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『追放令嬢、嵐と戦い都市を作ります』 〜知識チートで廃村を国一番の領地にしたら、捨てた王太子が今さら焦りだしました〜ツイトシ(追都市)  作者: カナデ・オン
第二章 都市開発編 〜砂糖の香る街〜

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第32話 カイルという人



  カイルという人は、よく分からない。


 リディアは、最近になってそう思うようになった。


 アルヴェニアの軍人で、優秀な指揮官だったことは知っている。軍を辞めてリヴェルに残ったことも、仕事を支えてくれていることも分かっている。


 けれど。


「……どうして、あんなに何でもできるのかしら」


 思わず呟いたところで、ちょうど近くを通ったロイドが足を止めた。


「カイル様のことですか?」


「ええ」


 リディアは頷く。


「軍人なのに、領地のことまで詳しすぎるでしょう? 工事の人員も、畑の収穫量も、砂糖の売り先まで。その上、城まで作ると言い出すのだもの」


「ああ……」


 ロイドは、少し考えてから答えた。


「カイル様は、もともとそういう教育を受けておられますから」


「教育?」


「ご実家の跡取りと同じ教育を受けておられましたので。幼い頃から、領地の管理や財政、人の動かし方を学ばれていたと聞いています」


「……そうだったの」


 リディアは、これまでのカイルを思い返した。


 畑を見る目。工場の生産量を考えるときの判断。商人との話し方。


 どれも、軍人として身につけただけのものとは思えなかった。


 そこへ、ミレイユがやってきた。


「カイルの話をしていたの」


「そうでしたか」


 ミレイユも足を止める。


「それなら、納得できるわ。でも、どうして軍人になったの?」


 リディアが尋ねると、ロイドとミレイユが、一瞬だけ視線を交わした。


「……それは」


 ミレイユが、言葉を選ぶように口を開く。


「私たちからは、お話しできません」


「ご本人から、お聞きになったほうがいいかと」


 ロイドも静かに頷いた。


「……そう」


 リディアはそれ以上、聞かなかった。


 けれど、胸の奥に小さな引っかかりが残った。


 そういえば、戻ってきたときも、カイルは理由をあまり語らなかった。


「ただ」


 ロイドが続けた。


「軍では、有名な方でした」


「そんなに?」


「はい。大きな部隊を任され、判断が速く、兵站にも詳しい。戦場だけでなく、その後の復旧や物資の手配まで考えられる方でした」


「それはもうお強いですしね」


 ミレイユが付け加える。


「額から瞼にある傷も、大戦のときのものです。私たちの間では、勲章のようなものだと言われています」


「勲章……」


 リディアは、思わずその言葉を繰り返した。


 あの傷を、カイルはいつも何でもないものとして扱っている。川の工事で腕に怪我をしたときも、血を流しながら、リディアや領民の安全ばかり気にしていた。


「……やっぱり、すごい人なのね」


「はい」


 ロイドは迷いなく答えた。


「カイル様は、すごい方です」


 その声には、少しだけ誇らしさが混じっていた。


「そういえば」


 ミレイユが、ふと思い出したように言った。


「カイル様は、昔から女性にも人気がありましたよ」


「……そうなの?」


 思わず、リディアが食い付いた。


「銀色の髪に、あの背丈ですから。顔も整っていますし、家柄もあります。食事に誘われたり、手紙をいただいたり、かなりの数でした」


「そんなに?」


「はい」


「でも、カイルは……」


 リディアは、少し離れたところにいるカイルを見る。


 誰かと工事の資材について話していた。


「そういうことに、興味があるようには見えないわ」


「実際、ありませんでしたから」


 ロイドが言った。


「失礼な態度を取るわけではありません。ただ、本当に興味がないというか」


「へえ……」


 リディアは少し笑った。


 なんとなく、分かる気がする。


 必要なら話し、必要なら助け、必要なら守る。けれど、自分から誰かを追いかけることはない。そういう人だ。


「でも」


 ミレイユが少しだけ笑った。


「今のカイル様を見たら、昔を知っている方は驚くでしょうね」


「どうして?」


「だって、こんなに働いているんですから」


 リディアは思わず笑った。


 確かに、カイルはどこにでもいる。


 厨房にも、畑にも、河川工事の現場にも、工房にも、工場にもいる。村人と話していることもあれば、商人と話していることもある。


 まるで、働き蟻のようだ。


「……働き蟻」


 思わず口に出してしまった。


 そのとき。


「お嬢様」


 聞き慣れた声がした。


「はい?」


 振り返ると、カイルがいた。


 相変わらず、いつからそこにいたのか分からない。


「……カイル。あなた、いつからいたの?」


「先ほどからです」


「何をしていたの?」


「工場へ行っていました」


「その前は?」


「畑です」


「その前は?」


「河川工事の確認を」


「……」


 リディアは黙った。


「そして、これから?」


「城の業者と打ち合わせがあります」


「……」


 やっぱり、この人は働きすぎだ。


「カイル」


「はい」


「少し休んだほうがいいと思うわ」


「ありがとうございます。ですが、本日は――」


「休みなさい」


「……」


 カイルが珍しく黙った。


「明日にして。明日にしても、リヴェルはなくならないでしょう? 城も逃げないわ」


 しばらく考えたあと。


「承知しました」


 カイルは素直に頷いた。


「では、少し休みます」


「ええ」


「ただし」


「なに?」


「明日の朝には再開します」


「……」


 やっぱり、この人は変だ。


 リディアは小さく笑った。


 去っていく背中を見送る。


 銀色の髪をきれいに編んだ、長身の美しい男が、泥のついた畑を歩いていく。夕方の風が、その髪の先を揺らしていた。


 あんなに立派な人が、工場で汗をかき、村人たちと一緒に働いている。そして今度は、自分のために城を作ろうとしている。


 どうして、この人はここにいるのだろう。


 帰ってきた日、カイルは言っていた。私にも、ここが必要です、と。


 けれど、その前のカイルのことを、自分はほとんど知らない。


「……いつか、聞けるかしら」


 誰にも聞こえない声で、リディアは呟いた。


 その背中は、今日も振り返らなかった。




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