16 強くなるために
改稿版
ギルベルト隊が到着するまでの間、悠弥は二人の鍛錬を手伝う。
「悠弥、まずは何を始めるのでしょうか?」
オリビアのお転婆姫が顔を覗かせている。王女という立場から、訓練などに時間を費やす時間をあまり取れなかった彼女にとって、この自由に出来る時間はとても幸せなものだった。
「準備運動しているところ悪いが、まずは座学からだな。」
「分かりました。では、何を勉強するのですか?」
それでも彼女にとっては些細なことだったようで、座学と聞いてもその瞳の輝きは曇る事を知らない。シイカも期待の目を向けている。
「俺の魔法を見せるから、それを解説しようと思う。」
悠弥は詠唱魔法ではなく、この世界のスタンダードであるイメージによる火の魔法を見せる。
「これは火の魔法だ。それは分かるな?」
「えぇ、火の魔法は攻撃魔法の中では最初に習得する分野ですね。」
「私もそれくらいなら、使えるぞ。悠弥ほどの火力は出ないかもしれないがな。」
悠弥の手の上で燃えている炎が青く、鋭く燃え上がる。
「じゃぁ、これは分かるか?」
「なぜ青くなったのでしょう?それは悠弥がイメージした炎なのですか?」
オリビアもシイカも分かっていない。
「イメージではあるが、これは知識の問題だ。」
「知識ですか。私たちにも出来るのでしょうか?」
「もちろんだ。俺の炎が青く燃えている事にも、ちゃんとした原因がある。」
悠弥は燃焼する際の化学的な知識を説明する。
「ただ燃えているとイメージするだけではダメなのですね?」
オリビアは理解したようだ。
「火っていうのは、簡単に言うと燃焼という現象の名称だ。そこには化学というこの世界ではまだ発展していない知識が存在しているんだ。」
「水の魔法にしても、今ここに水など無いはずなのに、イメージすれば、水の魔法は完成する。だが、水場で使う場合と砂漠で使う場合では、威力も生成時間も断然に違う。」
「確かにそうです。では、それにも理由があるのですね?」
「ある。これは俺の見解でしかないが、砂漠で水の魔法を生成する場合は、魔力が水に変換されている可能性がある。これは魔力が可視化できていない今は憶測でしかないが、おそらく魔力が何かしらの要因で水に変化しているはずなんだ。でも、水場での魔法を使う場合は、水は既に用意されているから、実際に存在する水を操作するだけでいい。だが、ここで疑問が生じないか?」
オリビアは少し考える。
「、、、分かりました。水場で水の魔法を使った場合は、水を生成している訳ではないから、厳密には水の魔法ではない。という事ですね。」
「そうだ。俺の推測が正しければ、水場でのイメージは、その場にある水を操作するイメージだから、厳密には物体の操作魔法だと思うんだよな。でも、水で攻撃をするから、水の魔法ってのも別におかしかない。これは超能力的な分野だから、化学ではないがな。」
こうして、悠弥は他の魔法も順番に丁寧に解説を行い、二人は苦戦しながらも知識を吸収していった。
二人には実験的な話は面白いらしく、食い入るように悠弥の話を聞いていた。
午前中の座学を終え、午後からは魔法の実技訓練に入る。
「よし、まずは午前中に解説した事を思い出して、青い炎を生成していこうか。」
二人はすごい集中力でイメージを構築しているようで、魔法の生成に入ると周囲の音も聞こえないほど、集中していた。
(燃焼の要素をイメージ。燃やすのは魔力、それを助けるのが酸素、炎が青くなるまで酸素の量を調整、、、まだです。酸素は私の周りにたくさんあります。焦らないように、、、)
(青い炎、、、青い炎、、、燃えたら、ドバっといいところ加減まで酸素?を入れる。)
二人の炎が勢いを増す。悠弥はそれをじっと見守っている。
(二人ともいい感じだな。特にオリビアはいい集中力だ。)
一時間ほど経過した時、二人は地面に腰を下ろした。
「はぁはぁはぁ、、、魔力が、、、持ちません。」
「はぁ、、、はぁ、、、私もこれほど魔力を消費した事がない。」
どうやら、魔力が底を突きかけているようだ。この世界に異世界よろしく魔力切れで死亡したり、体調を崩したりはない。魔力を使うにはそれなりに集中力が必要で、体力が消耗される。
魔力が底を突くと筋肉と同じで急速に回復を行い、その総量を増加させる。そのためには適切な栄養補給と睡眠、適度な運動が必要になる。
よって、この世界では近接戦闘がメインで魔法がおまけ程度の扱いになっており、軍の魔法部隊に入隊すると毎日が魔法の訓練漬けになるが、基礎訓練が多くなるため、ある程度の近接戦闘もこなせるようになっている。
「今日はここまでだな。」
悠弥は二人にタオルを渡し、果物から作ったスムージーとスイーツを用意する。
「これで栄養補給でもしてくれ。」
彼女たちはそれを見て、元気を取り戻したのか、目を輝かせ楽しんでいた。
(甘い物は別腹ってのは、どこの世界でも一緒か。)
「悠弥、もぐもぐ、、、このスイーツは、、、もぐもぐ、、、何という名なのだ?」
「それはケーキだな。本当はミルクがあるともっとうまいんだが、この拠点で家畜を飼って無くてな。今はそれで我慢してくれ。それとシイカ、食うかしゃべるかどっちかにしろ。」
シイカは自分の振舞いに羞恥心が出たのか、顔を赤くして、小さくなっていた。
その夜、悠弥は化学の知識を使い、綺麗な彩鮮やかな花火を火の魔法で再現して、夜空に花を咲かせた。
「何という美しさだ。火の魔法はただ人を殺めるだけの武器の一つに過ぎないと思っていた。」
「本当にそうですね。悠弥のいた世界ではこのような魔法の使い方が出来る平和な世界というわけですね。」
二人は花火に感動している。
「俺の住んでいた国では平和だったな。戦争があったり、問題があったりはどこの世界でも同じだな。」
「これはどういう化学で色を付けているのですか?」
オリビアは好奇心が旺盛だ。
「今、それを聞くのは無粋だぜ。分からないなら、今は幻想的な景色を楽しむだけでいいと思うぜ。」
その夜は、二人とも花火の興奮で夜遅くまでガールズトークをしていた。
次の日も魔法の鍛錬に精を出す二人。
「悠弥!これを見てくれ!」
シイカは嬉しそうに悠弥に青い炎を披露する。
「おぉ!やるじゃないか。」
「座学では後れを取った私だが、実戦となれば、この通りだ!」
彼女は誇らし気に胸を張る。オリビアもシイカに負けじと練習を繰り返し、昼までには青い炎を出せるようにはなっていた。
「二人ともいい感じに仕上がったな。」
「次はどの魔法を練習しますか?水ですか、土ですか?」
結果が出れば、自信もつくという事でオリビアは前のめりに聞いてくる。
「次は風だな。」
「風ですか?この吹いている風?」
オリビアは不思議そうに見ている。悠弥は先の王城での騒動で、魔法兵の何人かと対峙したが誰も風魔法を使って来ない事に疑問を感じていた。
屋内戦闘の場合、火は周囲の被害を考えると論外。そんな魔法を使ってくる奴は出直してこいと思う。水は屋内という条件を考えると使えるリソースが不足になりがちであり、交戦距離が近いことから生成速度が致命的な欠点に成りうる。土に関しても、屋内に大量の石や土砂がある可能性は極めて低い。せいぜい塵程度だろう。
この点を踏まえると、空気はどこにでもある。生成速度も遅くはならないだろう風を使えるという事は室内では圧倒的に有利である。
イメージさえ出来れば、居合抜きの達人でもない限り、風の魔法が勝つだろう。
「そうだ。風ってのは何か分かるか?」
「ん~、何でしょう。風は風としか思っていないので、そんな事を考えた事もありませんでした。」
二人は首を傾げる。
「そうだろうな。他の魔法に比べて目に見えにくいから、どうしても忘れ去られがちだが、風も立派な武器に成りうる。」
「悠弥はそれが出来るのですか?」
「当たり前だろ。わざわざこんなに偉そうに講釈たれてんだ。出来なきゃ、いい笑いものだろ。見てろよ。」
悠弥は手を突き出し、的に向ける。それを見ている二人は悠弥の手のひらに注目している。
-ドンッ-
二人の期待とは裏腹に的が揺れている。
「えっ!?どういう事です?今、何をしたのですか?」
「説明はあとにするが、風ってのは俺たちが吸っている空気の事だ。」
「私たちは風を吸っているのか?」
「だから、説明は後でするって言ったぞ。」
「すまない。」
シイカはしゅんと肩を落とす。
「空気の塊をイメージしてって言っても分からないか。吹いている風を握りつぶすイメージで小さく丸くしていくんだ。これを圧縮って呼ぶんだが、自分がイメージ出来る限界まで圧縮する。」
二人は悠弥の言われた通りにイメージを始めるが、中々うまくいかない。
「悠弥、これは思った以上に難しいですね。」
「空気というのがどうしてもイメージできない。」
悠弥にもそれを正しく伝える事は難しかった。
「じゃぁ、これを見てくれ。」
悠弥は小さな板材を取り出した。それを二人に向かって、大きく扇いだ。二人の美しい髪と努力の汗がキラキラと風でなびいていた。
「これが風だって事は分かるな?」
二人は頷く。
「この風は俺が板を動かした事によって、空気が押し出されて、”風”という現象を起こしたんだ。分かるか?これを水に例えてもいい。板を水で押し出すと、”波”という現象が起きる。それと同じことが空気でも起こると思ってもらっていい。」
「という事は我々は今、水の中にいるという事か!?」
「閃いたような顔してるけど、そういう事を言ってるんじゃない、、、まぁ、いいか。今言った事をイメージして、あの的に向かって魔法を放ってみてくれ。」
二人は言われた通りにイメージを繰り返した。
――――――
そもそも”風は吹く”というイメージが強いために、最初に空気の塊をイメージさせた悠弥の失敗だった。
時任悠弥の前世は現代社会の一般教育を受けた日本人である。
『空気』という言葉に内包されている要素は、小さな頃からの常識であり、意識する必要がないために簡単にで来ていたのだ。
彼女たちが掌の上に空気を留めるためには、まず空気が水分や酸素、窒素などが入り混じった物質であるという認識が必要である。
さらに言えば、彼女たちが空気の圧縮を再現できなかった事は不幸中の幸いである。
高密度に圧縮された空気は”均一化”を図ろうとする性質がある。その圧力が消えた時に起こる現象は”爆発”である。
もし、これが発生した場合には空気の圧縮度合によっては、彼女たちの身に不幸な事故が待っていたかもしれない。
図らずもその事故は発生しなかったが、ただ運が良かっただけである。
――――――
-バイィィン-
どちらが放った魔法かは分からないが、的が揺れた。
「できたぞ、悠弥!」「悠弥、できましたよ!」
二人同時に悠弥を見る。
「できたな。でも、どっちが出来たか分からないから、もう一度順番にやってみてくれ。」
-バイィィン-
出来ていたのはオリビアだった。彼女は手放しで喜んでいる。
「やりましたよ。悠弥に続いて、この世界で二人目の風の魔法の使い手ですね。」
「今のところはな。」
「もう!そういう時は素直に褒めるべきですよ!」
「すまんな。こういう経験が少ないんでな。次からは気を付けるよ。」
悠弥はオリビアの背中をポンと優しく触れる。
その数分後には、シイカも出来るようになっていた。
「よし、これで私も殿下、、、オリビアと同じだな!」
シイカは褒めて欲しそうに悠弥を見る。
「上出来だ。」
「そうだろう!そうだろう!剣術しかやってこなかった私が魔法を本格的に習得する日が来るとはな。悠弥には感謝しかない。」
辺りは夕日が赤く染める時間に差し掛かっていた。
オリビアは魔法が得意な分野ではあるが、悠弥から教わる魔法理論は、とても面白く感じており、王城での勉強とは比べ物にならないほどの興味と満足感を得られている。
シイカは魔法は剣術を活かすための牽制や搦手だと考えていたのだが、悠弥の指導の元、剣術も魔法もすべてを活かす戦術に興奮を隠せない様子だった。
「今日はこのくらいにして、夕食にするか。」
「今日は私も手伝います。」
「では、私もしよう。」
三人で夕食を作る事になった。
「本日のメニューは何にしますか?」
「今日はドリルバードのトマトソースかけにするか。」
「トマトソースとはどういったものなのですか?」
悠弥はオリビアにトマトソースを説明する。そもそも彼女たちは王族や貴族のお姫様たちである。シイカも騎士職でなければ、立派なお嬢様だ。料理などしたこともないだろうし、毎日専属シェフが料理を作るが、そのメニューも覚えていないだろう。
悠弥は以前、王都に向かう馬車の中で料理の腕について、胸を張って自慢していたシイカを思い出した。
―――――――――
「本当に悠弥の料理は、珍しく美味しい物ばかりですね。料理はどこで覚えたのですか?」
「基本的な料理は前の世界でやってたからな。今、料理が出来ているのはスキルのおかげだな。」
「悠弥殿、私も料理はできるぞ!」
シイカの顔は、聞いてくれと言わんばかりに微笑んでいる。
「そうなのか。お嬢様なのに料理ができるなんて、すごいな。何の料理が得意なんだ?」
「聞いて驚くな。私が得意とする料理は、クレイボアの塩焼きだ!」
「「・・・」」(それはただの丸焼きでは、、、)
「クレイボアの焼き加減で、私に敵う者など戦乙女の中にいなかったな。」
胸を張って、自慢気に話すシイカを見て、言わないでおこうと二人は心に留め置いた。
―――――――――
「これがそのトマトという野菜なのですね。これほどまでに真っ赤な色は見た事がありません。本当に食べれるのでしょうか?」
この異世界には、前世と同じ呼び名の食材がいくつも存在している。その一つがトマトだった。胡椒やオリーブ、ニンニクまで。
いつからその名称なのかは分からないが、勇者召喚が行われいるくらいだ。過去に来た異世界人たちが発見し、その名を付けたのだろうと悠弥は推測している。
「あぁ、水で洗えば、生でも食べれるぞ。」
悠弥はトマトを水で洗い、オリビアに渡す。彼女は恐る恐るトマトを一口。
「んぅぅぅ、、、」
オリビアが吐き出した。
「舌がピリッとしました。これは毒ではないのですか?私は大丈夫ですか?」
水で口を漱ぐオリビアを見て、悠弥はおぼろげに思い出した。前世でもトマトは毒があるのではないかと疑われていた悲しい野菜だった歴史がある。
オリビアの理由とは違うが、本格的に食用になったのは一七〇〇年代後半から一八〇〇年代頃である。
「毒じゃないさ。それは酸味が強いんだ。それを茹でて、皮を剥く。」
悠弥はテキパキとトマトを茹で、皮を剥く。
「そいつを、、、」
粗く刻み、オリーブオイルとニンニクをフライパンで香りが付くまで熱し、トマトを投入。ヘラでかき混ぜながら、焦げ付かないように水分を飛ばす。程よく水分が飛んだら、火を止めた。
「これがトマトソースの元だな。もう少し調味料で味を調えれば、ソースの完成だ。」
続いて、ドリルバードの胸肉を両面焼き、皿に盛り付け、シイカに任せていた付け合わせの野菜たちを添えて、三人は夕食を楽しんだ。
「あのトマトが、このように美味しくソースになるなんて、信じられません。」
オリビアもシイカも舌鼓を打っている。
「オリビアの引っ越しで、シェフも来るんだろ?俺が知っているレシピは教えておくよ。」
「それはいい案ですね。それにしても、この付け合わせのお野菜たちは、、、」
シイカが肩をすぼめて、小さくなっている。
「申し訳ない、、、」
野菜たちが細切れになっていた。
「いいさ。何でも経験だ。失敗したら、次にうまくやれるようになっていくさ。」
「そ、そうだな。次はもっと上手くできる!」
「ですね。今はそれも料理の味として、楽しみましょう。」
オリビアは悪戯っぽく言う。
「オリビア、、、そんな意地悪をしないで欲しい。」
「冗談ですよ。初めて、シイカが調理した野菜を食べましたが、とてもおいしいです。」
「オリビア~。」
シイカがオリビアに抱き着く。
「お前たちは本当に仲がいいんだな。」
「えぇ、シイカとは幼少の頃から、私の遊び相手として、ずっと一緒にいました。お互いに成長し、立場が明確になってしまってからは、主従の関係になってしまいましたが、二人とも悠弥の妻となり、その責務から解放された今は、とても嬉しくて、毎日が楽しく思っています。」
「そいつは良かったよ。」
「ヤキモチですか?」
「そうだな。少し妬けるな。」
「ふふふ。悠弥にはそういう感情はないものと思っていましたが、人間らしい部分もあるのですね。」
「俺を冷酷なヒトみたいに言うなよ。」
三人で料理を楽しみ、笑い、夜は更けていった。
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