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『追放令嬢、嵐と戦い都市を作ります』 〜知識チートで廃村を国一番の領地にしたら、捨てた王太子が今さら焦りだしました〜ツイトシ(追都市)  作者: カナデ・オン
第一章 生き残り編 〜泥だらけの令嬢〜

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第6話 隣国の王子



 秋の風が、少しずつ冷たくなってきた。


 リヴェルでは、あちこちで冬に向けた仕事が進んでいる。


 畑では、麦を植えるための土が整えられ、水路の跡には新しい印がつけられていた。雨が降ったとき、どこから水が入り、どこへ流れていくのか。村人たちは少しずつ、それを記録するようになっていた。


 森では、女たちが果実を探している。そして畑の一角には、まだ小さなジャガイモの畝が並んでいた。


 麦畑で作業していた男が、リディアに気づいて声をかけた。


「お嬢様!」


 リディアが振り返る。


「どうしたの?」


「麦の畑、ここまでで大丈夫ですか?」


「見せて」


 リディアは男のところへいき、土の状態を確認する。指先で土を崩し、湿り具合を見る。


「ここは少し低いわね」


「やっぱりですか」


「ええ。雨が降ったときに、水が溜まりそう」


「では、溝をもう少し深くします」


「お願い」


 男は頷き、鍬を持って作業へと戻っていった。


 リディアは、その背中を見送る。


 以前なら、こんな光景はなかった。誰かに言われたから働くのではない。自分たちで考え、相談して、手を動かしている。


 先行きが見えなくても、腹が満たされなくても、それでも前へ進もうとしている。


 そんな姿を見ることが、リディアには嬉しかった。


     *


 一方、その頃。


 エルディア王国との国境に近い、アルヴェニア王国側の町。


 一台の馬車が、ゆっくりと街道を進んでいた。


 馬車の中では、一人の男が分厚い書類に目を通している。


「……リヴェル領?」


 男が眉を上げた。


「はい」


 向かいに座る従者が答える。


「先ほど通過した街で、妙な話を小耳に挟みまして。国境沿いにあるエルディアの領地なんですが、なんでも大量のジャガイモを買い付けていったと」


「……ジャガイモだと?」


 男は、書類をめくる手を止めた。


 リヴェル領。国境にある、隣国の領地。


 確か、大河沿いの平地で、洪水が多い。土地は痩せ、税収も少ない。以前から、あまり評判のいい領地ではない。


 ジャガイモは、アルヴェニアでも麦ができない山間地の一部で食べられている作物だ。そもそも地下にできる作物を食べるという習慣自体がなく、アルヴェニアでもその存在を知るものは少ない。


 それを、隣国の貧しい領が大量に?


 男は窓の外を見た。


「なんのために?」


「そこまでは」


「調べてみたか?」


「はい」


 従者は別の紙を差し出した。


「どうやら、今年のリヴェルは麦がほとんど採れなかったようで」


「なるほど」


「冬の食料に困って、ジャガイモを買ったのではないかと」


 男は黙った。


 穀物ではなく、わざわざ地下作物を? 自国でもあまり知られていないというのに?


「どのくらいだ?」


「荷車を何台も使ったと」


「……何台も?」


 男は笑った。


「誰がそんなことを?」


「リヴェル領の新しい領主だそうです」


「新しい領主?」


「公爵家の令嬢だとか」


 男は少し考えた。


「……ああ」


 聞いたことがある。


 婚約を破棄された公爵令嬢。その後、辺境同然の領地を与えられたという話だ。


「その令嬢がジャガイモを?」


「はい」


「変わった話だな」


 男は報告書を閉じた。


 しばらく考える。そして、にやりと笑った。


「ちょうどいい」


「何がでしょう?」


「この先、国境付近を視察する予定だっただろう?」


「はい」


「少し寄り道をする」


「リヴェルへ、ですか?」


「ああ」


 男は椅子に背を預けた。


「一応な。確認だ」


 それが、アレクシス。


 アルヴェニア王国、第二王子だった。


     *


 数日後。


 街道の向こうから、馬車が近づいてくる。


 リヴェルを訪れる人間など、ほとんどいない。村人たちが手を止め、訝しげに馬車を見つめる。


 ガレスが目を細めた。


 馬車は村の入り口で止まった。扉が開く。


 降りてきたのは、身なりのいい若い男だった。


 癖のある黒髪に、鼻筋の通った端正な顔立ち。村の女たちが、思わず手を止めるほどだった。


 こんなところに立ち寄るなんて珍しい。商人か? 村人たちは、そんなふうに思った。


 けれど、商人にしては、背筋がまっすぐすぎる。足の運びにも、無駄がなかった。


 護衛らしき男たちが数人、その後ろに続く。


 男は村を見渡した。


 人好きのする笑みを浮かべているのに、目だけが、村の隅々を測っていた。


 貧しく、家は古く、道も整っていない。


 だが。


「……ほう」


 男の目が止まった。


 報告に聞いた実情を踏まえれば、もっと民が疲れ果てていると思っていた。だが、思いのほか村人たちは活気がある。あちらこちらで忙しそうに働いているではないか。


 畑を整えている者、水辺で何やら印をつけている者、籠を抱えて森へ向かう女たち。


 想像していた「何もない貧しい村」とは、少し違った。


「面白いな」


 男は呟いた。


 アレクの視線が、畑の端で止まる。


「……ん?」


 明らかに人の手によって植えられたと分かる、整然と並ぶ苗木。しかし、その枝は地上すぐのところでバッサリ切られている。


 そのうちの一つの苗木の前に、何人かが集まっていた。


 そして。


「おい」


 男は思わず声を上げた。


「何をしている?」


 何か、別の木の枝を切っているようだ。しかも、その切った枝を、切られた木にくっつけようとしている。


「……」


 アレクは目を疑った。


 木を育てているのか、切っているのか、どちらなのか分からない。


「それは何だ?」


 その声に、集まっていた村人たちが振り返る。


 整った身なり。この土地では見慣れない上質な布地。訝しげにこちらを見るが、男はそんなことを気にした風もなく、苗木を見ている。


 人だかりの中心にいる女も振り返った。


 こちらをじっと見つめる。その顔に、怯えも媚びもない。


 静かにこちらを見返す灰色の瞳に、アレクはわずかに目を細めた。


 よく見ると、その女は他とは違う上質なドレスを纏っている。なのに、土に膝をついている。


 妙な女だった。


 歳の頃は自分より少し若いだろうか。けれど、じっとこちらを見る眼差しには、人の上に立つ者の落ち着きがあった。


 女は手元の枝をそっと置いた。男の「何をしている?」という問いの意図を読み取ったように、静かに答える。


「これは接木をしているのです」


「接木?」


「ええ」


 女は手を止めた。


「こちらが台木で、こちらが穂木です」


 アレクは二本の枝を見る。説明を聞いている間も、女から視線を外さなかった。


「それを?」


「こうして、つなぐんです」


 女は枝を示した。


「うまくつながれば、こちらの枝の性質を残したまま育てられます」


「……」


 アレクは黙った。


 声は落ち着いている。説明も簡潔だ。だが、こちらを恐れている様子はない。


「そんな方法があるのか?」


「ええ」


「どこで?」


「本で読みました」


「本……?」


「はい」


 女は不思議そうに首を傾げた。


「何か?」


「いや……」


 アレクは言葉を失った。


「……あなたは?」


「……私は通りすがった、ただの商人だ。人だかりがあったので気になってな。仕事中にすまなかった」


「そうですか」


 女は頷いた。


「では、道中お気をつけて」


 それだけ言うと、再び苗木と向き合い、村人たちと作業を再開する。


 馬車へ向かって歩き出す。


 だが。


 ふと、アレクは足を止めた。


 視線の先に、真新しい畑がある。


 整然と並んだ畝から、小さな芽がいくつも顔を出していた。


「あれは何を植えている?」


 アレクが指差す。


 近くにいたガレスが、そちらを見る。


「ああ。ジャガイモというらしいです」


「……ジャガイモ?」


「はい」


「らしい?」


「はい」


 ガレスは少し考えてから答えた。


「俺たちも、つい最近知ったもんで」


「…………」


 アレクは黙った。


 自分がわざわざ確認しに来たものが、目の前にある。だというのに、育てている本人たちですら、それがどういう作物なのか、よく分かっていないらしい。


 なんとも不思議なところだ。


 アレクは畑へ視線を戻し、そして、先ほどの女を見る。


 どういうことだ?


 なぜ、何も知らない者たちが、こんなにも大量のジャガイモを植えている?


 その疑問が、さらに深くなった。


 アレクは、もう一度だけリディアの方を振り返った。


 すると、先ほどの女と目が合った。


 リディアは何も言わない。ただ、静かにこちらを見ている。


 アレクは、思わず小さく笑った。


 ……やはり、妙な女だ。


 馬車へ向かって歩き出した。


 その途中、近くにいた村人に声をかける。


「あの女は、この村の者か?」


「わかりません」


 答えたのは、ガレスだった。


「わかりません?」


「はい」


 ガレスは少し困ったように笑う。


「でも、新しいここの領主さまです」


「領主?」


 アレクは振り返った。


「……例の公爵令嬢か?」


 もう一度、リディアを見る。


 土に膝をつき、木の枝をつなぐ公爵令嬢。そして、よく分からないジャガイモを大量に植えさせている。


「……気でも触れているのか?」


「いえ」


 ガレスは少し困った顔をした。


「分かりません」


「分からないのか?」


「はい」


 ガレスはリディアを見る。そして、小さく息を吐いた。


「でも……」


 一瞬だけ言葉を探す。


「私たちの……希望です」


「……希望?」


 アレクは聞き返した。


 その言葉を口にしたガレスの顔には、冗談ではない真剣さがあった。


 目の前には、痩せた土地、古びた家、まだ収穫もしていない畑、そして、木の枝をつないでいる公爵令嬢。


 それでも、この村人たちは彼女を見捨てていない。むしろ、彼女のそばに立っている。


「……なるほど」


 アレクは笑った。


「ますます分からないな」


 何かよく分からないものを目の当たりにし、アレクは狐につままれたような気持ちだった。


 けれど、妙に浮き足立つような感覚もあった。悪い気分ではない。


「帰ろう」


 従者にそれだけ伝え、馬車に乗り込んだ。


 走り出した馬車の窓から、アレクはもう一度だけリヴェルを振り返った。


 痩せた土地、小さな村、そして、あの妙な公爵令嬢。


 ジャガイモは、本当に育つのだろうか。あの女は、いったい何をしようとしているのだろう。


 アレクの中に、いくつもの疑問が残った。


 その答えを知るのは、まだ先のことだった。





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リヴェルの物語を漫画でも描いています。


「でも……私たちの……希望です」|第6話「隣国の王子」より


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