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『追放令嬢、嵐と戦い都市を作ります』 〜知識チートで廃村を国一番の領地にしたら、捨てた王太子が今さら焦りだしました〜ツイトシ(追都市)  作者: カナデ・オン
第一章 生き残り編 〜泥だらけの令嬢〜

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第11話 実り



 麦の収穫が終わった。


 村人たちは、刈り取った麦を見ながら、何度も顔を見合わせていた。


「……採れた」


「本当に、採れたぞ」


 去年なら、雨にやられていた。今年も西側の畑は一部被害を受けた。


 それでも、大部分の麦は無事に残った。


「これで、久しぶりにパンが焼けますね」


「パン……」


 誰かが、嬉しそうに呟く。


「久しぶりだなぁ」


「子供たちにも食べさせてやれる」


 喜ぶ声が、あちこちから聞こえてくる。


 リディアも、刈り取られた麦を見つめていた。


 胸の奥が、じんわりと温かくなる。


 これだけの麦があれば、久しぶりに皆でパンを食べられる。


 けれど、来年も畑を続けるなら、今年の収穫を全部食べてしまうわけにはいかない。


「待って」


 喜びに沸く村人たちへ、リディアが声をかけた。


「全部食べてしまっては駄目よ」


「え?」


 村人たちが振り返る。


「次に植える分は、ちゃんと残しておきましょう」


「ああ……そうか」


「来年も植えるんですもんね」


「ええ」


 リディアは頷いた。


「それから――」


 麦を見ながら、少し考える。


 食べるものが増えても、それだけでは足りない。


「村には、現金も必要だわ」


「現金、ですか?」


「ええ」


 食べ物だけでは手に入らないものがある。


 道具、鉄、塩、布、薬。そして、これから必要になるもの。


「みんなの分を確保して、それでも余る分があれば、一部を売りに出しましょう」


「どこへです?」


「アルヴェニアの近い街がいいわ」


 リヴェルからなら、エルディアの街へ運ぶより近い。


「国境を越えることになりますが……」


「ええ。でも、その方が運ぶ負担が少ないでしょう?」


「そうですね」


 ガレスが頷いた。


「やってみましょう」


 今年は、食べるだけではない。


 来年のために残し、余った分は売る。


 ようやくこの村にも、そんな選択肢が生まれた。


     *


「それから、果実班のみんな」


「はい!」


「一緒に苗木の様子を見て回りましょう」


 リディアは、果実班とともに樹園地へ向かった。


 以前は、まだ小さな苗木が並んでいるだけだった。


「……まあ」


 リディアは思わず足を止めた。


 あの小さかった苗木たちは、今では腰の高さほどまで伸びている。


 枝は横にも大きく広がり、葉もずいぶん増えていた。


 枝変わりした僅かな枝を失いたくなくて、一つの枝を何本にも切り分け、いくつかの方法を試した。


 挿し木ではいくつかの苗を失ったが、取り木ではしっかり根を出し、接ぎ木の接合もうまくいったのだ。


 おかげで、今は畑に甘い苗木が何本も並んでいる。


「すごいわ」


 リディアは枝にそっと触れる。


「成長が早いとは知っていたけれど……こんなに生育旺盛なのね」


「そうなんです」


 果実班の一人が嬉しそうに答える。


「森のもそうですけど、木苺は本当に伸びるのが早くて」


「本当ね」


「ええ。それに……」


 彼女が枝の奥を指差した。


「もう、実をつけてるんです」


「……え?」


 リディアが目を凝らす。


 葉の間に、小さな赤い実が見えた。


 ひとつ。またひとつ。


 まだ数は少ない。けれど、苗木の数は一つではない。何本もあるのだ。


「……本当に」


 赤く色づき始めている。


 思っていたより、ずっと早い。


「素晴らしいわ」


 リディアの顔がほころんだ。


「今、色づいているものは摘んで持って帰りましょう」


「全部ですか?」


「ええ」


 リディアは、その実を見つめた。


 あの枝から増やした苗木だ。


 なら、この実もきっと――。


「あの枝から作ったんだもの。この実は甘いはずよ」


「はい!」


「領主邸に帰ったら、実験よ」


     *


 領主邸に戻ると、さっそく木苺を並べた。


「まずは、生で食べてみましょう」


 リディアが言う。


「果実班のみんなも。ハンナも、ニコも食べてみて」


「はい」


 それぞれが、小さな赤い実を手に取った。


「いただきます」


 口に入れる。


「……!」


 ハンナの目が大きく開いた。


「わあ……甘い」


 ニコも驚いた顔をする。


「母ちゃん! これ甘いよ!」


「本当に……?」


「うん!」


 ハンナも、もう一度味を確かめる。


「本当に甘い……。これ、あの木苺ですか?」


「ええ」


 リディアは嬉しそうに頷いた。


「今まで食べていたものとは、少し違うでしょう?」


「全然違います」


「これは、みんなが森で見つけてくれた、あの枝から作った苗木のものよ」


「……あの枝が?」


 果実班の皆が、赤い実を見つめる。


 森の中で、たまたま見つけた甘い枝。


 あのときは、それだけのものだと思っていた。


 それが、今はこうして自分たちの畑で実をつけている。


「増やしたのよ」


 リディアが言う。


 皆が、目を丸くした。


「……増やせるんですね」


「ええ」


「この甘い木を?」


「そう」


 果実班の一人が、信じられないような顔で苗木を見る。


 通り過ぎてしまうような小さな違い。


 それを見つけて、持ち帰って、増やす。


 そうすれば、甘い木は一本だけではなくなる。


「もっと増やすわよ」


「もっと?」


「ええ。秋になったら、前と同じように、今度はこの苗木たちから増やすの」


「やり方は、もういいわね?」


「……はい!」


「もっと増やす?」


「もちろんよ」


 リディアが笑う。


「食べたくないの?」


「食べたいです!」


 果実班の皆が、一斉に答えた。


「やります!」


「うん!」


     *


「それで、残りの木苺は……」


 リディアは籠いっぱいの実を見る。


「ジャムにしましょう」


「ジャムですか?」


 ハンナが目を丸くした。


「そんな高級なもの、食べたことがありません」


「うん」


 リディアも鍋を覗き込む。


「まずは実験よ」


 木苺を鍋に入れる。火にかける。ぐつぐつと煮立っていく。


 甘い香りが、少しずつ広がっていった。


 皆が鍋を覗き込む。


「そろそろ良さそうね」


「食べてみましょう」


 小さなパンに、赤いジャムをのせる。


 皆が一口食べた。


「……甘い!」


「甘いです!」


「これがジャムですかい?」


「ええ。ジャムよ」


「うちの村で、こんなものが作れるなんて……!」


 村人たちは、驚いたようにジャムを見つめていた。


「そうね、果実はあまり甘いものがないものね」


「そうですね」


「だから、王都や街ではジャムは砂糖で甘くするのよ」


 砂糖は安いものではない。


 王宮や公爵家で出されるジャムも、砂糖をふんだんに使っているわけではない。


 果実の酸味を残しながら、砂糖で甘みを加える。それが普通だった。


「でも、この木苺は違うの」


 リディアは赤い実を見る。


「これだけ甘ければ、砂糖を入れなくても十分ジャムになるわ」


「私たちは、ジャムを食べたのが初めてですけぇ」


 年配の男が、パンを握ったまま笑った。


「これがお貴族様が食べてるジャムと違うのか、よく分かりませんが……」


 もう一口。


「美味しいです」


 男の目が潤んだ。


「生きてるうちに、こんな……こんなものが食べられるなんて」


「……」


 リディアは何も言わず、微笑んだ。


 この木苺には、酸味もある。


 けれど、甘さがある。


 その甘さと酸味のバランスが、むしろ爽やかだった。


 裕福な者しか食せないジャムが、寂れた村の農民たちの口に届いたことが、なんだか不思議だった。


 収穫期なら、ここでは皆がそれなりに甘いジャムを食べられるようになる。干せば日持ちもするだろう。


「木苺は、これからもしばらく実がなるはずよ」


 リディアが言う。


「順番に摘んで、ジャムにしていきましょう」


「皆にも食べてもらうんですか?」


「ええ」


「はい!」


 明るい声が返ってきた。


     *


 その頃。


 アルヴェニア王国の王城。


「殿下! 面白い知らせです」


「なんだ?」


 アレクが書類から顔を上げる。


「殿下が以前気にしておられたリヴェル領の麦が、珍しく国境を越えて売りに来ているんですよ」


「なに?」


 アレクが眉を上げる。


「あの貧しい領地か?」


「はい」


 従者は頷いた。


「まあ、あの領は自国の街よりアルヴェニアの街の方が近いですからね」


「だが、痩せた土地で、今まで売りに来たことなどなかっただろう」


「さあ。もしかしたら、今年は豊作だったんですかね」


「…………」


 アレクは黙り込んだ。


「あのジャガイモ令嬢は、まだ領主を?」


「ああ、そうみたいです」


 従者は苦笑する。


「可哀想ですよね。王太子妃を約束されていた公爵令嬢が、あんな寂れた貧しい領地にだなんて」


「……」


「エルディアの王太子も、本当に酷いことをなさる」


 アレクは窓の外を見る。


 あの女が、まだあの貧しい土地にいる。


 あの女の言っていた知識は、アルヴェニアでは結局確認できなかった。


 ただの大ぼら吹きだったのか。


 それとも、本当に何かを知っているのか。


 結局、分からないままだった。


 そして今度は、麦。


 あの土地で?


 アレクは立ち上がった。


「アル、行くぞ」


「えっ?」


 従者が慌てる。


「行くって、どちらへ? このあとの予定は――」


「俺は具合が悪い」


「はい?」


「全部キャンセルだ」


「殿下!」


     *


 数日後。


 アレクは、再びリヴェルの地に立っていた。


 前に訪れたときとは、明らかに違う。


「……麦畑?」


 目の前には、刈り取られてはいるが、そこには確かに麦畑が広がっていた。


 以前は何もなかった土地に。


 確かに、麦がある。


「本当に……」


 アレクは、しばらくその光景を眺めていた。


 そして、領主邸へ向かう。


 庭の方から、人の声が聞こえてきた。


 近づくと、そこには人だかりができていた。


 何かを煮炊きしているらしい。


「おい」


 アレクが声をかける。


「何をしているんだ?」


 突然現れた見慣れない男。


 しかも、その身なりは明らかに村人とは違う。


 村人の一人が、おずおずと答えた。


「へ、へい。領主様が、ときどきなされる炊き出しです」


「炊き出し?」


「へい。領主邸に蔵入りした芋や麦を、こうして時々振る舞ってくれるんです」


「ほう」


 アレクは周囲を見渡す。


 鍋からは湯気が上がっている。


 パンも配られていた。


 村人たちは、それを受け取って嬉しそうに食べている。


「こうしたことは、よくあるのか?」


「へい。ありがてぇことに」


「……ほう」


 その人だかりの中心。


 見覚えのある女がいた。


 リディアだ。


 比較的小さな鍋を前にして、何か赤いものをかき混ぜている。


「……また何かやっているな」


 アレクは近くの村人に尋ねた。


「あれは何をしている?」


「ああ、あれですかい?」


 村人が嬉しそうに笑った。


「お嬢様がジャムを、皆のパンに乗せてくださってるんですわ」


「ジャム?」


「へい。これが美味しいんですわぁ。村の皆も初めて食べるやつばかりで」


「……ジャムだと?」


 アレクは思わず聞き返した。


 この貧しい土地で。


 高級品のジャム。


 それを、村人たちに振る舞っている。


「何がどうなっている……?」


 気づけば、アレクは女の方へ歩いていた。


「何をされているのか、聞いても?」


 声をかけると、リディアが顔を上げる。


「あら」


 灰色の瞳が、アレクを捉えた。


「いつぞやの旅のお方では?」


「その節はどうも」


「何をしているのか聞いても?」


「見ての通り、ジャムを作っているの」


 確かに。


 村人もそう言っていた。


 鍋の中にある赤いものも、確かにジャムのようだ。


「こんなところに砂糖が?」


 アレクが尋ねる。


 リディアは、少し考えた。


「よければ、あなたもいかがですか?」


「……いいのか?」


「もちろんです」


 リディアは振り返った。


「ハンナ、パンを一つちょうだい」


「はい」


 小さな一切れのパンに、赤いジャムを塗る。


 それをアレクへ差し出した。


「どうぞ。よければ感想を聞かせてください」


 アレクは怪訝そうにパンを見る。


 それから、一口。


「……!」


 甘い。


 だが、王宮で食べるジャムとは少し違う。


 酸味が残っているのに、しっかり甘い。


 爽やかで、不思議な味だった。


「これは……どうやって?」


 思わず尋ねる。


 リディアは少し嬉しそうに微笑んだ。


「甘い果実を作っているのです」


 そして、樹園地の方を見る。


「あの時の木か?」


「はい」


 リディアは頷いた。


「……そうか」


 アレクは樹園地へ目を向けた。


「これは、たくさん作れるのか?」


「ええ。いずれは」


「では、この果実に投資しよう」


 リディアの目が、わずかに見開かれた。


「……!」


 けれど、すぐに考えるような顔になる。


 果実は、まだこれから増やしていく段階だ。


「……ですが、この果実は長丁場になるものです」


「そうなのか?」


「はい。よければ、他に投資してくださいませんか?」


「何?」


 アレクは眉を上げた。


「まだ何かあるのか?」


「はい」


「どれくらいだ?」


「七百ペクト」


「……!」


 アレクの目が丸くなる。


「なかなかの金額だな」


「はい」


 リディアはまっすぐに答えた。


「ですが、事を成すのに必要な金額です」


「何をする?」


 リディアは少しだけ川の方を見る。


「この領地には、まだ直さなければならないものがあります」


「……川か?」


「ええ」


 アレクは、しばらく黙った。


 やがて。


「……面白い」


 口元が少し上がる。


「いいだろう。明日、届けさせよう」


 そして、初めて名を告げた。


「私はアルヴェニアの商人で、アレクという」


「私は、ここの領主でリディアと言います」


 リディアが頭を下げる。


「本当によろしいのですか?」


「ああ」


 アレクは笑った。


「だが、三年で利益を出せ」


「一年です」


「……何?」


 今度はアレクが目を見開いた。


「一年で利益を出しましょう」


 リディアは静かに言った。


「必ず」


「強気だな」


 アレクは楽しそうに笑った。


「それは楽しみだ」


 そして踵を返す。


「……では、また来るとしよう」


     *


 馬車へ戻る途中。


 アレクは、何度も振り返った。


 配られているパン、スープ、あのジャガイモ、今年の麦。そして、あの赤い果実。


「……もう、偶然ではないな」


 ジャガイモ。

 接ぎ木。

 そして今度は、甘い果実。


 あの土地で。

 あの女が。

 次々と何かを生み出している。


 アレクは、馬車の窓から遠ざかっていくリヴェルを見つめた。


 胸の奥が、妙に浮き立っていた。


 ――これは。


 面白いものを見つけた。

【漫画版のお知らせ】


リヴェルの物語を漫画でも描いています。



ただのジャム――のはずだった。


第11話「実り」より


漫画はこちらから。


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https://x.com/mir49866665/status/2107312599889297542?s=46


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https://note.com/tuitoshivv/n/n75ed955678f2

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