変身可能な時代。
すっかり肌寒くなってきた、10月最後の月曜日。
剣持刑事は再び、工業大学の飯塚の元を訪ねていた。
これまでの捜査によって
”ロボットのような謎の人物”
と来迎寺麻衣との関連が確実に近くなったが、まだ解明されていない重要な部分がある為である。
それは、まさに
”越えなくてはならない高いハードル”
のように剣持は感じていた。
「”変身”についてですね?」
飯塚は剣持の胸の内を見透かしているようだった。
「ええ。
先日、こちらで話した”夢物語”が、どうも”現実でなくてはおかしい”程に言いようが無くなって来たのです」
剣持は、自らの調査が日向博士と来迎寺麻衣が実の親子であることに辿り着いたのを、飯塚に打ち明けた。
「飯塚先生は、日向博士なら常識を覆すことなど造作無いだろうと言われました。
私も、人間の姿に限りなく近いヒューマノイドのニュースを見たことがありますが、それをヒューマノイド自ら必要に応じて”変身”し、人間の姿と入れ替わるまで可能な事例が実際に有り得るか?
を、お話し頂きたかったのです」
剣持自身は、そこが今回の事件の核心の一つであり、それを越えない限り最終の解決まで至らないと理解していたのだった。
「現時点のお話なら、”変身”そのものは意外と容易いものだと私は仮定します」
飯塚の意外な答えに、剣持はハッと顔を上げた。
「例えば、ヨーロッパの寓話である”狼男”をご存知かと思いますが。
満月の晩に全身の体毛が伸びて来て、キバも伸びて来る、耳も伸びて来る、最終的に狼男となり。
満月の晩が過ぎると、再び元の人間の姿へと戻る…………といった話ですが。
これは寓話とされながらも、中世の初期までのキリスト教では、神が関与しなくても変身が起こることを信じる者は不信心の徒である、として、公会議などで変身という概念そのものを公式に否定している…………とまで重く扱っていたことがわかります。
逆に考えると”神が関与さえすれば変身は許された”とも受け止めることが出来ます」
飯塚は続けた。
「さて、それは生物から生物への変身のお話でしたが、ロボットという無機質なマテリアルと生物の姿を行ったり来たりしたいと考えた場合。
素体が生物という有機体からロボットへ、というのは物理的に不整合と考えます。
しかし。
素体がロボットから始まり、あくまで有機体の”姿のみ”への変身であるなら、全く不整合とは言い切れません」
それを聞いた剣持、ストレートな質問をする。
「では。
もしかしたら来迎寺麻衣が実は元々ロボットで、人間の振りをしていた可能性もあるということですか!?
まだ戸籍謄本等の参照をして、出生児かどうかまでは判明してはいませんが」
飯塚は答えた。
「元々から純然たるロボットとして誕生したかどうかは分かりませんが。
当初は人間だった彼女が、ある段階でサイボーグ化されたという仮説も考えられます。
サイボーグとは純然たるロボットとは違うもので、素体を人間とし、ある一定の部分だけを残して…………それはフィジカルに肉体の一部や精神そのものも含めですが。
人間のアイデンティティを残したヒューマノイドの可能性です」
剣持の頭の中も、少しずつ整理されていく。
「あとは………………もしそうだった場合、彼女をそうしたのは。
やはり父親の日向博士……なのかな?」
飯塚は、少し複雑な顔をして腕を組んだ。
「私も、さっき剣持さんからお聞きした時、正直まさか!?と動揺しましたよ。
恐ろしい偶然だとも思いました。
あの日向博士の御子息だったとは!ね。
実は博士の御家族の話は詳しく聞いたことが無かったのです。
御結婚されていて、御相手も同じ研究室の方とだけは聞いていましたが…………それも、あの来迎寺博士だったとは!!
私は面識ありませんが、学会で上がる名前だけは知っていました。
しかしながら、離婚されて旧姓をお使いとまでは知らなかったので」
珍しく飯塚は頭を掻く。
「幾らゼロか?イチか?の理系人間でも、さすがに自分の子を含め、人体実験を行う等、到底考えられません。
日向博士が、目的の為なら手段を選ばない冷徹な人間とも考えられないのです。
高齢化社会の中で疲弊しきっておられる介護スタッフの皆さんの為に、寝る間も惜しんで介護ヒューマノイドを造られた方です!
万が一、娘さんを改造しなくてはならなかった事情があったとしても、余程尋常ではない、我々の想像も付かない事実があったはずです。
変身については……私としては論理的に不可能では無い、としましたが。
”変身”の技術そのものについて考察したのは今回の件が初めてです。
ただ…………」
剣持が身を乗り出す。
「ただ…………?」
飯塚が繰り出した。
「つい最近ですが。
米国で、そうした”変身”形態の可能な動物型ロボットを秘密裡に研究中との情報を得ています。
噂では、渡米した邦人学者が中心となっているとのことですが…………何故か名前は明らかにされていません」
剣持の瞳の奥が光る。
「…………”変身”が、現実味を帯びてきた、ととらえてよろしいんでしょうか?」
「そういうことに、なりますね」
飯塚が、この会話の”結論”を述べた。
「最も近道なのは、来迎寺博士御一家から”正直”に話して頂くのが一番なのですが………………
黙秘権というのも、ありますからね」
飯塚の一言に、思わず剣持は笑う。
「先生、まるで警察みたいですよ」
飯塚も、再び頭を掻きながら笑った。
飯塚の居る工業大学を後にした剣持のスマートフォンに、由美香からLINEが届く。
剣持は最寄り駅のホームのベンチに腰掛け、缶コーヒーを啜りながらLINEを開く。
そこには…………
瞳を閉じた、キス待ち顔の由美香の画像が!
由美香 (もうすぐチューの日♡♡♡
待ちきれないよぉ~〜〜〜〜♡)
ブハァッ!!
剣持は、思いっきりコーヒーを吹いた。
「ああ!スーツが!!ワイシャツがぁ(泣)」
あらゆる面でパニックな、剣持であった!
〈変身可能な時代・完〉




