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『追放令嬢、嵐と戦い都市を作ります』 〜知識チートで廃村を国一番の領地にしたら、捨てた王太子が今さら焦りだしました〜ツイトシ(追都市)  作者: カナデ・オン
第二章 都市開発編 〜砂糖の香る街〜

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第44話 強くなれ



 ニコの様子がおかしい。


 そう気づいたのは、リディアではなく、カイルだった。


 村の子供たちへの態度。使用人への物言い。ハンナに対する言葉。


 どれも、小さなことではある。


 けれど、以前のニコなら、あんな言い方はしなかったはずだ。


「リディア。少し、話をしておいた方が良いのでは?」


 報告を聞いたリディアは、静かに目を伏せた。


「……そうね」


 思い当たることが、ないわけではなかった。


 ニコは、よく笑うようになった。

 食事を楽しみ、勉強にも励んでいる。


 元気になってくれたことが嬉しくて、つい甘やかしていたのかもしれない。


 けれど、それだけなのだろうか。


「私から話してみるわ」


     *


「ニコ、少し時間をもらえる?」


 呼ばれたニコは、不思議そうに顔を上げた。


「うん。どうしたの?」


 リディアは、彼の向かいに腰を下ろした。


「最近、村の子たちとはどう?」


「どうって……普通だよ」


「そう」


 リディアは、少し間を置いた。


「この前、勉強したいと言った子に、無理だと言ったそうね」


 ニコの顔が曇った。


「だって、本当のことだよ。文字も読めないし、教えてくれる人だっていないんだから」


「そうね。今のあの子には、難しいことかもしれない」


 リディアは否定しなかった。


「でも、できないと決めてしまう必要はないでしょう?」


「……俺だって、前は何もできなかったよ」


「ええ。だからこそ、分かるんじゃないかしら」


 ニコは口をつぐんだ。


「ニコ。あなたが今、勉強できるのは、あなたが努力したからだけではないわ。教えてくれる人がいて、学べる場所があって、支えてくれる人がいたからよ」


「それは……」


「あなたが頑張っていることは、ちゃんと分かっているわ」


 リディアは、ニコの目を見た。


「でも、だからといって、ほかの人より偉くなったわけではないの」


 ニコは、唇を引き結んだ。


「……俺は、そんなつもりじゃ」


「そう?」


 責めるような声ではなかった。


 だからこそ、ニコは返す言葉を見つけられなかった。


「ニコ。私は、あなたが大切よ」


 思いがけない言葉に、ニコは顔を上げた。


「実の弟より、あなたのことを弟のように感じているわ」


 ニコの表情が、明るくなった。


 やっぱり、リディアは自分を特別に思ってくれている。


 そう思った。


「だけどね?」


 リディアの声が、少しだけ変わった。


「私は婚約者に捨てられて、家族にも見放されたの。公爵令嬢という地位にいても、世間から捨てられたわ」


 ニコは、思わずリディアを見た。


 リディアがそんなことを口にするとは、思っていなかった。


「あなたと私の関係は?」


 静かな問いだった。


「血も繋がっていない、他人よ?」


「……っ」


 ニコの顔から、笑みが消えた。


「私が気まぐれを起こしたら?」


 リディアは、目をそらさなかった。


「私はあなたが悪魔になっても、捨てられるような気がしないわ」


 ニコは、息を詰めた。


 その言葉に、胸の奥が熱くなった。


 やっぱり。


 リディアは、自分を見捨てたりしない。


 そう思った。


「だけどね。分からないわ」


 その一言で、ニコの胸に灯った安堵が消えた。


「今の私は、あなたを捨てるつもりなんてない。これからも大切にしたいと思っているわ。でも、未来の私がどう思うかなんて、誰にも分からないでしょう?」


 ニコは、何も言えなかった。


「人の心は変わるものよ。私自身だって、これからどうなるか分からない。だから、今の私の気持ちを、未来まで続く約束だと思わないで」


「……でも、リディア様は」


「ええ。あなたを大切に思っているわ」


 リディアは、はっきりと言った。


「それは嘘じゃない。でもね、ニコ。私があなたを大切にしていることと、あなた自身の価値は、別のものなのよ」


 ニコは、膝の上で拳を握った。


 自分のためにグスタフを打ち負かしてくれたことも、リディアが自分を特別に思っている証拠だった。


「……だって、グスタフを倒したのは、俺のために……」


「あなたのために、私はあの人に怒っていたわ」


 リディアは、ニコの言葉を否定しなかった。


「あなたがあんな目に遭わされたことが、どうしても許せなかった。それは本当よ」


 ニコは、うなずいた。


 やはり、自分のためだったのだ。


 けれど。


「怒ったのは、あなたが傷つけられたから。でも、私はその怒りを抑えられなかった。あそこまでしたのは、私が未熟だったからよ。あなたのためじゃない」


 ニコは、目を見開いた。


 何を言われたのか、すぐには理解できなかった。


「……でも、俺があんな目に遭ったから」


「ええ。私は怒ったわ。でも、私が何をしたかを、あなた自身の価値の証明にしてはいけないの」


 リディアは、まっすぐにニコを見つめた。


 ニコは、唇を噛んだ。


 自分は、ただ違うだけだ。


 勉強を教えてもらえる。城で暮らせる。リディアに大切にしてもらえる。


 それの何が悪いのだろう。


 けれど、リディアの言葉は、胸の奥に突き刺さっていた。


「……俺は、どうすればいいの?」


 かすれた声がこぼれた。


 リディアは、少しだけ表情を和らげた。


「私だって、怖いのよ。いつか、ここも失うんじゃないかって」


 ニコが、顔を上げた。


「だから、強くなるのよ、ニコ」


「……強く?」


「ええ。誰かに大切にされているから大丈夫だと、安心しきってしまわないこと。誰かが与えてくれるものを、当然だと思わないこと」


 リディアは、少し間を置いた。


「自分で考えて、自分で立てる人になりなさい。自分より弱い人を見下すのではなく、手を差し伸べられる人に」


 リディアは、そっとニコの手に触れた。


「私は、あなたならそうなれると思っているわ」


 ニコは、その手を見つめた。


 温かかった。


 いつも自分を撫でてくれる手。

 自分を守ってくれた手。


 この手が、自分から離れることがあるのだろうか。


 考えたくなかった。


「……リディア様は、俺を捨てないよね?」


 リディアは、すぐには答えなかった。


 やがて、ニコの手を優しく握り返した。


「あなたを大切に思っているわ」


 それは、約束ではなかった。


 けれど、嘘でもなかった。


「だから、強くなってね。ニコ」


     *


 部屋を出たニコは、廊下を歩きながら、リディアの言葉を繰り返していた。


 ――血も繋がっていない、他人よ。


 そんなことは、分かっていたはずだった。


 それでも、リディアは自分を大切にしてくれた。

 自分のために、グスタフを打ち負かしてくれた。


 だから、自分は特別なのだと思っていた。


 けれど。


 ――あなたのためじゃない。


 ニコは足を止めた。


 胸の奥が、ひどく冷たくなった。


 リディアは、自分を大切にしてくれている。


 それは、間違いない。


 でも、いつまでもそうだとは限らない。


 では、自分はどうすればいいのだろう。


 もっと勉強すればいいのか。

 もっと役に立てばいいのか。

 嫌われないように、いい子でいればいいのか。


 考えても、答えは出なかった。


 ただ、リディアの言葉だけが、いつまでも頭から離れなかった。





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