Scene 44 英雄と黄泉姫④
残り一話どころではなかった……
ですが、今章で大切なシーンですので、書き切る事にします。
あくまでこの過去回は、桐人と静子の追憶です。
が、読者様にも理解しやすい様に別視点の描写も追加しています。
突然、雷牙とかミカエル来てもなんのこっちゃですからね。
血塗られた様に紅く、血を抜き取られた様に蒼く。
怪しげな赤と青の閃光がぽつぽつと浮かぶ空間。
「ぶ、ぶはっ! はあ、はあ……! く……騙したな、寺腑っ!」
その岩壁、腹に巨大な杭を穿たれた雷牙が、息も絶え絶えに告げる。
「何を言っているんです? 確かに、私は『本当の事を言いましたよ』?」
告げ、佀真は冷たい風が噴き出す方向へと顔を向ける。
「オ、オォン……オォォォン」
呻く、異形の声が、その『扉』の先から響く。
ひたすらに、闇。
全てを覆い隠すかの様な闇から這い出るは、巨大な『鬼』であった。
筋繊維を剥き出しにした様なグロテスクな面で、その鬼は血を垂れ流す雷牙を見つめる。
「さあ、雷牙様。この『羅刹』を受け入れ、そして乗り越えるのです。そうすれば、あなたは……『超人の域』に達する事が出来ます」
いやらしく口を吊り上げ、佀真は告げる。
「い、嫌だっ! 嫌だ嫌だ嫌だっ! ひいいぃぃぃっ! 止めてくれえぇぇぇっ!」
恐怖に顔が引き攣り、懇願の叫び声を挙げる雷牙。
汚らしく鼻水と涙を垂らしながら、雷牙はもがく。
だが、自身の体を貫いた杭によって、しっかりと雷牙と岩壁は固定されていた。
「汝……焦ガス……激情ノ主……」
『羅刹』は呟き、そしてその大きな口を歪ませる。
「う、うあ、あ、あ、あ、あ……」
同時、羅刹の身体は収束し、杭の傷口を介し、雷牙へと『入ってゆく』。
白眼を剥き出し、雷牙は呻き声を挙げる。
「さあ……『神器』と『インカネーター』。この混合兵器。中々に痛快な『物語』を紡いでくれそうですっ!」
両手を頭上へと掲げ、佀真は声高に笑う。
それは、『ここに住む住民達』を呼び寄せるのに充分過ぎるほどの声量であった。
「「「う、うが。が、ああああ!」」」
物陰から這い出た『鬼』達は、佀真へと一斉に襲い掛かる。
「たかだか、『奉仕種族』風情が。『私達』だと知らずに」
しかし、佀真は頭上へと見上げた顔をそのままに、右腕に錫杖を発現させる。
「『滅せよ』」
ずぶりと。
どす黒い『何か』が、空間全体を浸食する。
「う、うぶ、うぎゃあああぁぁっ!?」
一匹、また一匹と次々に鬼達はその漆黒へと『呑まれてゆく』。
「う、うひ、うひいいいいい!」
圧倒的であり、未知的な恐怖の力に、最後の一匹となった鬼は断末魔を挙げ、必死に逃げ出す。
だが、それも一瞬である。
ずい、と足を絡めとられた鬼は、恐怖の叫びと共に空間から消え去った。
「あくまで、私は『語り部』なのですっ! 下手な手は煩わせないで頂きたいっ!」
佀真は頭を抱え、残念そうに呟く。
「ほう。それで、その『語り部』様は何を『語りたい』のかな?」
背筋が走る。
佀真は反射的に振り返り、その錫杖を声主へと翳す。
杖から溢れ出る様に、『黒い浸食』は声主へと向かってゆく。
「『堕ちろ』」
だが、そこに立つ金髪碧眼の美青年は涼しげな顔で、一言、告げる。
迫りくる『黒い浸食』は、その一言によって、草や木、果ては小動物や昆虫などの様々な『有機物』へとすり替わる。
「ほほう……この『堕天』でその次元域の生物か……成程、『高位の存在』とお見受けする」
爽やかに微笑。
前髪をかきあげ、黄金の剣を佀馬へと向ける。
「君は……『僕の世界の住民では無いな』?」
「……! 馬鹿なっ! 『ミカエル』だとっ!?」
自身の攻撃が防がれ、その容姿を視認した佀真は驚愕の叫びを挙げる。
「とは言いつつも、思い当たる存在が無い。全く、驚いたよ。『僕の世界』にやたら歪で不安定な空間があったので、赴いてみれば……『異物』が馬鹿みたいに笑っているじゃあないか」
ふう、とため息を付かせ、ミカエルは右手を手前に引き寄せる。
すると、多量の剣群が空中に発現し、佀馬へと切っ先を向けていた。
「私の……『物語』の邪魔をするなああぁぁぁぁっ!」
佀真は、気付いていた。
この『世界の管理者』に目を付けられた以上、自分が無事ではいられまいと。
故の、強硬策。
錫杖からありったけの『氣』を込め、佀真はミカエルへと『黒い浸食』を放つ。
「はは、ははは! 負け犬の遠吠えかい?」
だが、ミカエルは涼しい笑みで、その禍々しい襲撃を躱してゆく。
「悪童は成敗しないとね」
「ぶ、ぎゃああああぁぁぁっ!?」
歯を覗かせ、口元を吊り上げるミカエルは、右手に発現させた黄金の剣で佀真の胴体を両断する。
「くっ……私の、『物語』の、続きを……!」
「『堕ちろ』」
上半身と下半身が見事に真っ二つとなった佀真へと、ミカエルは剣先を向ける。
「ゲ、ゲコ、ゲコッゲコッ!」
「はは、はっはっは! 醜い君にお似合いな姿だよ!」
すると、佀真は醜いガマガエルとなり、どこかへと跳ねてゆく。
その光景を見て、ミカエルは腹を抱えて笑い声を響かせる。
「さて……あの謎の『異端者』のおかげで、『この特異点』に気付いた訳だが……」
しばらくの馬鹿笑いの後、ミカエルは岩に杭で繋ぎ止められている雷牙へと視線を向ける。
「あの『異物』はここで何を成そうとしていた? それに、この『氣』、『精神』は……」
顎に手を当て、思慮するミカエルは、一寸頭に過ぎった『可能性』にギリッと歯を噛み締める。
「まさか……分からない。分からないが……あの『兄さん』だ。『例え殺したとしても』、何が起こっても不思議ではない筈だ」
徐に、ミカエルは雷牙へと近付き、その腹に刺された杭を抜き取る。
倒れ伏せた雷牙を見下ろし、眉間へと皺を寄せる。
「ふん。アビスの住民が……こんな醜悪な『悪魔の子』へとその身を宿し、認めるか。汚わらしい」
呟き、手に持つ黄金の剣を振り上げる。
「だが、この『狭間』の正体、僕が感じた『大嫌いな気配』……こいつを、泳がしてみるか」
雷牙へと振り下ろされる筈だったミカエルの剣は、すぅっと消え失せてゆく。
「『レイシア』……君は何故、悪魔の子を、『兄さん』を庇う……! 僕は、僕は……!」
爽やかな整った顔立ちを歪ませ、ミカエルは空間から霧散してゆく。
『夜和泉家』、寝室。
その朝方。
いつもは寝相の良い静子のおかげで、掛けられた布団も微動だにしない程に整っている。
しかし、今朝は違う。
「ん、ううん……」
甘い声で喘ぎ、静子は目を覚ます。
隣には、裸で布団から上半身のみを覗かすリチャードが。
「……リチャード『さん』」
その幾重もの塞がった傷口を持つ、大きな背中へと静子はすっと寄り添う。
「私を選んで下さって、ありがとうございます」
「リチャード殿ぉっ! 姫様っ! どこに居られますかぁっ!」
微笑し、再び瞼を閉じようとする静子を、けたたましい声が制止する。
「わ、ああ!? 起きて! リチャード様っ!」
響く、幻の叫び声に慌てふためき、静子はリチャードを揺り動かす。
「うん? 昨日の続きか……? 『初めて』なのに、随分と積極的だなぁ……」
「リチャード殿ぉっ! ……お、おおお? 不肖、この幻! どうぞ、ごゆるりとぉっ!?」
寝ぼけ眼で呟くリチャードの後方、駆けつけ、襖を開けた幻は一寸の沈黙の後、ピシャリと開けた襖を閉める。
「……先程は、失礼申した」
「いいですよ、幻さん」
「……先程は、本当に失礼申した」
畳に、何度も頭を擦りつけて、幻は頭を下げ続ける。
苦笑し、赦しの言葉を投げかけるリチャードに、顔を向けられないとばかりに。
「だからいいですって、幻さん」
そのリチャードの言葉に涙を流しながら、ゆっくりと幻は顔を挙げる。
「く、うう……私もね? 最初は確かに姫様の純潔を何処とも分からぬ不審なものに譲るものか、と警戒しておりました。ですが、今は違いますっ! 姫様の純潔はぁっ! あなた様の様な素晴らしいお方にしか捧げてはならぬと、そう願っていたのにぃぃぃっ!」
「ちょ、ちょっと声が大きいですよ! というか、どうしたのです? 血相を変えてこの部屋に飛び込んできて」
恥ずかしげな事を大声で叫ぶ幻に対し、静子は顔を赤らめて声を荒げる。
「し、失礼。実は……」
静子の言葉に、また頭を下げた後、幻は口を開く。
風流吹く、優雅な茶室。
だが、その一室にいる高貴な出で立ちの男から漂う重々しい空気は、その風流を打ち消すかの如く静かにため息を吐いて、座る。
しかし、その表情はドタドタとした廊下を駆ける足音によって崩れる。
「おぉ! 静子にリチャード殿! 幻から聞いたか!?」
「はい……お父様。雷牙と、寺腑さんが昨日の昼から姿を消していると……」
助け舟が出たかの様に、零は表情を緩ませる。
しかし、告げた静子の顔は相反して曇っていた。
その後続に、リチャード、幻が続き、その茶室へと入る。
「そうだ。 ……『陽炎家』と『狛犬家』の身内の情報に寄ると、二人だけで『鬼』の巣窟と考えられる密集地帯へと向かって行ったらしい」
「二人だけで……!? 無謀だ。数が多過ぎて、リチャード殿でさえも、制覇出来なかったあの場所を……!」
零が告げた情報に、幻は驚きの叫びを挙げる。
「あの猪突猛進な雷牙だけなら分かりますが……『狛犬』の分家である『佀真家』の中で一目置かれる寺腑さんがそんな事するとは思いません」
ため息を交え、告げる静子の言葉に、リチャードは眉を細める。
それは、まるでその『雷牙』という人物を、旧知で知っているかの様な親しげな反応であったからだ。
だが、リチャードはそんな人物を、この事件が起こるまで知らなかった。
否、その存在を聞かされたのだろうが、まるで自分が興味が無かったのかも知れない。
「その通りだ。恐らく『鬼退治』では無いだろう。別の目的があったのかも知れん。どの道、一晩経っても戻ってきていないのだ。何か予期せぬ事があった可能性がある。今は村全体で捜索に当たらせている」
「それでは、私もその捜索に協力させて頂きます。 ……所で、その雷牙というものは、姫様とはどう言った関係で? いえ、どうも姫様が親しげにしていそうでしたので……対して私は一言も言葉を交わした事もなく」
リチャードの問いに、一同は気まずそうに視線を横に投げる。
首を捻るリチャードを前に、初めに口を開いたのは、静子であった。
「……雷牙は、『夜和泉家』の次に有力な家系である『陽炎家』の次期当主。そして、私の『許嫁』だった」
「ひ、姫様っ!?」
「いいの! ……いつかは言おうと思ってましたわ」
焦燥として止めに入る幻を制止し、静子は続ける。
「あいつは、幼少の頃から定められた許嫁だったのです。ですが、その……リチャードさんがこの『淵黄泉』に来て、そして多くの功績を残し、多くの方から信頼され、私が見染められ……」
「そして、この儂が長年続いた習わしを破り、静子とリチャード殿を結ばせる様、各有力家系に話を付けておいたのじゃ。いやぁ……相手方である『陽炎家』との話し合いでは流石に、激情されて首を切り落とされるかと思ったのう」
まるで、愉快な事件が起きた様に笑う零。
(まさか、俺が知らぬ間にそんな一悶着があったなんて──)
話を聞き、リチャードは己の愚かさに顔を伏せる。
安穏と、のびのびと過ごしてゆく内に、完全に牙を抜いてしまった。
戦闘力のみならず、洞察力でさえも以前より大幅に衰えた事を、リチャードは認めざる得なかった。
朗らかに笑う零──だが、古くからの習わしを撤廃させ、周囲に同意させるのは並み大抵の努力では成し得ない。
(それほどまでに、自分に惚れ込み、そして認めて下さったのか)
リチャードの中に、零に対し、沸々と感謝の念が湧いてくる。
「……ありがとうございます。零様」
「はっはっは! そう畏まるな。儂が望んだ事じゃ」
笑い、零は側に置かれた茶を手に取り、啜る。
「では、私も二人の捜索に協力します。誰も捜索していないであろう、鬼の密集地帯周辺に行きましょう。 ……自分で言うのも何ですが、村の外で最も広範に捜索出来るのは自分だけでしょうから」
リチャードの言葉に、零はこくりと頷く。
「では、その危険地帯はリチャード殿に任せよう。 ……だが、くれぐれも無茶するでないぞ? 儂の……いや、静子のこれからの為に」
無言で頷き、リチャードは立ち上がる。
「リチャードさん」
背を向けたリチャードを、静子は呼び止める。
「何故だか、嫌な気配がします……気を付けて下さい」
不穏な声色で、静子は告げる。
だが、僅かに顔を横に傾けたリチャードは、口元の笑みだけを覗かして口を開く。
「ありがとう。静子。だが……『俺は英雄』だ。そんな不穏はいつだって退けてきた」
『英雄』。
その言葉を嫌悪していた。
だが、それも自分の背に立つ彼女の言葉が消し去ってくれた。
……ありがとう。
言葉に発せず、リチャードは心の内で呟く。
「『改変』せよ」
リチャードが袴から取り出した、一房の桜はプリズムの輝きを放ち、リチャードの背に翼を生やさせる。
「こちらこそ、ありがとうございます」
リチャードの心の声は、しかし、静子に聴こえていた。
空高く飛翔するリチャードを、静子は優しく笑んで見守る。




