第7話:聖女様に泥は被せない
昨日の黒板に書かれた俺の文章の一件以来、クラスの空気は一変していた。
「夜凪は実は天才なんじゃないか」という疑念がクラスを覆い、陽葵の「湊・独占計画」は崩壊の危機に瀕していた。
焦った陽葵は、強引な手段に出る。湊を「無能」と再定義するために、とあるネットの掲示板に偽りの証拠データをアップロードしたのだ。
それは、俺、夜凪 湊がどこかの文学賞の落選作を盗作していたという捏造データだった。
……しかし、陽葵は致命的なミスを犯した。焦りのあまり、掲示板にデータをアップロードする際におこなったアカウントのプロフィールに自身のメールアドレスを記したままだった。更には根本的なデータファイルの名前が"偽データ”になったままだった。結果的に、生徒会には天ヶ瀬 陽葵のアカウントから俺に関する偽のデータが発信されたと突き止められた。
「……っ、どうしよう。生徒会から偽データのアップロードのことでメールが…。生徒会に私が湊くんを貶めようとしたことがバレたら、聖女の立場どころか、湊くんを近くに置く正当性が……!」
放課後の図書準備室。顔を真っ青にして震える陽葵。準備室の外からは、例の件を調査する生徒会役員たちの足音が聞こえてくる。
俺は無言で、陽葵の手からマウスを奪い取った。
「……湊くん?」
「お前はそのまま、聖女様でいろ」
俺は陽葵のアカウントにログインし、プロフィール欄を俺自身のものに全て変更した。そして、サーバーの奥深くに残されたログも全て変更し、本当に俺が盗作をしたというデータに切り替えた。
――ガチャン! と扉が開く。
「……やっぱりここにいたのね、天ヶ瀬さん。この掲示板のこのアカウントはあなた?」
生徒会長が冷たい目で天ヶ瀬を射抜く。しかし PCの画面には俺のアカウントプロフィールがデカデカと表示されていた。
「か、会長…それ……」
生徒会長が驚きながら画面を見るとついさっきまで天ヶ瀬 陽葵のメールアドレスが記されていたアカウントだったものが、俺のものに変わっていた。そしてそこには本当に盗作をおこなったことが記されているデータがあった。
「え…。なにこれ…。あなたがやったの…?」
「……ああ。俺がやった。盗作をしたのも事実だ」
俺は死んだ魚のような目のまま、淡々と答えた。横で陽葵が「違う、私が……!」と叫ぼうとするのを俺は制した。
(『喋るな。お前まで泥を被ったら、誰が俺をここで匿ってくれるんだ?』)
小さい声でそう伝えると、陽葵は唇を血が出るほど噛み締め、涙を浮かべて黙り込んだ。
「……最低。この学園に素晴らしい天才がいたことにみんなが期待していたのに裏切ったのね」
生徒会役員たちの蔑みの視線。それは昨日までの「天才への期待」を塗りつぶし、さらに深い、救いようのない「クズ」への嫌悪へと変わった。
「夜凪 湊。あなたの停学処分を検討します。天ヶ瀬さん、申し訳ございませんでした。ただこんな奴に構うのはもうお辞めなさい。あなたが汚れます」
陽葵は、役員たちに連れられて部屋を出ていく。去り際、彼女は振り返った。その瞳には、かつてないほどの激しい後悔と、自分を救うために世界を敵に回した俺への、狂おしいほどの情熱が混ざり合っていた。
一時間後。静まり返った準備室に、陽葵が一人で戻ってきた。彼女は扉に鍵をかけるなり、俺の足元に崩れ落ち、嗚咽を漏らしながら俺の膝に顔を埋めた。
「……ごめんなさい、ごめんなさい湊くんっ! 私のせいで、私のミスのせいで、君を……最低のクズにしちゃった……っ!」
「……いいよ。これでまた、元通りだ。誰も俺に近づかないし、お前は俺を『更生させる』という名目で、堂々と俺のそばにいられるだろ?」
俺がそう言うと陽葵は顔を上げ、涙でぐちゃぐちゃの顔で俺に縋り付いた。
「湊くんは…。どうしてそんなに優しいの…? 自分の全てを捨ててまで、私を守るなんて……。ああ、もう、嫌だ……。大好き、大好き、愛してる……!」
陽葵は俺の首筋に顔を埋め、吸い付くように深く、深く、自分の印を刻み込もうとする。
「世界中が湊くんを石で打っても、私だけは湊くんの味方だよ。……ううん、世界が君を嫌えば嫌うほど、君の居場所は私だけになるんだもんね……」
陽葵の瞳の奥で、歪んだ光が再燃する。罪悪感と快楽。俺をどん底に落としてしまったという自責の念が、彼女の執着愛を、もはや後戻りできない領域へと加速させていた。
学園のヘイトを一点に浴びる俺と、それを聖女の顔で庇いながら、裏で愛でる彼女。二人の関係は昨日よりもずっと深く、暗い場所へと沈んでいった。




