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21話

 気が付いたら夕方近くになっていた。朝から織部の家に集まって、数時間が経っていた。久々にこんなに勉強をしていた気がする。

 もうしばらく勉強はいいなと思いつつ、疲れたからぼーっとしていると、玄関の方からガチャっと扉の開く音がした。

 俺たちは全員リビングの方にいたから、誰か来たんだろうかと思ってたら、廊下とリビングの間の扉が少しだけ開いた。

 少しだけ開いた扉の隙間から、小学生か中学生くらいの長い黒髪の女の子が、こちらの様子をうかがうように顔をのぞかせてきた。

「……あの」

「あなたはもしかして、織部の妹ちゃん?」

 芽彩が真っ先に声をかけると、女の子はこっちの方をみてしっかりとした口調で話し始めた。

「はい、あの兄はいますか?」

「いるぜー」

 その声に対して、2階の方から織部のハキハキとした声が降ってきた。顔を上げると、2階の吹き抜けから少し身を乗り出すように、こっちを覗き込んでる織部の姿が見えた。


 彼女は扉をしっかりと開けて部屋の中に入ると、2階の方を見上げ、表情を変えずに兄である織部にここに来た要件の内容を言った。

「ムツ(にぃ)が後で用があるから来てほしいって」

「了解、俺の方から連絡しとくわ。わざわざありがとなー」

 そんな簡単な会話を交わし、織部の妹は織部の返事を聞いて軽くうなずくと、

「じゃあ、お邪魔になるのもあれなので。私はこれで……」

 そう言って彼女は、今入ってきたばかりの部屋の扉のノブに手をかけようとしていた。

 すると彼女が部屋を出るよりも先に、彼女の近くにいた芽彩が彼女に声をかけた。

「そんなこと言わずに、せっかく来たならちょっと話そうよぉ~あなたから見たお兄さんの話聞きてみたいんだけどぉ~」

「俺も聞いてみたい。兄妹の話とか気になる」

「まあ、おれらの方がお邪魔させてもらってる側だしな」

 これをきっかけに織部の弱点とか知れたらなーとか思ってたりしなくもない。

「……」


 織部の妹は、結構真面目な表情で少し悩む様子を見せた後、彼女は織部の方にチラッと視線を向けた。

 それに気づいた織部は、

「いいんじゃねーか?好きなようにすればいいだろ」

 と適当な感じで言い、それを聞いて織部の妹はどうするか決めたらしい。

「……じゃあ失礼します」

 彼女はそう言って少し控えめに口の端を上げると、穏やかそうな笑みを浮かべて俺たちの方をまっすぐと見てきた。

「わ~い、やったぁ!ねぇ、あっちで話そうよぉ」

 芽彩は織部の妹にそう声をかけると、ソファの方へと向かい彼女に手招くようなしぐさをしていた。

 てか、さっきから思ってたけど芽彩の話し方、なんか少しナンパみたいな気がする。

 芽彩は普通に興味があるだけだろうけども。

 彼女はソファの方へ来ると、芽彩に進められるまま机の上にあったドーナッツを一つ手にとって、ソファの端の方にちょこんと座ると、いただきますと静かに食べ始めた。

 一口食べてすぐ、少しだけ目を見開き小さくおいしい……とつぶやいていたのが聞こえた。


 織部の妹がドーナッツをおいしそうに頬張ってる横で、芽彩が彼女のことを見てかわいいぃ~と言ってる。可愛いっていう感情が全身から溢れてるのが俺でも分かる。

 芽彩は可愛いもの好きだから、小動物みたいに食べ物を頬張ってる彼女の様子がすごく気に入ったように見える。

「そう言えば名前は~?」

 芽彩がちょうど織部の妹がドーナッツを食べ終わったころにそう聞くと、彼女ははっとした様子で俺らの方を向いて話し始めた。

「自己紹介が遅れました。私は織部海翔の妹の織部八夜菜(やよな)です。よろしくお願いします」

 彼女はそう挨拶すると俺たちの方に丁寧に頭を下げてきた。

 彼女の自己紹介の後、芽彩から順にそれぞれ名前を名乗って、簡単な自己紹介をした。


 織部の妹は、彼と似たような色の黒くて長い髪を持っていて、顔も織部とよく似ている。

 特に目元が織部と似ていて、少しキリっとしたツリ目が笑顔で細く曲がったときの表情が、一番織部と似てると感じた。

 流れるように揃えられた前髪に、長い後ろ髪の一部が左右の上部にそれぞれ黒いリボンで結われてる。

 結んでいる髪以外はまっすぐと後ろへ流れていて、少しだけ癖があるように見える。白いブラウスに黒いワンピースを上から着て、襟元には赤みがかった黒い細めのリボンがついている。

 身長や見た目的には小学生や中学生くらいに見えるけど、話し方や態度がとても落ち着いていて、見た目以上に大人っぽく感じた。


 そんな彼女は、両手でコップを持ってお茶を飲みながら、芽彩と楽しそうに何か話してる。

「名前ってどういう漢字書くのぉ~?」

「えっと(はち)(よる)に、菜の花の()で”やよな”です」

「なんかオシャレな名前だねぇ。今何年生?中学生?」

「はい。中学1年です」

「じゃあ私の弟の一個下だぁ。じゃあ悠愛ちゃんと同い年じゃない~?」

 芽彩はちらっとキッチンの方で俺と喋っていた咲弥の方を見てそう言った。

「そうだね。中一なら俺の妹と同じ年」

 悠愛ちゃんは咲弥のとこの上の妹。

 たまに抜けてる咲弥と違い、すごいしっかりしている子で咲弥に似てとてもやさしい性格をしてる。最近はあまり会ってないけど、小さいときは俺たちともよく一緒に遊んでた。

「じゃあ実は学校で見かけたことあるのかもねぇ~」

「いえ、私はこのあたりには住んでいなくて。ここに来るのは、たまに兄への用事で家に来るときぐらいなんです」

 つまり、わざわざ街の外から、兄に会いに来るためだけに来てるってことか。

 織部がこの街に来てからそこまで経ってないのに、よほど仲が良い兄妹なんだなと思った。

「遠くても会いに来てくれる妹がいるなんて、いい家族だな」

 いつの間にか下に降りてきてた織部に対して、若干茶化すようにそう聞いてみると、織部は少しだけ間を置いてから、

「そうなのかもな」

 と素直に答えた。そうか?とか適当な返事が返ってくるかと思ったけど、ちゃんと家族のことは大切に思ってるんだな。

 織部の、妹をみる表情はいつも通り笑顔だけど、俺には普段よりも穏やかそうに見えた。

 でも芽彩はそんな織部の言い方が若干気に食わなかったらしく、雑に織部に突っかかっていた。

「なにその曖昧な言い方ぁ。こんなに可愛くてしっかりしてて礼儀正しい妹さんなのにぃ~?私がもらっちゃいたいくらいだよぉ~」

 そう言って織部の妹にくっつこうとしている芽彩を、咲弥が軽く小突いて止めていた。

 織部の妹は、その芽彩の勢いに最初少し驚いていたけど、その後の俺らのやり取りを見てクスクスと笑っていた。

「普通に仲は良いぜ。ただ普段のこいつらのこと知ったらどうだろうなーって思ってさぁ。

 多分、結構印象変わるんじゃないか?」

 そう言って織部は、今度はニヤニヤとした控えめの笑みを浮かべて、自分の妹の方に顔を向けていた。普段と違う……実はすごい毒舌とか気難しいとかか?そんな風に考えて、ちらっと彼女の方を見てみる。

 織部の話を聞いていた彼の妹は、平然とした様子で机の上に置いてあったお菓子を頬張っている。

「別にいつも通りですけど。」

「いやどの口が言ってんだ。ヤヨ、お前うちで一番我儘で自由奔放なくせにさぁ。

 こいつ、一度言ったことは絶対曲げないから止めるのも大変だし、面白そうなことがあればどこにでも首突っ込んでいくから危なっかしくて仕方ねぇ」

 今までで一番呆れた顔をして織部はそう言った。織部がはっきりそう言うってことは、多分本当のことなんだろうな。

 だからこそ、目の前の姿からはマジで想像つかないな。

「へえ、全然そんな風には見えない」

 咲弥が俺とおんなじような感想を言ってる。

 ああでも、人あたりが良くて話しやすいのに、本音では何考えてるか分からないってとこは、ある意味織部と似ている気がした。


「いや猫被ってるだけだぞ?俺も八夜には特によく振り回さるし、マジでこいつ行動が予測不能すぎて分からねー」

 それを聞いた芽彩がへぇっと、明らかに面白がってる反応を見せた。

「織部がそこまで言うほどなんてすごいねぇ~」

「それじゃあ苦手ってことか?」

 同族嫌悪的な、と心の中で思いつつ一応遠回しに聞いてみる。

「いーや別にそういうわけじゃない。八夜は俺にとってこの世界で何よりも大事な家族の一人だ。周りをよく見て積極的に動ける、努力家で優しくて頼りになる最高の妹だよ」

 織部はそう平然と、当たり前のように自信しか知らなそうな声で言ってきた。

 先に印象が悪くなりそうなことを言った真意は分からないけど、すごく認めているってことは分かった。

 あと彼のそうやって思ってることをはっきりと言える性格は本当に羨ましいと思う。


 ちなみに、話題の中心人物である織部の妹は、何もしゃべらずにそっぽを向いていた。

 でもよく見ると耳が若干赤くなっていて、口角が少し上がってるのが俺の方からは見えた。嬉しさが抑えきれていない感じがする。


 そんな彼女の様子をすぐ隣で見ていた芽彩は、それを見て優しそうな表情を浮かべていた。

「誰だって、大好きで尊敬している人にそんなこと言われちゃったらうれしいよねぇ~。

 どんな自分のことも一番そばでよく見ていて、心から一番欲しい言葉をくれる。

 本当に兄妹仲がいいんだねぇ」

「えっ!いや、あの」

 芽彩はいつもよりも少しはっきりとした話し方で嬉しそうに、少しうらやましそうにそう言った。


「つまりすごく仲が良くて、互いに尊敬しあってるってことか」

 俺もそういう兄になれてるのかなというのが聞こえてきた。


「いいね、おれのとこは全然仲良くないから羨ましいな」

「藍と菫ちゃんは仲良いじゃんねぇ」

「いや?」

 反射的にそう返事してしまった。

 別に姉のこと尊敬してないわけではないけども、仲が良いわけではない。


 その後も適当に好きなことの話とかをしているうちに、気づいたら日が沈み始めていた。

 ここは上の方にあるからまだ辺りが明るく見えるけど、もう少し下がって行けば結構暗くなってると思う。

「私、この後斗海(とうみ)と会う予定があるから先に失礼するよ。兄さん、いつもみたいにあんまり友人さんを困らせないでね。あと私の話するなら私のいないところでして」

 ちょっと拗ねたような様子でそう言った彼女に対して、織部はごめんってといつもの調子で謝っていた。多分、普段からこんな感じなんだろうな。

「皆さんもドーナッツをくださったり、色々とお話をさせてくださってありがとうございました。すごく楽しかったです。また機会があればよろしくお願いします」

「こちらこそいっぱい話せて楽しかったよ~ありがとうねぇ~」

「おれも楽しかった。普段見ない織部の姿見られて面白かった」

「次はもっと時間があるときに話せたらいいな。うちの妹とも会ってほしいし」

「確かに。またみんなで集まれる機会を作ってもいいかもしれないなー」

 そんな感じで全員一通り挨拶をした後、彼女は帰っていった。


「すごいしっかりしてていい子だったな」

「本当にねぇ~見た目も態度もすごくかわいかったしぃ~でもやっぱり織部に似てて、兄妹なんだなぁって感じだったぁ~」

 なんか織部の普段とは違う兄の姿ってのを見られて個人的には面白かった。

 勉強を教えてもらっているときもその片鱗はあったけど、実際に兄弟と話している様子を見ると、ちゃんと兄なんだなぁと自分の中で勝手に納得してた。

「ちなみにさぁ~全く関係ないんだけど、妹さんが最後に言ってた”とうみ”って誰なの~?彼氏とかぁ?」

 純粋な興味って感じで芽彩が織部にそう聞いていた。

 芽彩ってそういう話本当に好きだよな。うちの姉さんともよくそういう話してたし。

 とか考えながら織部の返答を待った。

「ああ斗海(とうみ)はうちの弟だよ」

「弟?え、さっき別の名前も出てたよねぇ?兄って言ってたから八夜菜ちゃんよりも上なんだろうけどぉ。織部って何人兄弟なの~?」

「じゃあ四人兄弟?四人兄弟なら俺のところと同じだ」

 咲弥が少し嬉しそうな様子でそう言ってる。

 前話してるときに「兄弟たち」って言ってたから二人以上はいるんだろうとは思ってたけど。

「んーまあ何人かは伏せとこうかなぁ。もしかしたら言わなくても分かるかもしれねぇし、どっかで会える可能性もあるからなー。俺が長男で斗海が一番下だっていうのは言っておこうか」

 なぜか織部がそう意味深な感じで答えた。

「伏せるってなに逆にすごい気になるんだけどぉ~でも確かに他の兄弟にも会ってみたいなぁ~」


 そんな話をした後、ぼちぼち俺らも帰る支度をして外に出ると、織部が敷地の外まで来て見送ってくれた。そこからは三人で適当な話しをしながら道を歩いてそれぞれ帰路についた。


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