Scene 41 英雄と黄泉姫①
虹色に輝く槍は、空を切る。
代わりに、強化スーツに深々と刺さるは、荒々しい黒色の氣。
「僕は……あなたに憧れていた。あなたを、越えてみたかった」
白髪の少年は、錫杖を金髪の美青年へと向け、光の見えぬ眼から涙を垂らす。
「そうか……何故、俺はお前の──『サイモン』のそんな気持ちに気が付かなかったんだろう。俺が、『それ』に気付いてさえいれば」
「あ、あぐ、うう、ううう……! 言わないで下さい。僕は、『リチャードさん』や『サラお姉ちゃん』、そしてみんなに取り返しのつかない事をした」
カランと、錫杖を船上の廊下に落とし、『サイモン』は顔を覆う。
「何故……僕に『止めを刺さなかった』んですかっ!」
後悔。
絶望。
失望。
髪を掻きむしり、地に何度も頭を擦りつけて──
少年は、『自分の行い』に対し、強烈な憎悪を剥き出しにする。
「う、ううあ、ああ、ああああああぁぁぁぁっ!」
自身の内に渦巻く、自分への蔑み、憎悪、殺意。
少年は生きるのがこんなにも辛いと、そう叫ぶかの様に。
「もう止せ。俺は、これが俺の最後だと悟った。そして、最後のこの一撃は──間違いなく、お前の『勝ち』だったよ」
意識遠退く美青年は、思う。
少年の背後で眠っている自分の最愛の人『サラ』。
それは、少年が『決死の理性の歯止め』によって、自らが手を掛けるのを拒んだが故に、生き残っているのだと。
「お前は、お前の中に『潜むもの』と充分に抗ったさ。そして、そんな『化物』を抑え込んでいた中でもお前を止められなかった。俺は、『英雄』失格だな」
爆炎吹き荒れる、巨大艦。
その手すりにもたれ、『英雄』──『リチャード・パーソンズ』は告げる。
「『サラ』を頼んだぞ」
「いやだ! 生きて下さい!」
「俺を殺したお前の報いだ。サラを──そして俺達の子供を幸せにしないと、『ゲヘナ』からでもお前をぶん殴ってやるからな?」
「いやだっ! サラお姉ちゃんの中に身籠っている子は、『英雄』に育てられ、全人類で最強で最高に幸せな子供になるべきだっ!」
「ふん。こんな自由人に育てられたら……どうしようもない社会不適合者になるさ」
リチャードが言うと同時、甲板の手すりが轟音と共に崩れ落ちる。
「リチャーードさーーーーんっ!」
「来るなっ!」
手を伸ばすサイモンに対し、リチャードは虹色の槍を向け、睨み付ける。
「『改変』せよ」
リチャードが告げると同時、淡い光と共に、サイモンは倒れ伏せる。
「お前の『記憶を改変』した……お前は、『この出来事』を覚えていなくなる」
安らかな笑みと共に、海底に沈むリチャード。
(だが、『破壊』された俺の『改変』の力……『マルドゥーク』の『本神』に力を貸しだしたが、どこまで効力が持つか)
一抹の不安を残しつつ、『英雄』リチャードの精神は奥深くに消え失せようとしていた──
「あ、動いたっ! 幻さん、この人、生きてたわよー!」
淡い陽が瞼を差し込む。
囀る鳥の鳴き声が響く。
ここは、天国?
馬鹿な。
そんなものは、俺が『インカネーター』になってから無いと……それが純然たる事実だと知った筈。
「もしもーし? 起きてますか? 生きてますか? ここがどこか分かりますか?」
温かい、衣服の温もり。
その温もりを風に乗せる様な穏やかな声色。
天使?
馬鹿な。
天使とは、人を──俺達を『悪魔の子』と蔑む『断罪者』どもだ。
「聴こえてます?」
リチャードが目を覚ますと、晴れやかな陽が目を晦ませる。
おぼろげな視界が映すは、長い黒髪を櫛でうなじに結んだ、あどけない少女であった。
「あんたは……誰だ?」
およそ見た事のない服装の少女は、目覚めたリチャードの声に、頬を緩ませる。
その幼い顔立ちであるのに関わらず、雪解けの様な白い肌を歪ませる少女は、しかし大人びた可憐さを持つ。
「ほら、やっぱり生きてる!」
「『姫様』。生きていようが、いまいが、あなたのような方がこんな『異国人』に触れようなどと……お父上が何と言うか」
少女の声に重なる様に、野太い声がリチャードの耳に入る。
(この気配……中々の手練だな)
リチャードは、その男が放つ気配から『インカネーターでなくとも』ある一定の強さを誇っていると分析する。
「もうっ! お父様なんてどうでもいいわ! それより、異国の御方? 大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。迷惑掛けたな」
差し延べられた手を掴み、リチャードは言う。
「……! やっ……!」
だが、少女は途端にその手を離す。
「どうした?」
まるで、手に棘でも刺されたかの様な反応に、リチャードは怪訝な表情で見つめる。
「あ、いえ……何でもないです。さあ、どうぞ」
再び、少女は手を差し伸べる。
また、先程の様な反応をしまいか不安なリチャードであったが、しかし少女は今度は何事も無く手を取る。
「申し遅れましたわ。私は、『夜和泉静子』。そして、後ろに控えるのが『冥月幻』です」
「俺は、リチャード・パーソンズだ。助けてくれて、ありがとう。 ……所で、ここはどこだ? 見慣れない植物が多いが……『日本』か?」
立ち上がったリチャードは、周囲を見渡す。
自身が漂着していた海岸。
そこから向こうは林が生い茂り、先が良く見えない。
だが、明らかに自身が住んでいたアメリカとは異なる風景、そして目の前の『異国』の人物が身に纏う『和服』。
それだけでリチャードがここは『日本』であると確定出来る十分な情報であった。
「そうです。ですが、その日本の中にあり、ここは厳密には『日本ではありません』」
「……どう言う事だ?」
「それは私が説明しよう。姫様は下がってくだされ」
リチャードは静子の言葉に、怪訝に耳を傾ける。
そのリチャードと静子の間に幻が割って入る。
「ここは、現世と異界の狭間にある世界──『淵黄泉』という地だ。つまりは、日本という国に寄り添ってはいるが、その国に支配されず、侵入する事さえ出来ない……隔離された地なのだ」
告げ、幻はその細い眉尻を吊り上げてリチャードを睨み付ける。
赤や黄色といった煌びやかで派手な袴を着たその手には、不釣り合いな鋼色の鎖鎌。
口を覆う鉄製のマスクは、まるで自身の言葉を封じているかの様な重々しさがある。
「普通ならば、どう足掻いても侵入出来ないこの地に──あなた様はいる。『私達』が不審に思わない筈が無い」
排他的な目線で告げる幻の言葉に、リチャードは頷く。
「確かに、その通りだ。俺だってそう思うし、警戒するだろう。だが、それならばどうして助けた?」
「それは『巫女』である『姫様』の予言によるものだ」
目を脇目に逸らし、幻は言う。
「そう! 私の『巫女』としての『お告げ』なのですわ!」
前にのめり出して、静子は興奮して告げる。
「『満月が消え、陽が浮かぶ十六夜の後、淵黄泉に嵐が訪れ、そして地響きが七晩続く。全てが過ぎ去り、静寂と化した地の果てで、英雄が降り立つ』……と。そこで現れたのが、あなたです。リチャード様」
静子の言葉に、リチャードは思わず苦笑する。
『英雄』。
それこそは、確かに自分が持っていた『肩書き』の一つだ。
成程、間違ってはいない。
「はは、残念だが……人違いだ」
だが、リチャードはそう告げる。
結局は、『救えなかった』。
あの巨大艦にいた仲間達──それだけでない『真の平和』を追求した結果、自分は諦め、そしてその直後のサイモンの裏切り。
何が、『英雄』か。
自分を最強足らしめた『改変』の力も、サイモンの持つ『破壊』によって、ほとんどは使えなくなってしまった。
今は正直言って、並みのインカネーターですら敵うかどうか怪しい。
そんな自分が『英雄』だと?
否、自分は結局は──只の『蛮勇』であったのだと。
「──そうか。ならば、残念だが……消えてもらう」
リチャードの言葉と同時、幻は静子を抱え、後ろへと跳躍する。
突き出た岩肌に足を掛け、鎖鎌を振り回す。
「止めて、幻さん!」
幻に抱えられた静子は叫ぶ。
「この『淵黄泉』に余所者が来るとロクな事は無い……それは、『姫様』が一番分かっておいででしょう!?」
言葉と同時に、遠心力最大に放たれた鎖鎌。
鋭利な切っ先は、正確にリチャードの首を真っ二つにしようと、振り払われる。
リチャードは、その軌道を読み、背を伏せて躱す。
だが、その表情を苦悶とする。
(……ち。やっぱり、俺の『精神』はボロボロだ……『アビスの力』を使う度、身体が軋む様に悲鳴を上げる)
「ほう。このスピードで刈られぬとは……やはり只者ではないようだ」
続いてくる第二撃。
今度は、胴体を縦にバッサリと割くであろう垂直の軌道。
再び軌道を読み、リチャードは真横に避けようと試みる。
「『五行』が『金』。『鏡障錯乱』!」
だが、その試みは失敗に終わる。
幻の言葉と共に、空間全体が鏡の檻に囲まれる。
その鏡一つ一つから写り込まれるは、鎌の一太刀。
それらは鏡を抜け出し、リチャードの身体をズタズタに引き裂こうと迫る。
「……! これは、『アビスの力ではない』、『異能』……!?」
『インカネーター』というものは、その力と現実世界の『軋轢』によって生じる拒絶反応によって、相手の力を察知出来る能力を備え持っている。
だが、幻の放ったその正体不明の異能の力は、それで察知出来なかったのだ。
「くそ、『ちゃんと、制御出来るか』……!?」
四方八方からの必殺の一撃。
絶体絶命の窮地であるにも関わらず、リチャードは『相手』への心配で不安を募らせる。
それは、サイモンの手によって『破壊』された不完全な『改変』の力の解放が、何をもたらすのか不透明であった為。
「──『マルドゥーク』! か、『改変』せよ!」
迸る、プリズムの光。
強烈なまでの重圧が自身の身体を震えさせる。
ゴガァ、と猛々しい息吹が舞い、周囲を吹き飛ばす。
「な、何だと……! 馬鹿な!?」
リチャードを取り囲んだ鏡は、全て綺麗さっぱり無くなっていた。
──否、それらは『改変』され、一つ一つが、美しい白鳥となり、空へと飛び立って行く。
「ふ、ううあ! あああああ!」
脅威が過ぎ去った後、だがリチャードの『改変』は止まらない。
水は木に。
岩は金塊に。
──リチャードの力の『暴走』は、周囲を悉く『改変』してゆく。
「あ、ああああ! 収まれ、『マルドゥーク』! 収まるんだっ!」
同時、『改変』の力の発現と共に出現した虹色の槍を地に抉り突かせ、リチャードは歯を噛み締める。
「止めろ」
意識が薄れ、力に呑み込まれようとしていたリチャードの『深層』。
威厳の満ちた声が響き渡る。
絶対的な『服従』の言葉は、リチャードの内で暴れまわっていた『マルドゥーク』の力を鎮めてゆく。
「『矮小な創造神如きが……我に平伏せ、服従を誓え』」
リチャードから漏れ出る『リチャードであってリチャードでない』言葉。
それは、暴走していた力を完全に制御してゆく。
「今のは……一体?」
意識を途絶え、再び倒れ伏せたリチャードを、幻は驚愕の眼差しで見つめる。
「やっぱり、やっぱりそうだったんだわ! あの人は、間違いなく予言の人ですわ!」
幻の腕を振り解き、嬉しそうに静子はリチャードの下へ駆ける。
「間違いない……『五行輪廻』。『神の創造』……『伊邪那岐』様の御力」
静子に抱き抱えられるリチャードを唖然とした表情で幻は見つめる。




