第4章 戦奴隷には花束をⅡ
<1>
西門の入場口からプレイヤーがアリーナへ殺到する。十を超えるプレイヤーは剣を構えている俺を認めて、こっちに向かおうとした。
その瞬間、入場口の傍に忍んでいた刹那が跳躍し、多数の飛び道具を放つ。……アレは、苦無か?
苦無の雨はプレイヤーに降り注ぐ。ダメージは大したことなかったが、少しでもそれに触れ、掠ったものにバッドステータスを付与した。
「すっトロいんだよなァ! 画面の前にいるやつらはさぁ!」
黒い風が回転する。刹那の小柄な体がプレイヤーたちの中心に潜り込んだかと思うと、二つの光が教会を目指して飛んだ。
俺はグラディウスを前にして突っ込み、飛び道具を構えようとしていた女を攻撃する。デバフが入っているおかげか、ダメージが通りやすかった。
「ちょっ、相手二人なんだけど!」
プレイヤーが相手なら良心は痛むが手加減をする必要はない。俺は弓持ちの女の背中を蹴飛ばして、手近にいたやつをグラディウスで突き刺す。
刹那も好きに暴れ回っているが、めちゃめちゃ動きが速いな、こいつ。的も小さいから相手からすりゃあウザいことこの上なさそうだ。
「よし、数が減ってきた」
俺はもう一度壁を上ろうとするが、アリーナの地面がぱかんと開く。それも何か所も。また仕掛けだ。地下から現れたのはモンスターである。チャンプとの戦いの時に見たでかいのもいれば、グラスウルフもいた。
おまけに、東門の方からは馬に乗った兵士が何人も出てきやがった。騎兵かよ。やべえ、相手が悪過ぎる。
「宿舎の奴隷も出しなさい。ロムレムの兵士を掻き集めて構いません」
「はっ!」
上を見ると、フェネルがまだ援軍を呼ぼうとしているのが聞こえた。これ以上数が増えるってのか。
「刹那やばい、まだ来るぞ!」
刹那は西門から現れた全てのプレイヤーを倒した後、モンスターと兵士を認めて口角をつり上げた。
「いいねー、いいじゃねえかよこんなにたくさんぶちのめせるんならさァ!」
「よくねえよ!」
「ひっ、あははは! 楽しいじゃねえか! なあ八坂!」
「楽しくねえって!」
しかも、西門からもまた新手のプレイヤーが見えていた。
<2>
この日、二部リーグの試合は夕刻からであったが、フェネル・セラセラの指示により、宿舎にいる奴隷や兵士が全て地下の控え室に集められようとしていた。その中にはスィランの姿もあった。
困惑しているのは奴隷も兵士も同じである。地下通路には喧しい声が飛び交っていた。
「おい、どういうことだよ。また団体戦でもやんのか」
「知らねえって」
「なんか、上で誰か暴れてるらしいぞ」
「そりゃ暴れてるだろ。闘技場なんだし」
「静かに! しずかーに! 黙れ奴隷どもっ。いいか、また下剋上が起こった。起こしたのは一部リーグの戦奴だ。そいつを捕らえる為にお前たちは呼ばれているんだ!」
スィランは天井を見上げた。ナガオがそこで戦っているのだと気づいた。そうして、彼女は自らの手枷に視線を落とす。
自分を縛っているものは、目に見える何かではないのだ。
スィランは立ち止まり、兵士に怒鳴られた。
『帰りたいからじゃないのか』
腰抜けなのは自分だったのかもしれない。スィランはそう思った。本当のことを言われて受け入れられなかったのは自分だ。
そう気づいた時、スィランは手枷を破っていた。
「お、おいっ、お前!」
スィランは傍にいた兵士をぶん殴った。殴られた兵士は通路の壁に背中を強打し、咳き込みながら崩れ落ちる。
控え室に向かおうとしていた全員の足が止まった。何が起こったのか、最初は誰もが分からなかった。
「死ぬのが怖いか、あんたら」
スィランは前を向いて、口を利いた。
「死に場所を求めて戦うんなら今しかねえぜ。フェネル・セラセラはスィランたちに望み通りのものを与えてくれねえ。覚えていないのか、あんたらは。故郷の家族を。風を。土を。スィランは覚えている。温かいスープのを味を。むせるように香る花を。あの女は、そいつをかなぐり捨ててここまでやってきたスィランたちを馬鹿にしたんだ」
兵士が、恐る恐るスィランに近づく。
「奴隷は奴隷だ。買われちまったんならしようがねえ。けど、スィランたちはフェネルの為に戦ってるんじゃない。スィランたちは自分の為に、自分の大切なものの為に血を流しているはずだ。意地ってものが残ってるなら、スィランに……いや、ヤサカ・ナガオに続こうじゃねえか」
スィランは、自らを拘束しようとした兵士を二人ほど殴り、蹴り飛ばす。彼女は奴隷たちを見回して顎をしゃくった。
奴隷たちは困惑する。そして恐怖する。反乱を企てても成功するとは限らない。捕まれば咎を受けるのは己の肉体である。しかし、心の底で燻るものはあった。彼らはチャンプを通して、自分たちをも虚仮にされたのである。
地上では観客が声を上げ、足踏みをしている。振動がここにまで伝わってくる。奴隷たちの鼓動が急かされる。自分たちだけではない。ロムレムの市民たちもまたそうなのだ。
「……続けって、どうするつもりなんだ」
奴隷の一人がスィランに問いかける。彼女は兵士に取り囲まれながらも小さく頷いた。
「まず控え室の兵士を排除してスィランたちのものにする。地下と通路からアリーナに出てヤサカを助ける」
「それからどうすんだよ」
「……り、んき応変に戦う」
「お前ふざけんなよ、それ馬鹿の言うことだからな!」
「黙れ!」
「貴様らが黙らんか!」
ぱん。
乾いた音が鳴って、兵士がまた一人崩れ落ちる。
「やるのかやらないのかはっきりしろ。スィランは一人でも行くがな」
スィランは兵士を殴りながら列の先頭まで歩いていく。騒ぎを聞きつけたのか、控え室の方から何人もの兵士が来て彼女の行く手を塞いだ。
「そこまでだ止まれっ、大人しくして、列に戻れ!」
立ち止まったスィランは兵士たちをねめつけていたが、彼女の隣に奴隷たちが並んだ。全員が手枷をされていて、両腕をだらりと垂らしている。その雰囲気はやはり独特で、兵士たちは少しばかり気圧されてしまった。
「と……止まれ。止まらんか!」
スィランたちは口角をつり上げて笑う。そうして、一斉に飛び掛かった。
<3>
一部リーグの戦奴の宿舎。自室のベッドで眠っていたエンダイブは、ゆっくりと体を起こした。傍にはティボリがおり、彼は窓の外から闘技場を眺めていた。
「起きたか。気分はどうだ?」
エンダイブは耳を澄ませる。心地よい歓声が、地鳴りのような足踏みが尻から伝わってきたのを感じた。
「試合か。誰が戦ってる」
「起きてすぐにそれか。……試合ではない。下剋上だよ」
「何ぃ……?」
エンダイブはベッドから飛び降り、窓に近づく。ティボリは顔面を青くさせた。エンダイブは四肢にダメージを負い、まともに歩ける状態ではないはずだったからだ。
だが、エンダイブにとっては自分の怪我や病などどうでもいいものであった。闘技場が震えている。観客が沸いている。自分以外のものがそうさせている。腹立たしいことであった。
「俺抜きであそこまで盛り上がるたあな」
「おい、まさか闘技場に行くつもりなのか」
「俺はチャンプだ。俺がいなくちゃ観客は納得しねえんだよ」
エンダイブは取るものも取らず部屋を出た。ティボリは驚きながらも彼の後を追いかける。更に驚くべきことに、エンダイブは普通に歩いていた。気力と意地、あるいは闘技場から響く歓声が彼を支えているのかもしれなかった。
「行ってどうするつもりなんだ」
ティボリが問うも、エンダイブは答えなかった。
そうして二人は宿舎を出て、地下通路に入る。目指しているのは西門側の控え室であった。
「……チャンプ?」
見張りの兵士がエンダイブを見て居住まいを正す。
「今どうなってやがんだ」
兵士はチャンプに追随し、状況を報告した。
「……あの冒険者がやってるってのか」
報告を聞いたエンダイブは唇を噛み、傷口を舌で舐める。腹立たしいのか嬉しいのか自分でも分からなくなっていた。
「捕縛は時間の問題でしょう。フェネル様が奴隷も兵も冒険者も、何もかもをアリーナに投入しています」
「そうか。ティボリ、俺はこのまま控え室に向かう」
「向かってどうする」
「混乱を治めてから敵味方を区別すんのよ。そんでもって第二ラウンドだ」
エンダイブはまだフェネルに挑む気だった。彼の隣を歩く兵士は小さく頷く。
「チャンプとオーナー。どちらにつくか迷っている連中も大勢います」
「よぉし」
チャンプが控え室に入った瞬間、彼のすぐ傍の壁に何者かが叩きつけられた。強かに背中を打ち、苦しそうに呻いているのは一部リーグの戦奴であった。
「よう、遅かったじゃねえか、チャンプ」
大振りのハンマーを肩で担いだ、イシトラがいた。控え室には兵や奴隷たちが倒れている。チャンプはその光景を認めて破顔した。
「イシトラぁ、てめえも来てたのか」
「ここらはおれが均しておいた。あとはお前さんの仕事だぜ」
「はっは! よぉし、いいかおめえら!」
エンダイブは控え室に残っているものを見回す。兵士も奴隷も、身分など関係はなかった。彼らは皆、闘技場の王に魅せられているのだ。
「アリーナに出るぞ。観客が俺たちを待ってやがんだ。セラセラの姫さまにロムレム闘技場の意地ってもんを見せてやれ!」
威勢のいい声が其処此処から上がる。
エンダイブたちは人力の昇降機に乗り込んだ。兵や奴隷が木製の棒へと我先に飛びつき、ぐるぐると押して回す。仕掛けが動く度、じりじりと昇降機が上がっていく。
アリーナに敷かれた板がぱっくりと口を開くと、エンダイブたちを地上の光が照らした。
<4>
来ない……?
西門の入場口に見えていたはずの冒険者がまだアリーナに来ていない。よく分からねえがツイてるな。
俺はグラディウスを構えて、アリーナ中にいるモンスターどもを見回した。
「はっ、はあっ!」
その中を騎兵たちが駆け抜けてくる。彼らは俺と刹那の前で立ち止まり、剣を擬して口を開いた。
「貴様だったか!」
「……?」
俺に剣を突きつけているやつは、なんか見覚えがあるような気がした。
「誰だあんた?」
「貴様をこの闘技場に連れてきた男を忘れたか。ロムレム軍の曹長、スムースをな!」
「ああ、あんたか」
やっと思い出した。そうだよ。こいつがムカつくから俺がこんな目に遭ってんじゃねえか。
「エラそーに言ってるけど、曹長ってクソ下っ端じゃん」
刹那が呆れたように言う。
「黙れっ。口を利くな反逆者が。ロムレムの町で、フェネル様のおひざ元でこのような狼藉を許せるものかよ、覚悟しろ!」
「馬の上から偉そうに言ってんじゃねえよ!」
「かかれ!」
俺と刹那は騎兵の横に回り、突進を躱した。騎兵たちは壁に激突する寸前、馬首を返して再び突進してくる。
まともにかち合ってもこっちが不利だ。俺たちは障害になるモンスターを切り捨てながら、アリーナに聳える柱を盾にするようにして逃げ回る。やがて一頭の馬がモンスターに進路を妨害されて動きを止めた。
「八坂、オマエ台になれ」
「はあっ!? くっそ、ちゃんと頼むぞ!」
俺は走り込み、馬の近くで屈んだ。刹那は俺の背中を踏み台にして跳躍し、馬に乗っている兵士に斬りかかって落馬させる。乗り手を失った馬はその場でぐるぐると回っていたが、アリーナの端へと避難し始めた。
「オラァ!」
刹那は落馬した兵士の顔面を蹴飛ばしていた。この闘技場には怖い女しかいないのか。
少しばかりの抵抗は出来たが、スムースたちは俺と刹那を少しずつ、じりじりと追い詰める。いよいよここまでかと思われた時、馬が悲鳴を上げて前脚をばたつかせた。何事かと思ったが、馬の尻に矢が刺さっているのが分かった。
「な、何っ!? 何の矢!?」
刹那はその隙に攻撃を仕掛けて、順繰りに兵士たちを落馬させていく。彼女は馬の尻を蹴飛ばして、邪魔にならない方へと逃がした。
「ヒャハハ! なんだよザマアねえじゃねえかよ!」
「き、貴様らぁ」
三流の悪役みたくナイフを舐めている刹那をよそに、俺は観客席を見上げる。位置から考えると、矢は上から射られたものだ。いったい誰が……そこで俺は見つけた。二階席からこっちに向けて手を振るさゆねこを。
「おにいさーん!」
「た、助かった! ありがとう!」
「いつまで遊んでるんですかー!」
別に遊んでるわけじゃないんだけど。
「あとちょっとー! もうちょいだけ待っててくれー!」
「しようがないですねー!」
さゆねこは弓を持ったまま、観客たちの間を縫うようにして駆ける。
「貴様らっ、これはロムレムへの……いいや、セラセラ家への反逆だぞ!」
刹那にボコボコにされたスムースが何か言っていた。
「おい八坂、こいつどうすんだ」
「代わってくれ」
刹那がスムースを離すと、彼はその場で尻もちをついた。
「違うな。反逆とか大それたもんじゃねえよ。ここは闘技場で、俺たちがいるのはアリーナだぞ。だから、これは試合だ」
「ふざけるな! 何が試合だっ、私は戦奴などではない!」
「いいから立てよ」
「貴様!」
スムースが立ち上がるのを待ってから、俺は彼の顔面にドーンナックルでのパンチを叩き込む。スムースはゆっくりと倒れていった。歓声が上がって、俺は右手を上げて客に応えた。手足が自由ならこんなもんなんだよ。
「あとはモンスターか」
だが、数が多い。
しかもまた板が開いた。地下からモンスターが飛び出してくるに違いない。
「おい八坂、前も開くぞ」
「な、うわっ!?」
俺の前方の地面が音を立てて開いた。咄嗟に剣を構えたが、俺の体は硬直するだけで思うように動かない。
「……? あれ?」
しかし、出てきたのはモンスターではなくスィランだった。
<5>
アリーナを見下ろすフェネルは、内心で怒りを押し殺していた。
地下の控え室からせり上がってきたのはモンスターではなく二部リーグの奴隷だ。しかもナガオの手助けをしている。反乱分子が増えたというわけであった。
方々からかき集めたモンスターはその数を減らされ、アリーナからは黒い霧がとめどなく立ち上っている。
「誰か。この様子では東の控え室が奴隷どもの手に落ちていると考えるべきです。兵と冒険者、それから戦奴を混成して構いません。数を集めて一掃なさい。復唱は要りません」
「了解!」
フェネルは弓兵を呼ぶように言いつけ、自らも槍を手に取り、アリーナを睥睨した。




