第23話 王太子の中のアリア
第23話 王太子の中のアリア
『アリアは最初から、王都にいるわ。』
『王太子の身体の中にね。』
エルシアの言葉と同時に、黒い腕がクロードを黄金の扉へ引きずり込む。
「くっ……!」
クロードは剣を地面へ突き立てた。
だが灰色の大地が崩れ、刃ごと扉へ引き寄せられていく。
周囲では、アリアの姿をした偽物たちが笑っていた。
「諦めなさい。」
「あなたの主人は、もう戻らない。」
「王太子と一緒に消えるのよ。」
「黙れ!」
クロードは契約書を開いた。
【対象――クロード】
【運命――エルシアに吸収される】
【残り時間――十五秒】
自分の死を買い取ることはできない。
アリアの能力を継承したとはいえ、クロードに与えられた権限は一部だけだった。
それでも、彼は契約書から目を逸らさなかった。
「私の運命が買えないなら……別のものを買う。」
クロードは血のついた指で、新たな契約を書き込む。
【取引対象――黄金の扉】
【買い取り条件――扉としての役割を失うこと】
黄金の扉が激しく震えた。
『何をした!?』
エルシアの怒声が響く。
「この扉は、墓場と外をつなぐためのもの。」
「なら、その役割を買い取ればいい。」
扉が光の粒となって崩れ、クロードを掴んでいた黒い腕が切断された。
運命の墓場全体が大きく揺れる。
偽物のアリアたちの身体にも亀裂が走った。
「まさか……。」
「アリア以外の人間が、契約を書き換えるなんて……!」
クロードは崩壊する地面を蹴り、閉じかけた出口へ飛び込んだ。
次の瞬間、彼の身体は王都の石畳へ叩きつけられる。
「クロード!」
レオンが駆け寄った。
王都を離れてから、まだ数分しか経過していない。
しかしレオンの胸を覆う黒い紋章は、首元まで広がっていた。
【覚醒まで――二日と二十三時間】
「殿下、アリア様があなたの中にいる可能性があります。」
「俺の中に?」
レオンが胸を押さえた、その瞬間。
彼の右目が黄金色へ変わった。
「クロード……。」
その声はレオンのものではなかった。
クロードが何度も聞いてきた、アリアの声。
「アリア様!」
レオン――いや、その中にいるアリアは苦しそうに首を振る。
「時間がないわ。」
「エルシアは私を利用して、殿下の身体を奪おうとしている。」
「お助けする方法は?」
「一つだけある。」
アリアは震える手で、レオンの剣を掴んだ。
「私の魂だけを、殿下の身体から切り離すの。」
「そんなことをすれば、アリア様は……。」
「消えるでしょうね。」
クロードは即座に首を振った。
「別の方法を探します。」
「ないのよ!」
アリアの声が王都に響く。
「私が残れば、エルシアは必ず復活する。」
その時、レオンの左目が赤く染まった。
口元が、本人の意思とは無関係に笑みを作る。
『相談は終わった?』
エルシアの声だった。
『残念だけど、もう遅いわ。』
レオンの身体から黒い衝撃波が放たれ、クロードが吹き飛ばされる。
胸元の紋章が完全に閉じ、巨大な魔法陣が王都の空へ広がった。
アルベルトがそれを見て叫ぶ。
「全員、王都から逃げろ!」
「覚醒まで三日ではなかったのか!?」
レオンの身体が宙へ浮かぶ。
アリアの黄金の瞳と、エルシアの赤い瞳。
二つの意思が、一つの身体を奪い合っていた。
やがて契約書に表示されていた時間が、突然書き換わる。
【覚醒まで――三十秒】
『運命を守る必要なんてない。』
エルシアは笑った。
『私が、時間そのものを書き換えたから。』
黒い魔法陣の中心から、巨大な目が王都を見下ろす。
そしてアリアの声が、かすかに響いた。
「クロード……。」
「次に私が目を開けたら、迷わず私を殺して。」




