Scene 33 神雷 vs 神雷
ゼウス……普通なら、ラスボス級だと思うんですけど
オリンピア。
ギリシャのペロポネソス半島西部にある古代都市。
古代オリンピックが開催されたその場所は、現在、『遺跡』が所々にある観光名所でもある。
「それが、『私達の世界のオリンピア』な訳だけど」
広大な草原、町々、そして数多くの神殿、祭壇──
かつての神々しく、盛況とした地が、活気を取り戻したかの様に見える。
その古代都市のフィールド。
エレンが、マシリフ・マトロフの『限定結界』によって飛ばされたのは、そんな『捕縛結界』であった。
「全く、『そっちの神話体系の神々』は、何でこう、ド派手なものが好みなのかしら?」
神殿の石柱が幾重にも立ち並ぶ、その中央。
大理石の巨大な玉座に座る多くの宝石を飾り付けたローブを纏う高貴な雰囲気の女に、エレンは問い掛ける。
「ふふん。お前が言えた義理ではないだろう? アメリカのスクールカーストの頂点にいた気分は、さぞ気持ち良かったであろう?」
宝石群をちらつかせながら、女は鼻で笑う。
「やっぱり、あんたもアウトサイダーに繋がりがあったのね。『デメトリア枢機卿』……!」
エレンの言葉に、微笑を覗かせ、デメトリアは玉座を立つ。
「当然であろう? 元ローマ支部長であった私に恥をかかせたお前を抹殺する為には、この立ち場が実に都合が良い」
言葉と共に、地を穿つは、杖状の雷。
デメトリアの憤怒を形容しているかの様な激しい雷撃音と共に、石膏色の地はひび割れる。
「逆恨みも甚だしいわね。単純に、あんたの『雷霆』が私の『マッシヴ・エレクトロニック』に劣ってただけでしょうが」
「私の……私のっ! 『雷霆』がお前の猪口才な雷に劣るなぞ、訳が無いっ!」
エレンの言葉に激昂したデメトリアは、再度力強く地を雷で穿つ。
地を埋め尽くしたタイル群は捲れ、衝撃破が柱を吹き飛ばす。
しかし、デメトリアのその衝撃波に、エレンは直立不動。
視線を一切動かさず、デメトリアの激昂に対峙するかの様に、睨みを効かせる。
「下らないわね」
「……何がだっ!」
「下らないっつってんのよ! このエセセレブ!」
「ぐっ……き、貴様ぁっ!」
怒号と共に、発現されるは、多量の雷の槍。
バリバリと空間を裂く音を響かせ、エレンへと向かう。
だが、それはエレンを貫く事は無かった。
瞬時に、空間から消え失せたエレン。
「ふん。『電子解体』の瞬間移動か。芸が無い」
だが、デメトリアは動じない。
彼方へと飛び去った雷撃の槍は、翻し、デメトリアの下へと戻ってゆく。
「『弾け』っ!」
途端に、雷撃は拡散。
デメトリアの周囲を細々とした雷撃が舞う。
「ちっ!」
そこで、初めてエレンは空間に姿を現す。
デメトリアの背後へと瞬間移動をしたエレンは、後方へと側転しながら、緑の魔法陣を展開する。
「『風の担い手』!」
翻しながら、エレンが告げた魔法名。
それは、俊敏性特化の強化魔法。
多量の蛇の様に、うねる雷撃を『電子解体』による瞬間移動と、自身の身体の動きによって避けてゆく。
「ふふふ。私の化身、『ゼウス』の『固有武器』、『雷霆』こそ、アビス一最強の雷撃っ!」
デメトリアの体は徐々に宙に浮き、更に多量の雷が射出されてゆく。
それらは、不規則に宙の空間を抉り、裂いてゆく。
球状となった無数の雷撃の舞踏は、更に拡がりを見せ、二倍、三倍と膨れ上がってゆく。
「調子に乗るんじゃないわよ! 『マッシヴ・エレクトロニック』!」
デメトリアの雷撃の檻を、何とか脱したエレンは右腕に機械仕掛けの装置を発現させる。
モーター音が鳴り響く、その発射口から放たれるは、デメトリアの雷撃をかき消すかの様な極光の一撃。
音を置き去りにした極太のレーザーと化した『雷撃』は、デメトリアを襲う。
「ふふ。待っていたぞ! 貴様が、その一撃を放つのをっ!」
対し、デメトリアは肥大した雷撃を収束させる。
ジリジリと焦がす音が漏れだすそのエネルギーの収束体を、エレンのマッシヴ・エレクトロニックの一撃へと放つ。
「この、低俗ビッチが! その原子毎、この世界から消え去れいっ!」
デメトリアの叫びと共に、両者の極光が衝突し、拮抗する。
「ぐ……! 中々、やるじゃない……!」
地に立つ足は、地を擦る音と共に後退してゆく。
マッシヴ・エレクトロニックの一撃は、デメトリアの『雷霆』に徐々に押され始める。
「く、ふふ! あっはっはっは! やはり、私の雷の方が上回った! 私が最強だ!」
歓喜の声を挙げ、デメトリアは更に多量の雷を上乗せする。
エレンの眼前まで、収束された『雷霆』が迫ってゆく。
「ふう。駄目ね。やっぱり三十パーセントじゃあ、この程度か」
だが、その絶体絶命の危機において、エレンは軽くため息を吐くのみ。
「な、何だと……! き、貴様、今、何と言った!?」
そのため息から漏れ出た声をデメトリアは聞き逃さなかった。
否、聞き逃せなかった。
「もう一度、言おうかしら? 三十パーセントよ。私は、未だ三分の一の力しか出していない」
「馬、馬鹿な!? つまらんはったりは止せ!」
「はったり……? じゃあ、証明して見ましょうか?」
動揺するデメトリアを嘲笑するかの様な深い口元の歪みから発せられたエレンの言葉。
その言葉を合図とする様に、『雷霆』の勢いは、徐々に衰えてゆく。
「さあ、いくわよ? 三十五パーセント!」
エレンの叫びと共に、『雷霆』をマッシヴ・エレクトロニックの光線が呑み込んでゆく。
「四十パーセント!」
更にエレンが叫び、一気に半分ほどまで『雷霆』をマッシヴ・エレクトロニックが喰い尽くす。
「う、嘘だ! くそ、もっと雷の投入を!」
焦燥し、デメトリアは更に多くの雷を収束体へと追加してゆく。
だが、エレンのマッシヴ・エレクトロニックの勢いは留まる事を知らない。
「五十パーセント! ……さようなら、『傲慢にも劣るコンプレックスの塊』」
「う、うああああぁぁぁぁぁっ!?」
エレンが放つ手向けの言葉と同時、デメトリアはマッシヴ・エレクトロニックの極光へと呑み込まれる。
「まあ、私のマッシヴ・エレクトロニックに真っ向から対峙したのは、褒めてあげる。皆怖がって……中々いないのよ? 正々堂々に勝負する人は」
オリンピア。
そこは、神々が統治する古代都市であった。
その神々しい建築物は、その雄々しさを物語っていた。
しかし、一人の女の放った極光によって、見るも無残にその古代都市は抉れ、引き裂かれた。
だが、
「ぐ、がふ! ……はあ、はあ」
瓦礫の中から立ち上がる、『古代都市の支配者』にして『オリュンポス十二神』の頂点である『ゼウス』を宿すものは、その瞳に未だ戦火を灯す。
「未だ、闘う気?」
「ぐふ、ぶはっ! ……ああ。勿論だ! このまま引き下がれるか! お前との一戦の為に、私は、支部長の座を捨ててまで、こんな敵対組織の幹部になったのだから!」
額から流れる血をそのままに、剣歯を剥き出したデメトリアは、最後の力を振り絞り、叫ぶ。
「『過負荷駆動』!」
デメトリアは、自身の限界を超える術を叫ぶ。
『雷霆』に勝るとも劣らない輝きが、全身を包み込む。
「『コットス、アイガイオン、ギューエース』、我が、従者の三兄弟よ! 我に、超越の力を!」
デメトリアの中に、雷が止め処なく凝縮されてゆく。
「『百手雷鳴の大巨人』!」
言葉を放った時には、デメトリアの姿は消失していた。
代わりに、その場に立つのは、バリバリと空間を裂く雷鳴を全身から迸らせる天を突くほどの大巨人。
腕は多数の雷鳴となり、宙を舞う。正に『百手』と形容されよう。
「ふ、っはっはっは! これぞ、私をローマ支部長と揺るがないものとした奥義!」
一踏みすれば、地は大地震に見舞われ、オリンピアに立つ建造物は一気に倒壊。
圧倒的な威厳を放つ、その大巨人には、思わずエレンもその表情を戦慄へと変える。
「こんな精神力を馬鹿みたいに消費する大技……この闘いが終わっても、あんたは無事じゃ済まないわよっ!?」
エレンの身を案じるかの様な叫びに、デメトリアの巨人は笑う。
「ふははっ! そんなもの、私の最強の称号の獲得には取るに足りない代償よ! ……そう言えば、この組織に入り、『教授』から興味深い事を聞いたな……」
うねる雷撃の腕をエレンへと向け、デメトリアは言う。
「お前、『本当の人』ではないのだな」
「……! どうして、それを……!?」
デメトリアの告げた言葉は、エレンを激しく動揺とした表情へと変える。
「く、ふふ……何でも、お前はアダムで『造られた』、『クローン人間』だそうじゃあないか」
デメトリアが続かせる言葉は、エレンの胸の鼓動を激しくさせてゆく。
「前々からおかしいと思っておったのだ……『英雄』リチャードに連なるパーソンズ家。その中で唯一、出自が明かされないお前の母。名も明かされず、表の情報では、お前を生むと同時に、死に絶えた、と」
「止めて……!」
デメトリアの言葉が続く度、エレンの表情は曇り、そしてその顔を伏せ始める。
「だが、私が新たに得た情報では、まるで違ったっ! そう、『元々、お前に母親など存在せず』、お前はあの『裁きの天災淑女』と呼ばれた『サラ・パーソンズ』のクローンだとっ!」
告げ終わり、デメトリアは雷で象られた顔を醜く吊り上げる。
エレンは、頭を抱え、座り込み、その剣歯を、奥歯を、激しく噛みしだく。
「止めろって……言ってんでしょうがあぁぁぁっ!」
キッとその眼でデメトリアを睨み付け、エレンは狂獣の如く叫び挙げる。
「ふふ、その意気だ。さあ、お前の本気っ! この私の最大最高の奥義を前に示してみるが良いっ!」
バチバチと雄叫びを挙げるかの様な全身の雷を放ち、エレンは跳躍する。
「う、ああ、ああああぁぁぁっ!」
激しい怒りの表情と共に、エレンは自身の体を雷鳴へと変えてゆく。
「そんなチャチな雷で、この状態の私を倒せるとでも?」
だが、それは巨大な雷の塊であるデメトリアには、あまりにもか細い咆哮の様に写る。
まるで赤子をあやすかの様に、デメトリアは無数の雷撃の腕を雷と化したエレンへと伸ばす。
「……! 何!?」
しかし、その雷で象った顔を驚愕へと変える。
エレンであった雷は、勢いをそのままに、デメトリアの無数の雷撃の腕を突き抜けてゆく。
「馬鹿な……! 『アビスの力』としての私の腕一本一本は、お前の雷の質量を凌駕する筈……!」
「教えてあげるわ」
急上昇を続け、幾重もの雷撃の網を突き破り、エレンは雷の巨人の眼前へと迫る。
「私の『固有能力』は『特異』なの。言ったでしょ……あんたも、言ったでしょ!? 私は、アダムが誇る『改造されたクローン人間』」
「ぐ、ぐわ! 来るな、来るなあぁぁぁぁっ!」
予想外のエレンの力。
その理解不能な現象に、デメトリアは徐々にその表情を恐怖へと塗り変えてゆく。
「『電気の流れを操る力』。それは、私だけじゃない。全知全能とした『全ての空間の概念』にも当て嵌まる!」
頭頂部へと到達したエレンは、マッシヴ・エレクトロニックの照準を、巨人の顔面へと向ける。
「な、何だと……! 何だそれはっ!? そんな、『創造神』に該当する能力……!」
エレンの告げた事実に、デメトリアは驚愕する。
『全ての空間の概念』に作用する『電気の流れを操る力』。
即ち、それはデメトリアが纏う『雷霆』も該当する。
それだけでは無い。
この世の全ての電気、生物に伝う電気信号──
それらを、エレンは操れる。
故に、デメトリアはそう評したのであった。
「私の宿す化身の名を忘れた? 『ケツアクゥアトル』。かつて、『おばあちゃん』がアダムナンバーツーの実力と称えられた、偉大な『枝世界』の『管理者』の一柱よ!」
マッシヴ・エレクトロニックに、先程とは桁違いな光量の光が収束してゆく。
「認めん! 認めんぞおぉぉぉぉっ! 私は、かのギリシア神話の誇る支配者、ゼウスを宿す者! 貴様の雷なぞ、超越して見せるっ!」
対し、デメトリアは雷の象る口に雷を収束させる。
「吹っ飛べ、クソ巨人っ!」
「はあああああぁぁぁぁぁっ!」
両者の神雷と神雷。
それは、オリンピアの空間を光一色の世界へと染め上げる。
荒野。
只管に、荒野。
かつて、その地にあった神々しさも、雄大さも微塵も欠片も無い。
「予想外に、力を使っちゃたわね」
海をも干上がったその世界に、一人の女が立つ。
夕陽を浴びたブロンドの髪は、美しく風になびく。
「強かった。あんたは……やっぱり、『滅んだ』ローマ支部には無くてはならない存在だったわね」
火傷とは言い難い。
コロイドによって、爛れ、変色した肌の人型の塊に、エレンは呟く。
「だ、が……所詮は、その程度の存在だった……私も、薄々気付いていたのだ。私は、この世界を牛耳る程の器では無かったと……!」
だが、その肉塊は、口を開く。
炭がボロボロに飛び散り、およそ生きているとは思えない体で。
「ふう。やっぱり、インカネーターってのは頑丈ね。悲しいくらいに」
憐みの表情で、エレンは呟く。
「お前の……お前の、『世界の創造』は、何だ?」
息絶え絶えに、デメトリアは問う。
「世界の創造? 何の事かしら?」
「恍けるな。私は、知っているぞ……ここの支部長である織田と、あの桐人が繋がっているのを……」
「……そう。織田さんには『逆スパイ』として、潜んでもらったつもりだったけど……感付かれたかしら?」
「おおよそは、憶測だ。く、ふふ。あの『黒炎魔王の淫魔女』が、お前に問い質してみろと言っていたなあ……あの娼婦めが。今思うと、私が敗北するのを予測しておったのかもな」
ヒュー、ヒュー、と息苦しく呼吸をしながら、デメトリアは言う。
「美樹ちゃん、ね。懐かしい」
「そうだ。聞けば、あの現人神の想い人だとか。く、ふふ。同じ女とて、理解に苦しむ。あのような下賤な餓鬼に、何故こうも惚れこむのか」
「そうね。本当、恋って不思議だわ」
言い、エレンはガラスの亀裂の様に割かれた空間の空を見上げる。
「……ふん。分かったぞ、お前の『世界の創造』が。結局は、『同族』か」
満足気な声色で告げ、デメトリアは沈黙する。
物言わぬ肉塊と化したデメトリアへと、身を屈め、エレンはその頬をそっと撫でる。
「社会的地位に固執したあんたには、一生分からないでしょうね」
エレンが告げると同時、壊れたオリンピアの世界はバラバラに砕かれた。




