戦場の聖母。
ガーン!
いきなり扉が開けられた。
「(居たぞー!!)」
物置き部屋の入口で兵士が狂喜の叫びを上げる。
それを合図に4、5人の兵士が乱入して来る。
ナタリアは目を見開いたまま、言葉を失い凍り付く。
兵士達は一斉にナタリアに飛び付き、身体を掴んで運び出そうとする。
悲鳴を上げるナタリア。
「(やめろぉ!!
彼女に手を出すな!!)」
日向が必死に兵士達を止めにかかるが、立処もなく殴り飛ばされる。
「(おい、コイツはどうする?)」
兵士の一人が、床に倒された日向を一瞥する。
「(放っておけ、目的は女だ!)」
兵士達はゲラゲラ笑いながら、扉も締めず、泣き叫ぶナタリアを連れ去って行った。
「…………ナ……ナタリア!」
日向は横たわったまま、口から血を流しながら呟いた。
バヤルの予想通り、イスロ本部建屋の地下室の数々は敗走したイスロ兵達でごった返していた。
地下室だけでなく司令室のある三階以外の部屋という部屋にも、地下室から溢れ出た兵士が時折窓から外を覗いている。
涙に暮れるナタリアを抱き抱えながら、さらった兵士達は皆、下卑た笑いを顔に浮かべながら廊下を進んでいた。
「(早速、総帥に差し出して報奨金をガッツリ頂くぞ!)」
「(待て!
その前にコイツで、たらふく楽しまねぇと損だぜ!!)」
「(そうだ!そうだ!!)」
「(見ろよ!
上物じゃねぇか!!)」
興奮しきった一人の兵士が、ナタリアの臀部や胸を乱暴に揉みしだきながら首筋に吸い付く。
もう一人の兵士がナタリアの衣服を脱がせにかかる。
「No!!!!!」
ナタリアの泣き叫ぶ声が響き渡る。
そこへ……
「(お兄さん達!
あたしとも遊んでよ)」
もう一人、女の声が響く。
兵士達は動きを止め、その声の先を見た。
流れる金髪……漆黒の鎧。
戦闘ヒューマノイド・華裏那であった!
「(誰だ!?お前は)」
次の瞬間。
ナタリアの服を脱がそうとしていた兵士の背中に、鋭い蹴りが入った!
「Ahh! 」
兵士の身体は真ん中から真っ二つに折れ曲がり、背骨の折れる鈍い音がした。
ゴブッ
間髪入れずに、ナタリアを羽交い締めにしていた兵士の顔面に黒い拳が埋まり。
潰れた鼻と口から鮮血を吹き出しながら両眼球が飛び出す!
「aaahhh!」
身の危険を感じた他の兵士達は。
下げかけたズボンに自らつまずきながら、悲鳴を上げて逃走して行った。
倒された二人の兵士の間で、ナタリアは震えながら涙を流して立っていた。
「(………大丈夫?)」
華裏那はナタリアに声をかけ、震える身体を優しく抱いた。
五体のゲリラ式戦闘ヒューマノイドは、既にイスロ本部建屋内で潜伏していたのだった。
「(どうしたんだ!?
何があったんだ!?)」
食料を調達し、戻って来たバヤルは仰天した。
口から血を滲ませて床に座り込む日向。
ナタリアの姿は無い。
「(……………ナタリアを、連れて行かれた)」
「(兵達にか!?)」
「(……そうだ)」
もう………ここは既に戦場そのものだ。
容赦の必要は無い………
バヤルの中の、エンジンがかかった。
茫然とする日向に語りかける。
「(Mr.ヒュウガ。
もう、周りは全て敵だと考えてくれ。
これからは、自分が生き残ることだけを考えるんだ!
いいね!?
覚悟を決めてくれ!!)」
銃を確保して来る………とバヤルが部屋を出ようとした時。
「(敵だけじゃないよ)」
入口に現れたのは、ナタリアと……華裏那だった!
目を見開く日向。
「カ………
カトリーナ!?」
「………パパ!」
部屋の真ん中で抱き合う親子。
にわかには状況が掴めず、唖然とするバヤル。
ナタリアが口を開いた。
「(アタシ、彼女.....カトリーナさんに助けられたの。
ここに彼女のパパが居るはず……って聞いて、誰?って尋ねたら………
Mr.ヒュウガのことだったの!
驚いたわ!!)」
日向と華裏那は暫く抱き合っていたが、日向が尋ねた。
「カトリーナ!
よく………ここまで………
一人で来たのか?」
「ううん!
麻衣も来てるわ。
キッド達も一緒よ!!
もう全員、この中に居るから」
日向は感無量だった。
バヤルが、華裏那の姿を見ながら尋ねる。
「(君は、もしかして………
戦闘ヒューマノイドなのかい?)」
華裏那がバヤルに向き直り、答える。
「(ええ、そうよ。
戦闘ヒューマノイドでもあり、彼の娘でもあるの!)」
バヤルは思い出した。
以前、日向が自分の子供達を犠牲にして戦闘ヒューマノイドに改造した話を。
そして……その話が現実であることを目の当たりにし、子供ながらに感動していた。
日向がバヤルを紹介する。
「カトリーナ。
彼はバヤル。
少年だが、日本の同年代では考えられない程シッカリしている。
ここでは、いつも彼に助けてもらって来た。
こうして生きていられるのも、全て彼のおかげだ!!」
華裏那は、バヤルを抱き締めた。
「(バヤル。
父を助けてくれて、ありがとう!
本当にありがとう!!)」
ヒューマノイド形態の華裏那の身体は硬かったが………抱き締められて、思わずバヤルは赤面した。
「(………Mr.ヒュウガが、とても良い人だからだよ!)」
照れたバヤルは、そう言うのが精一杯だった。
ナタリアも、ようやく笑顔を取り戻した。
日向が改まって話し出す。
「(………これからが問題だ。
全員無事に、ここから脱出しなくてはならない。
カトリーナ達、ゲリラ式戦闘ヒューマノイドが来てくれたのは心強いが………)」
華裏那が助言する。
「麻衣の素体も………ね」
実は………
華裏那自身はゲリラ式戦闘ヒューマノイドとなる時に、自らの素体の保存を放棄していた。
戦闘ヒューマノイドとして生きる決心をしていたからである。
しかし………
今更ながら華裏那は寂しさを隠せなかった。
だが。
日向の口から出た言葉は、驚くべきものだった。
「カトリーナ。
君の素体も保存してある!
ここではないがね」
「え!?」
「君の素体は………マニラの私の部下の研究所で眠っているよ」
華裏那は、父親に抱き着いた。
「………ありがとう……ありがとう、パパ!!」
「カトリーナ………この件が片付いたら。
君も人間へと戻そう!
麻衣と一緒に!!」
麻衣の素体だけは……あの日、イスロの部隊に強引に連れ去られ、結果的に人質同然となったのである。
親子の様子を見ながら、ナタリアも涙ぐむ。
バヤルが力強く宣言する。
「(カトリーナさんが幸せになれるなら、俺も死ぬ気で戦うよ!!)」
そんなバヤルを華裏那は、もう一度抱き締めながら囁く。
「(………死んじゃイヤよ!バヤル)」
先程よりも更に耳を真っ赤にして赤面するバヤル!
思えば、これが。
戦場で生まれ育った少年バヤルの"初恋”であったかも知れない。
〈戦場の聖母・完〉




