第37話 理由
「ニコに、何をしたのか、言いなさい」
灰色の瞳が、男たちを射抜く。
部屋の中に、重い沈黙が落ちた。
男たちは互いに顔を見合わせると、やがて一人がゆっくりと口を開いた。
「……俺たちは、あの子たちを傷つけた奴らの仲間じゃない」
「では、あなたたちは何者?」
「俺たちは、ヴァルデン伯爵に雇われた傭兵です。荷の護衛を頼まれていましたが、あの場にいたわけじゃありません」
「……どういうこと?」
「別の荷を届ける仕事があったんです。そちらを届けて戻ってきたら、もう二人とも……」
男は言葉を詰まらせた。
あの光景を思い出したのだろう。
拳を握り、悔しそうに俯く。
「二人はもう地面に倒れていた。だが、ヴァルデン伯爵とその手の者たちは、暴行をやめなかった。あの男は倒れながらも、あの子どもに覆い被さって守っていた」
「割って入ったときには、もう……」
別の男が、苦しそうに続けた。
「間に合いませんでした」
リディアは、目を伏せた。
ニコの腫れ上がった顔。
血に染まった衣服。
あの小さな手が、自分の手を握り返した感触が蘇る。
「ヴァルデン……グスタフ・フォン・ヴァルデン伯爵」
リディアは、その名に覚えがあった。
エルディアの貴族であり、商売にも熱心な男。
そして以前、リヴェルに砂糖を求めてきた貴族だった。
生産量には限りがある。そう説明し、待ってもらっていたはずだった。
砂糖は、まだリヴェルにとって余裕のある商品ではない。
生産量は増えていても、長くリヴェルを支えてきたアルヴェニアの商人たちからの注文を優先すれば、余剰などほとんど残らない。
「ヴァルデン伯爵は、砂糖を欲しがっていたのね?」
「はい。リヴェルの砂糖が手に入らないかと、以前から探していたようです。アルヴェニアの商人にも声をかけたそうですが、そちらでも売ってもらえなかったとか」
男は、そこで一度言葉を切った。
「今回、リヴェルの馬車を見つけて、砂糖を融通するよう迫ったのだと思います」
「……それを、ニコが断った」
「おそらくは」
男たちは、そこまでしか知らなかった。
リディアは、それ以上問い詰めることをやめた。
ニコは、リディアがリヴェルにやってきたとき、石を投げてきた少年だ。
あの気の強い少年が、砂糖を渡せと迫られて、黙って従う姿は想像できなかった。
きっと、食い下がったのだろう。
リヴェルの荷を守ろうと。
リディアは、手に目を落とした。
まだ、ニコの血がついている。
貴族に逆らえば、どうなるか。
ニコは知らなかったのかもしれない。いや、知っていても引かなかったのだろう。
けれど。
ニコは、まだ子供なのだ。
リヴェルに来てから、彼女は村人たちと苦しい日々を越えてきた。
いつからだったのだろう。
彼らの笑顔を見ると、ほっとするようになったのは。
彼らと食卓を囲む時間を、楽しみにするようになったのは。
ここに帰れば、明日もまた、彼らと一緒に生きていける。そう思えるようになったのは。
――私は、彼らに癒やされていたのだ。
リディアは、ゆっくりと顔を上げた。
貴族に対する態度ではなかったのかもしれない。
だが、そんなことは関係ない。
子供を。
私の大切な子供を。
傷つけた。
「カイル」
「はい」
「ヴァルデンの取引先を調べて」
「承知しました」
声は、いつもと変わらなかった。
けれど、胸の奥では、今まで知らなかった感情が燃えていた。
グスタフ・フォン・ヴァルデン伯爵。
許さない。
絶対に。




