第3話 帰還、そして封印の地へ
黒竜ノクスとの契約から一夜。
王都アストレアは、かつてない混乱に包まれていた。
貴族たちは口々に噂する。
「黒竜を従えた悪役令嬢だ。」
「初代皇帝の紋章を持っていたらしい。」
「王国を滅ぼしに来るのではないか……。」
真実など誰も知らない。
人は、自分が信じたいものだけを信じる。
そして王城では緊急会議が開かれていた。
「リリアーナ・フォン・ヴァルクレインを国家反逆者として指名手配する。」
国王の一言で空気が凍る。
「しかし陛下、公爵家は王国最大の財政を支えております。」
「今捕らえれば内乱になる危険も……。」
宰相の進言を、国王は一蹴した。
「黒竜と契約した時点で危険だ。」
その決定は、王国の未来を大きく狂わせることになる。
◇◇◇
一方、私は王都を離れていた。
馬車の窓から見える景色は、次第に石造りの街並みから緑豊かな丘陵へと変わっていく。
向かう先はヴァルクレイン公爵領。
王国北西部に広がる広大な土地だ。
「お嬢様。」
向かいに座る父、アルベルト公爵が静かに口を開いた。
「王都を離れる決断に迷いはないのか?」
「ありません。」
「婚約も地位も失った。」
「その代わり、自由を手に入れました。」
父は小さく笑う。
「……強くなったな。」
その表情には安堵も混じっていた。
断罪の日までの父は、娘を守ることも王家に逆らうこともできず、板挟みに苦しんでいた。
けれど今は違う。
家族として、私の味方でいてくれている。
その事実が何より心強かった。
馬車の外では、黒竜ノクスが雲の上を静かに飛んでいる。
あまりに大きいため、人目につかないよう高空を移動しているのだ。
頭の中へ声が響く。
『もうすぐだ。』
「何が?」
『封印の地。』
私は地図を広げる。
ノクスから受け継いだ古代地図と現在の地図を重ねると、一つだけ完全に一致する場所があった。
ヴァルクレイン公爵領の北端。
現在は「枯れ谷」と呼ばれる、人の寄り付かない土地。
しかし千年前には、そこに帝国最大の研究都市が存在していた。
「行ってみる価値はありそうね。」
◇◇◇
三日後。
私たちは枯れ谷へ到着した。
乾いた風が吹き抜け、草木一本生えていない。
「こんな場所に都市が?」
騎士団長のガレスが首を傾げる。
「何もありませんな。」
確かに地表だけを見ればそうだ。
私は右手の紋章へ魔力を流した。
すると地面に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
ゴゴゴゴゴ……。
大地が震え始めた。
「地震だ!」
「違う。」
私は静かに答える。
「これは入口が開く音。」
谷の中央がゆっくりと割れ、その下から白銀の階段が姿を現した。
誰もが息を呑む。
千年間、誰にも発見されなかった古代遺跡。
その入口が、私の前に現れた。
『ここは帝国第七研究都市。』
ノクスの声が響く。
『初代皇帝が最後に封印した場所だ。』
私は階段を下り始める。
暗闇だった空間へ、壁の魔導灯が一つ、また一つと灯っていく。
まるで主の帰還を歓迎するように。
地下深くでたどり着いた先は、巨大な円形の広間だった。
そこには無数の魔道具が整然と並び、今なお時が止まったように保存されている。
「信じられない……。」
父も騎士たちも言葉を失う。
その時だった。
部屋の中央に置かれた水晶が淡く輝く。
『認証開始。』
機械的な女性の声。
『皇帝継承者を確認。』
『管理人格アストラ、起動します。』
光が人の形を作り、一人の少女が現れた。
銀色の長い髪。
青い瞳。
透き通るような姿。
だが、その身体は光でできていた。
「ようこそお帰りくださいました。」
少女は優雅に頭を下げる。
「私は帝国第七研究都市管理人格です。」
「……管理人格?」
「はい。」
少女は穏やかに微笑んだ。
「千年もの間、あなたを待っていました。」
その一言と同時に、都市全体へ光が走る。
眠っていた施設が次々と動き始める。
工房。
鍛冶場。
研究所。
農業施設。
魔導炉。
帝国の技術、そのすべてが再び息を吹き返していく。
私は思わず息をのんだ。
(これなら……。)
この力があれば。
ただ運命から逃げるだけでは終わらない。
仲間が安心して暮らせる場所を作れる。
誰にも奪われない国を築ける。
私は静かに拳を握る。
「ここから始めよう。」
悪役令嬢と呼ばれた少女は、この日、滅びた帝国の遺産を受け継ぎ、新たな未来への第一歩を踏み出した。
しかし、その頃――。
王都では、リリアーナ討伐のため「聖騎士団」と「聖女セシリア」が公爵領へ派遣されることが決定していた。
運命の歯車は、再び大きく回り始める。




