第4章 戦奴隷には花束をⅢ
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「スィラン、来てくれたんだな!」
俺は飛び掛かってくるグラスウルフを切り捨てる。スィランは馬鹿でかい獣を殴り飛ばした後、こっちに走ってきて、何故か肩パンを喰らわせてきた。
「何すんだよ」
「これは……ありがとうの気持ちだ」
スィランはむすーっとした顔で言った。
特殊な性癖持ちでもない限り喜ばねえぞ。
「まあいいや、お前らが来たんなら百人力だ。モンスター退かしてフェネルんとこに行くぞ」
「分かった。あの小さいのはあんたの仲間か?」
スィランは暴れ回る刹那を指差した。
「ああ、たぶんな」
巨大な魔物が俺たちに迫ってくる。俺はサイドに回ってグラディウスを突きだす。相手の動きが止まったところでスィランがとどめを刺した。
このままならいけるかというところで、東門から重装備に身を固めた兵士たちが現れる。
「控え室が抜かれちまったか。ヤサカ、これ以上の援軍は期待できない」
「分かった!」
重装備の歩兵はゆっくりと前進してくる。近くにいた奴隷が攻撃を受けて倒れ込んだ。バラバラで来られるならまだしも、きっちり陣形組まれるとまずいな。
「こっちに飛び道具はねえ。俺たちでちょっかいかけるぞ」
俺とスィランは密集陣形の横合いから仕掛けるが、堅い守りでびくともしない。グラディウスは盾で防がれるし、攻撃の隙を衝かれて槍を出される。
「火力が足らねえか!」
しかしこいつらを止めなきゃ全滅しちまう。
「出たっ。いけチャンプ!」
「おぉおおおよ!」
チャンプ!?
またアリーナの板が開き、そこからチャンプやイシトラが姿を見せた。やべえのが出てきやがった。
だが、敵だとばかり思っていたチャンプがファランクスに突っ込み、先頭の兵士を持ち上げてぶん投げる。
イシトラはハンマーを振り被り、横合いから陣形を打ち崩していた。
「イシトラさん! どういうことになってんですか!」
「坊主か! こっちは任せろ、お前さんのやりたいようにやれ!」
「いいんですか!?」
「おれたちはその為にここへ来たっ。なあ、チャンプ!」
チャンプは突きだされた槍を拳一つで弾き返すばかりか、奪い取って目茶目茶に抵抗していた。
「気に食わねえがな! だが、ここは俺たちの……いいや、闘技大会を楽しみにしている皆のものじゃねえか。そいつを邪魔するやつらはもっと気に食わねえのよ! そうだろう、野郎ども!」
バラバラに戦っていた戦奴たちが声を揃えて返事する。
「下剋上仕掛けたのは兄ちゃんだろうが! つまり大将は兄ちゃんってわけよ。いいかてめえら、ヤサカ・ナガオの指揮下に入れ! こっから先は客の喜ぶ団体戦だ!」
チャンプが吼え声を放ったその瞬間、俺のステータスが上昇する。スィランも不思議そうな顔をしていた。……もしかして今のはスキルか? どうやらチャンプの掛け声でバフがかかったらしい。何にせよチャンスだ。
俺はグラディウスを掲げて、アリーナ中の味方に声を放つ。
「バラけんな! 俺たちも固まろう! そんで目指すは一階席のフェネル・セラセラだ!」
応という声が返ってくる。ちょっと気分が良かった。
「けどどうすんだ? 壁をよじ登るのかよ?」
「それはもうやった」
しかもさっきより状況が悪い。フェネルの周囲には弓兵がいた。よちよち壁を上っていたら射掛けられておしまいだろう。
俺は闘技場を見回す。使えそうなものは一つしかなかった。
「イシトラさんっ、でかい武器が欲しい!」
「何ぃ……? どうするつもりだ!」
「柱を折って、そいつを観客席の壁にぶつけます!」
「ぶつけたらどうすんだ!?」
「足場に!」
「なるほどな! アホだなお前さんは!」
イシトラは俺の方に走り寄り、手近な柱に斧を打ちつける。一発でひびが入った。
「離れろォ! 倒れるぞ!」
二発目。イシトラの振り被った斧が柱を両断する。めしめしと音を立てて、ゆっくりと柱が崩れ落ちていく。砂煙が上がり、近くのやつらは皆むせてしまった。
「もう一本いっときましょう」
「よしきた」
イシトラがもう一本、柱を叩き折る。
「よっしゃ、半分はチャンプたちと一緒に! もう半分は柱を担いで俺に続いてくれ!」
「ふざけんな、こんなもん持って走れってのか!」
「軽くなったから大丈夫だって! そいつを観客席の壁にぶつけろ!」
俺はスィランを呼び寄せて、落ちていた盾を拾って渡した。俺も自分用の盾を拾い上げる。
「スィランに何をさせるつもりだ」
「盾だ。弓撃たれるだろうからな」
「……人遣いが荒いぞ」
「こういうのは分業が大事なんだよ。おおい、刹那っ、刹那! 刹那ってば聞いてんのかよ! 柱運ぶやつらの援護に回ってくれ!」
俺も含めて脳筋ばっかで困る。だけど闘技場ではちょうどいいのかもしれなかった。
戦奴たちがいやいやながらも、十数人がかりで柱を持ち上げる。何とか動けそうだな。
「よっしゃ突撃! とつげーき!」
俺は盾と剣を両手に持って駆け出した。
「ちくしょう仕方ねえ!」
「あいつに続け!」
一階、観客席をねめつける。さっきよりも弓兵の数が増えていた。相手は既に構えている。
「来るぞスィラン!」
風切り音が向こうで破裂。俺は盾を前方に構える。当たらなかったが、矢は俺のすぐ傍の地面に突き刺さった。まだまだ矢は飛んでくる。
スィランは器用にも、柱運搬組を庇いながら進んでいた。刹那はというと近くのモンスターや兵士を薙ぎ倒している。ちょっと手が足りない。
「さ、さゆねこー! さゆねこー!?」
俺は観客席に呼びかけた。背の高い男たちの間から、イア族の耳がぴょこんと飛び出す。さゆねこの姿は見えないが、あいつの甲高い声は聞こえてきた。
「なーんですかー!」
「弓兵をどうにかしてくれぇー!」
一階席から射掛けてくる弓兵を何度も指差す。盾の陰から出した俺の人差し指を矢がかすめそうになって悲鳴を上げた。
「やってみるー! の! でーす!」
「頼んだー!」
俺は観客席の下で立ち止まり、フェネルに対して呼びかける。
「おいっ、おおい! 今ならごめんなさいで済むぞ!」
「柱は後回しで構いません! 弓兵を観客席の左右に展開させてチャンプを狙いなさい!」
「無視すんじゃねえよ!」
しかし、やばいな。チャンプがやられるとバフが切れるし、何よりこっちの士気が下がっちまう。
俺は反転し、チャンプのもとへ戻ろうとした。
「おいっ、てめえ何逃げようとしてんだ!」
「腰抜けがっぶっ飛ばすぞ!」
柱運搬組から罵声を浴びる。
「スィラン、ちょっとどうにかしててくれ! すぐ戻る!」
「ふらふらしてんじゃねえぞ!」
俺は盾を投げ捨てて走り、チャンプたちのところに戻った。
「なぁにやってんだ兄ちゃんよう」
兵士を投げ飛ばしたチャンプがあきれ顔で俺を見る。
「やばいっす、チャンプが狙われます。こうなったらいったんチャンプには退避してもらって、残りの柱をこっちの全員でぶつけましょう」
「俺に逃げろってのか!」
「じゃなくってこう、チャンスを待ってもらうというか」
「相手を前に背を向けられるかよ!」
ダメだー。
やばいなあと思っていると、どこからかティボリさんが姿を見せた。
「チャンプ。彼は見せ場をくれると言っているんだ」
「見せ場だぁ?」
「だろう?」
ティボリさんにそう言われて、俺は何度も頷く。チャンプは仕方なさそうに頭を掻いた。
「本当だろうな?」
「マジっす」
「……仕方ねえ。イシトラ、ティボリ、ここは任せたぜ」
「え? ティボリさんも戦えるんですか?」
「たりめえよ。そこの優男はな、槍を持たせば古今無双って言われてたんだ。現役の頃の話だけどな」
ティボリさんはチャンプから槍を受け取り、そいつを軽く素振りする。確かに様になっていた。
「フェネルには劣るが、私とて人の治し方も壊し方もある程度は心得ている」
「はっは、頼もしいな。よし、俺ぁ控え室のやつらを集めて……そうだな、今度は直接オーナーのいる一階観客席を狙う。それまで持たせとけよ」
「了解です!」
頷き、チャンプは東門の通路の方へと駆けていく。
「あっ。そういやチャンプ、素手でしたし、まだ向こうに相手がいるかもしれませんね。護衛を何人か送った方が……」
ティボリとイシトラは顔を見合わせた。
「いや、必要ない」
「要らねえだろ」
そして声を揃えて言った。
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スィランたちのところに戻ると、弓兵と攻防を繰り広げながらも、柱運搬組は破城槌のようにして観客席の壁に何度も柱をぶつけていた。
「ダメだヤサカ、そろそろスィランたちもやばい!」
「ラスト一発! 全力でぶつかれ!」
おお、という声と共に、戦奴たちが柱を抱え持って壁に突進する。柱の先っぽは崩れたが、観客席の壁に上手いことめり込んでくれた。勾配は少しきついが、これで足場が出来た。
「よっしゃ俺に続け!」
俺はスィランから盾を受け取り、斜めになった柱の上に飛び移ってそこを駆けた。が、観客席側から、兵士が槍を突きだしてくる。俺は立ち止まったが、
「鈍いぜヤサカ」
俺を飛び越えてスィランが観客席に乗り込んだ。彼女は槍持ちの兵士を殴り、蹴り、当身を喰らわせて隙を作る。また、さゆねこも援護射撃をしてくれていた。もうここ以外にチャンスはない。
意を決し、壁上に足をかけて一階の観客席に飛び降りる。周囲にはフェネルの部下の兵士がいた。
俺は他ならぬフェネルに槍の穂先を向けられていた。彼女は油断なく構えながら兵たちに指示を飛ばす。
「奴隷の女は槍で囲みなさい! 上ってくるものは見逃さないように! 反乱の首謀者は私が相手をします!」
「……なんだ。相手してくれるんじゃないかよ」
その時、メニューくんが俺の視界を塞いだ。また妙なタイミングで出やがったな。
俺はフェネルと話をしつつ、時間を稼いでメニューを操作する。たぶん、またレベルが上がって何かスキルを覚えたに違いない。
「下剋上などとくだらないことに付き合うつもりはありません。私はセラセラ家のものとして、御家に逆らうものと戦うだけです」
「勝負してくれることに変わりはねえだろ。俺が勝ったら、俺の言うことを聞いてもらうぞ」
「何を馬鹿な」
「敗者を好きにするのは勝者の自由だってあんたの妹も言ってたぜ。俺たちを檻ん中で飼おうとする覚悟があんなら、あんただって誰かのものになる覚悟をすべきだ」
「……奴隷の言うことか!」
フェネルが槍を突きだす。防ごうとは思わない。俺は半身になって突きを躱す。
「ですが、いいでしょう。お前の心は太い。私が手ずから叩きのめして、完膚なきまでに折ってあげます。光栄に思いなさい」
俺は周囲を見回す。ここは狭い。階段状に席があるし、足場をキープしづらい。だけど相手だって同じはずだ。スィランたちとは分断されちまったが、こういう状況なら俺にだって分があるかもしれないと思いたい。
「ああっ、超光栄だ!」
スキルのセットは完了した。詳しい説明文を読んでる暇はなかったが、何かしらの助けにはなってくれるだろう。
やれることはやった。ここまでおぜん立てしてもらったんだ。後はフェネルに食らいつくだけだ。
俺は席を踏み台にして跳躍し、上から斬りかかる。フェネルは槍で俺の攻撃の軌道を逸らした。そうして柄の部分で俺の背中を叩く。
「いって……! くっそ、そのまま負けてくれればもっと光栄なんだけどな」
「口が軽いなら剣も軽い。後悔させてあげます。必ず」
「もうしてるんだよ!」
こんなところにノコノコ来ちまって、余計なことに首突っ込んで。全部俺の招いたことだ。全部何もかも俺のせいだ。だからどうかハシラサマでも地球の神様でもいい、ここでケリをつけさせてくれ!




