第4章 戦奴隷には花束をⅣ
<1>
突きが素早い。隙がない。
俺の剣は防がれて、呆気なく躱される。
盾で得物を隠し、出所を探られないグラディウスでの戦法だが、フェネルに距離を取られて機能しない。もっと距離を詰めないと意味がないのに全然近づけねえ。
「無駄です。諦めて降参なさい」
俺は席から席へと飛び移り、フェネルの槍を躱す。周囲にはまだ観客もいるせいか、彼女の槍は思っていたよりも遅い。
恐らくだが、要因は二つ。フェネルには俺を殺す気がないのだろう。痛めつけるつもりはあるだろうが、間違いなく手加減をしているはずだ。
もう一つは俺がさっき覚えた《見切り》というパッシブスキルだ。格闘家レベルが5になったことで習得したが、このスキルのお陰で回避率が上がっているのだろう。
「頼むって、話を聞いてくれ!」
攻撃を躱しながら言うも、フェネルは攻撃の手を緩めない。盾に槍の穂先が当たり、高い音が響いた。刺突の衝撃で腕が痺れる。細腕からなんつー威力を出してんだこいつは。
「『ながら』で私と戦おうというのですかっ」
「俺はあんたに用がある! だけどっ、あんたをぶちのめすとか、そういうことがしたいんじゃないんだ!」
「試合がしたかったのでしょう、私と!」
「違うっ、納得する為にだっ」
「したいのなら、まずは力を見せなさい」
フェネルが腰を低く落とした。俺の全身に悪寒が走る。盾を前に出しつつ、俺は後ろへ飛び退いた。近くにいた兵士や客が悲鳴を上げる。甲高い音が鳴り、盾が砕けるのが分かった。
一瞬で間を詰めたのか、フェネルは。
時間が止まったような感覚。脳みそだけが高速で動くような錯覚。重く、鋭い一撃を受けて、俺はどうするか考える。
「《直視不可曙光》ッ」
これ以上は下がれない。意志だけじゃない。体が竦む。
俺は前へ出た。同時、黄金色のオーラが俺から発せられる。この輝きを目にしたものを無灯状態に陥らせる現状での切り札だった。
フェネルは俺とザンギリで行った二回戦を見ていないはず。今、こいつは確かにエオスを喰らった。無灯状態になっているはずだ。
俺は《戦意上昇》も発動させつつ、グラディウスを突きだす。が、フェネルは目を瞑ったままで俺の攻撃を捌いた。しかも反撃のおまけつきだ。危なく、腕を一本持っていかれそうだった。
……こいつ、無灯を喰らう前より動きがよくなってないか?
「……小癪な技を使うようですね」
「見えないんじゃないのかよ」
「ええ、見えません。しかし目が見えなくとも戦うことは出来ます。見えない分、手加減をすることは難しくなりましたが」
ラベージャもそうだったけど、どれだけ鍛えてるんだこいつらは。しかも状況を悪化させちまったっぽい。
周囲を見るも、スィランは兵士に囲まれているし、さゆねこも俺の味方だとバレてしまったから逃げ回りながら弓を射ている。他の戦奴たちも援護には来てくれそうにない状況だ。
俺はフェネルから少しずつ距離を取り、倒れている兵士から盾をもぎ取る。さっきまで使っていたのとほとんど同じ円形の盾だ。
俺がそうしている間、フェネルは槍の穂先をきっちりとこっちに向けている。もはや無灯状態は当てにならない。
「しようがねえよなあ!」
突っ走る。フェネルの槍がこっちの顔面めがけて迫ったが、盾を出して防ぐ。俺は盾を斜めにして槍を受け流した。
散った火花が視界の端に流れる。俺は盾を投げ出して、拳を作った。こうなったら接近戦だ。近づけば槍は使いづらくなる。
「そうきましたか」
ドーンナックルでの連打を試みる。フェネルは槍の持ち手を変えながら、柄の部分で攻撃を防いでいた。
必死に攻撃を続けていたが、フェネルはキックで俺の動きを止めた。足裏で脛を強打され、思わず呻く。痛みが消えるのはすぐだったが、彼女は槍を捨て、短剣を手にしていた。
この距離では避けられない。身を捩ったが、フェネルの短剣は俺の右胸を切り裂いた。こっちに来てから殴られることは多々あったが、斬撃をまともに受けるのは初めてに近かった。どうしてもビビってしまうが、体は何ともない。血は噴き上がらず、肉も着ているものも裂かれていない。ただ、ダメージだけはかなり受けてしまっている。
「妙な手応えですね」
フェネルが不思議そうにしていた。俺は短い呼気を吐き出してパンチを放つ。もはやこいつを女というか人間だとは思わない。顔面、鼻先を狙ったパンチはパリィで防がれる。
今度は俺が蹴りを放つも、腕を使って捌かれた。俺は大きく体勢を崩す。フェネルは腕をまっすぐに伸ばして、最短距離で致命傷を狙おうとしていた。
かかった。
体勢を崩したのはフリだ。つーか、目が見えてないはずなのにフェイントが要るってどういうことだよ。なんて思いつつ、俺はフェネルの右腕の関節を脇に締める。捩じ切るようにして力を込めると、さしもの彼女も顔を歪ませて短剣を取り落した。
「降参しろよ、このまま折るぞ」
「ふっ……!」
「いっだ!?」
フェネルは頭突きをかましてきた。
まさかだった。今まで綺麗に立ち回ってきてたので、フェネルがこんなことをするとは思っていなかった。
俺は衝撃でフェネルを離してしまう。彼女は手で地面をさらうようにして、再び槍を手にした。俺もさっき捨てた盾を拾い上げる。
「それでもお姫さまかよ」
『ドーンナックルのレベルが最大になりました。スキル赤々と輝く拳を習得しました』
「王女が頭突きをしてはいけないという法はありません。……何か?」
「いいや、何も」
変なタイミングでメニューに割り込まれたな。
俺は息を整えながらメニューを操作する。フェネルの動きを警戒しつつ、覚えたスキルをスロットにセット。
習得したスキル《赤々と輝く拳》は、字面でも判断できるように火属性の攻撃スキルだ。手持ちの中では最も火力の出そうなスキルである。よし、こいつでいくぞ。
俺は新しいスキルを引っ提げ、喜々として攻撃を繰り出す。《赤々と輝く拳》を発動すると、ドーンナックルに炎がまとわりつく。フェネルの槍の穂先と俺の拳が激突した。そんで押し負けた。
「ええっ!? なんでだよっ」
「また妙な技を。しかし火ですか。私には効き目が薄いようですね」
「……属性か」
最近は物理一辺倒だったからそんなシステム忘れかけてたぞ。
火が効きにくい。ってことは、フェネルは水属性。あるいは火に対する何らかの耐性があるのかもしれない。覚えたスキルが悉く通用しない気がする。
「もう品切れのようですね。では、ここで終わりにしましょう」
フェネルは腰を低く落として構える。やばい。さっきの構えからの一撃は、まるで捉えられなかったんだ。
<2>
「ところがどっこいってなぁ!」
フェネルの一挙手一投足を見逃さないようにしていた俺も、俺に気を払っていた彼女もまた、第三者の乱入への対処が遅れた。
通路を通って一階観客席から走り出てきたのは、先ほど地下に戻ったはずのチャンプである。彼は武器を持っておらず、ここに至るまでの戦闘を物語るかのように血塗れだった。
「そんなに死にたいのですかっ」
フェネルの判断が数瞬遅れる。チャンプは彼女に向かって体当たりを仕掛けようとしていた。
「やらせるか!」
チャンプの動きに合わせるようにして、俺も前へと出る。フェネルはまず、チャンプに対して槍での刺突を繰り出した。だが、俺も仕掛けていることもあって意識が分散しているのだろう、半端な攻撃だった。
フェネルの槍がチャンプの脇腹を抉る。彼はそのままフェネルの肩にぶつかって、観客席の壁へと弾き飛ばした。彼女はあわやアリーナへ落ちかけたが、すんでのところで堪える。
「チャンプ!」
「やれぇ、兄ちゃん!」
チャンプは力尽きたのか、その場で膝を突く。俺はグラディウスを突きだした。フェネルは槍で俺の得物を中空に弾いたが、今度は俺がドーンナックルで彼女の槍を叩き落とす。
「奴隷がっ、この私に……!」
「ここまでにしてくれよ!」
徒手空拳での取っ組み合いになり、俺は顎にいい一撃をもらいながらもフェネルを押し倒す。彼女は隠し持っていた短剣を取り出していたが、それもダメージ覚悟で奪い取った。
そうして、俺がその短剣をフェネルの首元に押しつける。冷たい刃物を傍に感じながらでさえ、彼女は怜悧な表情を崩さなかった。
「……一対一でとは言ってなかったよな」
「ええ、そうですね」
俺は息を吐く。そうしてから、互いの息がかかるような距離だったことに気づき、顔を上げた。
フェネルはじっと俺のことを見ていた。話をしたいのなら勝手にすればいい。目がそう言っているように思えた。
「俺たちを解放してくれ」
「解放?」
「闘技場を止めてくれって言ってるんだ」
フェネルは口元を歪める。
「違うでしょう。お前が解放されたいだけです。奴隷になったものには相応の理由があります。金で売られたもの。戦いに負けたもの。しかし自ら望んでここにいるものも存在します」
「だったら……だったらせめて、望んでない連中くらいは」
「解放された奴隷は故郷に帰るのですか? 帰るとしてどのようにするのですか。一人一人に対して、我々が手厚く故郷まで運べと? 奴隷を買った商人や、主にはどう伝えるのですか。出した分の金銭を誰がどう補填するのですか? 故郷に帰らないという奴隷には仕事を与えなくてはならないでしょう。そうしないとロムレムの市民に害を及ぼします。いいですか、お前たちには体を動かす以外には何もありません。ここを出たところでまともに暮らせると思っているのですか」
頭の中が真っ白になって、体の内にあった熱が冷めてしまいそうだった。
「せめてやり方を変えるとか、あるんじゃないのかよ。どうしてこうも同じ人間を見せ物に出来るんだ」
「それを私に問うのは自由ですが、私には答えられないでしょう。強いて言うなら『皆がそうしてきたから』です。お前が今までどのような世界で、どのような環境で生きてきたのかは知りません。しかし、ロムレムの民は望んでいるのです。そしてまた闘技場で戦う奴隷たちも。大きな反乱が起こらなかったのは皆が望み、当たり前のようにそうしてきたからです」
「冒険者を参加させたのもそうなのかよ。俺たちみたいなやつらを戦奴と戦わせたのはなんでだ。昔はそんなことやってなかったんだろ。あんたが冒険者を参加させたのは、自分の為じゃあないのか」
そこで初めてフェネルが言葉に詰まった。彼女は目を泳がせるようなことはしなかったが、じっと俺を見上げているだけだ。
「自分が王様になりたいから、あんただってロムレムや闘技場を利用してるんじゃないのか。……俺だって、他の人たちをダシにして逃げようとしてるかもしれない。だけどあんただって同じだ。自分の為に『皆』をダシにしてんじゃないのか」
「かもしれません。……いいえ、そうなのでしょうね。ですが、それが何だと言うのです。私はセラセラ家の王女。お父様からこの町を譲られて、王位継承するべく利用しているのです」
「開き直るのか」
「外の世界から来たものがごちゃごちゃ言うなと言っているのです」
フェネルは押し倒されて、刃物を突きつけられながらもきっぱりとした口調で言い切った。
「この世界はそういう風に出来ています。その世界の中で生きる我々も、お前の生きている世界とは全く別の価値観で生きているのです。奴隷が嫌ならば、セラセラ家に文句があるならば、お前がセラセラの王にでもなってみなさい」
「王様って……何を」
「私はお前たちが嫌いです。遊び半分で首を突っ込み、ストトストンを掻き乱すものたちを殺してやりたいと思っています。お前がこの世界が嫌だと喚くのは勝手です。しかしそれを押しつけて変えたいと思うなら……」
フェネルは全部を口にしなかった。
俺の手から力が抜けかける。俺は、意地とか、そういうので闘技場にやってきた。だけど自分が相手しているのがどのようなものなのか、今、はっきりと掴めてしまった。
「俺は……」
自分でも何を言おうとしてるのかが分からなくなりかけた時、空が薄黒く変色した。
<3>
皆がしんと静まり返り、空を見た。
分厚い黒雲が烈しい風によって流されようとしていた。ロムレムの向こうで遠雷が光っているのも分かった。
「これは……?」
フェネルは俺を突き飛ばして立ち上がる。俺はその場に座り込んだまま、持っていた短剣を投げ捨てた。
ロムレムの皆は、市民も奴隷も兵士も関係なく全員が向こうの空を見上げている。天気が悪くなっただけってわけじゃあなさそうだった。
「ほ、報告します!」
その時、通路の方から一人の兵士が息せき切って駆け込んでくる。彼はフェネルの前で跪き、息を整えようとしていた。
兵士が口を利くより先、観客席の其処此処から悲鳴が上がる。……火だ。町から火の手が上がっていた。
「報告を」
「町が、ロムレムが、燃えています」
フェネルは小さく息を吐き、町を見つめる。
「ただの火事ではないのですね」
兵士はこくこくと、何度も頷く。
「……たった一人の冒険者によって、町が」
「そうですか」
一人?
あの火事を起こしたのは一人の人間だって言うのかよ。
「ヤサカ・ナガオ。お前のことは後回しにします。いいですね」
「ああ、そりゃ、もちろん」
「ロムレムの兵は消防団と連携し、消火作業に当たりなさい。闘技場に詰めているものは市民の避難誘導を。それから……ギルドのロムレム支部にかけあって魔法を使える冒険者の協力を求めなさい」
フェネルは何事かを兵たちに指示していた。さっきまで盛り上がっていた観客席は嘘のように冷え切っている。俺もチャンプも、スィランも、アリーナで戦っていた連中も下剋上どころではないらしかった。
「なあっ、俺も何か手伝えることがあれば」
「ありません」
ぴしゃりと言われてしまう。フェネルは冷たい目で俺を見下ろした。
「それよりも、これはお前の仕業ですか?」
「何がだ? 火事のことを言ってんのか?」
冗談だろ。俺はずっとこの闘技場で奴隷をしていたんだぞ。つーかまだロムレムの町がどんななのかすら知らないくらいだ。
「違います。柱のことです」
柱?
「柱に何かが起きてるのか?」
「……ストトストンには七つの大陸があり、それぞれの大陸には柱があります。その柱には神が宿っていると言われています。ですが神がどのような姿をしているのか、どのような名前を持っているのかは誰にも分かっていません」
「なのに神様がいるのは分かってるのか?」
「ええ。ですから皆はハシラサマと呼ぶのです。ホワイトルートには風の神がいるとされています」
フェネルはそうして空を見上げた。
「このように空が荒れるのは、現存しているホワイトルートの記録にはありませんでした。柱に……いえ、ハシラサマに何かあったと考えるべきです」
確かに風は強く吹いている。空を雲が覆おうとしている。雷も断続的に鳴っている。だが、たかが天気だと安心する気にはなれなかった。
「ホワイトルートの柱に最も近い町があります。《セリアック》という町です。その町に詰めている兵には柱を見回る任務があるのですが、ひと月ほど前、その任務についていた兵が殺されました」
「殺され……? どうしてそんなことを」
「分かりません。ですが、セリアックで不審な冒険者を見たという報告があります。仮にその冒険者が見回りの兵士を殺したのなら、その間に何をしていたのか」
フェネルは言葉を区切ったが、何者かが柱に何かをしたと、そう考えているのだろう。
「柱を壊したとか、そういうことなのか?」
「ストトストンで生きるもののほとんどは柱を敬い、崇めています。ですから柱には必要以上に近づきません。私とて柱については何も知らないに等しいのです。この世界のことを何も知らない冒険者が余計な真似をして、ハシラサマがお怒りになっているのかもしれません」
柱の神。
おとぎ話にしか思えないが、ここは俺のいた世界ではない。ストトストンだ。それに心当たりはある。一度ヘリオスに殺された時、俺を助けてくれた何者か。あの人が神様だったんじゃないのか?
「ロムレムの騒ぎが収まり次第、兵をまとめてセリアックに向かうつもりです」
「柱を確かめに行くんだな」
「ええ」
<4>
空に黒雲。町には烈風。黒々とした空へと、町から上がる炎と煙が吸い込まれようとしている。
市民の避難誘導や消火作業にあたっていたものたちは、手を止めないように必死になって堪えていた。
市民の住む区画は既にいくつか燃えている。ロムレムでは家々が建ち並び、建造物に木材を使っている為に火の手が回るのが早いのだ。
「誰かっ、誰かいるか!」
兵士が燃え盛る民家へと呼びかける。この辺りで作業しているものの顔は煤だらけで、赤く腫れてもいた。
そうした作業の中、燃える建物と建物の間の路地から、一人の男が姿を見せた。足取りはしっかりしていたが、命からがら逃げだしてきたに違いない。そう判断した兵士はその男に声をかけた。
「おい、大丈夫か」
若い男であった。地球でいうところの大学生くらいに見える風体である。彼はロムレムの市民たちが着ているような服ではなく、シャツの上に毛皮のついた黒いジャケットを羽織り、ジーンズを穿いている。兵士たちは男が外から来た冒険者であることを察した。
「ん? ああ、平気だよ。あんたら、怪我とかはないのか?」
「あ、ああ、俺たちは平気だが……」
男は落ち着いていた。物腰は穏やかで、微笑さえ湛えている。彼は黒髪の短髪を手で撫で上げて、かけていた黒縁の眼鏡の位置を指で押し上げる。そうして、燃えている家へと向き直った。
「この辺りの家だけど、生きてるやつは誰もいないよ。他の区画に行った方がいい」
「あんた、もしかして中を見てきてくれたのか?」
「というより、見てたってのが正しいかな」
「見てた……?」
ああ。
男はそう言って、面倒くさそうに頭を掻いた。周囲にいた兵たちは不審に思ったが、男の言を信じることにした。どちらにせよ火の中へは容易に飛び込めなかったのだ。
「分かった。あんたも早く避難した方がいい。気をつけてな」
年配の兵士が男の肩をぽんと叩く。その瞬間、兵士の体に炎がまとわりついた。彼は火を消そうとして地面を転げまわる。顔を歪めて、しわがれた声で悲鳴を上げ続けていた。近くの兵士たちは巻き添えを恐れて火だるまの男から距離を取る。
「あっ。あーあー、やっちまったか。悪いね、俺に触ったやつに自動で攻撃するようにスキルを設定してたんだよ」
「お、お前っ……! なんだよ、それは!」
「だから悪いって」
男は申し訳なさそうに謝ったが、燃え続ける男を気にもしていない様子であった。兵士たちは男を取り囲み、鞘に手をかけた。
「炎を使う冒険者……まさか、お前が」
「ん? なんだ、もうバレてたのか」
「フェネル様が言ってた冒険者ってのも……!」
「何のことやらさっぱりだけど、まあ、行きがけの駄賃だな」
冒険者の男は、自分を取り囲んでいる兵士を全て『見た』。その瞬間、男に見られたものに、先と同じような炎がまとわりつく。
「こっ、そんな!?」
「これほどの魔法を詠唱なしでかっ」
「それじゃあな。蛇どもと仲良くやっててくれ」
兵士たちにまとわりついていたのはただの炎ではなく、意志を持っているかのように蠢いていた。
男は背中越しに悲鳴や怒号を聞きながら立ち去っていく。そうして彼は闘技場を目指した。身体を強化するスキルを発動させ、ロムレムの町を駆ける。
闘技場に着くと、そこは逃げ惑う市民たちでごった返していた。男は出入り口から中へ入ることを即座に諦め、五十メートルほどの円形闘技場の壁を見上げた。
「よっと」
男が地面を蹴って跳躍する。数メートルほどの高さまで達すると、彼は壁に手をつき、その反動を使って更に上へと跳び上がった。そうして壁の半分まで上ったが、面倒になったのか爆発を引き起こす魔法を下方へ放つ。その反動を利用し、一気に闘技場の壁上まで辿り着いた。
男は壁の上からアリーナを見下ろす。そこには目当ての人物がおり、彼は安堵したかのように息を吐き出した。




