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終章

<5>



 フェネルはロムレムの町で兵を指揮する為に観客席から出ようとしていた。兵士たちも一緒に引き上げるらしく、俺も他の皆とこれからどうするか話す為にアリーナへ戻ろうとしていた。


「あれ?」


 その時、まだアリーナに居残っていた刹那のもとに、見知らぬ男が近づいていくのが見えた。混乱に乗じてやってきたのかもしれないが、あの大学生っぽい男の人は刹那の知り合いなのか?


「ちょっと行ってくる」

「ヤサカ・ナガオ。お前はいずれ私のものにします。覚えておいてください」

「はいはい」


 俺は柱を足場にしてアリーナへ下りる。スィランも後からついてきた。観客席には疲れた顔のさゆねこが座っている。


「おい、結局スィランたちはどうなるんだよ」

「さあ。また小部屋に逆戻りかもな」

「は、なんだそりゃ」


 スィランは肩を落としていたが、その表情は不思議と明るいものだった。


「なあっ、刹那!」

「あ?」


 刹那は、さっき現れた眼鏡をかけた若い男と何かを話していたらしい。……名前は『ろいど』。緑色で表示されている。この人もプレイヤーか。しかしレベルが見えないな。


「なんか、ちょっと妙なことになってる。俺たちは次にどうするかここで話し合おうと思ってるし、怪我したやつは回復しないと」

「オマエさあ」

「ヤサカっ」

「い、いや、大丈夫だからっ」


 刹那は俺の襟元を掴み、顔を寄せて囁いた。スィランが動こうとしたがここで揉めてもしようがない。俺は彼女を制した。

 俺は刹那の目を覗き込む。黒くて、吸い込まれそうな目をしていた。


「いつまでお人よしやってんだ? お兄ちゃんのことを聞きたいんだろうがオマエはよう。クソみたいな連中と何つるもうとしてんだオマエ」

「そんな言い方はないだろ」

「寝ぼけてんじゃねえって言ってんだよ私は」


 刹那はまだ何か言おうとしていたが、ろいどという人が、彼女を俺から引き剥がした。


「やめときなって刹那さん。ケンジさんの身内なんだから、ちゃんと説明してあげないと」

「ちっ、私に触るんじゃねえよ! それより、ちゃんとやってきたんだろうな?」

「ん? ああ、というかほら、見えてるだろ?」


 ろいどは町の方を指差した。


「さすがに全部燃やすのは無理だけどな。これでロムレムの動きは鈍るだろ?」

「クッソ、私がやりたかったのに」

「刹那さんの能力じゃあ向いてないからな。ああいうのは僕の得意分野だ」


 ……は?

 こいつら、何を俺の前でべらべら話してるんだ?

 燃やす? 燃やすって……ロムレムをやったのは、そこのろいどってやつなのかよ?


「お前ら、何を言ってんだ?」

「ん? ああ、だからさ……」


 ろいどは何気ない動作で、右手の掌を観客席に向けた。その先にはフェネルがいる。俺は声を荒らげた。避けろ。そう叫んだ。

 瞬間、ろいどの掌から拳大の火の玉が発射される。観客席にいたフェネルは中空を疾走する火の玉を避けたが、閃光と轟音。それから、激しい爆炎に包まれた。

 何が起こったのか理解するのに少しの時間を要した。

 一階の観客席どころか、二階、三階、一帯のブロックが爆発に巻き込まれた。木製の長椅子は木っ端みじんに砕けて、燃えてなくなっただろう。石材で出来た壁や床の破片が、ぱらぱらとアリーナに降り注いでいる。フェネルやチャンプ、あそこにいた連中はどうなったんだ?


「ヤサカ!」


 俺はスィランに引っ張られる形で、刹那たちから距離を取った。

 ろいどは眼鏡の位置を指で押し上げて俺に微笑みかける。柔和そうな顔だが、こんなことしでかしといて笑える神経が理解出来なかった。


「あとはここのお姫さまをどうにかすればいいってわけだ。それじゃあ、長緒さんだっけか。話をしよう。刹那さんは短気だからな」

「……話?」

「刹那さんから聞いてただろ。僕たちは君のお兄さん、つまりケンジさんの仲間……みたいなもんなんだ」


 こんなやばそうなやつと兄貴がつるんでるって言うのか?


「僕たちは君に仲間になってもらいたいと思ってるんだ」

「仲間……? 兄貴がそう言ってんのかよ」

「さあ、そこまでは。ただ、ケンジさんが君のことを捜していたのは確かだ。いずれそうなるのも確かだ。何せ、僕たちは皆、同じ状況にあるんだから」

「同じ?」


 そう。

 ろいどはそう言って、自分の心臓を指で示した。


「何の因果か、僕たちは『ナナハシラクロニクル』というゲーム世界の中に召喚されてしまった。他のプレイヤーとは違う、仕様の外にいる冒険者として。長緒さんだってそうだろ?」

「あんたたちも、そうなのか……?」


 やっぱり、いたのか。俺以外にもこんな目に遭ってる連中が。


「俺の兄貴もこの世界に呼ばれたのか」

「だろうね」

「だったら、どうして戻ってこないんだよ! 俺と同じならあんたらだって、兄貴だってログアウトできるはずじゃねえか!」

「そうだな。だけどしない。僕たちはログアウトをしないのさ」


 は、はあ? ログアウト出来るのに、しない?


「僕らは故あってこの世界に留まり続けている。ケンジさんもね」


 その瞬間、全身が沸騰して、怒りで自分を忘れそうになった。


「ふざけてんじゃねえよ! そんなことする意味なんかねえだろ!」

「まあ、長緒さんには分からないか。で? そろそろ僕たちも戻りたいんだ。ついてくるかどうか選びなよ」

「ついてく、だって?」


 こいつらは確かに兄貴の仲間で、兄貴がどうしてここにいるのかを知っているし、居場所だって知っているんだろう。ついていけば俺は間違いなく兄貴と出会える。……だけど『兄貴を連れて帰る』って目的を達成出来るとは思えなかった。

 刹那が何をしたのかは知らないが、ろいどはロムレムの町に火を放った。俺だって下剋上を起こした身で人のことを言えないかもしれないが、この男は何か違う気がする。誰かを害することに対して、たぶん何も思っていないんだ。そんなやつについていけるはずがない。


「兄貴の居場所を言えよ。俺だけで会いに行く」

「困るんだよな、そういうの。ケンジさんには君を見つけたら連れてこいって言われてるし」


 ろいどは自分の掌をこれ見よがしに掲げてみせた。


「長緒さんを殺すなとは言われたような気がする。だけど連れてくる時にボコボコにするなとは言われてないような気もするんだよな。どうする? まずは君の知り合い全部をここで燃やしていくか?」

「そんなことしてみろ。ただじゃおかねえぞ、あんた」

「僕との力の差は長緒さんだって肌で感じているはずだろ」


 俺とろいどは睨み合う。

 その時、刹那が声を荒らげてろいどの前に出た。


「ろいどっ、オマエはまどろっこしいんだよ! いいかよ八坂。ここに来たのはケンジと会う為だろうが。私らについてくるしかねえんだよ。それにな、私はオマエのことが気に入ってんだ。仲間になれよ。そんで楽しいことしようぜ。なあ?」


 刹那には借りがあるが、さすがにそういう形では返せそうにない。


「……ンだよ、そのツラぁ。私の仲間にはなれねえって言うのかよ」

「悪い。俺はあんたらを信用出来ない」


 そうだ。まだ可能性は残っている。兄貴がこいつらに利用されてるかもしれない。そもそも、兄貴の名前を使っているだけで何の関わりもないかもしれない。今の俺はそんな風に考えるしか出来なかった。


「ちっ。なんだよ、なんだよそれ。クッソつまんねえ。つまんねえよなあ! じゃあいいよ! もういいよクソ!」


 俺の視界から刹那が消える。


「私を怒らせるからだ!」

「どけヤサカッ」


 俺の前にスィランが躍り出た。彼女は刹那の攻撃を受けようとしたが、刹那はスィランよりも素早く動く。

 スィランは腹に一撃を受け、呆気なく殴られて、蹴り飛ばされた。一瞬に近い出来事だった。


「ヒっ、アハハ! 女に庇われて情けねえなあ、オマエ」


 俺も武器を取り出そうとしたが間に合わない。懐に潜り込まれて膝蹴りを喰らう。ありえねえ。何だこの痛みは。

 吐き気を堪えながら、下を向いて堪える。刹那は俺の襟を強く引っ張り、


「とりあえずこれで闘技場の貸しは許してやるよ」

「ぐ……っ!?」


 口の周りを舌で舐められた。ぞわりとする感触がして声を漏らせば、刹那は俺の口を覆うようにして唇を重ねてくる。

 何しやがんだこの野郎。俺は刹那を突き飛ばそうとするが、足を絡められて、がっちりと首に腕を巻きつかせて離れない。その内、息が苦しくなって鼻で呼吸すると、不覚にもシャンプーと体臭が混じったような、女子特有のいい匂いがして動揺してしまう。


「……っ!」


 おまけにこいつ舌まで入れてきやがった。刹那の舌先が口内を這い回る。喰われるような気がして鳥肌が立った。刹那の舌に歯列をなぞられ、さしたる抵抗も叶わず舌と舌が絡まる。間違いなく俺のものではない唾液の味を感じた。

 離せ。俺は力を込めて刹那の体を引き剥がしていく。ねめつけるが、刹那は熱のこもった目でこっちを見返してきた。

 刹那は戦っていた時とは違う、蠱惑的な笑みを浮かべて自分から体を離す。互いの舌先から糸状に伸びた唾液が伝った。俺はそれを袖で拭い、唾と一緒に不快感を吐き捨てた。


「お……お前っ! マジでっ、マジでなあ!」


 息を整えて刹那を睨むも、彼女は長い舌を出して意地悪い笑みを作る。


「ヘタクソ。次はもう少しマシになってろよ」

「次なんかねえよ! もういいから、さっさと兄貴の場所を」

「息巻いてんじゃねえよ。『もういい』のはこっちの方だ。おい、ろいど。使うからな」


 穏やかな顔つきだったろいどだが、少し表情を険しいものにする。なんだ。何をするつもりだ。


「知らないぞ」

「いいんだよ、一回見せときゃあさ、折れるかもしんないじゃん! なあっ、《天津甕星アマツミカボシ》!」


 刹那の左腕に黒い霧のようなものが纏わりつく。彼女はその腕を観客席の方に向けた。

 次の瞬間、刹那の腕から漆黒のエネルギーが放出される。服がまくれ上がるほどの風圧が周囲を襲い、アリーナに撒かれた砂や石材の欠片が巻き上がる。猛然と駆ける黒色の波動はアリーナを舐め尽くし、観客席にぶち当たる。先に見たろいどの炎よりも強烈な一撃だった。観客席の壁どころか、その一角が消失し、円形闘技場の外側の壁までも破壊し尽くす。


「アッハ! ハハハハハッ、どうだよっ、なあ!?」

「馬鹿。やり過ぎだぞ」


 不幸中の幸いというか、観客の避難がある程度終わっていたから刹那の攻撃に巻き込まれた人はいなかったはずだ。それにしたって、こいつといい、ろいどといい、化け物だ。こんなもんモンスターを倒す為に使うような代物じゃない。


「もっかい聞くぜ、八坂。私らについてくるよな?」


 刹那は左腕を俺に向けた。さっきのを喰らえば間違いなくやられるだろう。それでも、俺はこいつらと一緒に行く気にはなれなかった。グラディウスを呼び出して、戦意上昇を発動させる。


「へえ、驚いたな。まだやる気でいられるのか」


 ろいどもまた、何か仕掛けようとしていた。

 俺のくだらない意地で始まったことだ。最後まで貫き通すしかない。



<6>



 やられる前にやる。

 俺は地面を蹴った。俺が動くと同時、ろいどの力で爆発し、ぶっ壊れた観客席の残骸から飛来するものがあった。


「……これっ!? まだ生きてんじゃねえか! ちゃんとしろよろいど!」

「悪いな。思ってたよりしぶとかった」


 刹那とろいどは軽口を叩きながら投擲物を避ける。地面に突き刺さったのはフェネルの使っている槍だった。

 更に、アリーナの地下からチャンプやイシトラ、ティボリさんたちが現れる。刹那に蹴り飛ばされていたスィランも俺の隣に並び、首の骨を鳴らした。


「やってくれるじゃねえか。ここまでされて黙ってられるほど、スィランも優しくねえぞ」

「平気か、スィラン」

「痛いよりもムカつき過ぎて死にそうだ」


 俺たちは刹那とろいどを取り囲む。数の上では優位に立つが、それでも勝てる気はしなかった。


「……メンドーだなあ」

「そうだな。たぶんここにも雑魚が押し寄せてくる。潮時だな」

「ちっ、ガキの使いも出来ねえでやんの」

「説得失敗か。まあ、機会はまた来るさ」


 二人はこの場から去ろうとしている。スィランはあまりにブチ切れ過ぎて声も出せないでいた。

 チャンプはイシトラから大戦斧を受け取り、刹那たちをねめつける。


「闘技場をここまでやりまくりやがって、五体満足で帰れると思ってんのか?」

「その体で言うかな」


 ろいどは髪を手で撫でつける。彼の足元から炎が噴き上がった。俺たちは連中から距離を取り、炎を回避する。


「じゃあな長緒君、また会おう」


 極太の火柱が立ち上った。それはすぐに掻き消えるが、刹那たちの姿はどこにもなかった。

 ……好き放題にやられた。しかも、俺は安心していた。刹那たちに逃げられたんじゃない。俺たちは見逃されたんだ。助かった。なんてことを思ってしまった。

 意味ってのはなんだ。

 俺がここに来た意味なんて、本当にあったのか……?



<7>



 ロムレムの町を襲った火が消え、騒動がある程度収まったのは、陽が落ちてからのことだった。チャンプを筆頭に、負傷した人たちは病院らしき場所へと運ばれて治療を受けているそうだ。

 だが、騒動が収まったからといって燃えたものは元に戻らない。死んだ人だっているはずだ。

 俺はログアウトしないまま、ずっとアリーナに座り込んでいた。意外にも、戦奴たちも逃げずにこの場に残っていた。そしてスィランは俺の近くで大の字になって眠りこけている。

 疲れた。もう、ただただ疲れた。


「殊勝な心がけですね、ヤサカ・ナガオ」


 顔を上げると、頭に包帯を巻いたフェネルがいた。ろいどの攻撃を受けたはずなのにな。タフなやつだ。


「ごめん」

「何に対して謝っているのですか」

「……あの二人だ。さっきのやつらは俺のせいでここに来た」

「そうですか。……気にすることはありません。アレは災害のようなものです。お前がどこで何をしていても、ロムレムはこうなる運命だったのでしょう」


 フェネルは地面に突き刺さったままの槍を手にして、それを素振りした。


「闘技場は一時閉鎖します」

「え?」

「この有様ですから。戦奴たちも解放するつもりです。もちろん、残りたいものには仕事を与えます。この町の復興には人手が要りますからね」


 瞬きを繰り返す。フェネルは不思議そうに俺を見ていた。


「勘違いはしないように。お前の言うことに従ったわけではありません」

「あ、ああ。でも、助かる。ありがとう」

「お前もこれで戦奴ではなくなります。縛るものはありません。好きなところに行くといいでしょう」

「……フェネル。お前はどうするつもりだ」

「セリアックでよくないことが起ころうとしています。お父様にかけ合い、キャラウェイやカルディアから兵を出してもらい、ロムレムのものに指示を与えた後、私も柱のもとに向かうつもりです」


 俺は顔をしかめそうになった。


「たぶんっつーか、あの二人も、その仲間も柱のところにいると思う。なあ。あんな馬鹿みたいな力を持ってるやつとさ、まだ戦おうってつもりなのか」

「ええ。それが私の義務ですから」


 義務。

 その言葉は俺に重くのしかかった。


「明日、ここを出るよ」

「そうですか」

「俺もセリアックに行く。そっちより先に着くことになりそうだな」


 俺がそう言うと、フェネルは僅かに表情を崩した。


「止めはしません。ですが、今度は死ぬかもしれませんね。私も、お前も」

「うん。だけど、兄貴がいるかもしれないんだ。そんで、もしかしすると兄貴が悪いことをしてるのかもしれない。だったら止めないとダメだ」

「ここはお前の世界ではありません。違う世界の為に死ぬかもしれないのですよ」


 今まで兄貴の手がかりはないに等しかった。だけど、セリアックという町には……ホワイトルートの柱には何かがあって、誰かがいる。そんな気が強くしていた。


「決意は固いようですね。では一つだけ助言をしておきます」


 助言?


「お前の剣は、エルフの使う技に近いように思いました。しかしまだ拙い。恐らく誰かに師事したわけではないのでしょう」

「エルフ……ああ、ダークエルフのラベージャだ。俺はその人の剣を長い間見てたわけじゃないけど、どうにか真似しようと思ってて」

「ラベージャ。なるほど、ドリスのお気に入りですか。道理で面影があると」


 こんな時だが、ちょっとだけ嬉しくなってしまう。


「冒険者には……いえ、あるいはお前自身には何かしらの才があるのかもしれません。例えば、人の技を盗むのが早いといったような」


 まあ、一応はゲームをベースにしてる世界だしな。ストトストンの人からするとプレイヤーの成長速度は比較にならないだろう。


「機会があればヴェロッジに行ってみるのもいいでしょう。ラベージャの師もそこにいるはずです」


 ヴェロッジって、確かアニスも言ってたな。森の中にあるエルフの町だったっけ。しかもラベージャの師匠か。すげえ強そう。


「うん、機会があればな。ともかく、ありがとう。……いや、迷惑かけてごめん」

「気にするなと言っています。私はお前たちが嫌いです。ですが、お前は少し、他のものとは違うような気もします」

「そうかあ?」

「ええ。願わくは、次はもっとよい出会いを期待したいものですね」


 ……アレなんだよな。ドリスもアニスも、基本的には初対面の印象がよくないんだよな。


「スィランたちのことをよろしく頼む。俺はもう、悪いけど疲れたから」

「戻るのですね。お前のいるべき世界へ」

「いるべきっつーか、帰るべきって感じだよ。まだこの世界でやることはある。それまでは逃げないよ。お前ともそういう風に約束してるからな」


 フェネルは目を丸くさせた後、あははと声を出して笑った。まるで童女のように笑うのでびっくりしてしまう。


「ああ、失礼。久しぶりに楽しい気持ちになりました。いけませんね、ロムレムがこんな時なのに」

「……え? ああ、まあ、たまにはいいんじゃないのか? そんじゃあ、またな」

「ええ、また」


 俺は最後に、もう一度だけ闘技場を、観客席を、アリーナを見回した。あの歓声。あの地鳴りのような足踏み。相手を倒した時の沸き立つような感覚。それら全てが嘘のようだった。長年かけてここに染みついたであろう血も汗も、空いた風穴からさっと流れていくような気がした。



 その後、闘技場にいた大勢の戦奴だが、一部のものは故郷に戻ることを選び、大半のものはロムレムでの復興作業に従事したらしい。

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