードへとアイコンタクトをする。
「……前向きに考えておきます」
「「えっ」」
驚愕する二人を残し、リチャードは部屋を後にする。
「何だと……? あんな異国人と静子が……!」
だが、そのリチャードの背を、廊下で睨み付ける男が一人。
握り締める拳を震えさせ、歯を噛み締めていた。
陽が傾く、夕刻。
だが、照りつける夕陽は覆う雲によって阻まれる。
「俺は、このままで良いのだろうか……」
リチャードが告げると同時、雷が鳴り響き、ぽつり、ぽつりと雨音が響く。
それは、やがて激しさを増し、ざあざあと降りしきる。
「朝方のお父様の言葉……気にしないで下さいね」
もの想いに耽るリチャードの意識を戻したのは、静子の少し寂しげな声であった。
顔を下げ、申し訳なさそうに苦笑する静子をリチャードは見つめる。
夜和泉 静子。
リチャードを介抱し、そして『苦しみ』から解放させた少女。
不思議な少女だ。
それは、親交を深めた今でも思う。
控えめな大人しい少女かと思えば、大胆に人の心を鷲掴む様な言葉を発したりもする。
それは、容姿も同様で、きめ細やかな雪解けの様な肌を持つどこか高貴な美しさもあり、可愛げのある乙女の表情もする。
独特な魅力を持ち、村人の話を聞けばやはり、彼女に好意を持つ者も少なくないらしい。
否、少なくないどころではない。ほぼ全ての村の男は彼女に恋をしていると言っても過言では無い。
最初の出会いから何年か経ち、そんな静子の魅力もより強くなっていったと思う。
それは──『俺』も同じだ。
「あの時は……お父様のご機嫌を損ねないよう、あんな事を言ってしまったのですよね?」
苦笑をそのまま、静子は言う。
「私だって、分かっているんです……リチャード様が、別の方を想っている事なんか」
リチャードは、静子の言葉に返答をせず、雨空を見上げる。
「分からないんだ」
視線を、そのままに。
「分からないんだよ。ここの生活に満足している。だけど、『元の世界』に焦がれる自分もいる。それは、『君』への気持ちと『サラ』への気持ちも同じなんだ」
雨空を見上げるのを止め、リチャードは呟く。
「こんな事を、君に言うなんて……最低だな、俺は。どうだ? こんな優柔不断な『英雄』なぞ興醒めだろう?」
「そんな事、ありません」
その静子の返答に振り返り、リチャードは目を丸くする。
「いつも、リチャード様は『迷って』おられました。それが何なのか、おぼろげでしたが確信が持てました」
沈んでいた顔を笑顔に、静子は答える。
「でしたら、『もっと』迷って下さい。迷って、迷って……それでも、サラ様への想いが残っているようであれば、それこそ、『本物』です。そう、今の『素の』リチャード様のように」
告げ、静子はリチャードの手を取り、その小さい掌でリチャードの大きな手を優しく両手で包む。
「私は、ここに『適応』したリチャード様より、『素』の方が好きです。寧ろ、リチャード様が本音を言って下さって、私はよりあなた様を好きになりました」
全く、いつも、いつも……この姫様は。どうして、こうも……
「前言撤回だ。『静子』」
「……! はい」
リチャードは真剣な眼差しで、静子を見つめる。
静子が包んでいた両手を外し、自分の両手で逆に静子の手を覆う。
「『改変』せよ」
呟き、プリズムの閃光が二人を繋ぐ手から輝く。
「これは……?」
リチャードが手を離すと、静子の左手薬指に美しく煌めく指輪が嵌められていた。
「『結婚指輪』という奴だ。ここの文化には無いと思うが」
「『結婚』……? まあ……!」
白金の指輪の上に乗る、小さな『神血華』のプリズムの輝き。
静子は、その煌めきとリチャードの言葉に、思わず茫然とする。
「即席で、済まないが……気に入ってもらえると助かる」
「気に入るなんてそんな……嬉しい、嬉しいです! リチャード様……!」
うっ、うっと泣き、静子はその情けない顔をリチャードに見せまいと顔を沈める。
その静子の小さな肩を、リチャードはそっと抱く。
「決めた。君を一生守ろう。君の剣となろう。君の盾になろう。少しでも、その幸せが続く様に」
迷いを断ち切る様に、リチャードはより強く静子を抱き締める。
その二人を、木々から見つめる視線があった。
掴んだ木の根元を『抉り』、男は血張らした眼を覗かせる。
「あ、ああ……! クソ、嘘だ! 静子は、この幼馴染である『陽炎家』の俺の『許嫁』だったんだ! それを……あんな何処とも分からねえ異国人に……!」
今にも二人に襲い掛かりそうな激しい激情を、必死に堪え、男は息を荒げる。
「これはこれは……『陽炎家』の嫡子である雷牙様ではありませんか」
「っ!? 何だ、お前は!?」
突然の背後からの声。
雷牙は、その声に驚愕し、雷を迸らせる突起が多数突き出た剣を発現させ、身構える。
「ほう……流石、『布都御魂』。神々しい輝きですね」
「お前は……『狛犬家』の!」
「『佀真 寺腑』ですよ。全く、本当にあなたはいつも静子、静子で他の『家』の事なぞ、まるで興味ない」
「悪かった! だが、済まない! この事だけは……こんなみっともない姿をしていた事だけは他の者に秘密にしてくれ……!」
雷剣を突き立て、応じなければ、斬る。
雷牙の頬や手から滴る冷や汗は、佀真にそう語らせた。
「おっと、おっと! 私はそんなつもりで来たわけではありませんよ?」
そんな鬼気迫る雷牙を煽てる様に、佀真は両手を挙げ、笑む。
「『協力』しようと思いまして」
「『協力』、だと?」
「はい。あなたと静子様の仲を取り持つ『仲介役』になると言ってるんですよ」
「何だとっ!? ……だが、どうするつもりだ? 悔しいが、静子も、あの異国人に相当、惚れ込んでいるみたいだが」
「私に、良い考えがあります」
告げ、佀真は腰に紐で括り付けた『勾玉』を取り出す。
「私の『八尺瓊勾玉』は、どのようなあらゆる力をも『かき消す』事が出来る。それを利用し、そして……」
佀真は、手に掴んでいる地図を雷牙の目の前に掲げる。
「何だ、これは?」
「『異界の門』ですよ。本当なら、夜和泉零様に真っ先に報告すべきなのですが……このままあの異国人に夜和泉家を継がせる訳にはいきませんので」
「まさか……! この先は、『鬼』が大量に沸いて出る領域じゃないか……!」
「そうですっ! そうなんですよ! あの異国人が、この『門』から出てきたと考えれば……!」
「もしや、『鬼』の手先だと?」
こくりと佀真は頷き、口を開く。
「その『事実』を突き出し、知らしめてやる為にも、この『門』の存在の証拠を見つけなければなりません」
「このルートならば……よし! いつも通りならば、最低限の『鬼』の遭遇で済みそうだな!」
「そうですね……明日の午後、向かいましょう。勿論、私も着いていきます」
「よろしく頼むっ! ふ、ふふ! 見ておれ! 『英雄』だか何だか知らんが、この俺が静子の為にも化けの皮を剥がしてやる!」
高揚し、声高に告げ、去ってゆく雷牙。
「ふふふ……そうですね。しっかりと、あの『英雄』の化けの皮を剥がして下さい……」
口を吊り上げ、佀真は笑う。
「良い『物語』を期待していますよ……」
怪しげに笑む佀真は、突如、発現させた錫杖を振り、すぅっと空間から消え去った。




