3.外へ(Out.)
次にマリアが部屋を訪れた時、サラはアリサのことは話さなかった。
マリア先生が好きだと言うアリサの想いを無下には出来なかったのだ。それはサラ自身もマリア先生を想っていたからで、ライバルであるアリサを陥れるようなことはしたくなかった。
けれど、その日のサラはいつものようにマリア先生との逢瀬を楽しむことができなかった。マリアに話題を振られても、曖昧に答えるのが精いっぱいだったのだ。
「ほら見て、今日はリラの花を持ってきたの。とっても良い香りでしょう」
「・・・はい」
「ね。最近は気候も良いし、街を散策するのもいいわ」
「え、でも・・・」
「歩くのが嫌なら車を仕立てるわ。それなら人目を気にすることもないし」
「・・・」
サラは我知らず唇を嚙んでいた。マリア先生とは一緒にいたい。けれど、外に出る勇気はなかった。
「今日はどうしたのサラ」
例によってベッドに横座りしているマリアは、そんなサラの様子をいぶかしんでいた。
「心ここに在らず、て感じね。何かあった?」
サラは「何でもないの」と曖昧に笑って見せた。
マリアが帰ってからしばらくすると、今度はアリサがやって来た。例によってこっそりと部屋に忍び込んで来たのだ。
「ハアイ、サラ。来ちゃった」
「来ちゃった、じゃないでしょ」
「えへへへ」
屈託なく笑うその様子に、サラは呆れながらもどこか面白がってもいた。
「ねえねえ、今日はマリア先生とどんなお話をしたの?」
「大したこと話してないよ。ほら、リラの花を持って来てくれたの」
と花瓶を指し示す。
「あー、ライラックね。いい香りがする花なんだよね」
「リラよ。マリア先生はリラって呼んでた」
「わざわざフランス語で呼ぶなんて先生も洒落てるわよね。どんな名前で呼んでも花の美しさは変わらないのに」
「“どのような名前でも呼んでも薔薇の美しさには変わりがない”、てこと?」
アリサはきょとんとして聞き返した。
「薔薇? 薔薇なんてどこにもないよ」
「ロミオとジュリエットじゃない」
「なにそれ」
「シェイクスピアの劇よ。知らないの?」
「知ーらない」
「舞台とか観ないの?」
「あー先生に連れられて劇場に行ったことはあるけど。わたしは退屈だからあんまり好きじゃないんだよね。ずっと先生の顔だけ見てた」
「なにそれ。バカみたい」
アリサは鼻にしわを寄せて、
「マリア先生が劇場に行くのってね、なんかね、好きな役者さんがいるからなんだって」
「・・・それって男の人?」
「ううん」
そう聞いたサラは、マリア先生が以前話していた「好きなひと」というはその女優のことではないだろうか、と思った
その女優に対して少なからず嫉妬している自分に気づく。そして、アリサがそのことを気にしていない様子に疑問をもった。
「あなた平気なの? わたしたちのマリアせんせいに他に好きなひとがいるなんて」
「平気だよ」
「どうして!」
気色ばむサラ。けれどアリサはこんなことを言った。
「その役者さんね、他の女のひとにもモテていたもの。はっきり言ってマリア先生、あんまり相手にされてなかったの」
「そうなの?」
「うん。なんかね、公演の後で花とか渡すんだけど、握手くらいしかしてくれないし。でも先生はそれでもいいなんて言ってた」
マリアの意外な一面を知って驚いたサラだったが、こうしてアリサと共通の話題で話せることは楽しかった。
アリサは楽し気にマリア先生との日常を話した。
喫茶店でアフタヌーンティーを楽しんだことなど、さも自慢げに話して聞かせたのだ。
「マフィンがね、すっごいフワフワでね、そこにたっぷりのクリームとジャムを載せて食べるの。紅茶も良い香りでね、先生も大満足だったんだから」
「ふ、ふうん」
「あ、なに羨ましい?」
「べ、別に羨ましくなんてないもん」
「うそだぁ、ホントは羨ましいくせに、強がっちゃてぇ」
「違うったら」
けれど、次にマリア先生が訪れた時、サラは思い切ってこう言ったのだ。
「あの、せんせい」
「なあにサラ」
逡巡すること数分の後、ついにサラは言ったのだった。
「わたし、喫茶店行きたいの。せんせいと一緒に」
「喫茶店?」
「そう。アフタヌーンティーが美味しいお店を知っているのでしょう」
「知っているわ、ええ」
マリアは目を瞬きながら、
「私、ウェステリア・カフェのこと話したっけ?」
サラはとぼけて、「うん、せんせいから聞いた気がする」と誤魔化した。
「そう」
マリアは思案顔で、けれど言った。
「なら今度一緒に行きましょう」
と。




