第7話 あの方法は何なのか
アルヴェニア王国へ戻る馬車の中。
アレクは、窓の外を眺めていた。
国境を越えてから、もうしばらく経つ。けれど、頭から離れない。あの村、あの畑、そして、あの女。
「……接木、か」
小さく呟く。
木の枝を切って、別の木につなぐ。そうすれば、つないだ枝の性質を残したまま育てられるという。
そんな方法が本当にあるのか。
アレクは腕を組んだ。
「殿下」
向かいに座る従者が声をかける。
「なんだ?」
「先ほどから、ずいぶん考え込んでおられますが」
「……気になることがある」
「リヴェルのことですか?」
「ああ」
「ジャガイモでしょうか?」
「いや」
アレクは少し考えた。
「いや……それもだが」
やはり気になる。
そもそも、自分はジャガイモの話を聞いてリヴェルへ向かったのだ。ところが、実際に見てみれば、ジャガイモを植えている村人たちは、それが何なのかさえよく知らない。
そのくせ、あの女は当然のようにそれを植えさせている。さらに、木の枝を切り、別の枝をつないでいた。
「……あの女は、何者なんだ」
「公爵令嬢だそうですね」
「それは知っている」
「では、公爵家で農業を学ばれていたとか?」
「聞いていない」
アレクは窓の外へ視線を戻した。
「本で読んだ、と言っていた」
「本ですか」
「ああ」
それだけ言って、しばらく黙る。
「……おい」
「はい」
「城の農作物を管轄する研究院に確認を取れ」
「何をでしょう?」
「あの方法だ」
「接木ですか?」
「そうだ」
「承知しました」
従者は頷いた。
*
王都へ戻ると、アレクはすぐに農業を担当する部署へ使いを出した。
「王子殿下からのご質問です」
呼び出された担当者たちは、少し緊張した顔をしていた。
「木の枝を別の木につなぎ、その枝の性質を残したまま育てる方法について、知っていることを教えてほしい」
「……接木、でしょうか?」
「ああ」
担当者の一人が首を傾げる。
「切った枝を直接土に植える挿し木などは、古くから知られておりますが……他の木と繋ぎ合わせるというのは、聞いたことがありません」
「お前たちも知らないと?」
「はい」
「本で読んだと言っていたが?」
アレクは、リヴェルで見た光景を説明した。
担当者たちは顔を見合わせた。
「……申し訳ありません。そのような文献は、目にしたことも、聞いたこともございません」
「私もです」
「もう一度、文献を調べてみます」
「頼む」
アレクは腕を組んだ。
「それと、ジャガイモについても調べてくれ」
「ジャガイモですか?」
「ああ」
「リヴェルが大量に種芋を買ったらしい」
「リヴェルが?」
担当者が驚く。
「はい」
「なぜまた……」
「それを調べたい」
「承知しました」
*
数日後。
報告を受けたアレクは、机の上に置かれた書類を眺めていた。
「……ない?」
「はい」
「本当に?」
「今回お聞きしたような、特定の枝の性質を残すために、他の木の根幹や枝を利用する方法について、こちらで確認できる記録はありませんでした」
「そうか」
アレクは椅子に背を預けた。
では、あれはアルヴェニアにも知られていない知識なのか。それとも、あの女が独自に考えたのか。
「……変な女だ」
思わず笑みがこぼれた。
*
一方、その頃。
リヴェルでは、そんなことなど知る由もなく。
「お嬢様、こっちです!」
「今行くわ」
リディアは畑へ向かっていた。
「芽が出てきました!」
ジャガイモの畝から、小さな緑が顔を出している。
「本当ね」
リディアはしゃがみ込んだ。
小さな芽を一つずつ確認する。
「元気そうなのは、こっち」
「こっちは?」
「少し弱いわね」
リディアは畝を見渡した。そして元気な芽を指差す。
「強いものを二つほど残して、あとは摘んでしまいましょう」
「せっかく出てきたのに?」
「ええ」
村人たちは、少しもったいなさそうな顔をする。
「芽が多すぎると、地上の茎や葉ばかりが増えてしまうことがあるの」
リディアは土を見ながら続けた。
「土の中の芋を育てたいでしょう?」
「そりゃあ、そうですが」
「だから、残す芽を選ぶの」
「なるほど……」
村人たちは頷いた。
「じゃあ、こっちは残して……」
「そうね」
「これは?」
「それは摘んで」
「分かりました」
一つずつ、芽を見ながら作業していく。
以前なら、芽が出るだけで喜んで終わっていたかもしれない。今は違う。
どれが元気なのか、どこに水が溜まったのか、土はどうなっているのか。一つずつ見る。
「お嬢様」
ガレスが近づいてきた。
「麦の方も、そろそろ植えられそうです」
「そう」
リディアは畑を見る。
「では、もう一度、水の流れを確認しましょう」
「またですか?」
「またです」
「念入りですな」
「だって、前と同じことになったら困るもの」
ガレスは苦笑した。
「確かに」
リディアは麦を植える予定の土地を見つめた。
次は、何としても収穫したい。
この土地で暮らすために。
ジャガイモはこの冬を越すため。麦はその先を生きるため。
「ジャガイモも、麦も、かならず収穫しましょう。……かならず。」
リディアは静かに言った。
「ええ」
ガレスも頷いた。
村では、秋の仕事が続いていく。
*
その頃、アルヴェニア王都。
アレクは、もう一度だけ書類をめくった。
リヴェル領。大量のジャガイモ。妙な接木。そして、あの公爵令嬢。
調べても、よく分からない。
「……まあ、いい」
アレクは書類を閉じた。
国境近くには、まだ他にも視察すべき場所がある。リヴェルのことばかり考えているわけにもいかない。
そう思っていた。
それでも、ふとした瞬間に、あの灰色の瞳を思い出す。
「……本当に、何者なんだ」
今度こそ、その疑問を胸の奥へしまい込んだ。
しばらくすれば、忘れるだろう。
――そのつもりだった。




