第18話 偽物の母
第18話 偽物の母
「私は、セレスティアではない。」
その言葉と同時に、彼女の顔へ走った亀裂が大きく広がった。
白い肌が剥がれ落ち、その下から現れたのは、黒い仮面だった。
「お母様……?」
アリアの声に、仮面の女は苦しそうに首を振る。
「その名で呼ばないで。」
次の瞬間、女の身体から黒い鎖が飛び出した。
鎖は空中を走り、アルベルトの腕へ絡みつく。
「逃がさない。」
アルベルトは驚いた表情を浮かべた。
「お前……まさか、記憶を取り戻したのか?」
「ええ。すべて思い出したわ。」
女は仮面へ手をかけ、ゆっくりと外した。
現れたのは、銀色の髪を持つ見知らぬ女性だった。
「私の名はイリス。」
「かつて運命管理局で、魂の研究をしていた者よ。」
セレスティアではない。
だが、彼女の声も仕草も、アリアが幼い頃に覚えていた母そのものだった。
「では、本当のお母様はどこにいるの?」
イリスは答えられなかった。
その沈黙に、アリアの胸が締め付けられる。
「答えて。」
「セレスティア様は……十年前、魂を三つに分けられた。」
「三つ?」
「一つは、あなたの契約書へ。」
「一つは、始まりの災厄を封じるために。」
「そして最後の一つが、私の中に入れられた。」
だからイリスは母の記憶を持ち、母として振る舞っていた。
アリアの契約書に表示された第三の魂。
それはセレスティア本人ではなく、契約書に封じられた魂の一部だったのだ。
『違う。』
突然、契約空間に少女の声が響く。
白い髪の“本物のアリア”が、怯えたように契約書を見ていた。
『その魂は、お母様じゃない。』
「どういう意味?」
『ずっと私の中にいた。』
少女が胸を押さえる。
『でも、あれは人間じゃない。』
契約書が激しく脈打つ。
黄金だったページが、次々と赤黒く染まっていく。
【第三の魂 覚醒開始】
【封印解除まで十秒】
アルベルトの顔色が変わった。
「契約書を捨てろ!」
「今すぐだ!」
アリアは契約書を閉じようとする。
だが、表紙から無数の黒い指が伸び、彼女の腕へ絡みついた。
『ようやく、この身体を手に入れられる。』
これまで聞こえていた優しい女性の声が、低く歪む。
イリスは震えながら呟いた。
「まさか……管理局が恐れていた最初の契約者。」
契約書の中央に、一人の女の顔が浮かび上がる。
その顔はアリアでも、セレスティアでもなかった。
『私は運命を作った者。』
『そして今から、すべての運命を取り戻す。』
次の瞬間、王都にいた全員の頭上に、死を示す黒い数字が浮かび上がった。
アリアの頭上に表示された数字は――残り十秒だった。




