第11話:聖女様の公式声明(という名の独占宣言)
翌日の朝。学園の掲示板の前には、かつてないほどの人だかりができていた。
「おい、これ……マジかよ」
「天ヶ瀬さんが、わざわざこんなの出すなんて……」
登校した俺が目にしたのは、公印が押された一枚の「公式声明」だった。
【重要】夜凪 湊君の「指導」に関する天ヶ瀬 陽葵からの通達
現在、夜凪君は極めて深刻な更生プログラムの中にあります。彼の『不浄』が他の方に伝染するのを防ぐため、今後、私以外の者が彼に接触、発言、および物品の授受を行うことを一切禁じます。違反した者は、風紀を乱す存在として、相応の措置を検討いたします。
「(……措置って何だよ。怖すぎるだろ)」
俺は呆れて溜息をついた。これ、要するに「湊に近づく奴は全員消す」っていう宣戦布告じゃないか。
「あ、夜凪!おはよー!」
そんな殺伐とした空気を切り裂いて、背後から元気な声がした。辻岡 春香だ。彼女は掲示板の内容なんて一文字も読んでいないのか、昨日と同じ――いや、昨日以上に眩しい笑顔で俺の背中をバシッと叩いた。
「今日も目つき悪いね!最高!」
そんなやり取りを見ていた周りからは「やばくない?」「消されるって」などの文言が飛び交う。
「……辻岡。頼むから離れてくれ。掲示板、見てないのか?」
「ん?なんか天ヶ瀬さんが難しいこと書いてるなーとは思ったけど。それより夜凪、これ、おばあちゃん家から送られてきたミカン。一個あげる!」
物品の授受を秒で破り、春香が俺の手にミカンを握らせる。その瞬間。
「…………辻岡さん」
背後から、地の底から響くような声がした。振り返ると、そこには般若を100倍ほど美しくしたような表情の陽葵が立っていた。手には、なぜかどこから用意したのか「消毒用スプレー(特大)」が握られている。
「(怖っっ)」
俺は唖然としながら心の中でそう思った。
しかし、そんな絶望の死の雰囲気漂う空気を春香の優しく、明るい声が切り裂いた。
「あ、天ヶ瀬さん!おはよう!ミカン食べる?」
「………………」
陽葵は無言で、春香が俺の手に乗せたミカンをトングでつまみ上げた。そして、間髪入れずに俺の手に「シュッ! シュシュッ!」と猛烈な勢いで消毒液を噴射し始める。その動きはさながらシャコパンチのようだった。
「なぜ、トング…」
春香の後ろからツッコミを入れる美月とそれを笑いながら見ている春香。
「……冷たっ!おい陽葵、かけすぎだ!」
「足りない。全然足りないわ。湊くん、その手、今すぐ切り落としてきて。……それか、私が今ここで、愛の力で浄化してあげようか?」
「怖っ。お前、聖女なんだろ」
陽葵は俺の手をハンカチでちぎれんばかりの力で拭き取りながら、春香を射殺するような目で見据えた。
「辻岡さん。私の『通達』は、日本語でしたわよね?理解できませんでしたの?」
「えー、だって夜凪、ミカン好きそうな顔してたし!」
「どんな顔だよ」と俺が突っ込む間もなく、陽葵は一瞬で春香の顔の数センチまで詰め寄り宣告した。
「……いい。わかったわ。辻岡さん。あなたを、『聖女公認・要注意外来種』に指定します。明日から、あなたの周囲で何が起きても……私のせいにしないでくださいね?」
「わー!なんかかっこいい!よろしくね、天ヶ瀬さん!」
それを聞いた陽葵は目を丸くし驚いた表情を見せた。
「ちょっと」
美月は春香の首根っこをつかみ連行していった。
「(……ダメだ、何一つ通じてない)」
俺が呆気にとられていると陽葵が初めて、敗北感に打ちひしがれているような表情で唇を噛み締めていた。 自分の権力も、狂気も、全てを「天然の善意」で無効化してくる春香。独占欲の檻が通用しない相手に頭を悩ませているようだった。




